1014 賢王女
「人は誰もが、世界に対して責任を負ってるのん」
…………。
はい。
「その中でも王族はさらに大きな責任があるんな。人の上に立つからこそ、より大きく民と国へ責任を果たさねばならぬのん」
…………。
そっすか。
初っ端から重苦しいテーマに困惑しつつある俺。
何が起こっておるのかといえば、今日は魔国の王女様マリネちゃんをお迎えしているのであった。
マリネちゃんの立場はいささか複雑。
魔王さんの娘……即ち魔王女という肩書を生まれながらに持っているが、血を分けた母親は第二魔王妃のグラシャラさん。
諸事情合って二人の王妃を迎えた魔王さんではあるが、マリネちゃんはその二人目の妃との間に生まれたお子さんということになる。
第二妃の子にして王女。
歴史と照らし合わせれば、大抵こういう子は王族に生まれながらも立場は弱く、王位継承権も極めて低いか、そもそもないというのが常道だ。
ただこの世界の魔王さんのケースはいささか違って、第一第二と順番はつけていても基本、二人の魔王妃に上下関係はない。
なので魔王女たるマリネちゃんの立場も、妾腹とかそんなものでは断じてなく。……実際そんなことを言ったら魔王さんにクソ怒られること明白。
さすがに次期魔王としては長男ゴティアくんがいるから可能性は低いだろうけれども。
……とにかく、一部の旧弊に囚われた人々が思うほどにマリネちゃんの立場は弱くないということだ。
そんなマリネちゃんだが、今日は農場に遊びに来ておる。
他に手透きもいないので俺が対応を務めているといったところ。
「お茶をもう一杯いただきたいですのん」
「あ、はい、どうぞ……!」
「やっぱり暑い日こそホットなお茶なんな―」
「……お母さん……グラシャラさんは今日どうしたの?」
「お城で休んでるのん。今は弟がお腹にいるから迂闊に出歩けないんな」
「そ……そうなんだ」
え? 待ってじゃあマリネちゃん一人で農場まで来たの?
どうやって?
「転移魔法はもう覚えてるのん。お母さんにも、農場に行くって言っといたから心配ないのん。それくらいの配慮は抜かりないのん」
転移魔法が使える!?
あの……マリネちゃんって今何歳だっけ? 五歳? 六歳?
その年で魔法が使えるって常識だっけ?
「今は妊娠中のお母さんの負担になりたくないから一人で遊ぶのんな。農場が一番楽しくて退屈しないのん」
「そっかー」
「最近新しくつけてもらった家庭教師の話も面白いけれど、農場で見るもの聞くことが一番勉強になるのんな。将来のために役立つ知識が盛りだくさんなのん」
その話は何か聞いたな。
ここ最近、魔王さんから雇われていた家庭教師? 教育係? みたいな役職の人がクビを言い渡されたって。
その人が元々ゴティアくんとマリネちゃんの初等教育を担当していたらしいんだが、その立場を利用してなんや勝手が過ぎたというんで、叱責ののちにお役御免。
現在のところは蟄居を命じられているという。
なんでも次期魔王の筆頭候補であるゴティアくんに阿りまくり、彼に近づきたい側近狙いの子の親から賄賂をもらっていたとか。
さらには魔王女にして継承順位が低いマリネちゃんには、教育に当たることを魔王さんから直接指示されていたにもかかわらず何もしていなかったそうだ。
自分に得のないことにはとことん無配慮。
結局それが究極的に、魔王さんの堪忍袋をブチ切った。
現在は新たに雇われた家庭教師さんがマリネちゃんの教育に当たっているらしい。
今のところ当たりの人で、マリネちゃんも成長が著しい。
……それが関係しての、今目の前の状況か?
「民と王は、互いに支え合い与えあいながら生きているのん」
「えーと……さっきから気になっているんだけど……キミ前からそんな風な喋り方だっけ?」
なんだか語尾が独特と言おうか?
「我は気づいたのん。王族として、皆からの注目を受けながら生きていくためにも、個性が大事だと」
「個性づけのために?」
「頑張って癖をつけたのん」
語尾で個性を主張するって、また古の方法を……。
しかしまあ、有効な方法だからこそかつて濫用されてきたわけだから、けっして間違った選択でもないのだよな。
個性を得る……という意図に即するならば。
でもこの子は、何のためにそこまで強い個性を求めているのか?
