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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

受験戦争

作者: やまけん

 まぶたを上げると、そこは真っ暗。



 まわりはなにかに囲まれている。

「…?」

 そして、私が何なのかわからない。

 いつもだったら、起き上がって、ワイシャツを着て、チェックのスカート身につけて、ご飯作って、今日は部活があるから早く学校に行かなくちゃ。と、その日取るべき行動、次に取るべき行動へと自然に体が動いていく。頭が今日を認識していく。


 普段、意識せずに行っているこのルーチン。今の私は、意識してもその状態に移る事ができない。

 でも、不安はない。生まれつきの寝つきの良さ、寝起きの悪さ、低血圧のおかげで、朝起きた時に自分が何なのか、今日が何の日なのかわからなくなる事がままある。とりあえず、後者はおもいっきりテレビでも見れば思い出せる。


 今日は何の日っ♪フッフー 。



 じっとしていてもしょうがないので、私はこの状況を分析することにした。

 今のままでは、布団にくるまれている私という、布団との相対的な位置情報しかわからない。



「ぼふっ」



 とりあえず昆布巻き状態になっている昆布を頭上方向からはがしてみた。


 それでも真っ暗だった。

 どこか、密室感、閉塞感といったものが混じっているのを感じる。まだ夜が明けていないのだろうか。




「きゃっ!」




 手をまわりに伸ばすと、熱エネルギーが奪われるとき特有な、ドキっとする冷たさがあった。


 このことから、私がなんで昆布巻き状態を選択していたのかビビッときた。

 多分私はこの空間に敷布団やシーツを用意しておらず、布団のみを持ってきた。

 そのため、床の冷たさに直に触れることになってしまい、それを避けるためにこの形式を取ったのだ。

 ただこれはあくまで、今までの私の行動パターン、性質に基づいた仮説に過ぎず、証明するためにはこの空間に敷布団やシーツがないという事を証明しなくてはいけないけど、そんな事は後回し。 とりあえず腰を上げて起き上がる。



「痛っー」



 腰を途中まで起こした所で頭が天井にぶつかった。どうやら、ここは私の座高よりも低い空間らしい。触ってみるとひんやりして冷たい。天井も金属製だ。

 腰を曲げてL字のまま水平方向に動いてみると、これまたすぐに壁にぶつかった。

水平方向の広さを調べるために、さっきまでと同じように寝っころがってみることにした。


 腕をめいいっぱい頭の方向に伸ばそうとしたら、ひじを軽く曲げたくらいで壁に手が付いた。次に、寝たまま左右方向に腕を伸ばしてみた。すると今度は腕を伸ばしきった所で、両方の壁にタッチする感じになった。

 測量結果。

Z軸(床に対して垂直方向):約1m。

Y軸(頭と足先方向):約2m弱。

X軸(Y軸の直角方向):約1m20cm。

そして六方を金属製の壁に囲まれている。

 ……

「なんでこんな所に?」


 真っ暗なので、今いる空間がどんな感じになっているのかはわからないが、少なくとも寝室でない事はわかる。さらに言うと、今までこんな所で寝た覚えもない。そもそも私は今、家の中に居るのだろうか?

さらに疑問は深まる。

 でも、結論を出してみた。


「ここは夢の中なんだ。」



 こんな奇妙な場所に密閉されている事がまずありえないし、答えが出ない。

と言う事で二度寝(夢の中における)に就くことにした。

「…」


「…」


「…」



「ぼふっ」

 しかし、起きてもそこは真っ暗な空間。

 もう諦めて、現状を認めよう。自分はこの空間に居るんだ。

 しかも、まごうことなき現実うつつのなかで。

 

