1008 山の頂へ
登山イベント、inタ・カーオ山。
そこで突如として行われるゴールデンバットさんvsシルバーウルフさんによる登山競争!
「説明しよう! タ・カーオ山には一号から六号までの登山道がある! つまり山頂に至るまで六つの選択肢があるということだ!」
ゴールデンバットが解説し始めたおもむろに。
ほうほうつまり、ゴールデンバット組とシルバーウルフ組に二つに分かれた登山者集団。
それぞれが六コースから選ばれた二つのコースを進んでいけば、懸念された登山道の混雑はある程度緩和されるってことか。
考えてるじゃん。
「もちろんそれぞれの登山道によって難易度は大きく異なる。大きく迂回して勾配は緩いが距離は長いコースや、逆に最短だが道のりは険しいコースなど千差万別! そうした登山者の能力や好みに合わせて様々な登山道を選択できるのもタ・カーオ山の魅力と言えよう!!」
「つまり、どのコースを選ぶかでより早く山頂につけるかが決まるというわけだな?」
シルバーウルフさんが真剣そうに尋ね返す。
意外と勝負に乗り気?
「混雑緩和という点では大いに賛同できるんでな。狭い山道で押し合いへし合いしたら最悪事故に繋がりかねんし」
さすがシルバーウルフさん。
冷静に状況判断し、総体的に好ましい方へと進んでいく。
「では私は、この一号路を通っていくことにしよう。メインの道で整備されており、不測の事態も少なそうだ」
「安心安全か、お前が選びそうなことだな。危険を冒す気持ちを失ったら冒険者として終わりだろうに」
「実際私は冒険者を引退しているからな」
それに今回は、シルバーウルフさんやゴールデンバットだけでなく、多くの登山客を引率して登らなくてはならない。
その中には冒険者でもない一般人の、純粋な登山ファンの方もいらっしゃる。
そうした方々を無事帰宅させるために、より安全な道を選ぶのはギルドマスターとして当然の判断だろう。
「フン、よかろう。互いの選んだ道が、各々のヴィクトリーロードになればいいがな」
「ゴールデンバットはどのコースを選ぶのだ?」
「そこはお楽しみというヤツだ。それよりも、今度は人員の振り分けといこうではないか」
約五十名の参加者。
そのいずれがゴールデンバット組、シルバーウルフ組に入るかを話し合う。
「まず最初の重要度頃は……お前だな聖者よ!」
え?
俺!?
「そう、天地に轟く偉人・聖者を迎えられるなら最高の栄誉! さあお前は一体どちらの組につく!?」
……。
俺はチラリと、横眼だけでシルバーウルフさんを伺う。
こちらの視線を受けて彼は、黙してコクリと頷いた。
「ゴールデンバットさんの方でお世話になります……!」
「ほう、オレの側につくか!? 聞いたかシルバーウルフ! オレの組に入るということは、つまり聖者はオレが勝つと判断したってことだ! これはなかなか責任重大だなあ!!」
違います。
シルバーウルフさんとゴールデンバットがそれぞれ違う組を作るってことは、自然この二人は山中で別行動になるってこと。
さすればゴールデンバットの行動にシルバーウルフさんはタッチできなくなる。完全なる野放しということだ。
それを避けるためにも誰かが代わって監視役につかなければならない。
その役目を果たすことができるのはこの場に多分俺しかいない。
「すみません聖者様……、何とか頼みます……!」
「俺の力が及ぶかどうかわかりませんが、精一杯やってみます……!」
悲壮な決意を固めて手を握り合う俺たちだった。
ところで俺、農場から単身で参加したわけではなく、幾人かの同行者がいる。
まず我が子ジュニアとノリト。
長男次男の揃って参戦。
元々今回の登山傘下の目的に、三人目妊娠中で負担の大きいプラティにゆっくり休んでほしいというのがあった。
俺が子どもたちを山で遊ばせている間に自宅でのんびりするプラティというプランだ。
子どもらもお出かけで目が爛々と輝いている。
「もっとも天に近いいただきへー」
「なんとでもなるはずだ!!」
頂上へ登らんとする意欲に溢れているのか。
せっかくのお出かけなので二人にも精一杯楽しんでほしいものだ。
さらにもう一人……。
「今日はくれぐれもよろしく頼むぞヴィール」
「よきにはからうのだー」
ドラゴンのヴィールも同行してくれている。
さすがに俺一人でわんぱく盛りの子ども二名を見守り続けるのは難しいところがある。
山なので目を離した隙に危ないところへ? という心配もあるからヴィールに助っ人を頼んだ。
ヴィールならジュニアが赤ちゃんの頃から、既に子育てのベテランなので安心して協力要請ができる。
ということで今日の山登りに参加してもらった。
「しかしニンゲンどもは本当物好きだなー。こんな山に登ってなんだって言うんだ? しかもこんなちっせー山、おれなら変身して一ッ飛びだぜー」
そりゃ最強生物ドラゴンからしたらそうだろうが、人間は人間なりの不便を楽しむユーモアってものがあるんだろうよ。
山登りとか、その最たるものではないだろうか?
