1031 旧敵との対面
引き続きアリアスですわ。
四天王の妻として夫の役に立って見せるわ!
魔王ゼダン様との不意の邂逅を経て、ついに大目標である魔王妃アスタレス様に目通りを果たすわ。
アスタレス様は現魔王妃であらせられるけど、それ以前は魔王軍四天王であらせられた。
私のお父様と同格であったわ。
だからこそ鎬を削り合う政敵でもあり、魔王軍という組織においてよりよいポジションを巡って蹴落とし合う関係でもあった。
そして実際お父様はアスタレス様を蹴落としたし……。
そんなこんなでアスタレス様の我がお父様への感情は最悪と推測できる。
そのお父様の関係者である私やマモルちゃんへの感情も最悪だと推測できる。
色々もうひっくるめて最悪よ。
それを改善するための今日のお目通りなのよ!
とはいっても、お父様が地位を追われてもはや十年近く……。
そこまで時間が経てばアスタレス様だって恨みも忘れているかもしれないわ。
いえ希望的観測は禁物よ! 世の中には何十年経とうと受けた恨みを忘れない執念深い人だっているわ!
とくにアスタレス様はそういうタイプっぽい!
四天王時代は残虐将軍とか呼ばれてたお人なのよ!
だから細心の注意をもって当たらなければ、改善するつもりで却って悪化したなんてことにはなりたくないわ。
でも大丈夫!
私には頼れるマモルちゃんがいるから!
どんなときにも『陰からマモル』! そうよね!?
アレ!? いない!?
「夫衆はこちらの席だ。愛しい細君とはしばしお別れぞ!」
ああッ!?
なんか魔王様がマモルちゃんの肩を抱いておられるわ!
何でも気の回りすぎる男マモルちゃんではあの拘束を振りほどくことは不可能だわ!!
「今日の主役は、懐妊した奥方たちだからな! 女同士で友好を深めるべしというの趣向だ! 邪魔な男どもは向こうで小さく固まっておるゆえ用があれば呼ぶがよい!!」
と言って去ってしまわれたわ!
マモルちゃんは気遣いのできる優しい男だからなおさら魔王様を振り切ってくることなんて不可能!
待ってマモルちゃん私アナタがいないと何もできない!
……。
いいえ、そんないつまでも甘えているからダメなのよ!
私はいつまでもマモルちゃんに守られてばかりいる女じゃダメ!
見えない陰から夫を支えるできた妻! 今度は私こそが『陰からアリアス』になるのよ!
じゃあ、勇気を出してここから孤軍奮闘よ……!
こっちのテーブルに奥様衆が集ってると聞くけど……!?
「その肉をアタシに寄越せやあああああッッ!!」
「だからこっちの肉はアタイの育ててる分だってんだろうが!! 不当! 不当なる侵略行為!!」
なんだか騒がしいわねえ。
高貴なる人々の集まりだと聞いていたけれど、思ったより野蛮なところなのかしら?
また変なのに絡まれる前にアスタレス妃と接触しなければ。
ええと……。
どこかしら?
あッ! いらっしゃったわ!
あんなところで静かにテーブルについていらっしゃる!
さすが魔王妃様はいかなる場所においても儀礼を尽くして高貴であらせられるわ!
向かい合って座っているの異は第二妃のグラシャラ様!?
あの方も要注意ね。
私のお父様が発端となったお家騒動には直接関わっていないものの、あの御方も元四天王でしかも現職時代はアスタレス様と強力なライバル関係だったらしいわ。
それは双方魔王妃となった今なお継続中というかむしろ激化している。そりゃそうだわ魔王妃として魔王様の寵をどちらが得られるかは四天王の時以上に深刻だもの。
そんな情勢の中、アスタレス様へ過剰に肩入れすれば味方と認識され、自然グラシャラ様からは敵対視されるのが定石……!
慎重な踏み込みが必要となるわね。
さあアリアス。
今日のミッション本番と言ったところよ。
深呼吸してことに当たりましょう。
「……ご尊顔を拝しますアスタレス妃殿下。私は四天王『貪』のマモルの妻で、アリアスと……」
「黙れ話しかけるな」
えええええええええええええええッッ!?
アスタレス妃!
いくら何でも第一声すら拒絶してくるなんて想定外ですわ!!
そんなに今も私のお父様を恨んでらっしゃるの!?
それとも下々のものに気をかけることがさらさらない!?
