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1016 しくじり王女

 改めて、マリネ王女を先頭に農場学校の生徒が並んだ。


 益ある授業だと判断されたのだろう。

 これから始まる世界一受けたい授業、それは……。


 しくじり王女――コイツのようにはなるな――。


 ……である。


「きーんこーんかーんこーん」


 口チャイムと共に入場し、教壇に立つレタスレート。


「長いこと農場で暮らしてきたけど教壇に招かれたのは初めてだわ。……なんか感動する!」

「レタスレート教師ー、かっこいいのんー」


 教壇真ん前の机でマリネちゃんが拍手していた。

 他の机に座って並んでいる農場学校の生徒たちは総じて『一体何が始まるん?』という表情だった。

 そのさらに後ろに俺が、授業参観の風情で立ち見している。


「えー、皆さんこんにちは。この私こそが特別授業を受け持つ、元王女のレタスレートです。本日は……皆さんに何を教えてあげるのかと言うと……。私の若き日の失敗談を! 語っていきたいと思います!!」

「若い頃ってことは、今は若くないと認める?」

「煩いわね! 言葉の綾じゃない!!」


 よく言われがちなイチャモンロジックだがね。


 魔話の腰を折っただけなのでさっさと進めよう。


「皆さんご存じの通り……私はかつて人間国の王女でした。リテセウスくんが治めている今の人間共和国じゃないわ。それ以前に滅び去った人間国……王族が好き勝手し、教団の連中が我が物顔していた人間国よ。そんな国でお姫様やって私は、巷で言うところの悪役令嬢ってヤツね!!」


 何と返していいかわからずに教室は沈黙した。


「今日の授業は、そんな私の過去を振り返り『同じことを繰り返してはいけない』『こんな風になってはいけない』と戒めるためのものよ。特に現王女であるマリネちゃんにね!!」

「魔王女として参考にするのんー」

「その意気ね! 私の授業を聞けばアナタも立派な王女様になれるわよ!!」


『ああはなるまい』と心に刻めばね……。


 本当に大丈夫なのだろうか?


 マリネちゃんはこの農場で大事なことを学ぶと息巻いていたが、もっと他に学ぶべき大事なことはあるんじゃないかと心配するばかり。


 そんな周囲の危惧もかまわず、レタスレートは本格的に授業開始!


「それでは、まず私の生い立ちから見ていきましょう。私……レタスレートは旧人間国の王ジェネシス十八世の娘として生を受けたわ。他に兄弟はおらず、一人娘だったため父上からは随分甘やかされて育ったものよ。お陰でうら若き乙女となった頃には大層なワガママ娘が出来上がったわ」


 思い出すなあ、ここに来たばかりの生意気盛りのレタスレートを。

 あの頃の彼女はホンマにワガママ王女の名に相応しいワガママぶりだった。


「あの当時の私のワガママぶりを示すエピソードがあるわ。……ある時市民の一団が、王城に直談判に詰めかけたの。食料が足りないので王城に収めてある備蓄分を解放してほしいという嘆願だったわ」


 いかにも末期国家にありそうなエピソード。

 民が飢えるのは革命へのカウントダウン開始イベントだよ。


「あの当時は魔族と戦争していたから、余分な食料はすぐさま最前線へ送られるか、残りは王族か教会がチョロまかして私腹を肥やしていたのよね。だから一般市民へ流れていく食料なんて本当にごく僅かなものだったそうだわ!」

「なんて酷い! 教会最低ですわ!!」


 そういうのは聖女マラドナさん。

 彼女も授業聞きに来てたんかい。


「市民からしてみれば飢え死にするかどうかの瀬戸際。生きるか死ぬかの覚悟もなければお城に詰めかけるなんてできないでしょう。……さて、そんな修羅場にレタスレート王女様が通りかかりました。あの頃下々の苦労など知りもしない私が、目の色を変えて食料を求める市民に対して言い放った言葉があります」


 さて、それは何でしょう!?

 ……か。


 本当にバラエティ番組みたいな構成になってきたな。

 答えはCMのあと! とかになりそうなヤツだ。


 今のレタスレートなら『パンがなければ豆をお食べ』とか言いそうだが、当時の彼女は我がままを絵に描いた様なゲス全開の王女様。

 一体どんな言葉をほざいたのかと言うと……。


「それでは答えを発表します。……『パンがなければ豆をお食べ』です!!」

「おい!!」


 過去を改竄するな。

 言ってないだろ? 少なくとも王女時代のお前は『パンがなければ豆をお食べ』とか言わないだろう!?

 豆に出会って覚醒するのは農場に来てからだから!


