99 酒
酒ができた。
喉を潤すなら水があればいい。
わざわざ体を壊してまで違ったものを飲む必要がどこにあるのか?
それでも追い求めずにはいられない、酒。
我が農場に今でも足りないものの一つであったが、このたび長きにわたる研究が実を結んで、酒ができました。
「まだ試作品ですけどッ!!」
功労者は人魚族ガラ・ルファ。
故郷である人魚国では『疫病の魔女』などと言われる、ちょっと危ない女の子だ。
我が農場にいる他の人魚、――プラティやパッファ、ランプアイ――、よりも幼い印象だが、薬学魔法の研究者としては超一級。
……でなければ魔女の称号は与えられないらしいんだが。
ということで、様々な試行錯誤が予想される酒造りを任せてみた。
普通であれば、酒造りなんて素人がおいそれ手を出せる代物ではない。
材料の選別からして長いトライ&エラーの蓄積が必要だし。アルコール発酵に必要な酵母はまさに自然の賜物。人間がおいそれ制御できるものじゃない。
最後の隠し味なんかも各酒蔵に伝わる秘伝とかだろうし、とにかく素人が一朝一夕で作り出すには大変な苦労が予想された。
まあそれでも、酵母に関しては種麹? とかいうヤツに俺が手を触れて「酵母出ろ、酵母出ろ」と念じれば『至高の担い手』の効果で、酒造りに最適のヤツが発生してくれるし。
あとは稀代の魔法薬学研究者ガラ・ルファに丸投げだ。
そうして出来上がった酒の種類は……。
ビールだった。
「呼んだか?」
何故かヴィールが現れた。
「いや、ヴィールじゃなくてビールだから」
「だからおれだろ?」
「いや、『ビ』ール。『ヴィ』じゃない。『ビ』」
「『ヴィ』?」
「『ビ』!」
紛らわしい。
とにかく何故ビールなのかというと、既に材料が手元にあったからだ。
小麦や大麦は、パン作りに挑戦するためにすでに作っていたからな。
ワインを作るにはブドウが必要だけど、果樹の類はまだ育ててないし。酒の研究を始めた段階ではまだ米もできていなかった。
それに酒と言えばとりあえずビールだしな!
とりあえず!
というわけでガラ・ルファがついに完成までこぎつけた異世界ビールを試飲してみるぜ!!
ゴックゴックゴックゴックゴック…………。プハァッ。
「喉越し爽やか!!」
つまり美味いということだ。
このビール成功品だな。
魔法冷蔵庫でキンキンに冷やしておいたからなおさら美味い!
「よかったですぅ! これまでの苦労が報われましたぁ!」
と感涙するのは酒造り最大の功労者ガラ・ルファ。
彼女にも、色々難儀をさせてしまった。
何しろ彼女の試作品提出は、これが最初じゃない。
何度も失敗を繰り返してやっと、この味に漕ぎつけた。
特に俺がホップの存在を思い出すまでの彼女の試行錯誤は、筆舌に尽くしがたい。
「本当によくやってくれた!」
「ありがとうございます!」
感極まってヒシッと抱き合う俺とガラ・ルファ。
お互いの体がほんのり酒臭かった。
「感謝するのは私の方です聖者様! こんなに手応えのある研究は、海溝牢獄に入れられた頃には絶対できませんでした! 聖者様こそ私の救い主です! 神様です!」
「お、おう……!?」
褒めてくれるのは嬉しいが、これはちょっと持ち上げ過ぎなのでは?
「でも私、不安なんです。だってお酒が出来上がっちゃったでしょう? そしたら私、もうお払い箱なんですか?」
「ええッ!?」
そんなわけないじゃん!
酒が完成したからこそ、次の段階として増産体制を確立し、いつでも安定して供給できるようにですね……!
「うえぇーん! 聖者様! 私を捨てないでください! ずっとここにおいてください~~ッッ!!」
「うえええええッッ!?」
ガラ・ルファが、さらに勢いをつけて抱きついてきた!?
ちょ、密着した体を擦りつけるように上下しないでくださいますか!?
見た目そんなにメリハリがないように思えたガラ・ルファの体も、当然というか女の子らしくて柔らかい!!
「聖者様! 私ここに置いてもらうためなら何でもしますからぁ! 必要なら夜のお相手だってぇ!!」
「なんか凄いこと口走ったあああああああああッッ!?」
どうしたんだガラ・ルファは!?
そんなはしたない子なイメージはなかったはずだけど!?
「……なあ、もしかして」
この狂態を、傍から眺める唯一の人物ヴィールが言った。
俺の飲み残しのビールをちびちび飲みながら。
「ソイツ酒に酔ってるんじゃないか?」
「あッ!?」
そういえばガラ・ルファさん顔赤い!?
ここまで、自作のビールが俺のお気に召すかどうか不安になり、その前に何度となく試飲を繰り返した。
とすれば当然彼女の体内にアルコールが蓄積されるのだから。
「酒臭くなるわけだ……!」
その横で唯一平穏なるヴィールが、まだちびちび飲んでいた。
「……ん、酒がなくなったぞ代わりを出せ。あと酒だけじゃ単調だから食うものが欲しい。抓む程度でいいから」