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休日は冒険の始まり(後)

 それからさらに一時間ほど捜索を続けるも、三谷は見つからなかった。

 こんなに白いだけの何も無い街に隠れる場所なんてあるのだろうか?

 探せば探すほど疑問になっていく。

 もしかしたら、俺は重要な見逃しをしているんじゃないか。

 嫌な予感が一歩ずつ迫ってくる。

 白い街を壁に沿って無気力に歩いていると、前方から歩いてくる影があった。


「あ……っ」


 曲がり角の向こうから現われたのは後輩だった。

 後輩は俺に駆け寄ってくる。


「先輩、見つかりました?」

「いや、見つかってない……。お前こそどうなんだ?」

「わたしもさっぱりです。はぁ……」

「しかし、こうして二人とも同じところを探していたってことは、この辺りが一通り探し終わったってことなんだろうな」

「そうですねぇ——」


 お互いに顔を見合わせる。

 二人とも、まさかここまで見つからないとは思っていなかったのだ。

 特に後輩は、最初の方はあまり真剣に探していなかったようだからなおさらだろう。

 神妙な顔付きで、後輩は考えを語る。


「こうも白いところに、隠れる場所なんて一体どこにあるんでしょう。

 まさか、ものすごく肌が白い人だとか?」

「それは考えなかったわけじゃないが、いくらなんでも非現実的すぎるだろう」

「ですよね……。死人じゃないんですから。

 じゃあ、こういうのはどうですか?

