1032 焼肉の果て
肉を焼いて、肉を焼いて、肉を焼いて、肉を焼いて、肉を焼いて、肉を焼いて、肉を焼いて……。
俺です。
まあ焼いてないですけれど。
俺のきょうの仕事は、妊婦の皆さんが焼くためのお肉を解凍し、並べること。
一番美味しい見え方のするために最大限の努力を厭いません!
「我が君! プラティ様が特上カルビ追加です!」
「魔族テーブルでシマチョウ三人前! あとロースとハラミもトンソクも追加!」
おう了解!
ゴブリンチームの皆は下がってきた皿をじゃんじゃん洗ってくれ!
既に肉を乗せるお皿が不足し始めているから。
そして手透きの時に皆も焼肉食べてね!
当然のごとく焼肉が大好評となって、凄まじいペースで肉が減っておる。
ミノタウロス牛からから貰った百年分のお肉が、今日中になくなりそうだ。
それくらい皆気に入ってくれたと思えば嬉しい限りだ。
妊婦応援のために考えた企画大成功と言ってよかろう。
俺もご機嫌でお肉を皿に盛るぜ。
「よぅし! 次のご注文はロースにハラミにトンソク……ん?」
豚足?
バカな、牛肉からは絶対に出てこない部位が注文されるとは?
一体どういう異次元プロセスでそうなるんだ。
『かしこまりました豚足一丁ッ!!』
うおッ!?
知らないうちに調理場で駆けまわるスタッフが俺の他にもう一人!?
角イノシシではないか!?
何故ここに!?
『聖者様! 呆けてる場合ではありませんぞ! 豚バラ、豚ロース、トントロ、じゃんじゃん出せますいつでも出せます!』
「ちょっと待てい」
呆けさせている本人が言ってくるな!
どういう状況だ!?
焼肉屋に勝手にブタが侵入してきて豚肉を提供してきた!!
何を言ってるかわからねーどころの話じゃない!
どこからツッコんでいいやら!?
「我らスクエアボアの誇りに懸けて、我らが肉で皆様を満足させてみせます! 牛肉なぞには負けません! だから聖者様! 今一度我らにチャンスを!」
チャンスも何も、もう既に豚肉提供してるじゃねーか。
我が農場の主要たんぱく源として食われまくった角イノシシが、輪廻転生を重ねまくって魂の各を上げた結果、人間並みの思考と知性を獲得して霊獣クラスになってしまった。
だから絞めた傍から復活するし、自分の肉を当たり前のように提供してくる。
怖い。
そしてコイツは正確にはイノシシで豚じゃない!
……やっとここまでツッコミ終えた。
「そして知らないうちに調理場に忍び込んでくるんじゃない」
『手なら洗いましたぞ』
「清潔さを問題にしてるんじゃない!!」
いやそこも充分問題なんだが。
本当に大丈夫? その毛皮にノミとか紛れ込んでたりしない?
この角イノシシは霊体だから毛が飛び散ることすらないって?
ほないいか……!?
「ということは今食卓の方では牛肉と豚肉が入り混じって食べられているということか!?」
いや……。
ウチの角イノシシの肉だって、農場パワーと度重なる輪廻転生が鍛え生み出した最高峰の肉だと自負している。
多分豚肉では世界一。
だからミノタウロス牛が相手でも決して味負けしない。
同じ食卓に上ったところで違和感など感じさせないだろう。
だからって言ってシェフに断りなく予定にないメニューをお出ししていいわけじゃないぞ!
『ふっふふふ聖者様、もうそんなことを言っている段階ではないのですよ?』
「なにぃ!?」
いわくありげに笑う角イノシシ。
どういうことだ!?
『その目でたしかめてみるがよろしかろう』
おのれ角イノシシめ悪役みたいなもったいぶり方しやがって。
たしかめてみるって、プラティたちがいる食卓スペースか?
何が起こっているというんだ!?
お望み通り確かめてやらあ!!
