異世界クリエーターは勇者ではないので
「ひょええええぇぇぇぇ——っ!」
後輩の凄惨な叫び声が響き渡る。
——そういや、忠告しておくのをすっかり忘れていた。
俺はマサキと顔を見合わせる。
その傍らで、伽藍さんと後輩が髪を風に靡かせていた。
「せ、先輩っ。聞いてないですよこんなのっ!」
「わたしも、実際にこれを体験するのは初めてです……」
二人の視線は真下を向いていた。
いや、より正確に言うならば、真下を向かされていた。
なぜならば、俺たちは今——。
「空から落下するなら、先に言っておいてくださいよ!」
そう、空から落ちてきていた。
パラシュートも無しに滑空しているので、ぐんぐんと速度が上がっていく。
雲の中を身体が突き抜けていくなんて、滅多に体験できることじゃないだろう。
しかし、地面がじわりと迫ってきている今では、そんな状況を楽しめるはずもなかった。
「先輩、これ大丈夫なんですかっ?」
「一応、大丈夫なはずだ……」
「何ですかその不安気な——きゃあっ」
後輩が自分の髪を押さえる。どうやら、髪飾りが風に煽られて飛んでいってしまったらしい。
近くにいた伽藍さんが声を掛ける。
「かたりさん、どうしましたか?」
「な、なんでもないです。ただ——」
後輩は髪飾りの消えていった彼方を見つめていた。
その髪飾りは、もしかしたら彼女にとって大切なものだったのかもしれない。
地面まであと数十秒、というところまで近付いてきているために、手が震えてしまって後輩へと伸ばすことができない。
「ちっ」
俺は軽く舌打ちした。
風圧で舞い上がる前髪がただただ鬱陶しい。
どうしても、毎度のこの感覚に慣れることができない。
後輩や伽藍さんは、祈りを捧げるように手を合わせている。
一方マサキは、そんな俺たちの様子を後方で——この場合は上空だが——、愉快げに見守っていた。
「マサキ、何が面白いんだよ」
「お前って本当に異世界に入ったりしないんだな、って」
「そういうお前はどうなんだよ」
「俺? 俺もまあ、暇潰し程度で、本格的な異世界製造のために入ることは滅多にないが——」
マサキは地面との距離を目で測る。
「おっと、そろそろだぜ」
マサキが言うのとほぼ同時に、俺たちの周囲に眩しい光が現れる。
それは瞬く間に俺たちのことを取り囲んだ。
今、この状況を外側から見たら、光の球体が高速で地面に向かって落下しているように見えるのだろう。
きっと奇妙な光景に違いない。
そして、数秒後——。
「——っ!」
「うぎゅっ!」
「これは——!」
「へっ!」
とてつもない轟音が、ぶち破らんとばかりに鼓膜を震動させる。
思わず俺たちは耳を塞いだが、時既に遅し。
俺たちは巨大なクレーターの内側で身悶えていた。
「あ、あれ……?」
その中で、最初に起き上がったのは後輩だった。
「何かすごい音がしたけど、身体は大丈夫みたいです……」
次に、マサキが立ち上がる。
「そりゃ、異世界に入る度に死人が出たら困るだろ」
「それは分かりますけど……。でも、ならどうして最初に落下してくる必要があるんですか?」
「さあな。そういうもんなんだよ」
そして、俺と伽藍さんが続いた。
「えっと、異世界生成プログラムを通じて異世界に行くのは通常ルートとは少し異なるので、こういう出方しかできないみたいです」
「へぇ、そういうことだったのか……」
俺は首元をさする。着地する際に少し打ち付けたらしい。