 こう、透明マント! みたいなのをその——三谷という男が使っているとか……。

 天界にそういう不思議アイテムはないんですか?」

「天界だし無いとは言い切れないが……。

 しかし、どうしてそんなものを今日の今日に逃げ出した男が持ってるんだよ」

「あっ。それもそうですね」


 話しながら、俺たちは伽藍さんと出会ったあの大通りへと歩いていた。

 一度戻って、見落しが無いか確認しようと思ったのだ。

 大通りの中央に立つと(車は来ないので特に問題はない)、後輩は街のところどころへ指を差す。


「あっちの方から、あの辺りまでは大体探したと思います」

「俺はあそこからこの辺までだな」


 俺と後輩はそれぞれ、左右反対の場所を指差した。

 俺は身体を回転させて、別の方に顔を向ける。


「で、あの辺りを伽藍さんが探してるはずなんだよな」

「確か、そうだったと思います。

 でも、何も連絡が無いってことは何も見つかってないってことなんでしょうね」


 後輩の言葉を聞きながす。

 俺は小さく口を動かして、ディスプレイを呼び出した。

 空中にぽわんと光るディスプレイが表示される。


「——或いは、連絡が取れないかのどちらかだな」

「それって……」


 後輩が息を呑む。

 そんなに悠長な場合ではないのだ。


「先輩っ、そのディスプレイで何をするんですか?」

「こちらから伽藍さんに連絡してみようと思ったんだ」

「——このディスプレイってそんなこともできるんですか?」

「一応、ケータイみたいなもんだからな」

「あー、なるほど。確かに、タッチで操作するし、似てるかもしれませんね」


 自分の感覚で言えばケータイというのは折り畳み式のものを思い浮かべるのだが、どうやら彼女にとってはそうではないらしい。

 電話帳的なインターフェイスの知り合い一覧を開いて、伽藍という名前を探す。

 知り合った人は自動で登録されていくので便利だ。


 ——便利というか、少し危ういと思うこともあるが、そこは天界お得意の性善説アプローチなのだろう。


 伽藍という名前をタッチして、表示されたメニューから通話を選択する。

 相手はすぐに応答した。

 俺と後輩は揃って胸を撫で下ろす。


『伽藍です! もしかして、見つかりましたか!?』

『いや、残念ながら……。まだ発見できてないです』

『そうですか……』

『そっちはどうなんだ、って訊こうと思ってたんだけど、その様子だと——』

『はい、わたしの方も、さっぱりです……』

『だよなぁ……』


 良かったという気持ちも一転、お互いに落胆した。


『何だか、面倒なことに付き合わせてしまって申し訳ありません』

『いや、こちらこそ。力になれなくてすまなかった』


 俺のその言葉が聞こえていないのか、伽藍さんは何度も繰り返し謝った。

 こんなにも謝られると、逆にこちらが悪いことをしているような気がしてくる。

 いたたまれなくなって、俺はついに口を開いた。


『そんなに謝らないでくれよ……。こっちだって、善意でやってることなんだしさ』

『そ、そうですね。ごめんなさいっ!』


 と、また謝る。

 それを指摘してやろうと思ったのだが、ここからさらに言葉が続いた。


『な、なので、ここからは私一人でやらせていただきます……。ありがとうございました!』

『お、おいっ。それで大丈夫なのか?』


 伽藍さんはそう言うと、一方的に通話を切ってしまった。

 ディスプレイが元の電話帳の画面に戻る。


「切れちゃいましたね」


 後輩が俺の肩を叩いた。


「伽藍さん、大丈夫なんでしょうか」

「正直、かなり心配だな」


 俺はもう一度通話を試みる。


「あれ、つながらない……」


 俺は何度もそれを繰り返したが、ついに一度も通話はつながらなかった。

 ディスプレイを手で叩くが、当然のように宙をすり抜けてしまう。

 俺はディスプレイを消して、虚ろになった空間を見つめた。


「あまりに必死になって探してるせいで気付いてないとか、そんな感じでしょうか」

「ありえる可能性だな」


 慌てたばかりに周りが見えなくなるのはよくあることだ。

 しかしそれだと、ますます不安になってくる。


「どうしたものか……」

「一番てっとり早いのは、二人で手分けして、その逃げ出した男と一緒に伽藍さんも捜索することでしょうね」

「だけど、逃げ出した人を探すのも難しいが、それを探している人を見つけるのも同じくらい面倒だぞ」

「そうなんですよね……。どうしたらいいんでしょう」


 ——このまま伽藍さんの報告を待つという手も無いわけではないが……。


 そうとも思ったが、口にはしなかった。

 二人揃って途方に暮れる。

 雲一つない青い空も、そろそろ夕焼け色に暮れようとしていた。

 いつの間にそんな時間になったのだろう。

 休日だというのに、まったく休めた気がしない。

 そんな物憂げな気持ちの中、後輩が俺の前に踊り出て、突然言った。


「先輩っ! やっぱり探しに行きましょう。このままじゃどうも気持ちが落ち着きません」


 後輩のその心変わりとも取れる発言に呆れつつも、笑顔になった。


