1001 マタニティラプソディ真結び:学問の大切さ
農耕神クロノスです。
持つべきものは友。
私が連絡を入れると数分と経たずに駆けつけてくれた。
『クロノス殿! 一大事と聞いたが何事か!? 元寇か!?』
『道真殿!!』
彼こそ、農場にて『産んで育てるコンビ』を結成した相棒、菅原道真殿!
別世界で学問を司る神をなさっているが、話してみると実にウマが合うのだ!
我が息子よりも気が合う。
そんなわけであっという間に打ち解けた道真殿、私のピンチにも真っ先に来てくれる。
苦労を分かち合えるものこそ本当の友!
その言葉に間違いなし!!
事情を詳しく説明すると同時に、居合わせたウェスタも先方の詳細を弁えたらしい。
『なるほど今回の一波乱は、アナタとお父様の共犯だったというわけですね。異邦神でありながら余所の土地で好き放題……、慎みもない御方ね』
『いやー、耳が痛い』
ウェスタの刺々しい対応にも笑顔でいなす道真殿。
大人の貫禄であった。
『神々のしきたりは世界によってまちまちですが、この世界では何とも非効率的なやり方をしておるな。まさかたった一神にすべての出産を担当させているとは』
『ですよね!!』
機に乗じてエレテュイアちゃんが言った。
道真殿は、遠き異界で学問を司る貴き神。
毎年とあるシーズンには合格祈願のために、彼をまつる神社へ何万と参拝客が訪れるという。
何とも徳の高い神様だ。
対する我が娘ウェスタも、竈から人々を見守る家内安全の神。
この二神が出会って、一体いかなるシナジーが引き起こされるのか?
私が戸惑っている間にも、道真殿が自信たっぷりに言う。
『そういうことなら心配めさるな! 我らが世界の仕組みは、こちらとは比べ物にならぬほどロシカルでハイソですからな! 我らの世界で出産の守護を担当している産神を、こちらへ呼び寄せましょう応援として!』
おおッ!?
産神さんというのか、そちらの世界でエレテュイアちゃんの役割に当たる神が!?
でもそんな簡単に呼び出して大丈夫なんです?
向こうの出産の営みに穴が相手しまうのでは……?
『フッフッフ……! それが我らの世界では、建てた産屋一軒一軒ごとに出産を守護する産神が付いているから、その数はほぼ無尽蔵なのですぞ!』
な、なんだってー!?
『何しろ国生みの神々が「毎日千人殺してやる!」「だったら毎日千五百の産屋を建ててやらぁ」というぐらいだから、産屋自体は数え切れないほどあるのです。従って産神も数え切れないほどいる! よって多少の人数振り分けたとしても小揺るぎもしませんなあ!』
『なんて素晴らしい!』
道真殿のプレゼンに真っ先に感涙したのが出産神であるエレテュイアちゃんだ。
『なんて合理的なシステムなんですの!? 一出産に一産神! マンツーマン加護で非常に手厚いですわ! そんなに完璧なサポート体制を確立するなんて、道真様の世界は神材の層が厚いのね!!』
『伊達に八百万と言われておらんからな』
『ウェスタ様! これ私たちも見習うべきじゃありませんか! 大体昔からおかしいと思っていたんです! 全人類に対して加護を行うのが私一神なんて対比が』
何を弱気な。
サンタクロースさんは全世界の子どもに対したった一人でクリスマスプレゼントを配り歩いているんだぞ!
……え? それはまた別の話?
そうか……。
しかし傍から聞いている私にもわかるぐらいに、エレテュイアちゃんの主張も納得できるぞ。
なんでそんな大変かつ膨大な作業、彼女一人に丸被せしてるんだ?
今の世界の管理はお前たちオリュンポス神族の仕事だろう?
一度請け負った仕事ならば、最後まできっちりやらんといかんぞ?
『そんなこと、わかっていますわ……!』
ウェスタの言葉には苦渋が浮かんでいた。
『私だって人員の補充を何度オリュンポス定例会議の議題に挙げたか……。しかし、そのたび、ある神によって却下されるのです、……必ず!』
えー。
誰だよそんな意地悪な神は?
