1025 黒くて真っ赤な宝石
我、牛肉を得たり。
なんか色々あって一時は絶望的かと思えたが、何とか無事最高級の牛肉が手に入ってよかった。
しかも究極の冷凍保存をされているので、日持ちについてはまったく問題ない。
必要なものはすべて揃った。
さあ、焼肉パーティを始めようではないか!!
「……いや、まだ揃ってない」
まだ必要なものがあった。
これから執り行われる焼肉パーティ。
焼肉だからこそ肉は焼かねばならぬ。
焼くには火が必要だ。
その火を、まだ用意していなかった。
せっかくだかレア肉を焼く火にも拘りたい。
そうなると思い浮かぶのが『炭』だった。
高級焼肉店となったら、必ずと言っていいほど出てくるのが炭火だよな。
むしろそれが高級店と大衆店の違いだったりする。
俄か知識だが炭火で焼くと遠赤外線の量が段違いに高く、その分中までしっかり火が通るらしい。
さらには炭火独特の匂いもついてお肉の味に深みが出るんだとか。
それでもまあ炭火で焼くかガスで焼くかは好みの分かれるところであるが、そんな中俺が炭火を選択する理由は唯一つ!
「その方が本格っぽいから!!」
それに尽きる。
この俺、ただひたすら形にこだわる男。
それだけのために炭を生産いたします。
木炭ってどう作るんだっけ……?
まあ、そこもうろ覚えだな。
木炭は木が材料。
そして普通に燃やしたんじゃただの灰になるはずだった。
密閉して、酸素が行き渡らないようにすると不完全燃焼で炭になるんだっけ?
とにかく試しでやってみよう。
ミノタウロス族の皆さんから大感謝を受けて帰還した俺は、早速農場で木炭作りにチャレンジしてみた。
「なーなー、炭焼こうと思うんだけど?」
「何を言ってるんだ聖者様?」
とりあえずこういうのに詳しそうなエルフたちに相談したら、アホを見るような目で言われた。
「木炭なら我々が日常的に焼いてるだろ? 備蓄が腐るほどあるぞ」
「あ」
そうだった……!
我が農場ではエルフたちが木炭の生産を行ているんだった!!
それはもう農場初期の頃から。
あの頃の木炭生産はあくまで冬の防寒対策として、火を焚いて暖を取るためのものであったが、それこそ寒さ=死になるぐらいの問題だったために必死で炭を焚いてもらったものだった。
懐かしいなあ。
今となっては何もかも懐かしい。
っていうか今の今まで忘れていたのか俺は。
そんな農場で起きた出来事で、忘却の彼方へ追いやられるものまであるとは。
……思えば遠くへ来たもんだぜ。
という気分になった。
しかし浸っている場合じゃない。
「あれからダンジョンで石炭が採掘されるようになって、暖房器具としての木炭も用済みになったんだがな」
エルフのリーダー格であるところのエルロンがあからさまに不満げだから。
彼女の報告するところによると、農場の暖房事情が整ってのち木炭の消費は格段に落ちていったという。
それまで最優先事項で生産していたというのに。
彼女らエルフチームの元に残ったのは、木炭という不良在庫の山……。
「木炭の消費は我らエルフチームで、冬が来るたび無理して火鉢で燃やして、細々と片付けていったんだがな……」
「なんか……すみません……!」
俺が知らないところでそんなことになっていたなんて。
「それでも、あの大変な冬の日から何年経ったことか……。もう十年は経ったんじゃないか?」
「いかがでしょう?」
「それぐらい年月を重ねたらさすがに使い切るわ。我々もそう思っていた。しかし、そんな楽観的な私たちをあざ笑うかのような事態が勃発!」
「え? 何があったの?」
「聖者様も覚えていよう。外のエルフと知り合いになったことがあったじゃないか」
ああ、もしやL4Cさんとエルフ王たちのこと。
いずれも農場の外……深遠な森の奥に住むエルフたちで、色々すったもんだがあった末に交流を持ったんだな。
「あの人たちがな……折に触れて木炭を送ってくるようになって……!!」
「うわぁ」
「木炭って基本消耗品だから。ありすぎて困ることはないって思われてるものだから。だから遠慮なく送って来ちゃうんだよな……!!」
そもそも炭焼き自体がエルフの趣味のようなものらしく、森と共に生きるエルフらにとって木炭は、極寒の冬を乗り切る最後にして唯一の手段であるとか何とか。
L4Cさんもエルフ王も、何故かエルロンのことを敬愛しているから少しでも気に入られようと競い合うように木炭を送ってくるらしい。
そういう事情もあって、一旦は底が見えてきた木炭備蓄も逆に反転増加し、今では蔵に入りきれないレベルにまで達しつつあるとか。
恐ろしい。
「……お二方ともハイエルフで基本私より高位の御方だから。面と向かって『もう送ってくるな』とも言えないんだよ……! そうこうしているうちに益々取り返しのつかない事態に……!」
そんなヴィールがゴンこつスープの処理に困っているような状況に、エルロンも追い込まれていたというのか!?