 ——どうしてお前がそんな調子なんだよ。


 最初は嫌がっていたくせに、とからかいたい気持ちをぐっと堪え、俺は後輩の手を取った。


「よし、それじゃ行くか」


 俺も後輩と同じように前に出る。

 二人でもう一度、今度は伽藍も含めて捜索を始める。


- - -


 と言っても、二人でもう一度同じように探しても仕方がない。

 俺たちはひとまず、男よりも伽藍を先に見付けることを優先することにした。

 そこで、後輩は伽藍が捜索へと向かった方を中心に、俺は逆に、違うところへと移動したことを期待して、街から離れる正反対の方向を探すことにした。

 後輩と別れて、街から遠ざかる通りを観察する。

 こちらは、街の通りとは違ってかなりひっそりとしていた。

 それに、開けた道で両脇には何も無いので、探すこと自体は楽だ。

 そんな道をひたすら進んでいく。

 両脇にはただひたすらに真っ白な平原が広がっていた。

 街の中には人がいたり、その他飾り付けがいくつかあったりするから視界が白一色になることは稀なのだが、ここの場合本当に白だけだ。

 単色の部屋に閉じ込められると発狂するという話を聞いたことがあるが、これはかなりそれに近いのかもしれない。

 そんなことを考えながら歩き続けると、俺はいつの間にか異世界製造局の前まで戻ってきていた。


「まぁ、そうなるよな……」


 白の平原に隠れらるようなところはない。

 注意深く確かめてみたが、それは変わらなかった。

 となると、異世界製造局より向こう側まで伽藍や逃げ出した男は進んで行ったのだろうか。

 それもあまり無さそうに思える。というのも、異世界製造局の裏にあるのも同じく真っ白な平原だからだ。

 恐らく、異世界製造局は天界のかなり僻地にある建物なのだ。


 ——こっちに来たのは失敗だったか。


 俺が引き返そうとすると、誰かに呼び止められた。

 マサキだった。


「どうしたんだ、マサキ?」

「お前、今日休みだったんだよな」

「あぁ、そうだけど」

「いや、俺の勘違いだと思うんだが——。お前の作業部屋から何か物音がしたような気がしてな」

「物音?」


 俺はもうほとんど街の方へと足を向けていたのだが、その言葉を聞いて足を置き直した。

 ぱっとマサキの方に向き直る。


「お前はこうして出掛けてたんだから、俺の気のせいだと思うぞ」

「そんなことは無いかもしれない。ちょっと確認してくる」


 異世界製造局へと入って、自分の作業部屋を目指した。

 もう何度も通った道なので、迷うことはない。

 勢いよくドアを開く。

 作業部屋の中には、部屋を出る前に消したことを確認しているはずのスクリーンが出現していた。

 そこに表示されている内容を見て、俺は驚愕する。


「おいおい……。マジかよ」


 後ろから、追ってきたマサキが部屋に入ってくる。


「どうしたんだよっ……。って、何だこれ。『異世界生成完了』——? お前、異世界生成プログラムを動かして出かけてたのか?」

「違う。そうじゃない……」


 俺は拳を固く握りしめる。


「誰かがここに来て、異世界生成プログラムを動かしたんだ」


 そして、それは恐らく、伽藍の探していた男なのだろう。

 どうりで見つからないわけだ。俺は近くの壁に拳をぶつけた。

 マサキが驚いて飛び退く。

 そのとき、後輩から連絡が来た。

 それは幸運にも、伽藍を見つけたという報告だった。


- - -


 後輩と伽藍はここまでやって来るという。

 俺は二人を待っている間、マサキに事情を説明することにした。


「なるほどな——」


 終始、マサキの表情は真剣だった。

 事の深刻さを理解しているのだろう。


「まさかそんなことになるなんてな」

「本当に。せっかくの休日だと思ったのにこんなことになるとは」

「ご愁傷さま、だな」


 マサキは床に座ったまま、スクリーンを見上げていた。

 スクリーンは『異世界生成完了』の文字列が表示されたままにしてある。

 証拠はなるべく残しておくべきだと思ったのだ。


「にしても、そいつは異世界を作ったあとはどこに行ったんだ?」

「これは予想だが、生成した異世界に自分で入っていったんじゃないかと思う」

「はぁ? どうしてそんなことを」

「異世界に転生したかったらしいぜ、そいつ」

「なるほどな……。はぁ」


 マサキは呆れかえっていた。


「これさ、どっちの責任になるんだろうな?」

「どっち?」

「天界の審査局の連中——つまり、その伽藍って娘の責任か、俺たち異世界製造局の責任か」

「半々ってところじゃないか。逃がしたのは伽藍だけど、異世界に転生させてしまったのは俺たちなわけだし」

「だよなぁ……。余計な説教を喰らうのはごめんだぜ」

「俺だって嫌だよ」


 そもそも、説教で済めばいい方だろう。

 俺や後輩や伽藍は、天界初の不祥事になるかもしれない、と伽藍さんは言っていた。

 そんなことで名を残したくはないものだ。

 俺たちがそんな責任の押し付け合いみたいな会話をぐだぐだと続けていると、部屋に後輩が入ってきた。


「先輩、三谷を見つけたかもしれないってどういうことですか!?」

