1012 頂上一歩手前で
本日、書籍版最新14巻の発売日です!
よろしくお願いいたします!!
登山中の俺です。
ゴールデンバットが意外なまでに周囲に気を配って快適な登山である。
「ぱぱー、しおなめるー」
「ほいほい」
ジュニアも軽快に山道を登っている。
適度な水分塩分の摂取が上手く働いているようだ。
せっかく逆張りしてあえてこんなな山道に挑んだのだから、しっかり登り抜いて成功体験を残してほしいものだ。
だが、ゴールデンバットが鼻息荒くこだわっていたシルバーウルフさんとの登頂競争は、この分だともう絶望的だろうがな。
元々双方のコースで距離や難関ぶりに大きく差があったのに加え、ゴールデンバットは律義に同行者たちを気遣ってこまめな休憩をとってくれた。
これでは普通に考えて先にゴールするのは不可能と思うが、それでいいと思うからこそゴールデンバットは安全着実なペースを選んだのだろう。
アイツの登山家としての拘りを見た気がした。
そんなゴールデンバットは……。
「フフフ……、シルバーウルフめ待っていろよ……! 勝負はやすやすとつかないものだ……!!」
……やっぱりただのアホなのかもしれない。
こうして山道を歩いて体感的に大分時間がたったような気がする。
今だけ歩いたんだからもうゴールだろ、と思ってなかなかゴールに辿りつけないのが山登り。
大体山道だと木々が鬱蒼と茂って周囲の風景なんぞまったく見えないもんだよな。
高所から遠くを望むなんて本当に頂上に辿りついてからでないとできない。
そこまで至る道が自分の忍耐との勝負なんだが、俺もなかなか根性のない方だと再確認する。
もう帰りてぇー。
クラ―の利いた部屋でキンキンのビール飲みてぇー。
「ぱぱ、ふぁいとー……」
「そうだな……」
親子で励まし合って頂上を目指すのだった。
もはや『ファイトぉ!!』と呼びかけられて『いっぱぁーつ!!』と返すリソースすらない。
そして何度目かの『あの坂を上り切ったら頂上……!』という励ましを乗り越えて……!!
「着いた! 頂上!」
「やたー!!」
ここまで来たら登り切れたことが奇跡のごとく感じられてきた!
達成感! 解放感!
これを味わうために人は山を登るんだろうなあ!!
「パパ! パパ! 見て見て、ひとがごみのようだー!」
「ははは、そんなことを言っちゃいけないぞー」
ジュニアとしては頂上から望める風景の、遠くの街並みの細かさに感動してのセリフだろうが、言葉のチョイスを見直さないといけないな。
同じく、困難な道のりを辿ってここまで来た人々は一様に達成感に酔いしれ、頂上の開けた風景に感動していた。
「ふはははははは! シルバーウルフのヤツめまだ来ていないな! この勝負オレの勝ちか!」
その一方でゴールデンバットのヤツが高笑いしていた。
言われてみれば?
この頂上に到達したのは、俺たちしかいない。難所コースから登ってきたというのに。
俺たちの方よりずっとなだらかで、最短コースを登ってきているはずのシルバーウルフさん組は?
トラブルでもない限りは先に着いていて当然なんだが……。
……それがいないってことは、トラブルが起こった?
向こうの組には次男ノリトもいるんだが?
ヴィールとシルバーウルフさんがいてくれるからにはまず問題ないと思が、それでも心配してしまうのが親のサガと言うものだ。
「おいゴールデンバット! シルバーウルフさんたちがやって来るのはどっち側!?」
「んー? 向こう方面だが?」
ゴールデンバットのヤツが指さした先を、俺はジュニアを抱えながら駆け下りてゆく。
大丈夫、ヴィールたちがいるから大丈夫!
と思いながら駆けていくと……。
思った以上に大丈夫な風景にぶち当たった。
『それでオメー、この時期まで誰にも悟られずにヒッソリ暮らしてたのか?』
『そうなんです……!』
二体のドラゴンが向かい合って、その周りを幾人かの人が囲んでいた。
あれはシルバーウルフさんと、同行する登山客であろう。
「とうさん、さんそけつぼうしゅーになって……!」
その中にはいとしの息子ノリトもいた。
長男次男を抱え上げて、俺はさらにドラゴンへ尋ねる。
「……どちら様?」
『おおご主人様! どうやらこのダンジョンにはおれの同族が住みついていたようなのだー』
二体いるドラゴンの中、一方は言うまでもなくウチのヴィール。
そしてもう一方は見知らぬドラゴンだ。
『シャンペンという名でな。オレも今さら見知らぬ兄弟が残っていたとは驚きなのだー』
「このダンジョンに主がいたとはまったく知らなかった。こちらもいきなり強襲を受けて驚いた」
とシルバーウルフさんも仰る。
しかし強襲!?
