1024 牛肉ゲット
そして現世へと里帰りした種牛。
生前はできなかった雌牛への種付けを奮起して行うのであった。
詳細は省略。
だって問題になるかもしれんし。
お相手となる雌牛は、あらかじめ集めてあった役牛であった。
ミノタウロスの里では畜産を再開するのに、元とすべき牛を幾頭か購入していたらしい。
元来が荷駄やら農具を引かせる作業用の牛ではあるが、それを丹念に育てて何代も重ねることで、かつて評判だった最高牛肉を復活させる希望に燃えていたんだとか。
そのために確保していた雌牛に、百年前の全盛期ミノタウロス牛の種が注ぎ込まれていく。
『ブモォオオオオオオオーーっ!!』
『モォモォモォオオオオオオオオオオオオッッ!!』
これで雌牛たちが無事懐妊すれば当初、見込んでいた過程を大幅に短縮して最高級ミノタウロス牛が復活することになる!
既に冥界の住人(住牛?)となっている種牛と現世の生きた雌牛との間に子どもができるの? という疑問もあるが、まあ冥界神の一神であるミノスさんが保証してるんだから大丈夫だろう。
なんてったって担当者だからな。
こういう時はご都合主義で行こうぜ。
「うううう……まさかこんな形で計画が飛躍するとは……!」
ハッスルな種牛(幽魂)を目の当たりにして涙を流しているのは、ミノタウロス族の老人であった。
俺たちを出会い頭から案内してくれた親切な人でもある。
「生きて見られるとはとても思っておりませんでした。昔の、世界に名を轟かせる名牛が闊歩する全盛期のミノタウロス牧場を……! ワシが生きているうちになすことは不可能だと思うとりました……!」
しかしそれは今や夢ではない。
おじいさんが長生きすれば、きっとその目で見られる範囲に収まりつつあるのは間違いない。
まったくの無から最高牛を作り出すことは、想像を絶するほどの手間と時間が必要になるだろう。
ただ単に世代を重ねたとしても、食物としての家畜の味が向上するとは限らない。
五里霧中での手探りな試みになっていたことは疑いない。
運が良ければ何十代と重ねた先に理想の血統に辿りつけたのかもしれないが、運が悪ければ何百年経とうと望んだ結果を得られない。
ミノタウロス族の皆さんもそのことは予想で来ていたはず、きっと心の奥底では悲壮な覚悟を固めていたに違いない。
それをミノス神の降臨によって、一気に状況が進んだのだ。
これぞまさに守護神の偉業、ミノス神の面目躍如であった。
「しかしあの牛の霊魂も見上げたものよ」
おじいさんのミノタウロスが、鼻をすすりながら言う。
「王族に召し上げられ理不尽な殺され方をしただろうに、死してなお現世に舞い戻り、種牛としての役目を果たしてくれるとは……!」
『それだけ育ててくれたミノタウロス族に恩義を感じているのでしょうかのう。よっぽど大切にあの牛を育てたのでしょうな、アナタ方のご先祖は』
先生まで一緒になって感動を分け合っていた。
……まあ、たしかにあの種牛がそういう動機で現世へ戻ってきたのならまごうことなき美談であるが……。
家畜にも家畜なりの生きる目的というものがあってしかるべき。
『ブモォオオオオッ!(童貞のまま! 童貞のまま死んでたまるかああああああッ!? もう死んでるって!? ならばせめて来世へ渡る前に童貞を捨てる!! 来世にまで童貞を持ち越してたまるかぁあああああああッッ!!)』
……。
なんだろう? この種牛の妄執というか、生への未練というか、そういった諸々の感情がごちゃ混ぜになった念がいななきと共に響いてくるんだけど?
