1038 孤独の先生
引き続きノーライフキングの先生じゃ。
街を脅かす盗賊団は、見事捕縛せしめたぞ!
とりあえず今は時間停止で固めておるが、これでは動かしようもないからいい加減解除するか。
『代わりに脳の思考機能を停止させておこうかの。これで逃げようとか抵抗しようといった考えはなくなるが、指示には判断なく従うので拘束しておくには便利じゃろう。それでいて食事や排泄といった生理行動は本能で勝手に行うから余計な手間のかからぬ優れモノじゃ!』
「至れり尽くせりすぎるのだー」
これら盗賊は、もっと大きな街へ護送されたあと司法の裁きを受けることとなろう。
人が真面目に一生懸命育んできたものを、横から何の苦労もせずに奪い取ることは非道であるだけでなく、社会の枠組みを根底から揺るがす行為に他ならぬ。
厳しく沙汰してほしいものじゃの。
人間国の中枢におるリテセウスくんに一声かけておくか。
我が教え子の一人でもあることだしの。
さて、待ちの人々にも危険が去ったことを知らせておくとしようかの。
これでさぞかし安心することじゃろう。
「いやいやいやいや……! 安心も何もまだ最大最恐の危険がまだおるじゃないか」
どうした人間形態に戻ったヴィール?
危険じゃと?
人々を脅かす何かがまだ潜んでおるというのか?
それは許せん。
通りかかった者として、こうなればとことんまで街の平和のために戦おうぞ!
さあどこにおる、忍び寄る危機め!
世界二大災厄と謳われるノーライフキング、その一人であるところのこのワシが相手になってやろうぞ!
「だからテメーだって言ってんだろー! テメーのことだよ危険は!」
何ぃ!?
この街に襲い来る危険とは……ワシのことだった!?
「そうだよ! お前こそ危険が服着て歩いてるといっても過言ではないと言っても過言じゃねー!! いいか! お前自身が言ったようにテメーらノーライフキングとおれたちドラゴンは世界二大災厄って言われてんだよ! 世界レベルの災厄なんだよ、この二種は!!」
が、がびょーん!?
そうじゃった。
ワシらが訪れた当初、あからさまに恐れおののき街は恐怖のズンドコに叩き落とされたのじゃった。
盗賊どもなどワシらの脅威に比べればカスのようなもの……。
この街は、今なお壊滅の危機にさらされておった!!
「やっと気づいたか、自覚なき暴走こそ真の狂気なのだー」
そうじゃのう。
人々の暮らしを知りたいと押しかけてきたが、やはりアンデッドの王とは普通の人間とあまりにかけ離れた存在。
それらが意思を通じ合わせるということ自体、夢物語であったか。
今回はワシが愚かだったようじゃの。
これ以上人々の迷惑となる前に、邪悪は退散するとしようか。
「元気出すのだー。帰りにラーメン奢ってやるからなー」
だからゴンこつはもういらんと言っておろうがの。
街に背を向け、転移魔法で飛び去ろうとしたその時……。
「お待ちを! お待ちください!!」
急に背後から呼び止める声。
振り向くと、もはや見慣れた街の警備兵が息を乱して駆け寄ってくるではないか。
「先ほどは失礼いたしました! どうか、我らに礼も言わせず去るなどと言うことはなさらないでください!」
「私たちを恩知らずにさせないでください!!」
???
これは、どうしたことじゃ?
街の人々たちの態度が、さっきとはまったく別物に?
「我々は見誤っておりました。アナタ様のことを恐ろしい怪物だとばかり……!」
「しかし真実は違った! アナタ様は大切な法衣を真っ黒に染めてまで子どもを救ってくださり、盗賊団を壊滅させて私たちを守ってくださいました!!」
「アナタ様こそ街の恩人! 感謝を伝えずして追い出すなどあってはなりません!!」
と口々に言うではないか!?
ワシは……ワシはもう人とは交じり合うことのないバケモノだと思ったのに……!
そんなワシでも受け入れ、あまつさえ感謝までしてくれるというのか!?
ワシは……ワシは……!
嬉しい……!!
「年寄り涙もろくなってんなー」
煩いぞヴィール!
