1023 原初の約束
本日コミック版最新7巻の発売日!
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それはかつて人族が、種族として生まれて間もない頃……。
『あの頃はまだ何も決まっていなかった。地上から得られるものを人と神でどう分け合うのかも。どこからどこまでを人が貰い受け、どれほどを神に捧げるのかを』
なのでちょっとハッキリ決めようぜという話になったらしい。
人族の支配神たるゼウス神は言いました。
『一切合切全部神によこせ』と。
「クズですな」
『クズなんよアイツは』
一旦雑感的なものを交えて話は続く。
ゼウス神は我がまましか申さぬので、このままだと本当に地上のすべてのものは神に取り上げられて、人族には何も残らなくなってしまう。
それを憐れんだ神がいた。
ティターン神族のプロメテウスだ。
『プロメテウスも変わった神でな。かのクロノス神を頂点とするティターン神族にありながらティターン神族とオリュンポス神族との戦争「ティタノマキア」には参加せず、最後まで中立を貫いた』
それによってティターン神族が敗北しても、共にタルタロスに幽閉されることはなかったという。
それはともかく本題の神々への捧げものの件だ。
プロメテウスは知恵に長けた神様であったらしく、生贄の牛を手際よく解体し、二つに分けたという。
そのうちの二つ、どちらかを人間に残し、さらにどちらかを神の取り分にしたらええ、と。
示された二つのうちゼウスが選んだのは、脂身たっぷりの肉塊だった。
もう一方は食べることのできない皮の山であり、そんなものなら人間に残してやってもいいかとゼウス神に思わせたという。
しかしそれこそがプロメテウスの罠。
脂身たっぷりと思わせた肉塊の中身は、それこそ煮ても焼いても食べられない骨がまとめて押し込まれており、逆に不可食だとみられていた皮には一番美味しい肉と内臓が包み込まれていた。
まんまとハズレを引かされたゼウスは大激怒。
腹いせとばかりに人族から炎を奪い去ったのだが、それもプロメテウスが取り戻して人に分け与えたという。
プロメテウスもう人類のスーパーヒーローやん。
対してゼウス神の人類への敵対者ぶりがますます明るみになるエピソードでもあった。
『ちなみにこの話は、我ら冥界神とその眷属……魔族にはまったく関係のないエピソードだ。魔族と冥界神の間でも、地上で得られるものの分け合いは独自で決められていた』
「冥界神はどれだけ取ったんです?」
『特に何も』
「ん?」
『地上の者どもが日々感謝してくれるだけで充分かなって。魔族たちが無理しない分を自由に決めて捧げてくれれば。モノにこもった気持ちの方が重要だからさ』
冥界神たちのそういうところよ。
『しかし、我ら冥界神への祈りの義務を持たない者たちまで、我らに感謝を捧げるようになった。それがここにいるミノタウロス族たちだ』
大地が豊かとなって草木が生い茂れば、牛たちの食料となる牧草も豊富となる。
牛を育てるミノタウロスさんたちは大地の豊穣を祈って、大地の神々=冥界神にも祈りを捧げるようになったという。
『自分たちにとって大事な牛の肉まで捧げてな。心苦しく思ったハデス様は啓示を与えたのだ』
――『そんなにいい肉じゃなくていいよー、モツで充分だよー』と。
足が早く、保存性の悪い内臓肉は他の部位と比べて価値が低いとされる。
かつてプロメテウスの策謀によって脂身と骨を天界神に、皮と肉と内臓は人に残った。
その中からもっとも価値の低い内臓を捧げものに選んだという冥界神。
『毛皮は毛皮で人類の役に立つからな。防寒具になったり様々な道具に加工できたり。そうしたやりとりを聞きつけたゼウスが、「お前らがいらないなら肉は余が貰ってやろう!」と抜かしてハデス様にボコられたのも別エピソードだ』
本当ロクなことせんな天界の神。
そうしてミノタウロスは大地の神々へモツを定期的に捧げるようになり、その返礼として人族でありながら冥界神の加護をより強く受けられるようになったという。
『そこでこの冥界の裁判官ミノスが担当となって、ミノタウロスたちをより深く見守ることになった。それが「ミノス神がミノタウロスの守護神になった」という所以だな』
「それは……どうして名乗りをお上げに?」
『ミノが美味しかったから!!』
なるほど。