「もしかしてマリネちゃん……魔王になりたいの?」
「そうなのかマリネッッ!!」
そこへ何やら煩い怒号が飛び込んできた。
振り返れば、そこに魔王子ゴティアくんがいるではないか。
ゴティアくんは今年から農場学校で学ぶようになり、よって農場に存在する。
俺とマリネちゃんの会話をたまたま耳にすることも決して可能性皆無ではないのだ!!
「マリネ! お前は我が年下ではあれども、父上とグラシャラ妃との間に生まれた立派な長子! 父上の血を引くからにはその身も魔王に相応しいと思ったか!? この真なる魔王の長子たるボクを差し置いて!」
まあ、ゴティアくんとしては緊急事態だろうなあ。
ゴティアくんは、第一魔王妃アスタレスさんの実子。
マリネちゃんとは異母兄妹に当たる。
血統の複雑な関係は置いておくとしても時系列的には間違いなくゴティアくんが先なので、次期魔王の最有力候補もゴティアくんで間違いない。
にも拘らずすぐ歳下のマリネちゃんに野心があるとしたら……。
……骨肉の争いの始まりだ!!
って思うよね皆普通。
「フフフ……! しかしボクも、魔王となる道のりが平坦であるなどと思っていない! 山あり谷ありの困難の果てに掴み取るべきものが魔王の称号! ボクもまた、魔王となるために試練から背を向けはしない!!」
しかし元来英邁なゴティアくんは、自分の将来に陰りが見えるとしても怯みはしない。
むしろ挑戦心を剥き出しにして心身燃え上がる!
「さあマリネよ! 魔王となりたかったら全力で挑んでくるがいい! ボクも全力で受けて立とう!! もとより何の障害もなく得られる魔王の称号に意味などない! ボクは、あらゆる試練を乗り越えて、真なる選ばれた者として魔王になりたいんだ! マリネお前がその障害となるのなら願ってもないこと! 我が覇道の礎としての意義を、お前の人生に与えてやろう!!」
血を分けた(半分だが)兄妹ですら目的のために打ち砕かんとする。
王家に生まれた者の厳しさを全身にて表すかのようなゴティアくんの毅然たる態度だった。
それこそが次期魔王の覚悟であり覇気なのであろう。
それに対してマリネちゃんはと言うと……。
……あれ?
ため息ついた?
「にぃにぃ、まだそんなレベルの話してるのん? もうちょっと大人になるん」
「え?」
「魔王になるならないが魔国の王族の存在価値じゃないのん。魔国の民に貢献するのが大事なのん。魔王という役柄はそのための手段に過ぎないんな」
「はい……!?」
なんか、風向きが変わっている?
「そりゃー、物事にはトップを張る人が必要だから誰かが魔王にはならなきゃなのん。魔王が王族から選ばれるんなら、誰であろうと心のどこかで覚悟はしておかなきゃならなんな。でも別に魔王になることだけが貢献の手段じゃないのん。幼く未熟な我は、そのあらゆる手段を模索している毎日なのん」
「そ、そうか……、偉いな……!?」
ゴティアくん気圧されている?
「我は将来的に、魔王の称号に収まらずあらゆる方法で魔国に貢献できるように生きていきたいのん。もっとも次期魔王にはにぃにぃがなるから、それを支えていくことも充分視野に入れてるのん。そのことを胸に刻んでほしいんな」
「はい」
「にぃにぃは魔王になることがゴールみたいに言ってるけれども、むしろ魔王になるのはスタートなのん。魔王になって、いかような政策で魔国を発展させ、お父さんから引き継いだものを守っていくか。それがにぃにぃの人生の勝負なのん。魔王になったところで満足されたら困るのん」
「はい……!」
ゴティアくん、やり込められてる……!?
でも傍から話を聞く限り、マリネちゃんの方が話のスケールで一段上! ゴティアくん差を空けられているぞ!
年下の妹相手に、これは多感な少年期のプライドをズタズタにされるやり口なんでは!?
「しかしそれは我も同じこと。魔王にならないからと言って責任逃れはできないのん。魔王の血を引く者として、幼いうちからたくさんの知識を修め、運用するための知恵を養うんな。それは我の、魔王女としての務めなのん!!」
幼いながらもすっかり王族の義務に目覚めておる。
そんな幼女の覚醒を、俺とゴティアくんは呆然と眺めるよりほかないのだった。
とりあえず茶のお代わりを入れるか……。






