1009 黄金蝙蝠コース
山登り。
諸々のことが決まってついに出発となります。
参加者たちもぽつぽつと分かれていき、やがて全員がしっかりとゴールデンバットコースとシルバーウルフコーストに分かれた。
「皆さん今日はご参加ありがとうございます。全員が、事故なし怪我なしで頂上まで行けるよう細心の注意を払うつもりです。ご協力お願いします」
「貴様ら! 山を舐めるヤツは死ぬぞ! 命が惜しくばオレの指示に絶対服従だ! さすれば頂上に至ることにはいっぱしの戦士と成長していることだろう!!」
どっちが誰のセリフか、言い添えるまでもない。
こんだけあからさまでも自分の意思でゴールデンバットの方を選ぶ人がいるんだから摩訶不思議。
俺?
俺は事情があってやむにやまれずだよ例外ですよ特例です!
「戦士にせいちょー、あい・せんしー」
……ウチのジュニアは……。
そう、逆張りしたいお年頃なんです。人間誰しもそういう時期が比較的早めにあるんです。
あえて意味もなく困難に立ち向かいたくなる時期が。
「ではシルバーウルフよ、ここからヨーイドンでスタートだ! 遅れた方が泣きを見る! 冒険者の世界は先にテープを切った方が勝ちだということを忘れるでないぞ!」
「わかっているとも。ではヴィール様よろしくお願いします」
「は?」
いつの間に話をつけたのか、シルバーウルフさんの呼びかけにヴィールは何の逡巡もなく『承知したのだー』と快諾。
ドラゴンの姿に戻ると、参加者を丸ごと乗せた大籠(もはやヴィールが常備している人を運ぶ用)を抱えて飛び立った。
それを見てゴールデンバット、さすがに大慌て。
「おいおいおいおいおいおいおいおいッッ!! さすがにそれはズルくないか!? そこまでしてオレとの勝負に勝ちたいか!?」
地上から騒ぐゴールデンバットと、ヴィールに抱えられて空中から見下ろすシルバーウルフさん。
「こっちに参加希望した登山者の中にはお年寄りもいるし、できるだけ負担を少なくしたい。初心者コースだからこそ、その趣旨を突き詰めたいのだ」
「だからってなー!?」
「さすがにこれで頂上まで行く気はない。適当な中腹で降ろしてもらって、あとは歩いて登るさ。自分で歩いて山の景色を楽しむという登山の醍醐味も大事にしなくてはな」
ゴールデンバット抗議の声も虚しく、天へ駆け登るヴィール&それに抱えられた登山客の皆さんはやがて見えなくなっていた。
「ロープウェイならぬ、ドラゴンウェイ……!?」
同様に地表に残された俺は呟かざるを得なかった。
体の弱い登山客のためにもあらゆる設備環境を利用する。シルバーウルフさん、恐ろしき発想の持ち主……。
そして、途中までとはいえドワゴンウェイで先行された。
『頂上にどっちが早く着くか勝負』を行っているゴールデンバットは大きく差を空けられたことになる。
と言うかもう決定的なのでは?
勝負はついたと絶望しているかもしれないゴールデンバットを見やると……。
「……クッ、クククククククククククククク……!」
最初悔しさに肩を震わせるのかと思っていたが、逆に笑っていた。
「甘いぞシルバーウルフめ! その程度でオレに勝ったつもりとはな!」
「いや、シルバーウルフさんはあくまで登山客の安全と快適さを考えてですね……!」
「切り札を持っているのがお前だけだと思ったか!? オレが何故、自分の選ぶ登山コースをぼやかしたのか、その意味を推測しなかったらしいな!!」
あ、やっぱり何かあるんだ。
何もないはずもないと思っていたが、一体どんな秘密を仕込んでいるというんだい?
「何を隠そうタ・カーオ山には一~六号までの登山道の他にもう一つ、山頂まで至る登山コースがあるのだ! その名もイナ・リーヤマコース!」
イナ・リーヤマコース!?
「このコースは大回りな上に勾配も急な上級者向けコース! この登山道を登り切った者にこそタ・カーオ山を制覇したと呼ぶにふさわしい!」
そうなんすか。
でも他のコースより大回りで、勾配も急ってことはそれだけ踏破に時間もかかるってことじゃないの?
