100 改造計画
エルフたちが農場に加わることで、色々とできることの幅が広がった。
これまで農場でのモノ作りを支えてきたのは、俺が前の世界から持ち込んできた僅かな現代知識を『至高の担い手』が充分以上に補ってきた結果。
だからできることにも限度があって、細かく専門的な部分はどうにも粗を消せなかった。
まあそれでも不可能の溝のほとんどを『至高の担い手』が埋めてくれるんで助かっていたんだが、それでも完璧にはならない。
そこを完璧にしてくれるのが、彼女たちエルフだ。
森の民の彼女らが持ち込んだ技術やら知識が、俺の前の世界から持ち込んだ知識と噛み合い、成果を上げる。
「あと一歩で完成なのに」という段階で長いこと足踏みしていたのが一気に完成する、ということが最近立て続けだった。
そして今回も……。
* * *
「盾、完成です!」
オークとエルフが仲良く連れ立って、俺に何やら見せに来た。
……。
それはともかく、このオークとエルフ、という取り合わせに俺は何か違うものを連想してしまうのだが……。
いや、前の世界の汚れた価値観は捨ててしまおう。
我が農場では、オークは土木建築を担当する大工たちで、エルフは小物製作を担当。
職業柄、共同作業が多くなるのも自然の理なのだ!
「で、何か完成したって?」
「盾です!!」
オークとエルフの作業者たちが掲げていたのは、丸くて大きな亀の甲羅だった。
「ああ、それって……!?」
いつぞやヴィールが改造したダンジョンで倒した亀型モンスターの甲羅じゃないか。
倒したあとに、使える素材はないかと吟味したところ、肉はマズくてとても食用にできないと判明。
ただ甲羅の方は硬いし形もいいしで、何かに利用できないかと試行錯誤が繰り返されてきたようだ。
「それで……、盾か?」
甲羅の盾。
ある意味もっともオーソドックスな使い方。
「はい! 元になったモンスターの一番強い部位ですし。単純に硬いだけでなく半球状の形が力を逸らして非常に有効かと!」
と言うのは新人オークの一人だ。
オークボたち古参組に比べ、若く溌剌とした印象がある。
「……とは言っても、死んでしまったモンスター亀の甲羅は、瑞々しさがなくなるというか、甲羅の隙間の部分が脆くなっちゃうんですよね……」
「それで何に利用するにも無理かな……? って思っていたところ!」
ズババン!
「彼女たちの協力ですべてが変わりました」
とオークたち、エルフのお嬢さん方を全力で讃えるポーズ。
……ええと。
彼女らはエルフチームの……木工班だっけ?
「いえあの、私たちはただ単に……!」
「脆そうな甲羅の隙間部分に漆を流し込めば強度を補強できるんじゃないかな? って……!」
漆?
そう言えば、俺の前の世界にもあったな。何かの樹液で、木器に塗って光沢出したり補強したり、あと昔は接着剤代わりに使っていたとか。
「ちょうど離れの森で漆の木を発見したので……。樹液を持ち帰って……!」
「ということで亀の甲羅は、漆で補強されて最強の防具へと進化したのです! これもエルフさんたちのお陰です!!」
イエーイ! とハイタッチするエルフとオーク。
……。
……うん。
ウチの農場ではエルフとオークは仲良しなんだよ。仲いいことが一番いい。
「それで、出来栄えのほどを聖者様にチェックいただきたくて……!」
うむ。
亀の甲羅は、本当に盾として加工されているらしく、裏側にちょうどいい取っ手が付いていた。
持ってみるとズッシリ重く、取り扱いが難しそうと思う反面、防具としての頼り甲斐を感じる。
「ほりゃあ!」
「おおう!?」
いきなりオークたちが斬りかかってきたが、盾で難なく防げた。
エルフたちも矢を放ってくるが、甲羅の盾の半球状が力を分散しつつ、持ち前の硬さで弾き返す。
一矢も突き刺さるどころかかすり傷一つつけられなかった。
「意図はわかるけどいきなり攻撃はやめてくれんかな! ビックリする!!」
「「「「すみませーん」」」」
しかしけっこうな猛攻だったと思うけど、それで無傷なんて凄いな。
これ、この世界の水準だとどれくらいのランクなんだろ?
