1037 刻を止めて
ワシはノーライフキングの先生。
いや、今はしがない牧師じゃ。
何の害もないので盗賊も安心しよう。
ワシは無害を装って盗賊へと近づいた。
『ワシはただの牧師です。何の危険もありません。空腹でしょう、食料をお持ちしましたぞ』
「ひぃいいいいいいいいいいいいッ!? うええええええええええええッ!?」
盗賊は、すっかり油断しているようじゃ。
人質であるはずの子どもを離し、尻もちをついてその場から動かぬ。
『空腹は人を苛つかせます。さあ落ち着いて。パンもあります、水もありますのでよく噛んでじっくり食べるがよろしかろう』
「バケモノ! バケモノ!! ひぃいいいいいいいいいッッ!?」
子どもも離れて絶好の好機じゃな。
行動するなら今!
『食らえ時間停止魔法!』
「んがッ!?」
よし、上手くハマった。
我が魔力は任意範囲の時間の流れを完璧に停止させることができるのじゃ。
被害なしで拘束したい者がいる時には最適な魔法じゃな。
お陰で人質となっていた子どももかすり傷一つない。
今は保護した兵士たちによって親に引き合わされておる。
「時間操作みたいな大魔法を詠唱なしでやってのけるとはなー。やっぱり不死王の魔法技術は半端ねーのだ」
いや、詠唱は大事じゃぞ。
ワシの場合、こないだの縁でクロノス神と仲よくなったのでな。あの神は時への権能もあるので、祈りだけで魔法発動を許してくれたわ。
魔法の源たる存在への敬意や畏れを、生徒たちが忘れぬように極力使いたくないんじゃよ詠唱省略。
「あああ、あの、ありがとうございます! ありがとうございます!!」
人質になった子どもの親が走り寄ってきた。
なんとお礼を言うために来てくれたのか?
何と律義な……!
「私たちは、アナタのことを恐ろしい怪物だとばかり思っていました。しかし違った。アナタは虐げられる者を厭わず助けてくださる、慈悲の心を持った御方です」
「聖職者にとって法衣とは、命と言えるくらい大切なもの。それを黒く染めてまで子どもの安全を第一に考えてくださった……」
他の者たちもワシのことを取り囲み、その行為を称賛してくれる。
なんと報われた気持ちになることよ……!
「いや、だから元から法衣だったのに牧師服に染め変える必要があったのかっていう……!? それに牧師に化けたところでノーライフキングにビビりまくってただけだろあのコソ泥!?」
ヴィールよ、大切なことは人の心が通じ合うことじゃぞ。
「うるせえ! そもそも時間停止なんて使えるんなら油断させる必要すらなかったじゃねえか!?」
それは違うぞヴィールよ。
そもそもで言うなら、本当にそもそもこの混乱を作ったのは予告もなく突然街へ押しかけてきたワシらじゃ。
「『ワシら』言うな! おれまで元凶に組み込むんじゃねー!!」
だからこそ自分の行いにけじめをつけるためにも、絶対に無事傷一つつけることなく人質を救出しなければいけなかったんじゃ。
それこそどんな手段を用いてもな。
あッ、そうだもう人質救出は済んだんじゃから法衣はもう黒じゃなくてよいな?
ごにょごにょ魔法を唱えると、黒い色素は消滅し元の純白法衣へと戻った。
「色の操作すら思いうのままじゃねーか!? ペンキにつける必要もなかっただろ!?」
やれやれ最近やけに怒りっぽいのうヴィールは。
そうカリカリせずに広い心で何事にも臨まねば。最強種族ドラゴンに相応しい大きな器を持たねばな。
「うるせー!!」
「あの……僭越ながら申し上げたいことがあります」
そう言って我らの会話に割って入ったのは、街の警備兵の一人であった。
落ち着いた佇まいから指揮官クラスでありそうじゃ。
「あの盗賊については、けっしてアナタ様が悪いわけではありません。盗賊は盗賊、元から悪いことを企んで潜り込んでいたことでしょうから……」
その盗賊はまだ時を停止されたまま片隅で固まっておる。
まだまだ充分に停止させておけるので、落ち着いて牢屋にでも運んでいくがよいぞ。
『しかし、あの盗賊が暴走するきっかけを作ったのはワシらじゃろう? ではやはり責任はワシらにあると……?』
「いえ、むしろ我々は暴走させてくれて感謝するほどです。さもなくば今の騒ぎより遥かに恐ろしいものを後日呼び寄せていたことでしょうから……!」
なんじゃと?
どういうことか、彼らの言葉を脳内で反芻してみる。
たしか暴れ出した盗賊は、有名な盗賊団のメンバーだと言っておったの。
つまりはあやつ一人だけでなく集団で犯行に及んでいたということじゃ。
それが今日ここで、一人で暴れ出して他に仲間はない。
単独で街に潜入していた、その理由を推測するならば……偵察か?
