998 マタニティラプソディ7:報われた苦労人
我が名はマモル。
魔王軍四天王の一人、『貪』のマモル。
士官時代からの二つ名を『陰からマモル』。
その由来は四天王の補佐官として陰ながら目立つことなく、質実剛健のサポートを行ってきたから。
あと、上官四天王の御令嬢を常に護衛し、不埒な悪い虫……逆玉を狙う弱小貴族や敵対勢力が醜聞狙いで放ってきたジゴロ、チャラ男や男子大学生などを音もなく始末してきたことから奉られた称号でもある。
その当時はまさか自分が四天王となって上官の跡を継ぐなど思ってもみなかった。
さらにはその官位継承のために婿入りして上官と義理の親子関係になる……つまりは上官の御令嬢を妻とするなど夢にも思っていなかったが……!
お嬢様をお守りして、結婚するまで清らかであるように努めてきたのに『自分のものにするためにチャラ男から守り通してきたの?』と同僚たちから揶揄される始末。
否定したいところであるが、事実としてそうなってしまったので何も反論できない。
今の妻とは幼馴染で、初めて出会ったのが私六歳、妻が八歳の時。
我が父もまた四天王補佐で、直接の上司である四天王ラヴィリアン様とは階級を超えた、兄弟のごとき間柄だった。
その縁で、私は互いの子どもとして引き合わされたのだが、当時父親からは『お前が生涯仕えるべき御方だぞ』と大仰に紹介されたのをよく覚えている。
同時に『身分が違うのだから間違っても懸想するなよ』とも。
その父親ものちに戦死。
人魔戦争の最中、上官ラヴィリアン様の窮地に我が身を投げ打って救い出した代償とのことなので栄誉の死ではあろう。
ラヴィリアン様も恩義を感じてくれたようで、身寄りのなくなった私を引き取り我が子同然に育て上げてくださった。
同時にのちの妻ともより近い距離間で共に育ち、一時期は姉弟同然であった。
そんな二人が成長して夫婦とは、数奇な縁もあったものだ。
……。
どうして今、そうしてしみじみと過去を振り返るのかというと……。
そうしたくなるような新たな機縁が我々の間に湧き起こったからだ。
我が妻が懐妊した!
結婚してからもう十年近く経って、待ちに待った快挙!
妻も長いこと悩んできたが、ついにの授かりものに我が家は一気に明るくなるのだった!!
* * *
「お嬢様! ただ今戻りました!!」
「違うでしょう」
十三連勤ぶりに我が家へと帰ってきた私を、妻が出迎えてくれた。
「もう私はアナタの妻なのですから、『お嬢様』はおかしいでしょう。ちゃんと名前で呼んでくださいまし」
「う、うん……、た、ただいまアリアス……!」
「おかえりなさいアナタ♥」
ぐおおおおおおおおおおッッ!!
我が妻は可愛い!
世界一可愛い! そして美しい!
可愛いかつ美しいので、併せて“かわつくしい”!
こんなかわつくしい妻を持つなんて、私はなんて恵まれた男なんだ!!
一日十八時間の労働を二十連勤したとしても差し引きプラス!!
「あ、アリアスよ……! お腹の子は息災かい?」
「ええ、とっても元気にすくすく育っているわよ」
そう言ってみずからのお腹を撫でる妻。
何と愛おしい! こんなに聖画に収めるべき光景が現実にあるとは!!
通算休日出勤九十日に及ぼうとも差し引きプラス!!
「ああッ! 愛していますお嬢様!!」
「また昔の呼び名に戻って! でも私も大好きよマモルちゃん!!」
そうしてヒシッと抱き合う二人。
二人を引き裂くことはもう何人であろうとできない!
「いつまでも玄関先で何やっておるんじゃかの、このボケ娘とボケ婿は?」
いた。
屋敷の奥から顔を出してきたのは、我が舅にして元上司、先代『貪』の四天王ラヴィアン様。
「これは義父上、お疲れ様にございます」
「ワシのことは昔の呼び名に戻らんのだな。娘の妊娠がわかってからすっかり新婚気分に戻りおって、一時期落ち着きだしていたのが元の木阿弥じゃわい」
ぬ……!
たしかに我が夫婦は、そろそろ錫婚式を迎えようかという熟年夫婦……、いや? 少なくとも新婚夫婦ではなかろうが、いつでも互いを想う心はフレッシュ!
いいじゃないですか十年経ってもイチャイチャ夫婦で。
倦怠期で関係が冷めるよりもマシでしょう。
それに我々はついに子宝に恵まれるという夫婦生活屈指の一大イベントに恵まれたのです!
浮かれたっていいじゃないですか!!