死ぬほどキツい思いをし、遭難の危険まで冒して山頂に到達しても、得られるものは満足感以外特にないんだから。
しかしそれでも人は山に登り続ける。
何故?
そこに山があるかららしい。
とにかく俺はこれからのプランをヴィールと相談する。
「……ここまでの展開見てた? 山頂までに二つのチームに分かれて別行動するんだけど、俺はゴールデンバットにつかなきゃならなくなった。……つかなきゃならなくなった」
重要なことは二回言う。
「あのコーモリ、途中で必ず何かやらかしそうだからな。監視の手を緩めないのは間違いじゃないと思うぞ」
ヴィール……そんなにも真っ当な意見を言うようになって。
かつてはトラブルメーカーの代表格みたいなヤツが、今ではもっとも頼りになるヤツの一人となっている。
「じゃあどうするんだ? おれたちファミリーは全員コーモリ野郎の組に入ればいいのか?」
「うーん、それもなあ」
俺にはそこはかとない不安がある。
タ・カーオ山山頂へと至る複数のコースで、シルバーウルフさんはもっとも安易で無理のない道を選択した。
ゴールデンバットはいまだどのコースを進むか明確にしていないが、だからこそ不安がよぎる。
「アイツのことだからクッソ難易度なコースをあえて選ぶような気がするんだよ。困難は多ければ多いほどいいと思ってそうなヤツだから……」
「過程に意味を求めるヤツなのだー」
ヴィールが実に核心を突いた。
そう言うことだから、もしゴールデンバットが地獄のアスレチックコース的なものを選んだ場合、俺やヴィールはともかく子どもらが安全にそれらを乗り越えられるか非常に不安だ。
子どもらはまだ小さいしな。
「なので子どもらにはより無理のないコースのシルバーウルフさんについていってほしい。無論子どもらだけじゃ不安だからヴィールにもついててほしい」
「つまりご主人様とそれ以外で別行動か。せっかくのレジャーなのにいささか寂しいのだな」
仕方なかろう。
それを押してもゴールデンバットを野放しにする方があとあと怖いんだから。
話がまとまって別れようとしたところ……。
「……あれ? ジュニア?」
息子二人の一方、ジュニアが俺の方についてきた?
「どうしたんだジュニア? お前はヴィールお姉ちゃんと一緒の方だぞ?」
「若いうちの九朗は、勝っても四郎ー」
ん?
どういうこと?
……あ、『若いうちの苦労は買ってでもしろ』か。
九朗だの四郎だの『誰のこと?』と思ったが、要するにジュニア、あえて困難な道を選ぶってことでいいのか?
「ジュニアも過程に意味を見出すタイプだったのだー!?」
驚くヴィール。
いや、これはどっちかって言うと年代の問題ではなかろうか。
ジュニアもそろそろ自我を形成し、みずからの考えを押し通したいお年頃。
絶賛逆張りの時期だ。
彼も、そんなみずからの内から溢れる若さゆえの逆張りに突き動かされたのだろう。
「はあ、仕方ない。じゃあジュニアは俺と一緒ということで」
「いいのかご主人様?」
「ジュニア一人なら俺の目も行き届くだろうし、ヴィールはノリトの方を頼むよ」
次男ノリトも成長して随分足腰がしっかりしてきた。
緩やかな初心者コースなら山登りも何とかなるだろう。何とかならなかったらその時はヴィールにおぶってもらうなりしてもらえばいい。
概ねの方針は決まった。
俺とジュニアは、ゴールデンバットコースへ。
ヴィールとノリトは、シルバーウルフコースへ。