「いてて……」
「大丈夫ですか。先輩?」
「そこまで問題じゃない——。それよりお前、その髪型こそ大丈夫なのか?」
普段はあるはずの髪留めが飛んでいってしまったせいで、後輩の髪型は少しだらしないものになってしまっていた。
後輩は俺に指摘されてはっとする。
「あっ、あぅ……」
奇妙な声を残して、後輩は近くの岩陰に隠れてしまった。
マサキと伽藍さんはそんなやり取りをにやにやと眺めている。
「そういうときは、敢えて言わないのが華だと思うぜ」
「わたしもそう思いますね」
俺は急に孤独を感じていた。
二人からさっきの行動を全否定されている気がする。
後輩はというと、そんな俺たちの様子を遠目に眺めていた。
「あ、そういえば」
伽藍さんは思い出したように空中に指を立てて、そのあとポケットから小さなバッチを取り出した。
「みなさん——かたりさんもです——このバッチを付けてください」
そのバッチを伽藍さんから受け取る。
小さいながら丁寧な模様の彫られた、金属製のバッチだ。
俺は胸にそれを付けながら訊ねる。
「何なんだ、これ?」
「時遅れのバッチです。これを付けていると、この世界での時間の進みに対する時間の流れが、天界での時間の流れに対して遅くなります。
えっと、要するに、この世界でたとえ一週間過ごすことになっても、天界では半日くらいしか進まなくなる、って感じです」
「なるほどな。確かに、ここでその逃げ出した奴を捕まえたとしても、そこで何日もかかっちまったら、戻ってきたときには既に天界で大問題になってるかもしれない。
そういうのを防ぐ、ってわけか」
マサキがバッチを受け取りながら、そんなこと言った。
続けて、伽藍さんを指差しながら、
「伽藍さん……だっけ。あんた見かけによらず結構小賢しいな」
「そ、そんなこと無いですよっ! 神様見習いですから、わたしは公明正大です!」
自分の失敗を全力で隠そうとしている辺り神様としては問題があると思うのだが、なぜだか憎めないのだった。
伽藍さんはぱたぱたと走っていき、後輩にもバッチを渡す。
そして、後輩を引き連れてこちらへ戻ってきた。
俺はぼーっと、そんな伽藍さんの顔を見つめる。
「な、なんですか……?」
「あ、いや……。別にそんなに深い意図は無いんだけど——。
そういえば、ふと気になったんだけど、それだけの能力が使えてどうして三谷を見つけるのに手間取ったんだ?
あの過去の出来事を見る能力を使えば、探す必要なんて無かったと思うんだけど」
「あ、えっと、それはですね……」
伽藍さんはまた逡巡しながらも、
「わたしは見習いなので、神様の能力を使うのには制限がかかっています。
それで、同じ能力を連続して使うことができないんです。
さっきの過去を見る力も、探し始めのときに使っていて——。
それで、どこに逃げたのか大まかな方向は掴めたのですけど……。もう少し能力を温存すべきでしたね」
「へぇ。神様見習いも大変なんだな」
「あと、それと——」
伽藍さんは恥ずかしそうに、俯いた。
ぎゅううう、とかわいらしく伽藍さんのお腹が鳴く。
「その……。すごく、お腹が空くんです。能力を使うと」
三谷を探すよりもまず最初に、食料を調達する必要があると俺たちは知るのだった。
- - -
「さてと、この辺りに村とか町はあるんだろうか? 食料調達と言っても加工できるものを持ってるわけでもないし」
「そもそも、ここは一体どういう世界なんだ?
