1019 安産に効く食べ物
ジンクス……!?
というと民間信仰的なアレか。
神様に直接詣でるほどに厳かではないが、庶民の間では何となく信じられている。
それを守ると何となくいいことがありそうだし、破ると何だか居心地が悪い。
それほど信心深くない俺ですら、普通に生活しているだけでいくらか聞くことがあった。
たとえば……。
――『四の数字は「死」に通じるので不吉』とか。
――『猫が顔を洗うと雨が降る』とか。
――『雛人形をしまうのが遅いと結婚できない』とか。
――『茶柱が立つといいことがある』とか。
――『蛇皮を財布に入れておくと金が貯まる』とか。
……そんなことは日本に住んでいれば誰しも一度は聞いたことがあるだろう。
それらの迷信に、科学根拠どころか神様ですら特に関係がないが、やっぱりいいことがあればいい、悪いことは遠ざかってほしいと願えば守りたくなってくる。
今、俺たちが何より願っている安産に関わるジンクスもあるのだろうか?
「……はッ!? 妊娠中にコーヒーお茶を飲んではいけないというのも、もしやッ!?」
『それはカフェインがよくないからだ』
普通に科学的根拠のあることだった。
今俺たちが議題に挙げているのは、まったく科学的根拠のない樹の迷いかと思われるような縁起話だ。
道真公が例を挙げてくれる!!
『色々と言われているぞ。「妊婦が火事を見に行くと生まれてくる子どもが不幸になる」とか』
何それ怖い!?
そんなことあるなら『獄炎の魔女』ランプアイさんとこの子はどうなるの!?
『それから「トイレを綺麗にすると可愛い子どもが生まれてくる」とか、あと「秋ナスを嫁に食わすな」というのも、ナスを食べると体が冷えて流産の恐れがある……という意味だと聞いたことがある』
さすが昔の人だけあって道真公、色んな迷信を知っている。
あと学問の神でもあるから博識なんだろうな。
そしてプラティにはけっしてナスを食わせまいと思う俺だった。
キュウリで手を打ってもらおう。
「よし! じゃあ何をすべきか決まったな! プラティにトイレ掃除してもらおう!!」
『「妊婦に家事を押し付けるな!」とキレられないか?』
道真公の言うことにも一理ある。
いかに縁起がいいことだと言っても、客観的に見ればただの労働だものな。
妻の安産を願うこととはいえ、なんか違う気がしてきた。
どうせ彼女のためになるのなら、縁起を担いでかつ、ちゃんと楽しめるものに仕上げたい。
「なんかアイデアない道真公?」
『完璧にこっちに丸投げするようになってきたな』
だって聞けば何でも答えてくれるんだもん。
さすが学問の神様。
『うーん……最近のものではあるが、こんなジンクスもあるぞ』
さすが道真公、聞けばなんか確実にヒットする。
道真公かウィキ○ディアかってレベルだ。
『……焼肉を食べると安産になるらしい』
「焼肉!?」
そんなこと、初めて聞いたが?
……焼肉、が何かの語呂合わせに繋がるのだろうか?
ヤ、キ、ニ、ク……!?
“ヤキ”を入れて“ニク”めない子どもが生まれる?
ダメだ全然しっくりこない。
大丈夫?
それ企業の戦略に踊らされてない?
三月十四日にバレンタインチョコのお返しを三倍でするとか、節分の恵方巻とかと同じ匂いを感じるんだが。
『正直言って私もそう思うが……! 仮にそうだとしても、商業の戦略に乗せられてこそのジンクスでもあると思うが? どうだろうか?』
たしかに……!?
踊るアホに見るアホ、同じアホなら踊らにゃ損々というジンクスもあるしな!
それに焼肉であれば食べれば間違いなく美味しいから、ご利益がなかったとしても行為自体が楽しいことだ。
そこが労働とは違う。
日々育っていく我が子をお腹に抱え、大変な生活を強いられているママに『安産祈願』と称して美味しい焼肉をたくさん食べてもらってリフレッシュ。
休養、充電、デトックスしてもらうだけでも充分な成果ではないか!!
『理詰めで考えても、胎内で新しい命を育んでいる母体に、栄養を取らせすぎて悪いということはあるまい。高タンパク=高エネルギーとは今や常識。たくさん食べて子どもの血肉にしようという理は通っておろう』
道真公の言う通りだ。
そうだいいことを考えた!
