1035 探検、不死王の街
ワシは不死王。
名前はない。
というか失った
不死者としてあまりに長く存在し続けてきた代償か、自分の名前すらとうの昔に忘れてしまった。
そこで周囲の人たちからは先生と呼ばれておる。
通称ノーライフキングの先生。
まあ今では生前の名前も思い出したがの。トマクモアというらしい。
正確には思い出したんではなくヒトから聞いたことだが。
自分が一番最初に知っておくべきことを教えてもらうなど、なかなかない経験よ。
これも不死者として自然から離れた存在に成り果てた報いかの。
そう、不死者の中でも特にノーライフキングと呼ばれる存在はみずからの意思で不死へと成り果てた、いわば上位アンデッド。
永遠に終わらぬ生を得ようなどという望みの詳細は、大体一生かけても成し遂げられない研究や知識の収集。
ワシもまたノーライフキングとなったからには、長く生きた分だけ知識を重ねてきたつもりであったが……。
最近思う、ワシの知識はまだまだ足りぬのではないかと。
ワシに鮮やかな環境を与えてくださった恩人……聖者様。
その聖者様のお役に立てることがワシの何よりの喜びであったが、ここのところ聖者様がワシに頼ってくれることが少なくなったのだ。
別にワシと聖者様の関係が悪化したわけではない。
しかし聖者様もこちらの世界にやってきて多くの知己を得たゆえに、様々な問題を前にして専門知識を持つ人を呼びやすくなったのだ。
人間関係が広まるのは悪いことではない。
知り合いが増えるほどに世界が広まるということだからな。
だから新しくできた聖者様の知己に嫉妬するなどあってはならないし、実際嫉妬などしていないのだが。
ワシが好ましく思わないのは、自分自身の不甲斐なさについて。
不死王、千年の知識を蓄積せし者と偉そうに誇っても、結局のところこの世界のすべてを知っているわけではない。
知らないことがあるので、他の者に聞きに行くのであろう。
その事実を通して悟ったのだ。
不死王といえど、すべてを知りえたと思うのは驕りであると。
生きている限り勉強。
なれば永遠を手に入れたノーライフキングは永遠に勉強しなければならんということだ。
ワシに『初心に帰れ』と神が告げているような気がした。
いや実際神がワシに告げることは食欲塗れなんだけども。
そこでワシは思い立った!
実行! ノーライフキング諸国漫遊企画!!
「死体モドキもなんか妙な企画考え出すようになったのだー。ご主人様の影響か?」
おおヴィールよ。
グリンツェルドラゴンのヴィールではないか。普段新作料理の現れるところにしか現れぬのに、妙な出現タイミングだな。
「面倒厄介事の匂いにも対応できるようになったのだ。新しい子が生まれそうで農場のピリピリしてきたからな。妊婦にかかりきりのご主人様に代わっておれ様が農場の平和を守るのだー」
ふむ、使命感に燃えおって。
おぬしも農場で大分成長したらしいの。
「そういうお前は何か退化したんじゃねえのか? 昔はそんな突拍子もないこと言いだすキャラじゃなかったろ? なんだ諸国漫遊って?」
聞いておったか。
ならば本格的に説明しよう、ワシの画期的な計画についてな。
「なんだか悪役みてーなセリフなのだー。死体モドキが言うとますますそう思える」
聖者様が求めるのは、日常的な知識が多いであろう?
ワシはその点圧倒的に不足しておることに気づいたのだ。
それもそのはず、ワシは不死化してからずっとダンジョンに引きこもり外界の接触を断ってきた。
聖者様と出会って多少外出する機会は得たものの、それでも基本は引きこもりだ。
それでは新しい、生きた知識など取り入れようがない。
そりゃノーライフキングともなれば世界中を循環するマナから知識を吸い出す術もあるが、所詮それだけでは生きた知識とはなりえない。
直接この目で、この耳で、この体で!
知識と触れ合う必要があるのだ!!
それゆえの諸国漫遊だ。
こちらから外へと飛び出し、学び、知って、益ある知識を増やすのだ!!