「そのままの意味だよ。見ろ」


 俺は後輩に、後ろにあるスクリーンの様子を見せる。


「これ、どういうことですか?」


 後輩は困惑する。


「恐らくだが、三谷が異世界生成プログラムを動かして異世界を作り出して、その世界に転移したんじゃないかと思う」

「異世界に転移? このプログラムでそんなことできるんですか?」


 後輩に訊かれたので、俺はさっとプログラムを操作してみせる。

 メニューから『異世界転移』を開いた。


「一応、そういう機能もあることにはある。俺の場合は滅多に使わないがな」

「へぇ。色んな機能があるんですね——」


 と感心してみせたのも束の間、


「って、異世界に転移? どうするんですか、それ!」

「俺たちも追うしかないんじゃないか……。まだ、異世界に行ったという確証は無いが」


 俺は目を逸らしつつ言う。

 後輩もしょんぼりしていると、その背中から誰か入ってきた。

 伽藍さんだった。


「見つかったかもしれない、というのはぬか喜びでしたか……」

「それは……、すまない」


 もっと正確に事を伝えるべきだった、と反省している。

 しかし、あのときの状況では俺自身慌てていたので、上手く説明できた保証はないだろう。

 伽藍さんはスクリーンの前に立つと、腕を広げる。


「神様見習いの力を使って、この部屋の過去の出来事を見てみます。

 そうすればここに三谷が来たかはっきりします。

 異世界へ追うのはそれからでも遅くないでしょう」


 俺は伽藍の言葉を聞いて、素直に驚愕した。


「神様見習いってそんなこともできるのか?」

「正確には、神様の能力ですね」


 そうだったのか。

 カイトがそんなことをやっているところは見たことが無かった。

 マサキも驚いているから、あまり人前——文字通り、人間の前という意味だ——で使う能力ではないのだろう。

 伽藍が手をゆっくりと閉じていく。同時に目も瞑る。

 すると、伽藍の目の前に、俺たちのものよりも大きめな見たことの無い輝きのディスプレイが出現した。

 そのディスプレイを、彼女は目を閉じたまま操作していく。

 まるで見えているかのように、そこにそのボタンがあることを確信しながら手を動かしていく。

 少し神秘的な光景だった。


「——どうか、この部屋の過去を教えてくださいっ!」


 ——誰に向けての願いなのだろうか。


 もしかしたら神様の中にも序列があって、その上位の神様への願いなのかもしれない。

 伽藍さんがそう叫ぶと、ディスプレイの中に監視カメラで録画したようなこの部屋の映像が出力された。

 画面には誰もいない作業部屋。

 しばし、静かな空間が映し続けられる。


「あっ!」


 後輩が声を上げた。


「誰か入ってきますよ!」


 不意に部屋のドアが開き、そこからやけに黒いじとっとした髪の男が入ってきた。

 男の目はどこか虚ろで、漠然とここにやって来たような印象があった。


『ここ異世界製造局ってあったから、異世界が作れるんだよな……?』


 男は部屋の中央で立ち止まると、天上を見上げて呟く。


『作れるんだよな?』


 それはささやかながら、恐しいほどの怒気を纏った一言だった。


「間違いありません! この声は三谷です!」


 伽藍さんが目を開く。

 同時に、男の言葉に反応してスクリーンが現れた。


『な、何だ。これ……。

 異世界生成プログラム……なるほどな。

 使い方は分からないが——』


 男の視線は生成スクリーンの下方に集中する。


『要は、このボタンを押せばいいんだろう?』


 吸い込まれるように男の手はそこへと伸びていく。

 男が『生成』ボタンを押すまでに数秒とかからなかった。

 スクリーンに『異世界生成中』と表示される。


「これ以上は見るだけ無駄でしょう」


 伽藍さんはディスプレイを消して、俺たち一人ひとりの目に合図する。


「行きましょう。三谷の作った世界に。——そして、連れ戻します」

「お、おー! って、先輩もマサキさんもどうしてそう無反応なんですか!」


 高らかに宣言する伽藍さんにすぐに続いたのは残念ながら後輩だけだった。

 俺とマサキは顔を見合わせる。


「荒事はそんなに好きじゃないからな……。

 なぁマサキ、これから暇か?」


 俺は内心、暇だと言ってくれと願っていた。


「仕方ないな……。乗りかかった舟だ。泥舟かもしれないけれど——」


 さすがマサキ。話が分かる奴でよかった。


「それじゃ、行くか……。俺たちも、異世界に」


 俺はさりげなくタイムカードを切って、そう呟いた。

 クリエイターには常に責任が伴うものだ。

 自分が設定したパラメーターの異世界で暴走する輩を止めるのも、その責任のうちだろう。

 そんな言い訳を用意しながら。

どうにか月曜日は更新できました。明日も更新できるようがんばりたいです。それと、時間に余裕があれば用語の統一とか各話タイトルに話数を付けたりとかもやりたいです。

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