「あら、今じゃ私の決めゼリフなのよ『パンがなければ豆をお食べ』」

「だから今の話だろ!」


 ちなみに昨今のレタスレートは本当に『パンがなければ豆をお食べ』と言う。

 凶作の情報をキャッチすると現場に駆け付け、大量の豆を撒き散らして去っていくという。


 その時のセリフが『パンがなければ豆をお食べ』だ。


 お陰でここ数年この世界で餓死者は一人も出ていないんだとか。


 何て素晴らしい、救世主かよお前。

 でも今日の授業で扱われているのはそんなお大尽の現在じゃなく、過去の愚かなレタスレートのことなんだよ。


「そんな愚かな私に、天罰が下るときがきたのよ。人魔戦争が終結し、人間国は魔国に敗北したわ。そんで私もお姫様から一捕虜へと転落人生! ここで本来ならば処刑されるところを、私は九死に一生を得て、ここ農場に辿りつきました。その理由は?」


 またクイズ形式か。


「うーん、王家の血統を保存することでいざという時のために……」

「ごく普通に魔王さんが慈悲をくださったからよ」


 スルッと回答来た。


「表向き死んだことになった私は、ここ農場でまったくのゼロから再スタートになったわ。それまでお城で甘やかされまくった私が野良仕事……。正直辛かったわね。しかしそんな私に最高の出会いが待っていた! そうそれこそ……!」


 豆だろ。

 わかるって。


「生涯の朋友となるホルコスフォンとの出会いよ!!」


 あれッ?

 ことごとく外してくるなッ!?


「豆をこよなく愛する同士ホルコスちゃんとの邂逅! 生涯の友を得たからこそ力を合わせて私たちは進んでこれた! これが何を意味するか!? 答えはCMのあと!!」


 いやそこはサラッと出せ。


「要するに困難を前にしてこそ信じあえる仲間こそが何より重要ってことよ! 皆もそれを胸に秘めて、日々鍛えていってほしいわね! 以上!!」


 思ったよりまともな締めで意外だった。


「なるほどなんー、王女にとって重要なのは苦楽を共にする仲間なんなー」


 マリネちゃんが素直に感心していた。


 でも仲間が大事なのは王女様に限ったことじゃないと思うけどな。


「ふっふっふ……大見得切って出てきた割には平凡な授業ね……!」

「何ですって!? 何ヤツ!?」


 いい感じに締まりそうなのに、さらに新キャラ登場?


 誰かと思って振り向いたら、そこには俺の一番見慣れた顔があった。


「プラティじゃないか」

「『しくじり王女』のテーマでアタシのことを呼ばないとは、モグリな連中もいたものね!」


 そういやウチの奥さんプラティは、現人魚王たるアロワナさんの実妹。

 つまりはかつてたしかに王女だった時期があるってことだ。


「アタシの王女時代のしくじりには事欠かないわよ! あちこち爆破したり壊滅させたりしてきたんだから!!」


 それ何の自慢にもなりませんがね!


 なんてこった……!

 今は二児のママとなり、今また三人目をお中に宿した状態で大分落ち着いているのに。

 漂うヤンチャの匂いに引かれてきたか。


『いやー、昔はオレもワルだったわー』自慢はやってて嬉しいらしいからな。


「そうあれは……アタシが学生時代。人魚国の名門校と謳われるマーメイドウィッチアカデミアに入学したのよ。人魚王女たるアタシは、あそこを好成績で卒業するのが当然と言われていたわけ」


 王女様たれば学歴だっていっぱしでないといけないし、学校側にとってもVIPの在校実績がなければ箔がつかないもんなあ。


「では、そのマーメイドウィッチアカデミアでアタシがしたことと言えば何でしょう!?」

「入学したその日に退学になったんでしょう? 因縁つけてきた同級生を根こそぎなぎ倒して」

「正解!!」


 恐ろしい正解を引き当てたのはレタスレートだった。


「いやアンタその話何回もしてるじゃない。農場住みにとっては耳にタコができるエピソードよ」

「おのれ生意気な……! 昔だったら腹パン一発で黙らせてやったものを、今じゃアタシの拳の方が砕けるから迂闊に殴れないわ……!」


 理由がなくとも迂闊に殴らないでください。


 こんな王女として完全反面教師な二人を見せて、本当に教育上大丈夫なのだろうか?


 新米王女のマリネちゃんにとってね。


 俺は恐る恐るマリネちゃんの表情を伺うが……。


「これが真似してはいけない王女たちなんな。勉強になるん……!」


 よかった。

 ちゃんとこれがダメな例だとわかってくれている。


 マリネちゃんの有能たる部分は、ダメなものがダメだとしっかり見分けているところだよな、幼い割に。

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書籍版19巻、8/25発売予定!

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↑コミカライズ版こちらから読めます!
― 新着の感想 ―
[良い点] 色々面白い!ツッコミ所も多い内容です! [気になる点] プラティがカープと久しぶりに会った時、もっと関係が深そうにとれましたが、入学したその日に退学だと、普通そうはなりません。どういうこと…
[一言] まぁ何やかんや、あの魔王国を平和裏に纏め上げた魔王さんの娘だもんなマリネちゃん。
[一言] 何と言う反面教師たち!
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