「浮かれすぎも見ていられんわい。そもそも我が娘よ。浮かれるのもいいがお前は反省する点も多々あるんではないか?」
「何です?」
「貴族の女といえば、他家に嫁ぎ、その跡取りを生むことこそが何を置いても最優先の急務。だというのにお前は第一子を孕むのに十年近くもかかるとは。かかりすぎじゃわい時間が」
ら、ラヴィリアン様もとい父上……!
それは言わない方が……!
「我が家の場合マモルが婿入りしてくれて、余所様と比べたらお前の立場は易い。しかしそれにかまけて妻の務めを軽んじてはならんぞ」
「うふふふふ……お父様。本来なら嫁ぎ先からいただくべきお小言を実家でもいただき、身が引き締まる思いですわ」
お嬢様、もといアリアス……にっこり笑う。
「でもお父様……私たちが長年子を授からなかった原因……私一人にあるのでしょうか?」
「え?」
「そもそも子を授かるには、そのための行為が必要ですわよね? 行為のためには夫婦一緒の時間も不可欠。……でもマモルちゃんは結婚以来四天王の職務に忙しく、我が邸にお帰りなることも、月に一、二度……酷い時には半年も出張で戻らない時期もありましたわね」
そうそう。
やっぱり夫婦の時間を多くとらないと当たるものも当たらないから。
こんなに子どもを授かるのが遅れたのも、けっしてアリアスのせいじゃないといいますか……。
「では、何故マモルちゃんはここまで忙しいのかしら? お父様が現職中はここまで多忙ではなかったと記憶していますが?」
「それは……、それは……!?」
「お父様がやらかしたことの失地回復を、マモルちゃんが一生懸命しているからでしょう……!?」
そうです、そうなんですよねぇ……!?
かつて四天王だったラヴィリアン様が現職時代、政略上の大チョンボをかまし、魔王様を激怒させたことがあった。
その関係でラヴィリアン様は四天王を退いたのだが、本当ならそれだけじゃ収まらず最悪処刑、軽く済んでもどこぞに生涯蟄居となるぐらい絶望的な状況だった。
「それをマモルちゃんが、旨味なんて何もないお父様も後任に付き、信頼回復のため日夜を問わず働いているのでしょう? つまりは妊娠が遅れたのも少なからずお父様のせい。そのお父様からとやかく言われる筋合いはありませんわ……ッ!!」
「す、すみませんでした!!」
愛娘の圧に耐えきれず土下座するラヴィリアン様。
いや抑えてアリアス!
私が忙しいのはたしかにラヴィリアン様の敗戦処理という要素もあったが、それに加えてベルフェガミリア様も怠けてまったく仕事をしないというのもあるし!
それに、何のうま味もないといっていたが、そんなことはないよ!
ラヴィリアン様の跡を継いだことで得た、超絶極大なメリットはある! それが何かと言うと……!
「キミと結婚できたことだよ……!」
「マモルちゃん……好きッ!!」
ずっと届かないアリアスを妻とできたのも、ラヴィリアン様が即死級のPONしてくれたおかげ。
そう思えば、ラヴィリアン様のアホぶりにも意味はあったと思える。
「お父様のやらかしのおかげで、一時期貪聖剣の継承派閥は壊滅的でしたもんね。百パーセント苦労するとわかっているポストに誰も手を挙げないから、マモルちゃんが立候補してくれて救世主だったでしょう、お父様?」
「はいッ!!」
交代直後にシャカリキ働いて魔王様の興を得ることができたから何とか義父上の処分も軽くて済みましたからね。
ベルフェガミリア様がサボって仕事押し付けてきた分、多く仕事をして多く成果が上がったので……。
もしや、それを狙ってベルフェガミリア様は?
そんなことねえか。
ただ自分がサボりたいだけか。
「おかげでお父様も役職を取り上げられただけで、こうして魔都に住み続けることも許されていますし。私正直、お父様との今生の別れを覚悟していたのですよ? それを避けられたんですから、跡継ぎ誕生が遅れたことぐらい目を瞑ってくださいまし」
「そうだね、そうだね!!」
「私としては、お父様と会えなくなっても、もっと早く子どもを設けた方がよかった気もしますが」
「我が娘!?」
相変わらずアリアスは義父上に辺りが強いな……。
これから子どもが生まれて賑やかになれば、我が家庭も和気あいあいとしてくるかな?
「とにかくお父様、せっかく授かる我が子が健やかに育つように、変なマネは一切しないでくださいな。また魔王様を怒らせて、この子の明るい未来が閉ざされたら堪ったものではありません」
うん、まったくその通りだな!
本当に頼みますよ義父上、私にとってはこれ以上ない幸福の絶頂!
この時が永遠に続きますように!
あーもう幸せ!