『ミノタウロスたちが捧げてくれる上ミノは実に美味しく、いつも楽しみであった! その感謝を表すためにも私が担当となって直接彼らを守護することがスジだと思ったのだ! 牛肉だけに!』
上手いこと言ったつもりか。
ちなみに牛スジは牛のアキレス腱の部分です。
『ちなみにラダマンティスはシマチョウ、アイアコスはハチノスが好みだ。そしてハデス様はホルモン全般を好まれる。あの独特の歯ごたえと脂身が溜まらないそうだ』
「そうすか……」
冥界の神々も、人類をいたわるだけでなくて捧げものを満喫しておりますねえ。
『ミノタウロス族には我が名を与え、里には大地の精たちを優先して送り込んできた。お陰で一時期は繁栄し、私も美味しいミノをたんと味わうことができていたのだが……』
「申し訳ありませんミノス様ぁ!」
詫びの叫びを上げたのは、ミノタウルス族のおじいさんだった。
「種牛が途切れて百余年……それから大地の神々に捧げものをしたことは一度たりともありません! 我らの裏切りをどうかお許しください!!」
『善良なる我が庇護民たちよ。悔いることはない。お前たちの窮状は見守っていたのだから』
ミノス神が守護者として慈悲の言葉をかける。
『むしろ責められるのは私の方だ。神として様々な制約があり、直接的な援けを与えることができなかった。長きにわたり捧げものを貪っておきながら何とも不甲斐ないことよ』
「恐れ多いお言葉……」
『幾代にもわたって苦しい時代をよくぞ生き抜いた。そのことを嬉しく思うぞ』
守護神から直接のお言葉を賜ってミノタウロス族の皆さんは感涙に咽ぶ。
しかし待て。
それだけで終わりってことはないでしょうな?
いまだにミノタウロス族は、代々受け継いできた高級牛の血統を失い、立ち直れずにいる。
わざわざ先生から呼び出されたってことは、そこのところを解決する案があるんですよね? と聞きたい。
『無論、何の手立てもなく不死王に召喚を要請したわけではない』
あ、やっぱりアナタの方から申し入れしてたんですね。
『現在、様々な制約から神々は己が意志で地上には出てこれぬようになっている。神々が必要以上に人の世をかき乱さぬように。まあ大部分は放埓な天界神どもを抑えつけるための取り決めなのだが……』
ホント神々の皆様ご苦労様です。
『そうした中で“先生”と呼ばれる不死王の召喚術は、実に都合のいい抜け道よ。彼自身に良識があるゆえ神々がよい目的で地上に現れるかそうでないかを選定できる。それゆえ充分な制度で我ら神々は、よい影響だけを地上に表すことができる』
そう言ってミノス神が手をかざすと、そこから青白い炎の塊が噴き出てきた。
一瞬攻撃魔法とかかな? と思ったが違う。
炎はゆらゆらと空中を浮遊し、まるで蝶のような軽やかさでフワフワする。
青炎はゆっくりと地表へ降りていき、その間にゆっくりと形を変え、何か具体的なものへと変容していった。
炎が形作る形は……。
「……牛?」
そう四足に厚みのある逞しい胴体。
さらに頭部には立派に突き出た一対の角。
その姿はまさに牛。
俺たちはそれを求めてミノタウロスの集落に来たんだから間違うはずがない。
「これは……?」
『百年前に殺された、この集落が保存していた種牛だ』
ええッ!?
昔の王族が連れて行ったという!?
『冥府に訪れるのは人類の魂だけではない。鳥獣草木、あらゆる下等な魂たちも現世で徳を積めば冥界にて裁定を受け、来世は人として再誕できるやもしれん。逆に人でも徳なく罪ばかりを積み重ねてきた者は畜生道に落ち、徳の積み重ねをせねばならなくなるだろう』
だから、冥界に牛の魂もやって来ると。
獣たちの魂まで管轄するとしたら恐ろしい数になるのではないか?
『しかしこの牛は輪廻に回ることをしなかった。遺してきた人々ために役目を果たせなかったことが心残りだと冥界に残り続けた。獣とはいえ育てられた恩を忘れぬ見事な魂よ』
その魂を、ミノス神が現世へと戻したというのか。
『今こそミノタウロスの守護神としての責任を果たそうぞ。不死の王の助けによって一時ながらこの冥府裁判官も、現世にて権能を振るうことができる。さあ気高き種牛よ。果たせなかった心残りを果たすがいい』
ミノス神の呼びかけに応じて、魂の身になって帰還した種牛がいななきを上げる。
これはもしやまさか?
種牛って魂だけになっても子孫を残せるってこと!?






