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荒野から村へ

 俺たちは黙々と荒野の中を突き進んでいた。

 空にはやけに大きな太陽が昇っているのだけど、なぜか妙に肌寒い。

 太陽が太陽として正常に機能していないようだった。


 ——まだ太陽が一つなだけマシか。


 仮に太陽がいくつもあったとしたら、この荒野も地獄のような灼熱に包まれていただろう。

 そう考えると、どうにか脚を動かし続けることができた。

 そんな中、後輩は一人だけ揚々と、先頭を歩いていた。

 なぜか少し楽しそうだ。


「後輩、どうしてそんなに楽しそうなんだ?」


 後輩は上機嫌なままこちらを振り向く。


「えっと、だって……。ここからわたしたちの異世界無双ライフが始まるかもしれないと、ちょっとワクワクするじゃないですか?」


 俺たちはその言葉を聞くと、全員が全員嘆息した。


「あのなぁ……」


 少し早足になって、後輩の隣に並ぶ。

 後輩は俺のことを見上げた。

 妙に上目遣いだ。

 俺はそんな後輩の頭の上で拳を構えて、ぽかりと軽く突く。


「あいたっ。せ、先輩っ。何するんですか!」

「それはこっちの台詞だ。お前こそ、何をお気楽なことを考えてるんだ」

「夢くらい……、見たっていいじゃないですか!」


 後輩は片手で頭の上を押さえたまま、もう片方の腕でぽかぽかと俺の身体を殴る。

 しかし、全く重心が入っていないので痛くはない。


「俺たちの本業は異世界クリエイトであって、別に異世界で無双することじゃない。それくらい分かるだろう?」

「それは……、分かりますけど……」


 後輩は俺の腰の辺りを殴るのをやめる。


「けど、やっぱつまんないじゃないですか。わたしはもっと楽しみたいんです!」

「それは勝手にすればいいんだが……しかし、俺たちはこの世界の存在じゃない。

 だから、世界に過度に影響を与えるのはよくない。そうだろ?」


 後方でとぼとぼと下を向いて歩いていた伽藍さんに問いかける。

 伽藍さんはゆっくりと顔を上げて答えた。


「そうですね。あまり、異世界に影響を与えるべきではないと思います。

 どこでどんな副作用が出るか、思いもよらないところに問題が発生したりする可能性がありますから」


 俺は視線を後輩の方に戻す。


「——ということだ」

「分かりましたよ……。無双なんてしたら世界に何が起こるか分かりませんもんね」


 後輩は渋々だが、頷いた。

 多分、これで大丈夫だろう。

 俺は成り行きで後輩と並んで歩きながら、ふと時間を確認した。

 もう伽藍さんの言った村に着いてもおかしくない時間だ。

 後ろを向いて確認を取ると、俺よりも早くマサキが口を開いた。


「そろそろ村が見えてきてもいいと思うんだが……」

「そうだな。四時間と少し経ってるし——」


 しかし、辺りを見回しても村はおろか木の一本も見えない。

 絶望的な荒野だった。

 そのとき——、


「もしかしたら……、この世界でのわたしの能力の精度はあまり良くないのかもしれない……です……ね……」


 伽藍さんの身体ががらりと崩れる。

 肩から大きく、地面に倒れ込む。

 隣のマサキが頭部が地面に当たる前に抱え込んだが、伽藍さんはぐったりとしていた。


「大丈夫なのか?」

「分からん。しかし、空腹もここまでくると深刻みたいだな」

「ともかく、早く村を見つけるしかないか……」


 俺たちが立ち止まって会話をしている間も、後輩は前進し続けていた。

 しかし、ぱっと立ち止まり、遠くを覗く。


「どうしたんだ?」

「いえ……、その、あと三十分くらいかかりそうなんですけど、村……? らしきものは見えるんです」

「本当か?」


 マサキが伽藍さんをおぶった。

 そして、後輩のところへと近付いていく。


「お前、目がいいんだな」

「自慢できるほどではないんですけど……。でも——」

「どうしたんだ?」

