00 オープニング
前略、異世界に召還された。
今日もしがない社畜生活に勤しまんと満員電車に乗り込もうとしたら、次の瞬間、目の前の風景が一変した。
そんな感じ。
途中、異次元的な何かを通って最後に行きついた場所がここ。
どんなところかというと、いかにも中世ヨーロッパといった石造りの建物内だ。
その内装の広さ、作りの豪華さからしてお城だろう。一段高く設えられたステージに、いかにも王様っぽい偉そうなオッサンが座っている辺り、益々城だ。
「召喚に応え、異界よりよくぞ参った勇者たちよ!!」
やっぱり異世界召還だ。
王様の口ぶりからして、彼ら自身の手で魔法か何かで呼んだ系だろう。
とにかく俺は、何らかの意図――、それもここに住む人たちの利害に関わる意図によって、この世界に召還されたということだ。
「では早速ながら、貴公らの資質を計らせてもらう」
俺の戸惑いを余所に、王様たち異世界サイドはサクサク話を進めていく。
王様の合図で神官ぽい出で立ちの人が数名、駆け出してくる。
その人たちが、俺――、ではなく、その隣でボケっと突っ立っている高校生っぽい格好の少年を取り囲んだ。
誰あのお兄ちゃん?
ここでやっと気づけたが、室内にいる異世界に召還された人物は俺一人だけではなかった。
俺を含めてざっと十名。服装から見ても、この世界の元々の住人ではないことが一目見てわかった。
件の神官たちは、その異世界の訪問者たちを一人一人取り囲み、ブツブツと何か呪文を唱えていた。
「……ッ!? この勇者様の所持スキルは『女神の大鎌+2』!! レアスキルです!!」
「素晴らしい……! 今回の召還は豊作であるの!」
報告に、玉座の上の王様が満足げに頷いた。
神官たちはそんな調子で一人一人を取り囲んでは手をかざし呪文を唱え、「この方のスキルは何々」と報告するのを繰り返していた。
そしてついに、俺の順番が回って来た。
「勇者殿、これよりアナタのステータスを閲覧させていただきます。どうかご協力を」
「あ、いえいえ大丈夫です。そちらこそお仕事お疲れ様です」
長い社畜生活のためか、いつでもどこでも物腰が丁寧になってしまう。
了解が取れたと判断したのだろう。神官たちはそれまでにしてきたのとまったく同じ順序で、俺に向けて手をかざし、ブツブツと呪文を唱え始めた。
するとどうしたことだろう、俺の頭の中に何やら文字や数字が浮かび上がるではないか。
【 NAME 】糸波紀男(男)
【 RACE 】異世界人
【 SEX 】男
【 JOB 】未
【 Lv 】1
【 所持スキル 】なし
……なんだこれは?
いわゆるパラメータというヤツだろうか?
これが俺の、この世界における履歴書ってわけだな?
この数字は俺の頭の中に浮かぶものだが、どうやら神官たちにも見えているらしい。
彼らの注目する項目は一つだ。
神官たちは渋い顔つきで、王様に向けて報告した。
「陛下。この勇者様のスキルは『なし』です」
「『なし』? どういうことじゃ?」
「この勇者はスキルを何も持っていない、ということです」
「なんじゃそりゃ……!」
王様の、いかにもガッカリとした表情が酷く印象的だった。
* * *
こうして一通りの儀式が済んだあと、説明会になった。
「余が人間国の王ジェネシス十八世である」
王様が玉座の上からふんぞり返って言う。
俺を含めた異世界よりの召喚者たちは横一列に並び、王様の有難いお言葉を拝聴する、といった風情だ。
「この世界は危機に瀕しておる。魔族との戦争に数百年を費やし、兵は死に続け国財は困窮しておる。そこで我々は、異世界より特別な力を持った勇者を召還し、助けを得ることに決めた。それがそなたらじゃ」
と希望に満ちた声で言う。
「異世界人には、この世界へと渡る際、大いなる神より特別な力が授けられる。これをスキルという。スキルはこの世界に生まれた者には備わらぬ、まさに神よりの祝福」
さっきの神官たちは、それを見るため一人一人にブツブツやっていたのか。
「異世界よりやってきたスキルを備えし英雄たちを、我らは勇者と呼んでいる。即ち、そなたらじゃ」
俺たち、勇者だったか。
そう告げられて、居並ぶ十人の男女の反応はまちまちだ。ただ戸惑う者もいれば、あからさまな英雄願望の充足に瞳をキラキラさせる者もいた。
