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3章・『オールジャパン・ドラッグオープン』3-3

「すっげえ……」


 車から降りた俺たちの、第一声はそれだった。

 正面ゲート前の駐車場を埋め尽くす、数多のチューニングカー。アイドリングの状態からして、発する音が街中を走る一般車のそれとは全然違っている。

 トヨタ・スープラ、日産・GTR、日産・フェアレディZ、マツダ・RX―7、三菱・ランサー。名だたる国産スポーツカーのオンパレード。その迫力に、俺たちは圧倒されていた。


「なーんだ、思ったよりも大したことねえな」


 目の前に広がる光景に感動する俺たちをよそに、しれっと呟いて鼻を鳴らす大ベテランが一人。


「昔は、台数から何からもっと凄かったんだよ。これも時代の流れだから仕方ないんだが」


 山さんの口ぶりは、過去を懐かしんでいるようだった。

 ざっと眺めた感じでは、集まった車は六〇台ちょっと。たしかに、オールジャパンと銘打った大会の、東北・関東甲信越予選にしては台数が少ないようにも思える。

「でも、そんだけ俺らにもチャンスがあるってことですよね」と期待の混じった口調で正樹。

 それはそうだ。競争相手が少なければ、そのぶん楽はできる。

 だが、俺は別に表彰台だけを目指しているわけではない。すべてを出し切りたいのだ。だから楯やトロフィーなんかは、ベストを尽くす過程で付属するおまけだと考えている。


「とりあえず、俺は着替えてきます」


 入場ゲートのオープンまでにはまだ時間がある。俺は着替えのため、いったんミニバンの中に戻った。

 後部座席に置いたバッグから、ツナギによく似た難燃性素材の服を取り出す。無論ただのツナギなどではない。れっきとした本物のレーシングスーツだ。

 どうせなら徹底的に本格志向で行こうという信の提案により、四輪用フルフェイスヘルメットと一緒にセットで購入したのだ。

 俺は服を脱ぎ、真新しい匂いのするレーシングスーツに袖を通す。着終えて、窓ガラスに写った自分と目があった。

 レーシングスーツを身につけ、フルフェイスのヘルメットを手に持ったその姿は、外見だけなら本物のレーシングドライバーだ。

 ただ、大抵のレーシングスーツがパッチやスポンサーのロゴでカラフルなのを考えると、卸したてのこのレーシングスーツはいかんせん真っさらすぎた。


「はん、まるで死に装束みたいだな」


 真っ白なレーシングスーツを着た自分の姿を目にして、自虐的に鼻白む。あながち冗談でもなかった。事実、俺は命ぐらい賭けてもいい気持ちでいるのだから。


「よう、着替えたか?」


 運転席のドアが開き、正樹がシートに座る。入場ゲートが開いたらしく、このままミニバンでコースまで降りるらしい。ほどなくして、カナも俺の隣に乗り込んできた。


「うわぁ、カッコイイ」


 俺のレーシングスーツ姿を、カナがうっとりした眼差しで上から下まで見つめてくる。その反応は大げさで、少々むず痒かったが、「ああ、これが俺の正装だ」と精一杯ニヒルに微笑んでやった。




 レース開始前のルールミーティングには全員が揃って顔を出した。

 他の出場者を見渡してみると、心なしか年齢層が高めに思えた。

 大半はツナギや適当な長袖姿で、俺のようにレーシングスーツを着込んでいる参加者は多くない。この辺はやはり、アマチュアが対象な大会なだけある。

 主なルール説明は、コースのスタート地点に設置されたシグナルランプの見方についてだ。

 通称クリスマスツリーと呼ばれるこの装置は、マシンがスタートライン手前のスタンバイ位置に着くと三段階のランプが順に点灯し、最後にスタートを告げるグリーンのランプが点灯する仕組みになっている。一種の信号みたいなものだ。

 それらについて、あらかじめ山さんからみっちり講義を受けていた俺は、スタッフの説明よりも、目の前に広がる長い直線コースに目を奪われていた。 

 仙台ハイランド・ドラッグレースウェイ。国内唯一の、ドラッグレース専用コース。1/4マイルを速く駆け抜けることに魂を捧げたドラッガーたちの聖地。

 風が吹くたびに、酸化したゴムの匂いが鼻の奥をつんと刺激する。熱で焼けたタイヤの匂いが路面に染みついているのだろう。


 ……なるほど、聖地ね。


 実際に来てみてよくわかった。ここには日常から切り離された非日常の空気が色濃く漂っている。

 視線を戻すと、ちょうどミーティングが終わったようで、皆それぞれ、自分のマシンの元へと戻ってゆく。


「さぁ、いよいよだよ。心の準備はいいかい?」


 ほどよく緊張した良い表情で、信が俺の肩を叩く。


「おまえがセッティングしたマシンだ。きっと上手くいくさ」


 俺は肩を叩き返して、初陣を目前に控えたマシンの元へ足早に向かった。

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