「いえ、多分……、わたしの思い過しです」


 このとき後輩が何を言おうとしたのか、三十分後に俺たちは嫌でも知ることになるのだった。


- - -


「なるほど……。そういうことか」


 後輩がどうしてあのとき何も言わなかったのか、ようやく理解した。

 俺はその境界の縁に立ち尽す。

 マサキと交代で伽藍さんをおぶっていたので、ちょうど俺の背中には伽藍さんもいた。


「おいおい。これって……」


 身軽なマサキは、その境界を覗き込んだ。

 後輩は顔を真っ青にしている。


「あはは……。見間違えじゃなかったんですね——」


 確かに、もう目の前というところに村があるところは確認できる。

 しかし、俺たちが立っている場所とその村の入り口の間には、


「これ、飛び越えるのは流石に難しいよな」

「わたしの身体能力だったら不可能ではないかもしれないですけど……」

「いや、もし落ちたときのことを考えるとリスクが大きすぎるだろう」

「それもそうですよね……」


 俺は溜息を吐いた。

 目の前には、村の手前には巨大な地面の裂け目が口を開けていた。

 下を覗き込んでも、底が見えないような奈落が、左右に広がっているのだ。

 その裂け目は、完全にあちら側とこちら側を分断していた。


「困ったな……」

「これは、リセットするしかない、って状況ですかね」


 後輩は相変わらず、この状況に現実感を持てていないらしい。

 確かに現実的ではないかもしれないが、これはある意味で、まさしく現実なのだ。

 俺だって昔は子供騙しみたいな世界だと思っていた。

 しかし、そこにいる人が現実だと感じている以上はそれは現実なのだと気付いてからは、その考えを改めた。

 そもそも、天界で異世界を作っているなんていう俺が一番、現実離れしているわけだし。


「仮にリセットしたとしても、世界に入ってこれる地点は決まってるからどうしようもないと思うぞ」

「そうなんですか……。うーん」


 後輩はまた辺りを見回していた。


「あっちに橋の残骸みたいなものはある気がするんですけど……残骸ですね」


 後輩まで溜息を吐いていた。


 ——橋、か。


 頭の中に一つのアイディアが浮かんでいた。


「もしかしたら、どうにかなるかもしれない……」


 俺が呟くと、後輩とマサキがすぐに反応した。


「せ、先輩っ。それ、どういうことですか?」

「いや、俺の職業は『建築家』だろ。だから……」

「なるほど、な」


 マサキはそこまでで納得したようだった。

 しかし、まだ分かっていない様子の後輩は俺とマサキの顔を交互に見た。


「どういうことなんですかっ!」

「いや、簡単なことだろ」

「別に、簡単だとは思わないけど……」


 隠すことでもないので、俺は後輩に説明する。


「俺の職業は『建築家』だ。だから、その能力を使って、今からここに橋を作ろうと思う」

「そんなこと、できるんですか?」

「さあな、過去にやったことがあるわけじゃないし、やってみないことには分からないさ。

 しかし、やってみないことにはどうにもならないだろう」

「それもそうですね……。わたしたちの行く末は先輩にかかってます」

「がんばってくれよ。これは多分、お前にしかできないことだ」


 マサキと後輩に励まされてしまったので、もはや引くに引けなくなった。

 あとは、やるだけだ。

 背中の伽藍さんを地面に寝かせる。


「ふぅ……」


 俺は一度深呼吸をしてから、意識を集中させた。

 橋を作る。

 それは一体どんな行為なのだろうか。

 すぐには分からなかったので、とりあえず近くの大地を掬い上げるイメージを浮かべる。

 大地は何も変わっていない。しかし、手に確かな重量感があった。

 俺はそれを、ゆっくりと裂け目の方へと運んでいく。

 そして、橋の形へと手で成形していった。

 橋とはどんな形をしたものだっただろうか。

 それを賢明に思い出しながら、橋を作り出していく。


 ——こんなんでいいのか?