 とはいっても、いつまでも閉じ込められたままではどうしようもない。とりあえず、この空間の中をもっと調べてみよう。

 隅から隅まで手のひらで床や壁を触ってみて、何かないかくまなく探してみた。 しかし、滑らかで冷たい面はどこまでいってもその感触を変えなかった。

 足の方から頭の方向へと床を調べていって最後の隅に至ったとき、何かものに手が当たった感触があった。

 しかも1つじゃない。

その中の一つに役立ちそうな感触があるものを見つけた。普段から寝床のそばに置いているものだ。

「カチっ」

 手探りで手に入れたそれは懐中ライトだった。真っ暗だった空間は明るくなり、他の、感触があったものの正体もわかった。

 その隅にあったのは、懐中ライト、化学のノート。英単語帳。シャーペン。の4点であった。それを見て私はここで寝ていた理由を完全に思いだした。


――昨夜の私は大学受験を控えていた。

 前夜であっても勉強するのは習慣だったので、いつものように机にかじりついていた。でも、なかなか集中できなかった。

 原因ははっきりしていたし、今更それを言いだしても始まらないので諦めていた。それでもこのうるささでは集中しようにも集中できない。それを見かねたパパが、いつも金庫として使っている鍵付き倉庫を中の物を整理して横に倒して、そこで勉強できるようにしてくれた。

 私も「こんなところで?」

 とは思ったが、このままでは勉強はおろか安眠もできないと思い、そこで寝ることにした。朝になったら起こしに来ると言っていたので、それに完全に頼る気持ちで最後布団にくるまって、眠りについたのだった。

「ふあぅあ~」

 いろいろ解決して安心したのかあくびが出た。しかし、何か大事な事を忘れている気がする。う~ん、ここで寝ていた理由も理解したし、後は誰かが起こしに来るだけ…。


 …来るだけ?


 そういえばなんで私、起きているんだろう?


 いつもだったら一度寝たらテコでも起きないし、だからいつもは妹に起こしてもらっているのに…。自力で起きるのは昼過ぎに起きるときだけ…って、

「!」

 そうか。いま、私、自力で起きている。


 という事は結構まずい時間なんじゃないか?

「どうしよう。どうしよう!」って焦っている場合じゃない。

 私はすぐさま持っていたライトを壁面にむけてみた。

「!」

「!」

「!」

「!」

「!!」

 その中のひとつに、取っ手の付いている壁を見つけた!

取っ手を握り、おもいっきり外側に向けて、扉を開けた。



そこには何もなかった。



 何もなかったというのは正確ではない。

 正しくは自分の家だったものが、「すべてだったもの」になり、屋根には穴があき、そこから十二時を示す太陽が顔を覗かせていた。ばらばらになった家に吹く風は冷たく、冬の青空はどこまでも高い。寝間着姿はこの状況に適していない事がわかる。


 本当にすべてを思い出した。


 結構前からこの町はうるさかったのだ。


 戦争が日常茶飯事になった頃から。


 特に、昨日はこの町での戦闘が激しいと聞いていた。


「おっ。あぶないなぁ」

 足元に粉々になったビールグラスがあった。危うく踏みそうになった。

 まわりを見た感じ、そのグラスを使う人はもういなさそうなので、粉々でも問題はない。


 近くで、人だったらしきものが活動を終えて、腐り始めていた。

 水風船を叩きつけたみたいに、血と内臓を混ぜ合わせたものが放射状に飛び散っていてすごくきれい。

 倉庫の近くにあるこれは、服装からして妹だろう。

 起こしにくるつもりだったのかな。ただ、胸部及び咽頭部がぺしゃんこになっちゃって、

「おっはよー!」とはもう言えない。


 倉庫を出て、がれきの中からタンスを頑張って引きずり出し、制服に着替えた。受験票が入っていたファイルは私の部屋だった所にちゃんと残っていたので、それを制定カバンにしまった。 ローファーは見つからなかったので、パパのスニーカーを借りることにした。準備完了。

 テストには間に合いそうにない。

 試験官には寝坊で遅れたというのは伏せておこう。

「戦争で遅刻しました!」

の方が、説得力があるはずである。



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