1034 神へのお礼
準備万端時間をかけた焼肉大会も無事終わった。
紆余曲折の甲斐あって、新たな命を宿した妻たちも妊娠の大変さを慰撫され、出産という大仕事への励みになったと思う。
これでもうやることは終わったか。
いや、後処理という形でいくつかやるべきことは残っている。
皿洗いとか掃除とか。
それはもう既に完璧にやった。
角イノシシにも手伝わせてキッチリ整えたよ。
その他にもう一つ。
関係各所へのお礼がまだ残っている。
そのために今回、ノーライフキングの先生にお願いしていつもの召還をしてもらった。
『藁を編んで作った昔の雨具は……蓑っス!!』
冥界の神の一神であるミノス神だ。
この焼肉会、ミノス神には大いに世話になったので改めてお礼のために降臨してもらった。
「ミノス様~、先日はどうもありがとうございました!」
『うむ聖者か。何をどっこいこちらこそ、古来より守護してきたミノタウロス族を直接助ける機会をくれたのだ。礼を言うぞ』
何て謙虚な神様なんだ。
ゼウス始め天界の神々の所業を知っていると、どうしてもこれが神様かと疑いたくなる。
「それでもミノス様の行いで俺も大いに助かりましたので、今日はそのお礼にと、ささやかながら宴をご用意しました」
『宴ッ!!!!!!!!』
リアクション大きい。
『いやー……そんないいのかい? 聖者の催してくれる宴って言えばアレだ。お手製の、美味しい料理が出てくるんだろう? それを私が独り占めしてもいいものでありましょうか? フヒヒッ』
なんか口調が変わっとる。
それぐらい嬉しいってことか?
『いや実は何気に期待していたんだよ。ミノタウロス牛からお肉セットを贈られたのは横目に見てたからさー。あわよくばご相伴に預かれると思って焼肉パーティ当日は召喚スタンバってたのよ。しかし結局呼び出されることもなく肩透かしを……いや怒ったわけじゃないんだよ? ただちょっとね、残念だったなあというか……』
ミノスさん口調がおかしくなっていますよ。
そんなに期待をかけてくれたのに呼べずじまいで申し訳ない。
ただ焼肉パーティの日はあくまで奥様たちが主役でしたのでね。メンバーも必要最小限に絞らないとってことで、それでも大人数になっちゃいましたし……。
「というわけでミノスさんには別日を設けさせていただきました」
『うん! 冥界の裁判官許す! ノットギルティ!!』
無罪判決を勝ち取れてよかった。
『それでそれで? 聖者くんはどんなご馳走を用意してくれたのカナ?』
「焼肉パーティの日に使用したミノタウロス牛がまだ尽きていませんので、それを利用しようかと」
『いいね! その言葉を待っていた! 聖者が調理するミノタウロス牛! 美味い素材と美味い調理が合わされば絶対美味い!!』
さっきからテンションまあおかしいじゃないですか。
俺の料理の腕をそこまで信じてくださるのは光栄ですが。
ミノス神も、ハデス神の眷属として何度か農場を訪れてきているからな。その時に料理も食べた。
冥界の神と大会の神が一斉に押し寄せてきてあの時はてんやわんやだった。
しかし神様方にとってはそれこそ天国のような体験だったようだ。
それはそれでもてなす側の俺も誇らしいけれど。
「それでですね、前会った時に言ってたじゃないですかミノスさん……」
『うん』
ミノタウロス族は、ある肉を冥界の神々に捧げていたと。
それは……。
モツ。
内臓の肉だ。
「俺もモツをミノスさんに捧げようと思います!」
『……』
なんだ?
ミノス神、急に渋い顔になって……。
『……いやゴメン、せっかくご馳走してくれるって言うのに悪い態度だったな。すまん。よくなかったな』
「あれえっと……もしや、モツ嫌いです?」
『そんなことはない! このミノス神! 一番の好物は……ミノっす!!』
ちなみにミノは、牛の胃だ。
特に一番目の胃のことをミノというらしい。
一番目?