「こらー! 肉じゃないものを焼くな!」
「煩いわねえ! ちゃんと野菜も食べなさい!」
プラティとヴィールが言い争いをしていやがった。
何を巡ってそんなにバチッているのかと言えば……焼肉のために用意した七輪&金網の上に……。
キャベツがあった。
「あッ! ご主人様聞いてくれ! コイツが断りなしに野菜を焼こうとしてくるのだ!!」
「肉ばかり食べてちゃバランス悪いでしょう! 健全な成長のためには栄養の全種類を満遍なくとらないといけないのよ!」
焼き野菜……!
七輪には予定になかったキャベツ、カボチャ、赤パプリカ、黄パプリカ、ナスにトウモロコシ、シイタケ、エノキ。
実に色とりどりの野菜が並んでて目に鮮やかだ。
何しろウチは農場だからな。
野菜を確保してくることなんて朝飯前だ。
「ジュニアやノリトも焼肉を食べてるからね。やっぱり野菜が欲しいと思ったのよ。その辺の畑からブチっと引っこ抜いてきたわ」
ダイレクト食材確保。
農場ならではのムーブだ
「子どもの成長に野菜は必須! プラティ殿の行動は是とすべきだ!」
「そうだ、そうだー!」
アスタレスさんやパッファ、長男長女を既に生み落としたママさんを中心にプラティの論を盛り立てている。
さすが母親! 子どものために考えている!
「そんなことないよなご主人様! 野菜なんかいらねーって言ってやってくれ!!」
いやヴィール……。
仮にも農場主である俺になんてこと言わせようとするんだよ……!
いや、俺もわかっていたさ。
この焼肉に欠けているものがあるって。
それこそ野菜。
この農場で生き、日夜愛情込めて野菜を育てている俺が気づかないわけがないだろう。
しかしそれでも俺は長年のライフスタイルを無視してまで、焼肉に野菜を加えなかった理由は?
誰とて一度は夢見るだろう。
人目や様式に囚われず、ただ自分の好きな肉をひたすら食いまくりたいと。
そんな想いが、焼肉から野菜を控えさせてしまったんだー!!
「かるび、かるびー」
「ダメよノリトッ! まず野菜を食べるのよ!」
プラティもいいお母さんになってきたなあ。
次に生むのが三人目だから当然っちゃ当然だが。
やっぱり焼肉にお野菜はいるよな。
蒙を啓かれた。
かといって豚肉の介入をすんなり許す気にもなれんがな!!
『まだ甘いですな聖者様』
そこへ出てきた角イノシシ。
なんでコイツ今日こんなに不敵なんだ?
『この焼肉パーティに紛れ込んだ異物が、野菜だけだと思いか?』
「豚肉があるよな?」
『それではございません! 見てください、あちらで焼かれているものを!』
あっち?
向こうは同伴の旦那さん組が囲んでいる卓だが……?
うおぉおおおおーーッ!?
あっちで焼かれているのは、エビ!? カニ!? イカ!? さらには貝類!?
新鮮な海の幸が七輪の上で踊ってるぅうううううう!?
「おお聖者殿もこちらで一口いかがですか!?」
というのは人魚王アロワナさん!?
「いつも頂いてばかりでは心苦しいので土産の海の幸を持ち込んできたのですぞ! 人魚国で厳選した最高級品ばかりです!!」
「もっすもっす!」
ナーガスさんまで一緒にエキサイトして。
野菜はいい! 豚肉もいい!
しかし魚介類まで加わったらそれはもう焼肉の枠からはみ出してしまっていて……。
焼肉が枠を失えばどうなるのか?
バーベキューだ!
複数の家族が集まってホームパーティの中で行う無秩序な焼料理。
バーベキュー以外の何者でもない!
焼肉の行き着く果てはバーベキューだったのか……!?
「こうなったら俺も流れに乗ったらぁああああ!!」
網の代わりに鉄板を乗せて!
作るのは焼きそばだ!!
バーベキューの締めと言えば焼きそば!
しかも海の香り漂う塩焼きそばだぁああああああッッ!!
……こうして焼肉大会は俺の意図しない方向へ流れて行って終結した。
しかしそれが家族と言うものだろうな。
何事も自分一人の意思で片付かないものだ。
そもそも大目的である奥様方にたっぷりタンパク質とエネルギーをとっていただこうという目論見は果たせたんだから、それで良しとしようじゃないか。