 疑問に思いながらも、手を動かし続ける。

 そして——、


「わっ! すごいです、先輩っ!」


 後輩の声が上がる。

 俺はそこでようやく緊張を解いた。


「橋、できてますっ!」

「まさか本当に作り出せるとはな。『建築家』侮れないな」


 見ると、裂け目の上に石作りの立派な橋が架かっていた。

 俺は何だかおかしくて、笑ってしまう。


「ははっ。すごいな、橋が出来てる……」


 それは、天界で初めて異世界を作ったときの感覚にも似ていた。

 後輩はそんな俺の様子を不思議な目で見ていた。


「何言ってるんですか。作ったのは先輩じゃないですか」

「それはそうなんだが……」

「早く行きましょう! 伽藍さんのことも心配ですし」

「そ、それもそうだな……」


 俺は後輩に手を引かれる形で橋を渡っていく。

 思いの外、しっかりとした橋だった。


- - -


「うわぁ……。ひどいですね」

「予想はしてたけどな」


 村の様子はひどいものだった。

 門を潛るとすぐに広場のようなところに出たのだが、まるで人の気配がない。

 辛うじて痩せ細った捨て犬がうろうろとしていた。


「生き物がいるだけマシなのか……」

「でも、犬ですけどね」


 後輩は異世界に来ても犬が嫌いらしい。


「しかし……、家はいくつかあるけど、人はいるんだろうか」

「いてもらわなきゃ困るんだけどな」


 そう思っていると、家の一つから住人らしき人物が出てきた。

 白いボロ切れのような布をまとった、見るからにみすぼらしい少年だった。

 少年は俺たちに気付くと、こちらに接近してくる。


「ど、どなたですか?」

「あー、えっと……」


 俺が返事に詰まっていると、マサキが代わりに応える。


「俺たちはまぁ、旅の者だ」

「旅の者……。もしかして、邪神を倒しに向かっているのですか?」

「あー、うん。そうだ」


 マサキは少年の話に合わせているらしい。

 少年はマサキの言葉を聞くと、嬉しそうに顔を綻ばせた。


「すごい! まさか一日の間に邪神退治に向かう人と二度も会えるなんて」

「二度? ということは、俺たちの前にも同じような集団がここを通ったのか?」

「えっと、集団、というわけではなかったです。その人は五時間くらい前に、一人でここを通っていきました」


 俺たちは少年の言葉を聞いて確信する。


「先輩、これって……」

「間違いない。三谷だろう」


 マサキも一旦こちらを向いた。


「どうする。急いであとを追うか?」

「そうしたいところだが——。ただ、伽藍さんのことがあるからな……」


 少年はそんな俺たちに言う。


「あの……、お連れの方がお疲れのようですが、この村に泊まっていきますか?