『ヘラです』
『あッ』
……思わず『あッ』と声が出てしまった。
返答があまりに納得いくもので、世の中ここまでスンナリ納得いくものがあるのかという驚きの意味での『あッ』だった。
『実はそこのエレテュイア……ヘラの実娘でして……』
『我が最大の汚点でっす!!』
『あのアホ女は、ゼウスの浮気相手にクソほど嫉妬するでしょう? 嫉妬が高じた嫌がらせとして、ゼウスその間にデキた隠し子が生まれる時、わざとこのエレテュイアの派遣を止めて生まれさせないようにするっていう意地悪を……!』
最低ではないか。
生まれてくる子どもに罪はないというのに。何なら生む母親にも罪はないだろう、農耕神知ってるよ、こういう場合大概ゼウスの方が、相手の意向なんておかまいなし関係迫ってくることを。
そういう時大概ゼウスが悪いんだって。
そしてそのゼウス乱行のとばっちりを飛ばしてくるのが大抵奴の正妻ヘラ。
アイツらの夫婦喧嘩に一体何人の女性と、その子どもらが巻き込まれてきたことか。
何という最低夫婦だ、親の顔が見てみたい。
……私だった。
ゼウスの親もヘラの親も。
『このたびはウチの息子と娘がとんだご迷惑を……!』
『詫びる相手の私も、アナタの娘ですがね』
しかしそこまで言われると話が見えてきた。
バカ娘ヘラは、浮気相手を苦しめる手段を手放したくない。
自分の娘エレテュイアちゃんには言うことを聞かせられるが、他に出産を司る神が出てくれば、彼女を踏みとどまらせたって意味がなくなる。
役割は独占してこそ価値を持つ。
そんなこんなであのアホ娘は出産の権能を実娘に独占させ、自分の指示一つで止められる環境を失いたくないのであろう。
『本当クズ。誰だよアイツの親』
『だからアナタですが』
うわー、信じたくない。
『しかしウェスタよ。お前がついていながらなんでヘラの横暴を止められん? 長女だろお前、お姉ちゃんだろ?』
『仕方ないでしょう! たしかにオリュンポスの兄弟神で一番最初に生まれたのは私ですが、生まれてすぐアナタが飲み込んだでしょう! そして吐き出した!』
そうですね、ハイ。
『飲み込んだ順番とは逆に吐き出したから、結局最後に私が出て来て末っ子という設定になってるんですよ! おかげでゼウスにもヘラにも強く言えないし! オリュンポス十二神の序列も最下位なんですが!!』
マジかよ。
そもそも私が子ども吐き出した順番と兄弟姉妹の序列に何の繋がりがあるんだ。
『ゼウスは、自分の発言権を強めるためにいかなる意味でも目上の存在を作りたくなかったのだろうな』
兄であるハデス&ポセイドスは天界の外に追いやり、姉のヘラを妃にして自分の目下に置いた。
『お前にもなんかアプローチしてきたんじゃないかウェスタよ?』
『そうなんですクソゼウス……ヘラを正妃にしたばかりだというのに私を愛人にしようとして、あんまりにも気持ちが悪すぎるから永遠に処女の誓いを立てることでやっと色ボケ弟から逃れることができた……!』
『壮絶だなあ』
ゼウスの場合、政略で行ってるのか純粋な性欲からか判断つかんところが恐ろしい。
『その代わりに神界の中枢からはじき出されてね。天界のトップを占めているのは、ほぼゼウスとその子どもたちですよ。私の発言権の低いことといったら……』
『大変だったね、頑張ったね』
『お父様に慰められると、なんか違う!』
なんだよこの娘は、我がままだなあ。
しかし私の封印中、思った通りの退廃にひた走ってるなゼウスめ。
これは父親としてガツンと言ってやらねばならないシーンであろうが、私がタルタロスの封印から解放されるちょっと前にゼウスもまたどこかに幽閉の扱いになったと聞く。
『ざまぁ!』と思ったが、生憎ヘラの方はまだ野放しなそうだから天界に来たついでに叱っておくか。
『お願いしますお父様! もはやあのバカ妹に叱ってやれるのはお父様以外におりません!! もはやお父様だけが頼りですわ!!』
うほぅ!
娘から頼りにされるなんて神代以前からなかったこと!
よしこうなったらパパ張り切っちゃおうかなあ!!
『なんとも嘆かわしい……、それもこれも学問をせぬからだ』
え? どうしたんです道真殿?
あッ、ウチの娘息子どもの醜態まことにお恥ずかしい。こんなこと余所様に聞かせるべきではなかったですね。
『オリュンポスの神々、ここまで性根が腐っているとは。愚かで身勝手になるのは何故だ? それは学問をしていないからだ! だから学問をしろと言っているのだ! この学問の神、菅原道真! オリュンポスの学問荒廃を黙って見過ごすことはできぬ!』
『えええッ!?』
『大体、こちらの世界での学問を司る神は何をしているのだ!? ソイツが目を光らせていれば主神がここまで堕落することもあるまいに!』
こっちの世界の学問の神!?
そういやそんなのいたっけ!? どうなのウェスタ教えて?
『一応アポロンは芸術神ですが、芸術と学問は違うでしょう? アテナがそういう分野も担当してた気もしますが……アレはミネルバの別アカ? ヘルメスが司っている知恵は錬金術だし……!?』
おいおい、まさか……。
我々の世界、学問を司る神がいない!?
わかった途端にとんでもない蛮族な気がしてきたぞ我々!
『なるほど、されば主神も愚かになってしかるべき。そういうことなら私がこの世界の学問をも司り、オリュンポスの神々の意識を一新しよう!!』
なんか道真殿がエライことを言いだした。
ただ出産ブームへの対処に応援を欲しただけなのに、おかげさまでこの世界の神々に大革新が訪れる!?






