1010 銀狼コース
S級冒険者の……もといギルドマスターのシルバーウルフだ。
名乗りの癖いい加減改めないとな。
今日は久々の休みに夫婦水入らずで過ごせると思ったのに……。
何故かゴールデンバットめの企画に巻き込まれ、休日に来たくもない山登りに繰り出している。
身重の妻の傍からできるだけ離れたくなかったというのに……!
しかしあのゴールデンバットが暴走するとして、確実安全に止めきれるのって今のところ私しかいないんだもん。
同格のS級冒険者にしろカトウくんは『いか○や長介のポジションはボクには無理ですよ』とかわけわからんこと言うし。
ピンクトントンは『背骨へし折っていいなら躊躇なく止めますよ?』と怖いことを言うから益々任せられない。
新人二人なんて言わずもがな。
そんなわけで当ギルド、ナンバーワン冒険者に対抗しうる唯一の切り札が私のみとは……。
まだまだ人材不足を感じる。
有用な人材の補給育成は後々の課題にしておくとして。
今は山登りの方に集中すべきかな。
ゴールデンバットのヤツが『いやじゃいやじゃ』『するんだいするんだい』と駄々をこねて仕方なくギルドからも支援してやっと開催にこぎつけたイベントだ。
開催場所にタ・カーオ山を推したのはゴールデンバット当人だが、なかなかによいチョイスだと思う。
二つ星の山型ダンジョンで、規模は小さく標高も低い。頂上まで行って帰ってくるのに時間も労力もそこまで必要とせず、初級冒険者でも安心して攻略をお勧めできる優良ダンジョンだ。
攻略のしやすさを考えればもっと星少な目になりそうではあるな、そこを二つ星に引き上げるのは、山頂から望む眺めが明媚であること。
つまり景勝地としての優良さが加味されている。
近場にけっこう大きめの街があってアクセスもいいしな。
「でもなあ、いかにニンゲンの尺度で星少なくてもダンジョンはダンジョンだろう? モンスターも出てくるんじゃないか? 戦えないシロートが登っちゃ危なくないか?」
そうおっしゃるのはヴィール様。
偉大なる聖者様に仕えるドラゴンで、今日は聖者様共々山登りに参加してくれて大変助かっている。
さっきもドラゴンの姿で登山客を途中まで運んでくれたし。
今は聖者様のお子の一人と手繋いで登山道をてくてく登っていた。
そして……、そう、いいところに気づかれた。
「もちろんこのタ・カーオ山にもモンスターは出ますよ。あまり強力な種類ではありませんが、一般人が遭遇したら確実に命に係わるでしょうね」
「そんなん、もし本当に出てきたら危険じゃねーか」
ヴィール様の仰る通り。
しかしだからこそ冒険者ギルド側も危険は予測していた。
そして先んじて手を打っておいた。
「前日のうちに冒険者を入れて、大規模なモンスター狩りを行っておきました」
モンスターは滞留マナが凝り固まってできるものだから、発生するのにペースがある。
凄まじい勢いで狩り尽くしてしまえば、一定の時間ではあるがモンスターがまったく出てこない空白タイムを作り出すことは可能だ。
「へほー、言うのは簡単だが実際に実行に移すとけっこう大変なんじゃないか? いかに小さなダンジョンつったって、余すことなく狩り尽くすとしたらなかなかの規模だろう?」
ご指摘の通り。
事前の相当作業には、実に八十人の冒険者が駆り出された。
階級はD~B、報酬等々はすべて冒険者ギルドから支出されている。
普通ならやってられっか、となるところだがゴールデンバットが望んだら実現してしまうんで始末が悪い。
当日の今日だって、参加者の中に現役冒険者を数人潜ませて護衛を務めさせている、万が一に備えて。
それもまたギルド発注のクエストだ。
「お前も相変わらず苦労人してるのだなー、『ご苦労様』という言葉が似合うヤツらなのだ」
ヴィール様のねぎらいが胸に熱い。
私がこんなに苦労してるのに、それを讃えてくれる人たちってなかなかいなかったので……!
ヴィール様は、その正体はドラゴンで本来、人間など取るに足らない存在であろうに。
まともに話すのは今日が初めてかもしれんが、超常種から描けられる思いやりにホロリと来てしまった……!
「ご主人様も、お前らの苦労っぷりには日頃から同情しているのでなー。よぉし、今日はこのグリンツェルドラゴンのヴィール様がお前を全面的にお助けしてやるのだー。今日だけ苦労とは縁切りさせてやるぞー!」
おお! ドラゴンの言葉となるとなんと頼もしい!
別行動となってしまったゴールデンバットには聖者様もついているし実は今日、本格的に気楽でいられる日なんじゃないか私!?