……聞かなかったことにしよう。
ともかく、これで無事雌牛たちがご懐妊となったら、生まれてくる子牛たちは間違いなく全盛期ミノタウロス牛の特性を引き継いでいるはず。
それを何代か重ねていけば、すぐにでも幻の最高牛肉が復活することだろう。
『この種牛はあと何回かに分けて現世に連れてくるとしよう。不死王の手を借りてな』
ミノス神が言う。
『そうして完全なるミノタウロス牛を現世に取り戻すがいい。長きにわたり私を崇め奉てくれたことへの、これが返礼だ。遅きに失したやもしれんが』
「いいえ! これこそまさに神のご加護! 我々は敬う神を間違ってはおりませんでした!!」
そう言ってミノタウロス族の皆さん次々と五体投地。
敬いが限度を超えていた。
天界の神様たちが聞けば憤慨しそうなセリフであるが、そこは彼らの自業自得といったところ。
飲み込んでいただきたい。
ここまでの経緯、もちろんミノタウロス族の皆さんにとっては甚だいいことではあった。
一族を挙げての主産業再生事業が、思いがけずに飛躍的に進んだのだから。
そしてそれは人族全体にとってもいいことだ。
活発な産業が増えることは彼らの経済基盤にとってもいいことであり、単純にも美味しいものが口に入るのもよい。
世界全体にとっても名物が増えるのはよかろうなのだ。
さらには俺個人にとってもいい。
お忘れなかろう。
俺はここへ、最高牛肉を求めてやってきたのだ。
出産を控えた妻たちの慰労&激励のために。
焼肉を食べれば験担ぎになるとも聞いて『一番いいものを頼む!』と思ってミノタウロスの里へと乗り込んできたのだが、百年前の悲劇を聞いてもう最高牛肉を得られない。
そう絶望していたんだが。
こうして傍観しているに、話はいい方向へ進んでるんじゃありませんか?
多少の超展開はあったものの、結果から言えば最高級ブランド牛は現世に復活を果たしたんですよね!
このままいけば、出産という大仕事を目前に控えた妻その他に、飛び切り美味しい焼肉を振る舞ってあげることができる!
「ええ! これならばすぐにでもミノタウロス牛は完全復活することでしょう!」
「すぐですか!?」
俺が今一番聞きたかった言葉!
「そうですね! ものの十年もすれば、かつてのミノタウロス牛の水準に戻して見せます!」
「十年!?」
甘く見ていた。
自然を相手にする職業が口にする『すぐ』を、ほかの『すぐ』と一緒にするべきではないと。
自然と人間とでは時間の尺度自体が違う。
人間にとっては気の遠くなるような時間でも、自然から見れば一瞬に等しかったりするんだ。
俺もまた農家として自然を相手にしてきたはずなのに、考えが至らないとは何たる不覚ッ!
「やはり焼肉大会で妊婦たちを激励! 企画は春の世の夢のごとしになってしまったのか……!?」
『聖者様、聖者様……!』
うぬ?
誰だ俺を呼ぶのは?
って冥界から帰還してきた種牛じゃないか。
一点の曇りもない賢者のまなざしをしている。
『アナタにもお礼を言いたく、アナタがきっかけをくれなければ、私もミノタウロスさんに報いることもなく、報恩の機会を失していたでしょう』
当然のごとく喋りおる。
コイツも解脱を経験したことで魂の格が上がったのだろうか? ウチにいる角イノシシたちのように。
『なのでアナタへの感謝の形として、こちらを差し上げたく存じます』
「おおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!?」
これはッ!?
肉やんけ!
綺麗に一口サイズに切り分けられて、さらにはご丁寧に冷凍までしてあった。
保存対策もバッチリだ!
『焼肉用ミノタウロス牛肉、五百㎏相当です』
「ごひゃっきろぐらむッッ!?」
そんなふるさと納税並みの量くんの!?
一人暮らしじゃ絶対消費しきれない規模。
『私、冥界にいた時もミノタウロス牛を途絶えさせてはいけないと、味の研鑽に努めてまいりました。幸い、冥界の地獄では亡者の贖罪のために身体が傷付いても翌日には回復するのでお肉も取り放題なのです』
「それ幸いって言えるの!?」
『贖罪で食材が手に入るってね』
上手いことい言ってる場合か!?
『確保したお肉は冥界の最下層コキュートスで瞬間冷凍し、うま味を完璧に封じ込め、最高の状態でお届け! とはいえ今まで贈呈する相手がいなかったので、溜めてきた分すべてを大放出!!』
そりゃこれだけの量になるわけだ。
でも大丈夫なの?
よく聞くじゃない、冥界の食べ物を食べると冥界の住人になってしまうって。
これ適用されない?
『大丈夫です! ミノタウロス牛の産地は、ミノタウロスの里なので!!』
「ホントに!?」
酷い産地偽装を目撃した気もするが……。
まあここもご都合主義で乗り切るのがいいか。
様々な紆余曲折あって、もうどうなることかわかんなかったけれども……。
ついに焼肉用の牛肉をゲットしたぞ!!