そうすればきっと聖者様も今以上にワシへ頼ってくれることであろう!!
「はぁ、真面目な死体の考えそうなことなのだー。でもいいのか?」
何がじゃヴィール?
「お前なんやかんや言って、この農場でやることけっこうあるだろう? 農場学校だってどうなのだ? お前そこでよく授業してるし、外に出たら放ったらかしになるんじゃないか?」
フフフ、よいところに気が付いたのうヴィールや。
しかし心配無用、ノーライフキングたるワシは思った以上に万能であるのよ。
その万能性をここぞとばかりに利用すれば大抵の問題はクリアできる。
まずノーライフキングであるワシは、遠方だろうと瞬時のうちに行き来できる高速飛翔魔法も使えるし、転移魔法も使える。
たとえ大陸の端であろうとその日のうちに行って帰れるというわけだ。
「諸国漫遊も日帰り旅行というわけかー。まあおれたち超越者からすれば当たり前だろうがなー」
というわけで授業の合間を利用して、あちこち街や村を訪ねて、そこで生きる人々のナマの知識を探っていこうというわけじゃ。
では早速一つ目の街へ向かうとしよう!
飛翔魔法、ファイヤー!!
「あああッ!? いきなり飛ぶんじゃないのだ!? ロケットみたいな勢いで飛びやがって! お前ってそんな風に飛ぶ種族だったのかよ!? とにかく待ちやがれえええええええッ!!」
* * *
着いたぞ。
ここがワシの諸国漫遊第一歩の街。
人間国は端の方にある何の変哲もない街じゃ。
規模は中程度。
王都から見て魔国との国境が反対側にあるので交通の要衝とも言えない。
これといった特産もなく、要するにどこにでもでもある有り触れた街。
それ以上ともそれ以下ともいえない街じゃ。
しかしそういう街にこそ、これからワシが学んでいく、本当に大事なことが眠っている街であろう。
「おいコラ! 待ちやがれ! おれ様を置いて一人駆け抜けていくんじゃねえー!」
おやヴィールよ。
ついてきたのか。
意外と付き合いがいいのう、お前。
「おれだって来たくてついてきたわけじゃないのだ。でも今日のお前何だか暴走しそうだからとてもじゃないけど野放しにできないのだ」
ヴィールが率先して抑え役に回ろうとは……。
時の流れ、成長を感じさせるぞ……。
ワシも負けてはいられんぞ!
不死者だからと言って成長できない理由にはならない!
新たな刺激、新鮮な刺激を求めて、いざ街へ突入じゃあ!
「ああ待て! やっぱり今日のお前テンションおかしいのだぁー!!」
街へ入ると……早速住人を発見!
知識の交換は会話によって成り立つ!
よってインタビューしてみますかのう!
『ちょっとよろしいか! お話を伺いたいのだが……!!』
「ぎゃあああああッッ!? 怪物ッ!?」
あれッ?
人々がワシの姿を見た途端悲鳴を上げて逃げていくぞ!?
なんでじゃ!?
極めて丁寧かつフランクに話しかけたつもりであるのに!?
「いや、受け入れられるわけねーだろ」
後ろから追ってきたヴィールじゃ。
「テメエ、自分が世界最恐のバケモノだってこと忘れてないか? ノーライフキングなんて暴れ出したら国が傾くレベルなんだから、人から恐れられて当たり前なのだー。たとえ最悪の不死王だって知らなくても本能で最悪とわかるレベルなのだー」
そんなッ!?
ノーライフキング特有の特濃正気だってしっかり浄化する術を開発したんじゃ!
農場学校の生徒ともそれで仲良くなったんだから、今回も大丈夫だと思うじゃろう!?
「んなわけあるか、瘴気があろうとなかろうとテメエは絶対強者のオーラがビンビンなのだ! 中でも特別強いノーライフキングだろうお前! やっぱニンゲンじゃ一睨みされただけでビビり番長腰砕けなのだ!!」
な、なんじゃとぅ……!?
それではワシは一般の人々と交わることはできない……!?
悲しい不死王だということか……!?