こんないい目にあえるなんて……。
日々頑張ってきたご褒美なのかな……。
「よーし、そろそろ休憩場所につくなー! ではおれからとっておきを振舞ってやるのだー!!」
そう言ってヴィール様、どこぞから何やら小屋のようなものを引っ張り出してきた。
……。
――『小屋のようなものを引っ張り出してきた』?
いやわからん。
自分で言っててなんだと思った。
小屋って引っ張り出せるものなのか? そもそもが『小』という字があるものの、家屋の類というのは人を入れるためのものである以上は、それをしまっておけるものってなんだろって話になる。
しかしヴィール様は、何もない虚空から小屋をドッと出してきた。
「これは小屋ではない、屋台なのだ!」
とヴィール様宣言。
屋台って何?
「料理をするための道具設備が、すべてこの屋台の中にまとめられているのだ凄いだろう! おれはいつでもどこでもラーメンを作れるように、このご主人様お手製の屋台をドラゴン亜空間に保管していつでも取り出し可能なのだ!!」
ラーメン!?
まさかこの登山の休憩中に食事を振舞うおつもりか!?
「休憩中にメシは当然の組み合わせなのだー!! 皆の者待っているがいい! ヴィール特製ゴンこつラーメンを振舞ってやるのだー!!」
ちょっと待ってください!
ラーメンってたしかガッツリ腹の膨れる主食ではなかったか!?
そんなものを山登りの休憩中に食わせるとか!?
山登りなんてけっこうな激しい運動なんだけど、満腹に膨れ上がったら確実にわき腹が痛くなるぞ!!
やめるんだ! 適度な水分補給だけで済ませておくんだ!
「人数分出来たのだ、お残しは許さんのだー」
うわ早い!
完成前の時間が短い、冒険中の食事にピッタリ!
っていう場合じゃなくて!
そうだ! こういう時は聖者様のお子さんに頼めばいい!
ヴィール様は聖者様のご子息に甘々で、大抵の言うことは聞いてくれると聞いた!
お願いですご子息!!
「ヤサイマシマシカラメマシアブラスクナメチョコレートソースアドホイップニンニクマシ」
何言ってるの!?
魔法使うの!?
いや……、たしかオチ担当で被害を食い止める方に動くのは長男の方だったはず!
次男は流れに乗って被害拡大させるたちだったか!!
そうこうしている間にラーメンが登山客の手に行き渡る。
「ズズズッ……こりゃ美味しいのう……!」
「運動の途中に食事まで振舞ってくれるとは冒険者ギルドは太っ腹じゃのう……!」
比較的登頂容易な私のコースには、軽い運動目的で参加したお年寄りが多い!
そのお年寄りがヴィール様のラーメンを口にして……!?
「うおぉおおおおおおおッッ!! どりゃぁああああああああああああッッ!!」
「なんじゃああああッッ!? このラーメンを平らげた途端、全身から力が湧き出るぅううううううッッ!?」
予想した通りの結果に!?
ヴィール様の作るラーメンにはドラゴンのエキスが混入しており、食した者に無限の精力を与えたもうという!
聖者様からこんな話を聞いたッ!!
「食い終わったら箸とドンブリは返すのだぞー。捨てて山を汚してはダメなのだ! 残ったスープも集めるところをちゃんと作ったから、間違ってもその辺に流すんじゃねえぞー」
そしてヴィール様は、山でのエチケットを以外にもキッチリと守る!
でも今はそれより、この状況を何とかしてほしいんですが!?
せめて説明プリーズ!
「ゴンこつラーメンによるドーピングのおかげで体力もクソついたろ。これで頂上まで息切れなしで登れるのだ。腹も膨れて体力もつく、これぞ一石二鳥というヤツだな!!」
そういうこと!?
ゴールデンバットのヤツを聖者様に託して、せっかく安穏とできると思ったのに……!
ヴィール様もトラブルメーカーであったか!
ドラゴンだからそりゃそうだなあって思ってたけど!
* * *
「さて……そういうわけで、もう頂上が目の前なんだが」
ゴンこつラーメン食べて体力ついた登山客。
兵士の行軍より早いんじゃないかという速度なので本当に早く頂上まで迫った。
「しかしなんだ? 頂上に近づけば近づくほど妙な気配を感じるのだ?」
ヴィール様が意味ありげなことを言いだす。
オイオイオイやめてくださいよ?
これ以上の予定外はゴメンこうむりたいところなんですが?
「この微かな気配……おれじゃねーと見逃しちゃうところなんだが、これは間違いなくドラゴンの気配? もしやいるのか? この山に主のドラゴンが?」
えッ?
二つ星ダンジョンでしかないタ・カーオ山に主なんていないはずですけれど?
しかしたしかに、山が鳴動するような感覚……!?
何か、いる?