これは涙ではなく……そう、目から出てきたアストラル体じゃ!
「アンデッドだからって変なモン垂れ流していいわけじゃねーぞ!!」
「もしよろしければ、お礼の宴を用意させていただきました! ご出席いただけないでしょうか!?」
喜んで!
人の好意を無下にしたとあっては人の道に悖るでな!
ここは素直に招きに応じるとしよう!!
「お前もう人じゃねーがな」
月並みなツッコミはやめるのじゃヴィール!
お前はどうする? 宴は辞去して先に帰るか?
「んなわけねー! このヴィールさまは招かれれば応じるドラゴンなのだ! たとえ罠であろうとごはんが出るなら参加する!」
そうか。
では我ら謹んでお招きに預かるとするかのう。
ひゃっほー!!
* * *
「おじいちゃん! 助けてくれてありがとう!」
「おじいちゃんは正義の味方なの?」
「おじいちゃん! まほーつかってー!!」
子どもらもワシのことを取り囲んでくれるものよ!
よしよし、お望みであればワシのとっておきの魔法を使って進ぜよう。
召喚魔法で旧世界の神々でも呼んでみせようかの。
「やめんかぁ! 子どもたちのSAN値が消し飛ぶのだ! お前! 今日はおれがツッコミするからって何やろうとしても止めてくれると思ってねえか!?」
そんなこと思っておらんよなぁ?
仕方ないから軽く花火でも打ち上げようかの。
うむ、皆思ったより喜んでくれたわい。
「ノーライフキング様、食事の支度が整いました。どうか宴席にお越しください」
『うむ』
食卓に着くと、そこにはささやかではあるが色とりどりの食事が並んでおった。
パンは基本として。
宴と言えばやはり必須のお酒。……麦を原料にした原始的なエールじゃな。
さらに主催としてほし肉を炒めたソテーに、ほし肉を浮かべたスープ。ほし肉入りのサラダ。
そしてほし肉。
うーん、ほし肉とほし肉でほし肉が被ってしまったのう。
なるほど、この街はほし肉が特産なのじゃな?
「お……お恥ずかしい。大したメニューもないのに饗応などと……!」
何を仰るウサギさん。
アナタ方のご馳走に込めたもてなしの心は深く伝わってきましたぞ!
この街特産ほし肉尽くしのフルコースなど実に豪勢ではありませぬか!
「いえいえ……! 違うのですほし肉は別の村で作られたものを輸入しただけで……! 特産どころかこれしかないのでお出ししているにすぎないのです……!」
おやそうなのか?
このほし肉スープなど、ほし肉の塩見と出汁が独特の味を醸し出しておるが?
美味しい美味しい、お代わりを頂こうぞ。
「ある程度大きな規模で街とは呼ばれていますが、実は王都から離れこれといった特産もなく、ちょっとした物資の通り道であることから多少は栄えたにすぎぬ街なのです。街などと言うのは名ばかりの、ほとんど村と言っていい集落です」
何を仰る。
街は街ですぞ、それ以上でもそれ以下でもありません!
「販路上にある街なのでほし肉のような保存食は有り余るほどありまして、住人は日がなそれを食べて過ごしております。今日襲ってきた盗賊どももバカですな、こんな街を襲っても奪えるものはほし肉ぐらいのものですのに……!」
自嘲気味に笑っているのは、この街の長的な立場にいる者であろうか?
何、自虐はおやめなされ。
この街が無道の者に荒らされずに本当によかったですぞ。
しかし、なるほど。
この街にもそう言った事情があるのですな。
こういった各都市ならではの事情もただ伝文ではわからぬ生きた知識。
こうして足を延ばした価値はあったというものじゃのう。
そういうことを目の当たりにして、さてワシはどうすべきか。
こんなにも慕って感謝してくれて、なけなしのほし肉でもてなしてくれた恩をお返しせねば世界二大災厄としての名が廃ろう。
よろしい、このワシがほんの少しだけ街の発展に協力させていただこうか。
何、安心なされ。
この街は、皆とその先祖が長年の苦楽によって積み上げてきたもの。
その重さに比べればワシごときのちょっとした助力など大した影響はありません。
街は、それ以上でもそれ以下でもありませんからな!!