「今私たちは肉を焼いている最中なのだ。最高の焼き加減を見極めるために気を散らせるわけにはいかん。焼き上がるまで黙っていろ」
ええええええッ!?
一体何なの?
えッ? それが焼肉!?
網のようなものに薄く切り分けた肉が載せてあって……。
網の下に火が用意してあるのね?
でも魔王妃にみずからお肉を焼かせるなんて、無礼じゃなくて?
本来なら何から何まで、それこそ口に運ぶところまでやらせてのおもてなしだと思うわ!
それをこんな、客に自分からやらせるなんて……!?
うッ、お肉を焼く匂いが……物凄く美味しそう。
「ん? 何を突っ立っている? そんな傍に立たれたら気が散るだろうさっさと座れ」
「えッ? 魔王妃様のお隣にですか!?」
「他にどこがある? 四天王時代の癖が抜けきらなくて背後に立たれると本当に落ち着かんのだ! わかるよな? 命を狙うのなら背後から襲い掛かるのがベストポジションだ」
滅相もない!
暗殺者と疑われるくらいなら隣に座るのが何倍もマシだわ!
でもあまりに恐れ多いけれども……!?
「……で、マモルの妻だったか」
「は、はいそうですッ!」
「あの男も大概の苦労性よな。陰謀オタクのラヴィリアンに代わって実務のほとんどを担当し、四天王に上がれば怠け者のベルフェガミリアに代わって魔王軍を取り仕切る立場だ」
「は、はいッ!?」
「ここ数年の魔王軍は魔王軍はマモルのヤツが支えてきたと言っても過言ではない。いっそ魔軍司令の座をヤツに明け渡してはどうかと話が上がったが、重大な役名で縛らねばベルフェガミリアのヤツがどうなるかわからんのでな。トップと同等の権限と報酬を与えることで満足してほしい」
それってほとんどトップと同じってことでは!?
私、マモルちゃんが優秀だって知っているつもりだったけれど、そこまで評価されているなんて知らなかったわ!
「ん、この肉はちょうどいいな。ほれ食え」
ええええッ!?
魔王妃みずから焼いたお肉をッ!?
恐れ多いッ!
そんなこと知られたら社交界で袋叩きに遭いますわ!
「ここ農場ではくだらん身分問題などない。くどくどしい礼儀作法をな。あっちを見てみろ、テーブルひっくり返す勢いで争い合っている女たちがいるだろう」
はい……。
さっきから気になっておりましたが、あまりに不作法ではありませんか?
「あれは人魚国の王妃と王妹だ。彼の国始まって以来の才媛賢女と両方が謳われているが、あんな姿はとても国民に見せられんな……!」
そ、そうかここは無礼講でいろんな国の人たちが訪れていると聞いたけれど。
人魚国の王族まで訪れていたなんて。
魔王妃のことに集中して他の情報を収集し忘れていたなんて失態だわ!!
「おい、早く肉を食わんと冷めてしまうぞ!」
「ああッ? はいッ!!」
魔王妃に給仕させてしまうのも重罪だけど、せっかく魔王妃様が供していただいたものを美味しく頂かないのはさらに重罪だわ!
ここは意を決していただきます!
……んッ?
んまあああああああッッ!?
何なのこれは!?
度を越して美味しいわよ!?
「農場の食べ物は何であっても美味いものだ。こたびは妊婦たちのために美味しい肉を食え、という趣向らしい。たくさん精をつけて出産のためのパワーを養えということだな!」
はい! 美味しいです。
「お前は初産のようだから戸惑うことがあれば何でも私に聞きにくるがいい! これでももう二人生んでいるベテランだからな! 貪聖剣の継承家系ともなれば魔王家と婚姻を結ぶには充分だし、女子ならゴティアの嫁に、男子ならベルゼビアの婿になるかもしれん! 丁重にしていて損はあるまい」
そんなアスタレス様!?
よろしいので?
私はアナタを陥れたラヴィリアンの娘ですよ。
「は? ラヴィリアン? アイツがなんかやったっけ?」
まったく覚えていなかった!?
今日までの私やマモルちゃんの気遣いは何だったというの!?
私たちの危惧した問題は、私たちの字らないうちにとっくに解決されていたというの!?
もういいわ! もうヤケだわ!
こうなったら目の前のとっても美味しいお肉、お腹いっぱいになるまで食べまくってやるんだから!