このパラメーターを設定したのってお前たちなんだよな。ちょっと説明してくれよ」
「いいけど——」
マサキと伽藍さんに向かって、この世界の概要を説明する。
二人はじっと聞いたあと、不安げに口を開いた。
「『レベル1の俺がレベル999のラスボスに挑む』ねぇ……。これは大事になりそうだ」
「ラスボスに支配されている世界。ひどいですね……」
マサキはさらに考察を押し進めた。
「そういう世界観ってことは荒廃度は高めに設定したんだよな? どれくらいにしたんだ?」
「それは……、確か俺じゃなくて後輩が設定したはずだ」
「コウハイだけに、ってか?」
「そういうつもりはなかったんだけど……」
ただ、あのときは手いっぱいだったのでたまたま後輩に割り振っただけだ。
マサキの言葉を無視して、後輩が答える。
「確か90、だったと思います」
「90!? お前、何やってんだ!」
マサキが激昂する。
俺はすぐさまなだめに入った。
「あのときは急いでたんだ。大味な設定をしてる余裕しかなかったんだよ」
「大味にしても90はやりすぎだろ。設定値は最大で80、最低で20が常識だろ」
「そ、そうなんですか、先輩?」
「あ、あぁ……。一応、そう言われてる」
このことを後輩に伝えておかなかったのは純粋に俺のミスだ。
マサキと後輩に頭が上がらない。
「しかし……、なってしまったものはどうしようもない。
荒廃度90の世界か——。
それって、滅亡寸前の世界だぞ。まともな町があるんだか……」
そこでタイミングよく、再び伽藍さんのお腹が鳴いた。
「あの……っ。町が見つからないのは困ります……。
こんな世界にまともに食べれるものがあるのかも分かりませんけど」
伽藍さんが苦笑する。
本当に困ったものだ。
俺たちは一旦、自分たちの作ったクレーターの中から這い出たのだが、そこに広がっていたのは一面の荒野だった。
何者の生気も感じられない。
「な、何もありません……」
「となると、最初にどこに進むのかを決めるのも難しいな」
「——一体、こんな世界をどうやって三谷は攻略していったんでしょうね?」
「それは、主人公的なご都合主義じゃないか。最初に入った人には何であれ『勇者』の職業が割り振られるはずだし」
「へぇ……。って、職業とかあるんですか?」
後輩の疑問に、マサキが反応した。
「職業! そういやそんなもんもあったな。いつもクリエーターモードで入ってたから忘れてた。
確認してみようぜ」
「まあ、そうするしかなさそうだな……。他に出来ることもないし」
俺たちはお互いに頷きあって、ステータスを表示する。
ステータスの表示の仕方は、いつもディスプレイを表示しているのと同じだった。
一番始めに職業を確認したのはマサキだった。
「俺は『狩人』だな。——おいおい、一体何を狩れっていうんだよ。
お前はどうだ?」
マサキのステータスは攻守のバランスが取れていて、確かに狩人という風貌だった。
俺は自分の職業欄をさっと見て、答える。
「俺は『建築家』、か。何が出来るのか、響きからはあまり想像できないが……」
アイデアとかカリスマとか、あまり役に立たないステータスばかり際立っている。
これははずれジョブかもしれない。
伽藍さんと後輩も、自分のステータスに目を通した。
「『風水師』みたいです。どうやら『魔術師』の上級職みたいですね」
「『踊り子』……。あんまし強くなさそうですね」
伽藍さんは上級職というだけあって全体的に優秀なステータスを持っていた。
後輩はすばしっこくはあるが、防御が低く打たれ弱いように見える。
全体としては、かなりちぐはぐなパーティーだった。
マサキが全員のステータスを見回して、言う。
「にしても、全員合わせたようにレベル1だな」
「まぁ、そういう世界だからな」
そこで俺は思い出す。
「そういや……、非常に言い辛いんだが——」
「どうしました、先輩?」
「この世界、確か経験値とかスキルとか、そういうあらゆる成長要素をオフにしてきたと思う……」
マサキがすぐさま状況を把握する。
「つまり、俺たちはこのステータスのまま逃げ出したやつを追いかけて、最悪レベル999のラスボスと戦わなきゃいけないってわけか」
「そういうことだ」
「えぇ……。マジですか?」
「そんな……」
伽藍さんは顔を真っ青にして、膝を突いた。
空腹のせいかかなりつらそうだ。
マサキはそんな伽藍さんに近付き、肩に手を置く。
「ど、どうしましたか、マサキさん」
「いや、あんたって風水師だよな。
苦しいところすまないんだが風水師だったらきっと、この周辺のサーチを出来るはずだ。
頼む。今は昼だからいいが、多分夜になったらまずいことになると思う」
その言葉を聞いて、苦しげに伽藍さんは立ち上がった。
「分かりました……。やってみます!」
伽藍さんは手を合わせ、目を瞑る。
その周りを暖かな光が包む。
「はっ!」
伽藍さんは目を開くと、ぜぇぜぇと辛そうに息を吐きながら、言った。
「あっちです。ここから四時間ほど歩くと、小さな村があります……。行きましょう」
伽藍さんの指差す方向には何も見えないが、信じるしかないだろう。
こうして、俺たちの冒険は始まった。
相変わらず毎日更新できなくてごめんなさい。せっかくレビューを書いていただけたのに申し訳ないです。
この異世界編は様子を見つつもう少し続きます。