1033 焼肉後の奥様
はあ……。
塩焼きそば大変美味しゅうございました。
肉、肉、肉のたんぱく質加重奏から炭水化物も補給できてよかったかな。
さすがに炭水化物でお腹パンパンになったせいか、焼肉大会も速やかに終息していくのだった。
「満腹満腹! 超絶美味しい思いをさせていただきました! 実に満足!」
プラティも吐くほどお肉を食べて喜んでくださったようだ。
お腹もあんなに膨れて……いやあれは別のものが詰まっているからか。
「ありがとう旦那様! こんなに素敵なイベントを用意してくれて! ここまでねぎらってもらえたからには必ず元気な赤ちゃんを生んでみせるわ!!」
大事なことはそうだよね。
プラティも今日の食事で英気と栄養チャージできたことだろうし、きっとお産も元気に乗り切ってくれることだろう。
「はぁ~こんな気遣いある人を旦那様にできるってホント勝利よねえ~。やっぱりさ? 気遣いできると言ってもその度合いは人によって違うから、さ?」
チラッ、チラッと向こうを見るプラティ。
視線の先にいるのはご招待した各地の奥様たち。
やめるんだ!
夫自慢は嬉しいけどご近所との関係悪化を誘うようなやり方は感心しないぞプラティ!!
「んだよ! ウチの旦那だって気ぃ効かせて土産とか持ってきただろうがよ!」
果敢にパッファが反論。
そうだね、パッファの旦那さん……アロワナさんが持ってきてくれた海産物で一気にバーベキューに傾いたがね。
「そうね……それにねプラティちゃん? 他の旦那様をこき下ろすってことはアタシの旦那様のこともこき下ろすってことだけど……」
そう言ってゆらりと出てくるシーラさん!?
「それって自分の父親のことだってわかっているのかしら?」
「すみません! お口が過ぎました!! 調子に乗ってしまい申し訳ありませんでした!!」
土下座するプラティ。
娘相手でも夫への侮辱は許さない最強のシーラママであった。
「でも今日は招いてもらって本当に楽しめたわ。パッファちゃんもランプアイちゃんも栄養たっぷりで明日への活力が湧いてきたわね!」
「はい、お義母様!!」
パッファも姑との関係を上手くやれるようになったんだなあ。
彼女が人魚国へ嫁入ってから顔を合わす機会が減ったが、彼女なりの成長を向こうで遂げたらしい。
「わたくしも有意義な一日でした。火と見詰め合い、火の美しさを思い出せ。初心に帰ることを教えてくれたのですね聖者様」
そんなこと言うのはランプアイだった。
いや違うが?
まったく違うが。
そんなこと意図した企画ではまったくない。
「ねえねえそれより旦那様! 報告したいことがあるのよ!!」
何だいプラティ。
「新しおいママ友が出来たのよ! こちらアリアスさんていって、ずっと前にアタシを魔国に嫁入りさせようとした陰謀野郎の娘さんなんですって!」
紹介文からしてまったく仲よくなれる要素を発見できないんですが。
たしかに初めて見る顔の奥様だな。
ん?
マモルさんの奥さん?
それはまた苦労性の気配が……。
ああして逆らえない相手にやたら絡まれるのも星の下って気もするからなあ。
「ほーう! それは見逃せない聞き逃せないのにゃーん!!」
今度は何だ!?
にゃーんと躍り出たのはブラックキャット!
人間国から来てくださったギルドマスター夫人だ。
そういや彼女もおめでたなのか。
オオカミ獣人のシルバーウルフさんとの間に、どんな子どもを授かるんだ?
「四天王のマモルにゃんがウチのダーリンとはマブだと聞いたにゃーん! だったら奥様同士もお友だちにゃん!!」
「ええッ!? えええええええええええええッ!?」
こらこら奥さんを抱えたまま振り回すな。
命がもう一つ入った大事な体だぞ!
ブラックキャットは人妻となって落ち着きがついたと思いきやドッコイ猫の落ち着きのなさは打ち消せるものではないらしい本能的なことから。
そもそもシルバーウルフさんとマモルさんが友人なのは同じ苦労人とシンパシーからだし、それを行くとお前とアリアスさんは当てはまらないような!?