焼肉といえば一人では食べず、皆で集まってワイワイするパーティメニュー。
プラティに限らず、ベビーブームで大きなお腹を抱えている女性たちは知り合いの中にもたくさんいる。
それらの方々を一堂に招集し、ワイワイ肉を焼いてもらって賑わいつつお腹いっぱい。
マタニティブルーを吹き飛ばしてもらうというのはいかがだろう!?
一気にイベント感が増してきた!
これも道真公に相談したおかげだな!
「さて、では早速焼肉パーティの準備といこうではないか!!」
焼肉に必要なものは何か!?
そう肉だ!
あまりに当たり前のことかもしれないが、肉がなければ焼肉は始まらない!
ジューシーで脂身たっぷり、焼けばジュルリと肉汁溢れる優等なお肉を俺は求める!!
『お呼びとあらば即参上!!』
呼んでないのに来た。
誰?
『肉をお求めとあらば、私の出番に間違いなし! 農場の貴重なタンパク源! 角イノシシことスクエアボアでございます!!』
ついにお肉の方が向こうからやってきた。
角イノシシは農場近辺の山ダンジョンに住むモンスターで、モンスターではあるもののそのお肉の味は絶品。
狩っては調理し皆で舌鼓を打ち、余った分はハムやソーセージなどにして保存するぐらい。
角イノシシのお肉は、もはや農場に欠かせないと言っていい資源!!
『そんな私が「肉がいる」と聞き流すわけにはまいりませんぞ!! さあ聖者様! 私のモモとロースと豚足を使って、デリシャスな焼肉を拵えてください!!』
最近ではあまりに乱獲しすぎたせいで無限の転生を繰り返し、魂が高次の段階へ昇格した模様。
それこそ菅原道真公が人から神へと昇格したみたいに。
『そこで例に出されるのは釈然とせんな!』
でも、実に適例でしょう?
角イノシシもまた現世で徳を積み、来世に転生を繰り返すことで神へと近づかんとしているのだった。
「でも今回はいいや」
『えッ? なんでです!? 焼肉なんでしょう!?』
戸惑う角イノシシ。
そう、焼き肉だからこそ……。
「豚肉はちょっと……ね?」
この角イノシシ、素体はイノシシなだけあって肉の味わいはブタに近い。
脂が多く、淡白な肉質で歯応えは柔らかい。
しかし焼肉といえば定番は、やはり牛。
牛肉。
古くより人間と共に過ごしてきた獣で、労働力にもなれば食料にもなる、さらに種類によってはミルクも出すと実に優れた家畜だ。
そして焼肉となれば牛肉を頂くのが常道。
「だから焼肉は角イノシシくんのステージじゃないんだよね」
『そんなッ!? トントロとかトンカルビとかあるじゃないですか!!』
「それでも主役は牛だから」
『あんまりだ! うわあああああああッ!!』
こうして後ろ向きに猪突猛進していく角イノシシだった。
ゴメンね。
今度原木生ハム作る時は呼ぶから。
『妊婦に生ハムはいかんらしいぞ。妊娠中にはよくない細菌に感染するかもらしい』
さすが道真公は博識。
じゃあ角イノシシくんの出番は益々先だね。
今は何より牛肉だ。
ここ農場では、やはり山ダンジョンで狩猟されるキリサキシカというモンスターの肉が、牛肉の代用として親しまれている。
前の世界でもシカと呼ばれる動物の一部には、遺伝子的に牛に近いものもいて食用に親しまれていたという。
キリサキシカもそういうタイプのシカらしく、仕留めてから食してみると何とも脂がのってかつ獣臭が少ない。
キリサキシカの名の由来は、それこそ刃のように研ぎ澄まされた角からであり、その角を前面に突進してくれば文字通り切り裂かれる。
世間での評価は四つ星で、冒険者たちからは角イノシシ以上に恐れられるモンスターだとか。
ヴィールが支配しているダンジョンにも出没しているので、よく狩猟するけれども、牛に近いとはいえやっぱりシカなんだよなあ……。
充分に牛かといえば、そうともいえない微妙なお味。
せっかく妊娠出産に頑張っている妻たちを激励するなら、より選りすぐった牛肉を提供したいな!
A5ランクの黒毛和牛的な!
「道真公! こっちの世界で最高級の牛肉と言ったらなんでしょう!?」
『こっちの世界のことまで私も知らんよ……』
言われてみればそうだった。