そんなことにも気づかず俺はのうのうと最高級の牛肉を探しに出てったりしていたのか!?
住人が悩みを抱えていたというのに俺は農場主失格だ!
「大丈夫だエルロン! 俺が木炭消費のマストプランを提案してみせようぞ! それが採用されたら木炭なんてアッという間に灰に還るさ!!」
「ホントにぃ~?」
いかん、エルロンからの俺への信頼が下げ止まりになっている。
しかし今こそ、炭火で焼肉するという俺の案は、エルロンの窮状とピタリ合わさりマリアージュなはず!
「料理? そんなの薪で煮炊きすりゃいいじゃねーか?」
わかってない。
エルロンは何もわかってないよ。
そう、現代生まれの俺からすると炭火は、どうしてもガスの火と比べてしまうところがあるが薪と比較してもなかなか明確な違いがあると思うんよ。
そこをエルロンへプレゼンしていこう。
「まず……炭火は水分が出ない!!」
これはガス火でも言われることだが……。
薪にはそれなりに水分が残っている。
そもそも植物の一種であるところの樹木自体が水分の塊だ。
だから切り出してすぐの生木はとても燃料として使えず、長時間乾燥させる必要がある。
それでも多少は水分が残り、燃焼する時に水蒸気を発して、食材をベショベショにしたりもする。
煮る炊くならともかく、水分を完全に飛ばしたい『焼く』の場合は重大な懸念だ。
それに比して木炭は、素材の木を乾燥させた上に、そこからさらに焼き尽くして徹底的に水分を飛ばす!
水蒸気問題は完全クリアと言ってよい!
「次に木炭の利点……煙が出ない!」
まあまったく出ないと言うと語弊があるが……。
少なくとも薪よりは出んよな。
モノを燃やせば煙が出るのは必須であり、そして煙には必ず匂いもつく。何ならススもつく。
それらを逆手に取った燻製という調理法もあるが、燃料由来の匂い等を極力つけずに焼きたいのであれば木炭ほど理想的な燃料はない!
焼肉に炭火が使われるのも、そういうところに理由があるのだろう。
ある意味“焼き”とは、火を扱う中ではもっともデリケートな調理法なのかもしれない。
「ふむふむ……興味深いな」
焼くことに関しては毎日のように皿を焼いているエルロン、案の定食いついた。
ここで実演して畳みかけよう!
奥さんたちに振る舞うまで取っておきたかったが、木炭問題にあえぐエルフたちのために身銭を切らなきゃと思った。
冷凍保存してあるミノタウロス牛から一部を割いて、早速炭火で焼く。
金網は作ろうと思えばすぐできた。
金網で焼けるのも炭火の強みだよな。
遠赤外線で焼くんだから直火で焦がす心配もない。
そして滴る脂は下へと逃がす!
「ほれ焼けました! 一口どうぞ!!」
「お、おう……!?」
ロース一切れをパクリと一口。
まさか農場で真っ先に焼肉を食らうのがコイツとなるとは。
「これはウメェえええええええッ!!」
そして思い通りのリアクションを貰えた。
「肉が! 肉が口の中で蕩けていく! こんな肉があるのか!? これが肉の食感なのか!? 今私は肉を食べているのかぁああああッッ!?」
奇しくも焼肉は大成功の確証を得た。
あとはこのお肉を本来の目標である奥様たちに振舞うのみ。
異世界焼肉企画、大詰めを迎えております。
「……でもこれ鉄板で焼くのとどう変わりあるの?」
「エルロンが余計な疑問を持ち出したッ」
疑うな、信じろ!
炭火を信じろ!
炭火はすべてを解決する!






