1026 焼肉当日
今日はいい天気だ……。
まさに絶好の焼肉日和。
というわけでついに来たぞ。
妊婦応援企画、験担ぎ焼肉大会!!
農場には招待を受けて、各地の妊婦たちが集結していた!
我が妻プラティをはじめ、人魚サイドからはゾス・サイラにカープさん、シーラさん。そしてパッファにランプアイが参戦だ。
魔国からはアスタレスさんグラシャラさんの両魔王妃に、お馴染み農場の仲間であるバティ、それにかの苦労人マモルさんの奥さんが農場に初来訪。
人間国からは獣人ブラックキャットさん&領主夫人のヴァーリーナさんがいらっしゃった。
さらにはドラゴンのブラッディマリーさん。
竜族初懐妊ということで何重にもめでたいことだ。
こうして見ると数がクソほど多くて改めてベビーブームの凄まじさを実感できる。
クロノス神のご利益、効果てきめん。
「旦那様、今日は何をするつもりなの?」
我が妻プラティが代表して尋ねてくる。
「ここ最近何か準備してるってことは気配で察していたけれど。楽しみすぎて仕事が手につかなかったのよ! 旦那様が新たに用意するものって、今までにない美味しいものに決まってるじゃない!!」
プラティの目がイッちゃっているのがわかった。
俺が何か新しいことをする時は、即ち新しい美味が生まれるものとわかっているからだ。
もはや条件反射の領域。
妻がこんなになってしまったのは俺のせいでもあるのか……。
「出産という大仕事を控えた妻のために宴を用意してくれるなんて……。プラティちゃんは本当にいい旦那様に恵まれたわねえ」
と言うのはシーラさん。
先代の人魚王妃にして、プラティのお母さん。
この人も現在新しい命をお腹に宿している。
自分の娘と同時期に妊娠ってマジであるものなのか。プラティやアロワナさんをお生みになったのが早い時期だったようだし、今でも相当お若いからなあ……。
「お産というものが女にとってどれほど大変なことか……。それを理解できる殿方は意外と少ないのに、プラティちゃんの旦那様は貴重な一人だったようねえ。他の旦那様方にも見習ってほしいものだわ」
シーラさんがそう言って視線を向けると、幾人かが後ろめたそうに視線を逸らした。
会場には当然奥様だけとはいかず、その旦那たち……さらに初産ではない夫婦には長男長女らも伴って来ている。
「そんな前口上はどうでもいいのよ! とにかく旦那様! 今日は! 今日はどんなご馳走を食わせてくれるの!?」
待ちきれないのかプラティがバンバンとテーブルを叩く。
やめなさい行儀の悪い。
ジュニアやノリトが真似したらどうするんだ。
しかし美味を期待してもう待ちきれないぐらいの段階になり、目が血走り出しているのはプラティだけではない。
主に農場に住んだり通ったりして、ここでの現象に慣れてしまっている人たちだが。
もう次に起こることが予測できて、よだれが溢れまくっておった。
パブロフの犬か。
これ以上もったいつけると暴動が起きそうなので、巻きで行くとしよう。
まずは開会の辞だ。
「えー、皆さんお集まりいただきありがとうございます。本日はお日柄もよく……」
「挨拶なんてどうでもいいから! 早く本題に入りなさい!」「ごはん! ごはん!」「もう待ちきれねぇ!!」
うおぅ、アメリカ人並みのせっかちさだぜ!?
ではもう公開と行きますか。
これが今回の目玉! 焼肉です!
「うおおおおおおッッ!!」
「これが聖者様の新作!!」
待って待って待って。
皆さん。
出された肉をすぐさま口に運ばないで。
生肉ですよ。
ステイステイ。
「ええー、だって!! 聖者様が用意した料理なら絶対美味しいに決まってるじゃないですか!!」
「そうです! 何の迷いもなく口に入れることができます!!」
皆さんの俺への信頼、高すぎ!?
招待妊婦の中には立場上、毒見が必須な方もおられるというのに。
信じてもらえるのは嬉しいが、しかしやっぱり食べる際に手順を守らねばならぬ。
特に生肉だからなあ。
妊婦さんが食中毒にでもなられたらとりわけ大変だ。
ここは焼肉の作法を念入りに……各々の旦那さん! 奥さんをしっかり押さえててくださいね!
一緒になって生肉を食おうとするな!!
「今回用意した料理は焼肉! その名の通り焼いてこそ意味がある!!」
「おおッ!?」
「なので、焼き肉の食べ方をこれより実演してみせます!」
焼肉を異世界に呼び込みし者……この俺がみずから!
