1020 ミスリード
妊娠中のプラティたちをねぎらう企画。
大まかな方針が決まった。
焼肉パーティだ。
妊婦が食べると縁起がいいらしく、さらには普通に栄養価も高い。
たんぱく質をたくさん摂って赤ちゃんの血肉に変えてほしいものだ。
そのためにも焼肉パーティ用に、極上の牛肉を用意しなければ!!
『トントロ、トントロ、トントロ、トントロ、トントロ……!』
諦めの悪い角イノシシが耳元で囁いてくる。
そうだね、トントロも焼こうね、牛ロースのあとにでも。
今は、ママさんたちに食べさせる最上級牛肉を用意することが使命!
こっちの世界にも牛肉の格付けがあるのかどうかは知らないが、A5ランクに匹敵する一番美味しいヤツがあればいい!
そんなわけで、この世界で一番美味しい牛肉を探すのが目標だ。
どこに行けば世界最高の牛肉があるのだろうか?
とりあえず一番手近な菅原道真公に聞いてみたが有効な情報が引き出せなかった。
別世界の神様である道真公にはこっちの世界に関する情報蓄積がない。
万能と思えた道真ペディアにも思わぬ落とし穴があった。
この世界の牛肉情報……どこからかゲットできないであろうか。
『ふっふっふっふっふ……、誰か忘れていませんですかの聖者様?』
「あっ、先生?」
ノーライフキングの先生だった。
千年の長きを存在し続けてきた不死の王。
元来、さらなる研究修学のために永遠の存在となったのがノーライフキング。
だからこそ長く生きれば生きるほど知識豊富。
これまでも先生からは色々教えてもらったものだ、先生の呼び名は伊達ではない。
『……しかし最近は、名前負けの感が否めませんがの……!』
「先生?」
『聖者様も、まず最初に道真公の方へ尋ねにいきましたからのう。ワシの知識量では不満があるということでしょうな』
「先生ッ!?」
いえいえいえいえいえいえいえいえ、違うんですよ!
さっき道真公に聞きに行ったのはあくまで異世界の風習について知りたかったからでして!
求める知識に即した相手をチョイスしたわけでしてね!
海の魚を釣るには海に釣り糸を垂らし、川の魚を釣るために川に釣り糸を垂らす。そういう話なんですよ!
だからけっして先生を侮っていたわけではなく……!
『しかし、ついに待ち望んだ機会が訪れましたぞ! ここで聖者様の疑問にズバリとお答えし、汚名挽回を果たすのです!』
落ち着いて先生!
汚名が挽回になってますよ!
こんな初歩的な言葉の綾をしてしまうほどに先生追い詰められているってこと!?
『それでは聖者様! 何でも聞いてくだされ! この千年を生き続けたノーライフキングたるワシが、世界の真理であろうとお解き明かしてみせますぞ!!』
めっちゃグイグイ来る。
こんなノーライフキングであることを前面に押し出してくる先生もなかなかないんじゃないか?
昨今先生は、農場学校も受け持ち生徒からの尊敬も集め、なかなかプライドも高まってきたように存ずる。
ゆえに知識関係に当てにされなかったり、頼りにされなかったりするのは許されざるのだろう。
千年を生きたノーライフキングとして、汚名挽回に燃えている!!
「じゃあ、質問させていただきます……!」
『どうぞどうぞ』
「美味い牛肉ってどこにあるでしょう?」
『ぎゅう……にく……!?』
いかに不死王といえど、この世のすべてのことを知る由もない。
俗なことは特に。
さらにいえばノーライフキングはアンデッドの王だから、ぶっちゃけ食事の必要もないんだよな。
先生はパクパク食べるけれども。
でもあれはあくまで味覚を楽しんでいるのであって、自然の理に逆らって死にながら生きているアンデッドは食事でエネルギーや身体保全素を補給する必要性もなければシステムもない。
そんな先生が、俗世の……本人が必要としない食べ物関係の情報を持ち合わせるわけもなく。
早速手詰まりとなった。
『ちょっと! ちょっとだけお待ちください聖者様! いま念通信で他のノーライフキング仲間にも聞いてみますので……!』
ノーライフキングならば他の人でもやっぱり食事の必要はないから、それらに関する情報も蓄積していないんでは?
やっぱり魚のいない池に釣り糸を垂らすようなことになってしまう。
「私知ってますよ!」
右往左往する先生を尻目に挙手してきたのは……。
純白法衣の美しい女性。
聖女マラドナさんではないか。
今は先生の弟子として直向きに働いている彼女が……どうした?
