1021 ミノスの牛
よし、目標がわかったところで早速求めに行こうじゃないか!
ミノタウロスの肉を!
『ミノタウロスが育てた牛の肉』ってことね!!
情報は正確さが大事ですよね!
この世界でのミノタウロスは、獣人という人類種の一つで、畜産酪農を生業とする種族なんだそうだ。
彼らが育てる牛は、超一級の良肉で、王侯貴族の口に入るほどの高級品であったとか。
そんないいお肉であれば焼肉パーティのメインディッシュとして申し分ない!! と思った俺は、早速ミノタウロスが済むという集落へ向かった。
案内役は、先生とマラドナさん。
『ミノタウロスの集落の場所はしっかり地理情報に記憶されておりますからの!!』
役に立てたのが嬉しいらしい先生。
そんな最強のノーライフキングなんだからどっしりかまえててくれればいいのに。
しかし不死の王として千年以上あり続けている先生にかかれば、この世界のどこに何があるか、割り出せないはずがない。
道真ペディアに対しての先生マップだな。
そしてもう一人の同行者、聖女マラドナさんは……。
「久々のミノタウロス牛! 楽しみだわー!!」
ただただご相伴に預かりたいだけの同行だった。
しかしミノタウロス牛って言い方には違和感あるな。
“タウロス”という語句がそのもの牛の意味なだけに『頭痛が痛い』みたいな印象になる。
本意的にはミノタウロスさんが育てた牛という意味でブランド的な意味合いになるんだろうが。
かの有名な松阪牛と同じような意味合いか。
もっとも松阪牛は、三重県松阪市で育てられている牛という意味で、けっしてマツザカさんが育てた牛というわけではないか。
……で。
「ここがミノタウロスの集落?」
俺はドラゴン馬のサカモトに乗って、先生たちは飛翔魔法で流星のごとく高速で飛び駆けながら目的地へと到着した。
初めて赴く場所なので転移魔法は使えないから。
「わー、のどかな場所だなー」
辿りついたのは標高高めな高山地帯で、見渡す限りのなだらかな丘陵に背の低い草が生い茂っている。
いかにも牧草地といった風情だ。
ここに牛などを放って思い思いに草を食ませ、育てているのだろう。
……と思ったが。
違和感に気づいた。
「牛、いなくない?」
たしかに降り立ったこの地は、放牧に適した平原地帯だ。
なのに肝心の、この立地を利用して大切に育まれるべき牛さんが一頭たりとも見当たらないというのはどういうことか?
『牛舎にいるんではなかろうですかの?』
先生の推測になるほどと思った。
たしかに牛さんたちも四六時中放牧されているわけではなかろうしな。
寒い日は屋根のある牛舎に戻ってのんびり過ごしたいはずだ。
では早速牛舎を探すことにしよう!!
そこにはきっと、最上級牛肉を手に入れるための交渉相手となるミノタウロスさんもいるはずだ。
あちこち探し回って、やっとそれらしい家屋を見つけた。
平原地帯なのに随分手間がかかってしまった。
ここにこの世界最高のミノタウロス牛が!?
「あ~、すみませんな~」
対応に出てくれた、ミノタウロス族らしい男性が言った。
牛の因子が交じった獣人とのことだが、オーソドックスなイメージの牛頭巨人ではなく、精々頭から角が生えているだけの普通のオジサンだった。
それはともかく……。
「ウチではもう牛を育てておらんのですわー」
……。
なにぃいいいいいいいいいいいいッッ!?
「どういうことですか!? ミノタウロスさんが育てる牛は絶品だと伺って来ましたのに!?」
「はぁー、そんな昔のことを覚えてていただけるとは光栄ですなぁー。この里が『牛肉の聖地』などと言われておったのは百年も前のことですのに」
百年前!?
どういうことです!?
かつて昔に何かあったということですか!?