この街に狙いを定めて、敵を調べたり仲間を率いれることを目的とした尖兵であったか?
そう思い至った時、ジャストタイミングとばかりにまた騒ぎが起こった。
今度は街の外からじゃ。
「隊長! 街の外に不審な集団が現れました!」
「やはりか! 盗賊団の本隊が来たな!」
ううむ、まだ災難は去っておらぬようじゃ。
何もかも途中のままでサヨナラするのも人倫に悖る。
ここはこのノーライフキングの先生も、急いで現場に向かおうではないか!!
現着。
街の外の平原では、五十人近くのいかにもガラの悪い集団が、こちら側を窺っておった。
「街で何か騒ぎが起きてると来てみれば、どういうこった? 偵察が先走ったか、あぁん?」
「もうみみっちぃのは終わりにしましょうぜ、お頭ぁ! せっかく向こうが浮足立ってるんならラッキーにあやかって攻め込んで金目のもん洗いざらいうばっちまいやしょう!!」
「あんな小さな街、攻め落とすなんて簡単でさぁ! 盗んで奪ってこその盗賊だぁ! 派手にヒャッハーしやしょうぜ!!」
あの犯罪集団が偵察を送り込んだということじゃの。
あのまま潜入した盗賊に気づかなければ、いずれ本隊を呼び込まれてまったく無防備な中での不意打ちを受けていたやも知れぬ。
守備兵たちが言っていたのはこういうことであったか……!
その様子を遠くから窺う守備兵が果敢に対応する。
「動ける者を片っ端から集めろ! 盗賊どもを迎え撃つ!」
「いかに小さな街といえど何の抵抗もなしに奪われると思うなよ! ノーライフキング様のおかげで不意打ちという事態は避けられたんだ。犯罪者どもの首に縄をかけてやれ!」
彼らも忠実に自分らの義務を果たそうとしておる。
ワシも黙ってみているわけにはいかぬぞ。通りがかりのものとして、正しく誠実な方に助太刀いたす!
人が勤勉に働いて育んだものを横から掠め取ろうとする不誠実な者たちめ!
自分らの愚かさを噛みしめるがよいぞ!
「いい加減に……するのだぁあああああああああッッ!!』
んおッ?
どうしたヴィール? いきなり変身などして?
日頃生活しやすい人間形態から、本来のドラゴンの姿に急に戻るから、街の人々も盗賊どももビックリしておるではないか?
『もう辛抱の限界なのだ! 慣れねーツッコミ役をさんざんやらせやがって! 死体モドキもニンゲンどもも今回ノリが独特すぎるのだ! この上まだ続こうって言うなら付き合いきれねーから、おれ様が直々に幕引きをやってやるのだー!!』
「「「「あわわわわわわわわわわわ……!!」」」」
かかる事態にもっとも度肝を抜かれたのは、まさに今襲い掛かろうとする盗賊団どもであろうな。
そりゃこれから攻めようとする目標に竜などいたら、そりゃ悪夢か何かと思うであろうが。
同じ人から盗み取ることしか考えない犯罪者にとって、ドラゴンとの遭遇など予想だにしないであろう。
「あぎゃー! あばばばばばばばばば……!?」
「ドラゴン!? 逃げろ逃げろ逃げろーッ!?」
「どーするんすかお頭!? 指示を! 指示をぉおおおおおおッ!?」
無様に蠢き、逃げることすらできずに、その場でじたばたもがくのみ。
「おらー! おれ様の前に出てきたことを後悔するのだー! 必殺のドラゴンブレス!!」
竜の口から放たれる火の息は、人間が食らえば消し炭どころか灰すら残らぬ大熱量。
無論よけることもできず一人残らず大炎流へと飲み込まれる。
そして……。
火のブレスが消え去ったあと、盗賊たちは変わらずそのまま立っていた。
真っ黒焦げにも白い灰にもならずに、そのまま。
恐怖の表情に凍り付いて、そこから変わることなく微動だにしない。
手足も動かない。
ワシがヤツらの時間を止めたからだ。
時間が停止してしまえば数千万度の炎で焼かれようとも焦げ目一つつかぬわ。
『がっはっは! ナイスタイミングだな死体モドキよ!』
「ど、ドラゴン様は盗賊を焼き尽くしたのではないのですか?」
街を守る兵士が疑問がるが、ヴィールも聖者様に従うようになってから、たとえ悪人であろうと命を奪うことはよしとせぬ。
しかしお仕置きは必要であろうとな。
時間停止で拘束する前に、たっぷりと肝を潰してやったのよ。
『ドラゴンのブレスは人にとって死と同意義、それが目前まで迫ってくる様子は心の傷として一生残るだろうの』
『思い出すたび悪事に走った自分の愚かさを悔いることになるのだ、がはははははー』
ワシとヴィールのコンビネーションもなかなか上手くいくようだの。
こうして街を襲う危難は今度こそ完璧に払われた。
『だからお前自身が着何なんじゃねーかっつーの!』