それでシルバーウルフさんに追いつけ追い越せできる? 大丈夫?
「大丈夫だ。困難な道のりは実際の距離以上に得るものを我々に与えてくれる」
「やっぱり過程に意味を持たせるヤツだ!!」
「あと他のコースよりも豊かな自然、様々な種類の木々や自然の景勝を楽しむことができるコースだ」
結局のところ、勝てる要素を具体的に何一つ提示できなかったゴールデンバット。
もはや勝敗のことは意識の外においてとりあえず進むことにした。
そして予想通り、やっぱりゴールデンバットの選んだコースは困難盛り盛りベリーハードコースなので、登ればしんどいことこの上ない。
逆張りでこっち側を選んだジュニアも早速若さゆえの過ちを公開し始めている模様。
「……まよわず行けよ……いけばわかるさ……」
大分息が上がってるな……。
途中から俺がおぶって歩くことも考えておかんとな。
いや、それよりもまず……。
「おーい、ゴールデンバット」
「なんだ?」
「一旦休憩にしないか? 参加者の中には息が上がり始めている人もいるし、このままだと頂上に辿りつくまでに誰かがリタイヤするぞ」
そう言ってヤツが素直に聞くかどうかはわからない。
山への偏執的な愛着と、同じくシルバーウルフへさんの偏執的な対抗心に溢れ返った男だ。
そんなアイツが暴走しないためにあえて俺がついたわけだが、正直なところ俺がどこまでゴールデンバットを抑えきれるかは甚だ疑問。
だってできるかわかんないんだもん。
差し当たっての俺の休憩要請に……。
「ダメだ」
にべもない拒絶が返ってきた。
しかしへこたれるものか! このコースに挑戦した人たちが無事登頂できるかは俺の折れなさにかかっている!
「そう言わずに、皆の状況を……」
「もう少し進めば、休憩に適した広いスペースに出る。そこまで頑張れ」
え?
「このような狭い山路で座り込んだら、他の登山客の通行の邪魔になるだろう。迷惑行動は慎まねばならない」
「ハイ……」
え? 何?
思ってもみないまともな返答がきたため、一瞬思考停止してしまった。
「ぱぱー、のどかわいたー」
その傍らでジュニアも限界近い。
いくら休憩場所まであと僅かとはいえ、幼い我が子に無理を強いることはできなかった。
「よしよし、お水を飲もうなー」
「待つがいい」
それをゴールデンバットが止めてきた。
「水だけでは足りない。体からは水分と共に塩分も、汗になって排出されている。こんな時のために岩塩を持参してきた。塩分だけでなくミネラルまで多量に含まれているゆえ疲労中の栄養補給には最適だ。子どもに舐めさせてやるがいい、少しだけな」
「あ、ありがとうございます……!?」
「さあ、休憩地に着いたぞ! ここで十分休む! 水分補給や用便などはここで済ませておけ!」
テキパキと指示を出すゴールデンバット。
それがやけに的確過ぎて、逆に違和感。
「ただし! 排泄は決められた場所でするようになっているので他に垂れ流すな! 登山コースは綺麗に使用しなければならない! あとに来る登山客が気持ちよく使うためにな! ごみのポイ捨てもご法度と心得よ!」
どうしたんですかゴールデンバットさん?
さっきからまともな発言のオンパレードで、実に違和感が凄まじいですよ!?
「それから体調の悪い者は、迷うことなく進み出るように! 体調不良のままの登山は実に危険だ! タ・カーオ山程度の高度なら高山病はないが、それでも何かの拍子に体調を崩しやすいのが山だ! 僅かでも違和感があればすぐに相談しろ! 己が命を最終的に守れるのは己自身だけだと知れ!」
ゴールデンバット……!
大好きな山に関しては一切の妥協もなく誤魔化しもない。
他者への心配りまで完璧にこなす。
これがS級冒険者の本来の能力というべきか、その気になれば何でも完ぺきにこなせるのだろう。
そんな完璧さが発揮されるのは、彼の意気込みがかかった対象のみ。
つまり山。
世の中、好きなことにしか全力を発揮できない人はそりゃたくさんいるが、ゴールデンバットはその最たる存在なのだろう。
しかしできることなら、ここまでの配慮を日頃からしてくれないものかなあ!?