伝説の装備とはいかないまでも、かなり上位に食い込みそうな気がする。
「聖者様ー」
そこへ別の方からゴブリンが呼びかけてきた。
「アロワナ王子が遊びに来られましたよー」
* * *
今日も今日とて人魚族のアロワナ王子が遊びに来た。
「相撲やろうぜ!!」
そして相変わらず相撲にハマっておられるらしい。
同好のオークやゴブリンがすぐさま寄ってきて、アロワナ王子とがっぷり四つに組んでは投げ飛ばされている。
「……アロワナ王子、強すぎない?」
もうだいぶ前から彼と勝負することを避けるようになった俺は、組み手の様子を見ながらつくづく思うのだった。
ウチのオークやゴブリンたちって、俺の『至高の担い手』に触れて極限以上に進化し、ウォリアーオークやスパルタンゴブリンといった変異種に変わって超強いはずなんだが。
最古参の連中はさらにもう一段階上のレガトゥスオークやブレイブゴブリンとか言うのにランクアップして、勇者すら一捻りに潰せる触れ込みだ。
でも負ける。
アロワナ王子に相撲で。
つい今、一番馴染みの相撲仲間であるゴブ左衛門が投げ飛ばされていた。
アイツも二段階進化形態であるブレイブゴブリンになってるはずなんだけどな。
「おお! 聖者殿! 挨拶も前に暴れ回って申し訳ない!」
そう言いつつ、はっけよいの体勢でにじり寄ってくるのやめてくれませんか?
隙あらばがぶり寄ってくるつもりでしょう?
「おや、なにか面白そうなものを持っていますな?」
早速アロワナ王子、俺の持っていた甲羅の盾に反応した。
実験中そのまま持ち出してしまったか。
「これは頑丈そうな盾ですな。重みがあって安定性もいい」
と、いつの間にやら俺の手から甲羅の盾がアロワナ王子へ?
「人魚って盾使うんです?」
「人魚の基本戦法は、魔法薬を除けば遊泳の勢いを使った突進攻撃ですからな。それをいなす盾は重要です」
と、盾をもって、それこそ襲い来る銛の刺突を受け流すイメージの動きをする。
「……あの、よかったらそれ持って帰ります? 試作品で申し訳ないですが」
「なんと! よろしいのですか!? しかし貰ってばかりでは……!?」
と言いつつもアロワナ王子嬉しそう。
どの世界でも新しい武器防具は男の子の心をワクワクさせる。
「アロワナ王子!」
そこへ新たな登場人物。
ウチの農場で働く人魚族の一人パッファじゃないか。
アロワナ王子に惚れている。
「来るなら来るって前もって言っておけよ! 聖者様に迷惑がかかるだろう!」
いや別に。
「そ、そうだな……! すみません、聖者様とはもう随分気安くなったと思ってしまい……!」
まさにその通りです。
気安い仲です。遠慮なしで。
「まあ、いいや。ちょうどいいから王子、アタイの新作の実験台になりなよ」
「実験台?」
危険な響きだなあ。
「今、醸造蔵でな。漬け物の新作が出来たんだよ。ぬか漬けって言ってさ。王子アンタ、ノーライフキングの先生と好物被ってるだろ? 他に好物が出来て需要が分散してくれる方がこっちも助かるんだよ」
「気を使ってもらって悪いな。キミが心を込めて作ってくれたものだ。何であろうと美味しかろう」
「……ッ♡♡♡♡♡♡」
顔が真っ赤になって煙がボアッと噴き上がった。
実にわかりやすい。
「で、これが、そのぬか漬けというヤツか。なるほどこれも上手そうだな!」
と言ってアロワナ王子が持ったのは、丸々一本のきゅうりのぬか漬けだった。
ガリガリっとキュウリを齧る王子。
実に美味しそうな食べっぷりだった。
「…………?」
ちょっと待って。
その様子を見て俺は思った。
昨今相撲にハマっているアロワナ王子が、亀の甲羅製の盾を持ち、美味しそうにキュウリを食べている……。
相撲。
甲羅。
きゅうり。
「益々河童っぽくなっとる!?」
海の王子であるアロワナさんが。
ウチに遊びに来るたびに河の童子に変貌していく!!
これマジになって止めた方がいいのかも!?