「スキルにはさまざまな種類があり、それゆえ先ほど神官たちに命じてパラメータを読み、各人に備わったスキルを確認させてもらった。今回の召喚も、なかなかの豊作で余は非常に満足しておる。特にモモコ殿の備える『女神の大鎌+2』は、上級魔族すら一撃で仕留められる最強スキルじゃ!!」
そう言って王様は、俺たち十人の中に交ざる一人の女子高生を指さした。
当人は、いかにも年頃の少女という風に可愛く闊達な外見だったが、いきなりこんな場所に呼び出された戸惑いの方が大きいのだろう、表情は不安一色だ。
「他の者たちも、なかなかに有用なスキル持ちである。それぞれのスキルを最大限活用できる環境を用意するので、皆全力をもって我が国に尽くしてほしい!」
「よろしいでしょうか」
俺は手を挙げた。
王様の話を遮るのは不敬であるのが常識だが、どうやら俺には悠長にかまえていられる余裕はないと判断した。
「な、何じゃ……?」
異世界人の側から何か言われるなど思ってもみなかったようで、王様キョドる。
「王様の話を総合するに、我々はそのスキルという力を当てにされて呼び出されたと推測します。しかし俺は、先ほど神官たちから言われました」
『スキルなし』と。
自分でも、浮かんだパラメータの中にそうハッキリ記されているのを確認しているのだ。
「どういう理由でそうなったかは知りませんが、俺のスキルはない。従ってアナタたちのお役に立つことはできないでしょう。そこで……!」
「元の世界に帰してくれと? それはできぬ」
……いや、別にそんなことは願ってないけど。
あの社畜生活に強いて戻りたいとも思わない。
「我々にはな、異世界より勇者を召喚する魔法があるが、元の世界に帰す魔法はないのじゃよ」
「そんな!?」「ふざけるなよ!!」と召喚者の幾人から罵声が上がった。
元の世界への未練は人それぞれだ。
「その魔法は、魔族の長である魔王が持っていると言われておる。だからこそそなたらは、精励して魔王軍と戦い……!」
「スキルのない俺に、それは不可能です」
重ねて言う。
「スキルがないゆえに敵とも戦えず、アナタたちのお役にも立てない。そこでどうでしょう王様、俺に土地をくださいませんか?」
「土地とな?」
「街から遠く離れた荒れ地でかまいません。俺はそこで土を耕し、一人静かに暮らしていきたいと存じます」
「ふーむ」
反応は鈍いが、王様の鼻の穴が力いっぱい膨らんでいるのを俺は見逃さなかった。
内心、スキルのない俺をどう厄介払いしたものかと頭を悩ませていたのだろう。
「……よかろう。そもそも断りなく召喚した我々にも多少の負い目がある。少しぐらいの我がままを聞いてやる義務はあろう」
多少ですか。
「しかしのう異世界の者よ。土地とはそう簡単に与えられるものではない。本来なら功ある者に褒賞として下賜されるもの。その順序を破れば、余の王としての資質を疑われることにもなりかねん」
「わかります」
「そこでこういうのはどうじゃ? これよりそなたらには、この世界で生計を立てていく支度金として金貨十枚が与えられる仕来りとなっておる」
その言葉に、他の召喚者たちも完成にどよめく。
まあ、誰であろうと働かずにお金を貰えるのは嬉しいよな。
「その金貨十枚をもって、余から土地を購入するというのはどうじゃ?」
「よろしゅうございます。ただ、土地だけ貰って何の支度もできぬ、というのも困りますので金貨一枚だけ手元に残し、金貨九枚を土地代に当てるというのはどうでしょう?」
「うむ、よきにはからえ」
交渉成立した。
* * *
こうして俺は異世界に土地を買って住み込むことになった。
他の召喚者たちは王国の指示に従って、それぞれのスキルを発揮できる環境というか職場へ。
何故か彼らと再び会うことは二度とない気がする。
それはさておき、せっかく降って湧いた別世界でのセカンドライフを前向きに満喫することとしよう。
俺の名は糸波紀男。
前の世界ではしがない社畜だった。
せっかくファンタジー異世界に来られたというのに、ノリオと名乗っては雰囲気が乗らずに白けてしまう。
そこで、そうだな……。
紀男の読み方を変えて……。
紀男。
キダンと名乗っていくことにしよう。