「はぁー、知らんと来ていただけたんですか? それじゃあわけもわからず帰ってしまうのも気の毒ですし、お話しいたしますかのう。何つまらん昔話ですわ」
そう言ってミノタウロス族のオジサンは話してくれた。
かつてこの地を襲った悲劇のことを。
「まあ、単純に牛を育てられなくなりましてなあ。ワシにとってもご先祖から伝え聞いたことなんで直接見聞きしたことじゃないですが」
原因はご存じ、人族による法術魔法のため。
大いなる奇跡を引き起こす代わりに、大地のマナを著しく消耗する法術魔法は、長い目で見れば土地を枯れさせるコスパ最悪の魔法でもあった。
その影響はここ、ミノタウロスの牧草地にも波及したという。
一時期は牧草も枯れ果て、剥き出しの荒れ地と化してしまったらしい。
当然ながらそんな土地で牛を育てられるはずもない。
しかも当時のミノタウロス族にさらなる厄災が降りかかった。
旧人間国の王族だ。
「あの頃、この地で育てておった最上級牛は毎年王家に献上することになっておったそうです。しかし先の事情で献上する牛もなくなりますと、仕方なしに『もう無理です』と慈悲を請うたらしいですわ」
しかしそれで納得する王族ではなかった。
極上牛肉を口に入れられぬ! と知った時の人間王、怒り狂って兵士を差し向けたという。
そして献上する牛はいなかったが、すべての食用牛が壊滅してしまったわけではない。
高ブランド品種を次の世代に伝えるため、大切に保存されていた種牛だけは残っていたらしいのだ。
しかしそんな見分けもつかずお城から派遣された兵士は、種牛を連れて行ってしまった。
王様に献上するために。
そうしてミノタウロスの里から、代々受け継がれるブランド牛の血脈は断絶された。
酪農家も無から家畜を生み出すわけではない。
世界的に有名なブランドほど、先祖代々から伝えられた貴重な品種を保存しているものだ。
交配を重ね、より育てやすくよい味になるように改良された種であるからこそ他を圧倒し、人気商品となりえる。
酪農家にとって人気ブランド牛の血統は、たとえ命に代えても途絶えさせてはいけないものだろう。
それを一時の食欲に惑わされ、大事な種牛を食べてしまうなんて……!
人類の損失だ!!
「それが百年ほど前のことになりますな」
「何て罪深いんでしょう人間王め! きっと神からの天罰が下りましょうぞ!!」
マラドナさんも理不尽な話に、髪の毛逆立つほど怒り震えている。
でも人間王ってかつてアナタが仕えていた人ですよ?
「まあ、というわけでして、この里では随分昔に育てるべき牛の種が断たれてしまったんですよ。それからのミノタウロス族は困窮しましてな。出稼ぎしたりとやりくりして、何とか一族が散り散りになることだけは避けられました」
ミノタウロス族のオジサンは言う。
かく言うこの人も末裔として、きっと困難の多い人生を送ってきたんだろうなあ。
「悪いことばかりじゃありませんよ。いいこともたしかにありました。中でも一等のものは、人間国が滅びたことですな!!」
ここで初めて晴れやかな表情になるオジサン。
やっぱ旧人間国は滅びてよかったんだな!
「お陰で土地を荒らす元凶の法術魔法もなくなりましたから。時間をかけて里の活力も戻ってきました。戦争終結から何年も経った今ではホラ、ご覧の通り牧草で生い茂っています!」
たしかにそう。
来た時真っ先に気づいたが、この土地は青々とした草原で生命力に満ち溢れている。
かつて法術魔法に荒らし尽くされた枯れ地はもはやなく、いまや牧草地は復活しているのだ。
「新しく発足した人間共和国様からの支援もありまして、この地を再び国内最高の牛肉生産地にしようと、一族を上げて駆け回っておるところです。土地は充分に潤いましたので今度はここに外から牛を引っ張ってきて、一から育てようかと」
「では、最上級牛肉が復活!?」
「そう簡単にはいきません。連れてくるのは労働用の牛ですから、絞めても肉が固くて食えたものではありませんでしょうよ」
それでも大切に育てて、世代を重ねて、それでやっと押しも押されぬブランドとなるんだ。
「そこまで行くのに……二十年はかかりますか。それぐらいなら売り物になるレベルは何とか越えているかもしれませんな。もしよろしければその時にまた来ていただけたらと思います」
二十年!?
そんなに時間が経ったらお腹の子は生まれて、成人になっているじゃないか!?
それじゃあどうあっても妊婦ねぎらい焼肉パーティに間に合わない!!
牛肉はどこか別から入手しなければならないのか!?
それとも焼き肉自体を諦める!?
ここにきて企画、絶体絶命のピンチ!!
ここから少々お休みをいただきます。次の更新は6/20(火)の予定です。
そして6/22(木)発売のコミック版異世界農場7巻もよろしく!!