そう牛の体内には胃が四つあり、それぞれ違う味わいで別の名前が付けられているらしい。
同じ器官なんだからどれも同じ味だと思いきや、驚きだ。
『とはいえなあ、さすがに有史以来同じ食材を捧げられていると飽きが来るというか……。だからこそ聖者の料理は余計に美味く感じてなあ……』
そういうことですか。
ならばこの聖者にお任せあれ。アナタの信頼を裏切りません!
もちろんモツをそのまま捧げるわけではありません。
腕によりをかけた一品として仕立てましょう。
その料理は……。
「もつ鍋です!!」
グツグツと土鍋の中で煮立ったモツが泳いでいた!
醤油スープに浮かぶプリプリの白い宝石。
それこそモツに付いた脂身。
まるで真珠のような輝きだ。
もちろんモツ肉の他にもニラキャベツと緑の彩り鮮やか。
『おお、見慣れたはずのモツの肉が、なんとプリプリ輝かしい……!』
ミノス神ももつ鍋の物珍しさに気を引かれたのか、慣れた手つきで箸をとった。
『いただきまーす……。はぐ、うまぁああああああああッッ!!』
覿面の反応であった。
煮られたモツは執拗な歯応えを持ちつつ、脂の部分は脂以外の何者でもないと言わんばかりの柔らかさ。
噛めばジューシーな脂あふれ、同時にしみ込んだ醤油ベースの出汁も口内に満たされる。
ニラとキャベツの歯応えがアクセントを与え、そして合間に見え隠れする一欠けらのニンニクがさらなる深みを与える。
まさに土鍋の中に花咲いた小宇宙。
それがもつ鍋。
『……ベネ(よし)! 大変美味しゅうございました! やはり聖者の腕は神にも等しい。今まで食べたこともないモツの美味しさであった!!』
気に入っていただけたようでよかった。
これで牛肉を得るために尽力くださったミノス神にも相応のお返しができたわけだ。
心が軽くなる。
『聖者様』
その横で、もつ鍋の相伴に預かっている先生がいた。
『神界より通信がえらい勢いで来ていましてのう。無視するわけにもいかぬから召喚いたします』
「え?」
『ふんじゃらぽい』
先生が杖を振ると、立ちどころに空間歪み、割れ広がる狭間から現れたのはお馴染みハデス神だった。
『ミノスぅ! 貴様抜け駆けし追ってえええええッッ!!』
『ひぃいいいいいッ!?』
恨みがましくミノス神に追いすがるハデス神の姿はさながら地獄の亡者のよう。
冥府の帝王であるはずなのに。
『余の好物がホルモンと知っての狼藉かぁあああああッッ!? 聖者が調理したモツぞ? それを一神で独占しようなどと、お前こそコキュートスに落としてやろうか? 裏切りの罪でユダ、カシウス、ブルータスの横に並べてやろうかぁああああ……!?』
『そ、そんなこと言われたって、今日のお食事はミノタウロスを助けた私への返礼なんだから私一人が饗される筋がある!!』
冥界の裁判官が被告人席に立たされている。
しかし食べ物の恨みは怖いのだ。
ハデス神の怨念を否定しきることはできない。
『ミノスに恨み抱いているのは余だけではないぞ。自分が冥界三巨頭の一人だということを忘れたか?』
『まッ、まさか!?』
『不死王よ、また力を貸してもらえんか?』
ハデス神がそう告げると先生また他愛もなく召喚魔法を使う。
『冥界三巨頭が一人ラダマンティス参上!』
『同じくハチノス参上!』
『お前アイアコスだろ』『ハチノスはお前の好きなモツの名前だよ!』
もう色々やってきて収集つかなくなった。
とりあえず俺がこれからやらねばならないことは、新たに現れた神々のために追加のもつ鍋を用意しなきゃいけないということだ。
やっぱり神々のお相手は大変だぜ。