「だから知ってます。とっても美味しい牛肉のことでしょう」
『なんじゃと!?』
弟子のマラドナさんに手柄を持っていかれるとは思わなかったか先生、素っ頓狂な声を上げる。
「何しろ私が生存していた時代、教会は権力にモノを言わせて賄賂を受け取りまくりでしたから、その中には当然世界中の美味しい食べ物もありました!」
贈り物としては定番ど真ん中だしな、ご馳走。
山吹色のお菓子もいいが、ダミーの甘味も美味しく食べますよ、と……。
「その中に、とっても美味しいお牛の肉もあった記憶があります! 私もいただいたんですが、もうね、口の中で溶けていくんですよお肉が!!」
それはもっとも美味しい肉の表現!
でもマラドナさん?
アナタは聖女時代、清貧を重んじる良識派であったのでは?
そんな賄賂でいただいたものをそう簡単に口に運んでいいのですか?
「食べ物に罪はありませんから!!」
彼女は何より本能で動くタイプだったなそう言えば……。
色々と思うところもないではないが、しかし状況は一挙に好転した。
目的としている最上級牛肉の目星がついたんだから。
「凄い女聖女様! 今日からキミのことを“牛肉の聖女”と呼び讃えたいぐらいだ!!」
「特別な称号を頂けて恐縮ですわ!!」
盛り上がっている俺たちの横で、先生は黄昏ていた。
* * *
そんで。
マラドナさんに心当たりがあるというA5ランク最上級牛肉は一体どちらにおわしますのか?
「ミノタウロスの牛肉ですわ!!」
「ミノタウロス?」
待て。
なんかそれ聞き覚えがあるぞ?
たしか迷宮に住む怪物の一種だよね?
ファンタジーな創作物だと実に多数にわたって登場する。
大抵、大事なところを守る中ボス扱いなんだよな。
多少ではあるが重要な役どころに置かれる。
外見は大体、牛の頭をもった人間……いわゆる合成獣の一種として描かれる。
ただし人とは言っても筋骨隆々で、さらには身長二メートルを超えそうな巨人に描かれることが多い。
そんなに巨体で主な生息地が迷宮って……動きづらくて不便じゃない? とも思う。
そのミノタウロスの……肉?
マラドナさんはたしかに言ったか?
でも、ミノタウロスってたしかに牛頭ではあるけれど、首から下はほぼ人間のデザインだよね?
その肉を食す場合って、ほぼ人肉になるんでは?
それは倫理的にも……、気分的にもちょっとアレだし……!?
そんな俺の青ざめた表情を見たのか、マラドナさんは首をかしげて……。
「どうしたんですか聖者様? 美味しいんですよミノタウロスの肉?」
「いや、だからミノタウロスの肉だろう? そんなの食べていいの?」
「いいに決まってるじゃないですか。ミノタウロスさんが精魂込めて育てた牛さんなんですから。美味しく食べて挙げないと失礼ですよ!」
「え?」
「?」
なんだか話が噛み合っていないことに気づいた。
そこへ先生が口を挟む。
『ミノタウロスとは、人間国に住む獣人の一種です。聖者様も、獣人という種族がどのように興ったかはご存じですな』
あ、ハイ。
人間国では遥か昔、人と獣を合成させる魔法があったとかで、戦争のための強化だったり、罪人への罰だったりで様々な動物と人とが合成された。
そうして出来上がった獣人の遺伝子がその子孫にも受け継がれて、そうして現存する獣人が例のゴールデンバットだったりシルバーウルフさんだったりする。
『今では、人族の血統の中に潜む獣人因子がふとしたきっかけで先祖返りする獣人の生まれ方がほとんどですが、中には連綿と血統を受け継ぎ、部族単位で存続している獣人族もおります。たとえばサテュロスがそうですが、ミノタウロスもまた部族単位で活動する獣人の一種です』
サテュロスなら聞き覚えがある。
ヤギの獣人で、美味しいミルクを生産することで生計を立てている獣人だよな?
ウチの農場にも何人か身を寄せていて毎日美味しいミルクを搾り出してくれるから知っている。
『ミノタウロスもまた部族単位の生業を持った種族で、たしか酪農に携わっていたはず。何百年か前に噂を聞いたことがありますぞ! ミノタウロスが育てた牛は大層美味であると!!』
やっと有用な情報を出せたのか先生は嬉しそうだった。
そして俺も真実が見えてやっと胸を撫で下ろした。
ミノタウロスの肉ってのはつまり……。
『ミノタウロスが育てた牛の肉』ってことか。
紛らわしい。
そうならそうとちゃんと言ってくれ。