まあいいのか友だちになる理由なんて人それぞれだし。
交流の場になったり栄養と英気を養った焼肉大会。
準備に入念な時間をかけた一大イベントだったが、無事完了することができました!!
* * *
そうして皆帰って閑散となった頃……。
……ん?
まだ一人誰か残っている?
ゾス・サイラじゃないか?
アイツだけ単独で、まだ片付けてない七輪に何か載せて焼いている?
肉がまだ残っていたのか?
しかしまだ食べたいなら皆で食べればよかろうに?
「おお聖者か。わらわの実験にようこそ」
実験?
実験ボクの街ってことか?
肉を焼くことのどこが実験かわからんが、専門家の見ている世界は凡人には計りがたいからなあ。
「何? どれだけ焦がしても美味しく食べられるか検証するの?」
「そんな肉に失礼ないことするか。大体火の通り具合なんて人それぞれの好みじゃろう。真っ黒こげの炭でも美味しい言う人もおるかもしれんじゃろうが」
そうかなあ?
しかしだったら何を実験してるんだ?
「今焼いておるのは、ぬしが提供した牛肉ではないぞよ。こっちで用意したものじゃ」
はい?
「わらわが手ずから培養したホムンクルス肉じゃ」
「ほぇッ!?」
「来たるべき食糧不足に備えとこうと思うてのう。凶作とかになっても独自の生産方法を確立しておけば民も飢えを避けられるかと思うてな」
なんという為政者的思考。
コイツ散々宰相を辞したいと愚痴っておきながら骨の髄まで宰相じゃないか!?
だからと言ってマッドサイエンティスト思考もしっかり両立してんじゃねえか。
やることが肉の人工培養とか、まんまSFの世界。しかもディストピア寄りの。
倫理的な問題とか、健康上の問題とかとにかく問題てんこ盛り。
そんな状態で市場とかに出回せるんですか!?
だからここで実験してるんだろうけど……。
「既に幾重も試行錯誤を重ねて、けっこういい段階まで進めれたと思ってんじゃよ。そろそろ有識者の意見も聞きたいと思ったところに、この焼肉会じゃ。ちょっとイイ感じに焼いてみようと思っての」
ええ、これってまさか……。
俺が味見する流れ……!?
いやあの俺、塩焼きそばでけっこうお腹いっぱいな感じで……!?
……ウソです。今日は給仕側に回っていたのでほとんど食べていなかったから塩焼きそば一杯程度で容量オーバーになったりはしない。
悲しいことに。
「ほれ食え、わらわが手ずから焼いてやった肉ぞ。光栄であろう?」
いえ別に!
しかし逆らえそうにない空気なので仕方なく口に入れてみた。
手元にはちゃんと世界樹の葉入り青汁を用意してある。
これならたとえ胃が溶解しようとも元通りにしてくれるに違いない。
俺は死ぬわけにはいかない! これから生まれる子どもと、既に生まれている子どもたちのために!!
いざ生還へ! レッツイート!
…………。
モグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグ……。
……まあ、味は。
味はね?
淡白な感じだな豚肉に近い。
これといった特徴もなく味付け次第でどうとでもなりそうなのはむしろ長所ではなかろうか?
そして歯応えの方だが……。
……この歯応えは、モツ?
噛んでも噛んでも噛みきれないような強靭さと独特のコシ。
これはまさしくモツ……いや待て?
頑張って噛み切ってみると、その瞬間にプリッとくる歯応えはモツ以外のものを連想させる。
これは……タンだ!
最近焼肉でナンバーワン食べられる牛タンの歯応えだ!!
それどころか噛めば噛むほど歯応えが変化していって、まるで特上カルビのような柔らかさ!
口内で千変万化する歯応えのテーマパークやぁ!!
このホムンクルス焼肉、もしかしなくても超高級肉じゃねえのか?
味も歯応えも一級と言ってよかろう。
……いや待て。
そうなると俺が苦労して入手してきたミノタウロス牛の立場は?
あんなに紆余屈折の果てに苦労に苦労を重ねて手に入れたミノタウロス牛の……さらに上を行く肉質がポンって出てくるのは……ッ!
認めたくない!
そう簡単には認めたくない!!
ゾス・サイラのホムンクルス肉は……、美味しいけれど、美味しいと認めるのはちょっと待っていただきたい!