ドラゴンから襲われたら人間なんて死と同意じゃないですか!
たまたまヴィールがいてくれたから撃退できたものを……!
……撃退できたんですよね?
「それなんですが……仮にヴィール様がいなくてもなんとかなったかと」
「え?」
どういうこと?
ヴィールがいなけりゃ完全に人間vsドラゴンの構図になってその場合二千パーセントで人類敗けるんですが?
「それはそう、元冒険者である私の方が万倍理解しています。ですがこのドラゴン、大分変わり者のようでして……」
『早い話が臆病者なのだ』
「ヴィール様」
『シルバーウルフのヤツはオブラートに包んで話してくれるのだー』
このシャンペンなるドラゴンは、不意打ち気味で襲い掛かってきたまではいいが、目標に近づくたびに失速していき、ついには目の前で止まってしまったという。
ビビりのへっぴり腰であることがはた目からでもわかったそうだ。
そして、敵の目前で停止など殴ってくれと言っているようなもの。
情け容赦もないヴィールによって一方的にボコボコにされたとのこと。
『どうせボクなんて何をやってもダメなんだ……! ドラゴンなんて名ばかりのトカゲなんだ……!!』
後ろ向きに自己嫌悪に陥ってしまっていた。
たしかい頑張れば人間でも勝てそうなドラゴンな気がしてきた。
「戦うのが怖くてずっと隠れていたそうですな。お陰で冒険者ギルドも察知できずに主なしダンジョンとして登録されていました」
『そもそも、こんなせまちっせーダンジョンにドラゴンが住み着くか? そこからしてありえねーのだ!』
ヴィールがドラゴン姿のまま呆れていた。
怖がりドラゴンさんから詳しく話を聞いてみたことには、急に人の集団がダンジョンに入ってきたことで、自分を討伐しに来たものだとパニックに陥ったらしい。
もちろん実際のところは勘違いなのだけれども。
『やられるぐらいなら、先制攻撃してやろうと思ったんですが……。慣れないことはするべきじゃないです』
そう言ってすっかり意気消沈のシャンペンくんだった。
「いや、こちらもアナタがいるとは知らず、勝手に侵入してしまい……。モンスターも狩り尽くしてしまいましたし……アナタの使い魔たちだったのでは?」
『そ、それは別にいいです! こっちこそ、ただ登山を楽しむのが目的だとわからず邪魔しちゃって……!』
互いに頭を下げ合うシルバーウルフさんとシャンペン。
周囲を気にする点において共通項を持つ二人なのだろう。
『でも目的がボクの命でなくて安心しました。……本当に安心した。あー安心した。山になら好きなだけ登ってください。ボクは黙ってみていますので』
『それでいいのか?』
せっかく話がまとまりかけていたところへ、ヴィールが再び介入。
『正直お前はアレだぞ、気が弱すぎなのだ。そんなんでよくここまで生き残ってこれたなと呆れるほどだ』
いいじゃん別に。
結局最後に生き残るのは臆病者だというじゃない。
『今まではよかった完璧に息を殺して存在を隠してたんだからな。しかし今回のことで一気に明るみになったのだ。こんな弱虫毛虫のドラゴンがいるとわかったらチャンスとばかりにみんな殺しにくるだろうなー』
『たしかにーッ!? 嫌だッ! そんなの嫌だーッ!!』
おいコラ、ヴィールよ。
テキトーなことを言って怖がらせるんじゃないシャンペンくん本気にしちゃっただろうが。
『しかし! それを避けるのにいい方法があるのだ! その名案を、このヴィール様が思いついたのだーッ!!』
『本当ですかヴィール姉上! 是非是非教えてください! お金はあんまり持ってないですが!!』
簡単に払おうとすんな。
何とも予想だにしなかったタ・カーオ山の主ドラゴン登場で、話行く先が見えなくなってきた。
そこへゴールデンバットのヤツが山頂から駆け下りてきて……。
「フハハハハハ! あんまり来るのが遅いからこっちから迎えに来てやったぞシルバーウルフ! この勝負、オレの勝ちということで確定があまりあるな!」
「煩いぞ、こっちは今それどころじゃないんだ」
「ええええええぇーッ!!」
いかにその通りとはいえ、ゴールデンバットに辛辣なシルバーウルフさんだった。