「既に燃え盛った炭を一杯に詰めた七輪! 肉を焼くためのものです!」
この日のために作成しておきました。
上に乗せた金網もいい具合に熱せられ、ゆらゆらと蜃気楼を上げておる。
「この上に……肉を載せる!」
瞬間、ジュウウウウウッ! と実に美味そうな音が上がる!
肉が焼ける、食欲をそそる音だ!
染み出た脂が、金網の間から漏れて炭の上へと落ちていく。
「きゃあああああッッ! 美味しそう! これでもう食べていいのね旦那様!?」
「いや待て! 肉をひっくり返さないと! 片側だけ焼いてもダメなんだ!」
もうプラティたちが完全に焼肉に取りつかれているが、普段からこんなに正気を失っていたっけ!?
これも焼肉の魔力によるものか?
正確にはまだ口に入れていないというのに、もう焼肉は皆を魅了してやまない!?
「裏面もしっかり火を通して……。よし、これで焼き上がった! ハイどうぞ!」
タレもあらかじめ用意してあるので、あとはもう食すのみ。
小皿に渡ったお肉をプラティが、待ちわびたとばかりに口へと運んだ。
その間、一秒未満。
「うまあああああぁあんはぁああああああああッッ!?」
プラティが上げる奇声。
「どういうことなの!? お肉が柔らかいわッ! 普通焼いたら固くなるものじゃないの何でもッ!? それなのにお肉が柔らかい! しかも蕩けるッ! 舌に乗せた瞬間雪のように解けていくわッ! 灼熱の綿雪!? 今までにない食感うわああああああッッ!?」
薄切りにした肉を目の前で焼くので、熱で食中毒の危険を回避しながら限りなく生に近い食感を味わえるんだな。
焼肉が未来永劫にわたって人気食なのも納得の理由だ。
「皆さんもご覧になったでしょうか? 焼肉はこうして自分で焼くことから楽しむ食べ物です」
焼き加減は皆様のお好みで。
なので生食は絶対に避けてくださいお願いだから!!
「今回、妊婦さんたちをおもてなしするのに焼肉をチョイスした理由は、それが縁起のいい食べ物だから、というのがあります。これはとある神様に聞いたんですが。正直そんな言い伝え普通に初耳だったんで『ホントかよ!?』と思いつつもジンクスだって随時更新されるんだなあと思いつつ……」
「どんどん焼くわよ! 進めぇええええッッ!」
誰も聞いてない。
まあ、こんなご馳走を目の前に長話なんて聞いてられるかというのはわかるが。
食前の長口上ほど顰蹙を買うものはないというのは俺も理解。
食事会は食事を楽しむものだ、演説を聞くためのものではない!!
「わかるわお婿さん、アナタが女たちを気遣ってたくさん考えてくれたことは」
シーラお義母様!!
さすが年長者だけあって焼肉の魔力を目の当たりにしても一人冷静だ!
しかし“年長”とは“年増”を意味しているのではないとハッキリ明言しておく!!
「焼いたお肉が出産の成功を願うとも理に適っているわね。アレでしょう? 摂取したお肉でお腹の中の赤ちゃんを育てろってことでしょう?」
うーん。
そうかもしれないが、そこまで身も蓋もない言い方をされると、何故か受け入れがたくなる?
「そう、アタシたちは今お腹の中で新しい命を育んでいるんだもの。その材料としてお肉はたくさん必要ですわ! そのためにも余所からお肉を補給する! まさに直感的だわ!!」
そんな一から説明しないでもらえますか!?
いいじゃないですかそんな短絡的で! 風習もジンクスもそんな感じでしょう!?
それに、そうした願掛け的なものを差し引いても焼肉は美味しくて栄養満点! 妊娠に関わる体調変化で大変な奥さんたちをいたわるのにもってこいと愚考した!
ほら肉を貪る妻たちのなんと溌剌めいたことか!
「ぎゃあああッ!? このパッファ! 何アタシの肉をとってんのよ! この子はアタシが大事に育ててきたのよ!」
「ウソつけテメエが育ててたの、そっちの黒焦げになった肉だろうが! 育成失敗したからってヒトの肉たかってんじゃねええええッ!!」
……安産祈願でした企画なのに物凄い不吉なワードが飛び交っている。
本当に縁起がいいのかな?
ともかく賽は既に投げられたんだから、焼肉で妊婦たちよ!
満足してくれ!