 何も無い村ですが、ベッドと食事くらいは用意できるはずです」

「そうだな。ありがたく使わせてもらうよ」


 空の太陽も地面に落ちてしまって、夜を迎えようとしていた。

 ちょうどいい時間だろう。

 三谷に遅れを取ることになるが仕方がない。

 急ぐあまり傷を負ったら元も子もないだろう。


- - -


 俺と後輩が伽藍を少年に案内されたベッドに寝かせてから広場へと戻ると、あれほど物寂しかった広場がにわかに騒がしくなっていた。

 どうやら、少年が村の人々に俺たちのことを伝えたらしい。

 残っていたマサキが住民に囲まれて大変なことになっている。

 俺たちは遠目にその様子を見守っていた。


「うわー、マサキさん大変そう」

「棒読みで言うなよ……」


 俺は呆れてみせるが、後輩と並んで他人の振りをしているので同罪なのかもしれない。

 そんな俺たちに、住人の集団から離れてきた一人が近付いてきた。

 白く染まった頭髪に皺だらけの顔——長老のような風格を携えた人物だ。

 なぜか緊張する。


「お主ら、旅の者か?」

「は、はい……」

「緊張するでない。ただの立ち話じゃよ」


 そんなことを言われると余計に緊張する。

 一方、隣の後輩はその言葉で素直に緊張を解いているようだった。

 無垢な奴め。


「えーっと、おじいちゃん、誰なの?」

「儂はリネン。ただの老人じゃよ」


 どう考えてもただ者ではない。

 しかし後輩は全く動じていなかった。

 怖い物知らずなのか何なのか……。


「お主ら、あちらを見てみろ」


 そう言うと、老人は村の出口——要するに俺たちが入ってきたのとは別の入口——の方角を指差した。

 後輩はすぐにそちらを向く。

 俺も恐る恐る、それに続いた。


「なんだ……あれ……」

「あ、あんなのありましたっけ?」


 もうすっかり黒く染まった空。

 しかし、その方向だけは様子が違った。

 巨大な城のようなオブジェクトがゆらゆらと蠢いている。

 ほの暗い輝きは妖艶で、吸い込まれそうな美しさと、付け込まれそうなおぞましさを備え持っていた。


 ——一体何なんだ……。


 ただ、一つだけ確信がある。

 俺たちは恐らく、あそこへと向かわなければいけないのだろう、ということだ。

 老人がゆっくりと口を開いた。


「あれは新月の神殿。——全ての元凶じゃよ」

「元凶? なんのですか?」

「かつては、この村ももっと栄えていたし、大地もここまで荒廃してはいなかった……」


 老人は遠い目をしている。

 その瞳が新月の神殿の方を向くことは、決してなかった。


「お主らは新月の神殿へと向かうのか?」

「せ、先輩、どうするんですか?」


 俺はからからに渇いた喉を潤わせるように唾を飲み込む。


「多分……。行くことになると思います。俺たちは、そのためにここに来たので——」


 老人は俺の応えが不満なようだった。


「ふんっ。多分、か……。半端な覚悟ではお主ら、死ぬことになるぞ」


 そう言い残して、老人は去っていってしまった。

 後輩は俺の顔を見上げる。


「先輩、わたしたち、本当にあんなところに向かうんですか?」

「もちろん、三谷があそこに辿り着くよりも早く見つけられればその限りじゃないが……」

「見つかる保証は何もありませんね。そもそも、三谷はわたしたちよりも先を行ってるわけですし」

「そういうことだ」


 後輩は俺の服の裾を握った。


「そもそも、あそこに辿り着くまでどれくらいかかるんでしょうか?

 なんかだあの神殿、現実感があまりに無くて距離が掴めないんです」

「それは……、予想だが、そこまではかからないと思う」


 これはもちろん楽観的な予想だが、と付け加えてから、後輩に言う。


「確認しておくが、この世界のテーマは何だ?」

「『レベル1の俺がレベル999のラスボスに挑む』でしたっけ」

「そうだ。つまり、『レベル999のラスボスに挑む』というのはこの世界における大前提ってことになる。

 レベル999のラスボスに挑み始めるまでの過程は、あくまでこの世界のプロローグに過ぎないってわけだ」

「それで、そのレベル999のラスボスがあの神殿に居るとしたら、そこに辿り着くまでそう時間はかからないだろうっていう予想なわけですね」

「そういうことだ」


 こういうときは理解が早くて助かる。

 地頭は悪くないのだろう。

 ようやく人並みから抜けたのか、マサキが戻ってきた。

 マサキは俺たちと顔を合わせながらも、神殿の方を気にしているようだった。


「何なんだ、あれ?」


 俺と後輩はマサキにさきほどの話を伝える。

 マサキは静かにそれを聞いて、呟いた。


「俺たちも行くことになるんだろうな、どうせ……」


 自分の能力を理解してのも束の間、俺は頭を抱えることになるのだった。

 これは思ったよりも大事になりそうだ、と。

先週の金曜日は投稿するはずだったのですが間に合いませんでした。ごめんなさい……。

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