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乙女心と白い街

三日間更新できなくてごめんなさい。昨日は体調不良でした。土日は忙しいので更新できそうにないので、それはどこかに注記しておきます。よろしくお願いします。

 天界がいつも晴れなのは、そこが雲よりも遥かに高い場所にあるからなのだろうか。

 空を向くと雲が一つもないことから、その推測は確からしいことが想像できる。

 しかしそれでも空は太陽が照らし、月が輝き、星が瞬くのだ。

 これは一体どういうことなのだろうか。

 天界が太陽や月の下にあるとは考えにくい。だから、あれは実際にあるというよりも抽象的な概念なのではないかと考えていた。

 道の脇のベンチに後輩と座りながら、そんな話をしていた。


「先輩って、結構ロマンチストなんですね」

「そうか?」


 俺は自分なりに状況を分析してみていただけのつもりだった。

 それをロマンチストと言われると、何だかむず痒い。


「真面目に考えてるように見えて概念とか抽象的なものとか、そういうものに縋ってしまう姿勢がロマンチストなんです」

「そんなこと言ったら大半の科学者がロマンチストになってしまうぞ」

「そうなんですよ。みんなロマンチストなんです」


 後輩はふと立ち上がると、手を庇にして目を覆って太陽を見た。

 光を直視しないように気を付けてはいるのだろうが、それでも眩しそうに目を細める。


「でも、確かに不思議ですよね。どうして天界なのに太陽があるんでしょう」

「分からないことだらけだよ、考えてみれば。そもそも、どうして俺たちは天界でわざわざ、せっせと異世界を作ってるんだか」

「それもそうですね。不思議です」


 太陽を直視しすぎたのか、後輩は今度は急にその場にしゃがみ込んだ。

 ゆっくりと顔を上げ、俺の顔を上目遣いで見る。


「不思議といえば、あのカイト、とかいう神様も変な人でしたね」

「あいつの性格は昔からああだけどな」

「まあでも、あの人——人なのかな……? のおかげで今日という休日を得ることができたわけですし」


 そう、今日は久し振りの休日だった。

 一昨日のことだ。カイトの無茶振りに付き合わされて残業を強いられたのだが、昨日の夜になって、埋め合わせだとか言って今日を休日にしたのだ。

 神様の権限とは一体なんなのだろうか。

 人の行動を思い付きで左右しないで欲しいと切実に願う。

 しかし、与えられた休日は素直に休んでおくのが全うな判断だろう。

 俺も後輩もワーカーホリックではないのだから。

 そんなわけで、今日は作業部屋を出て、後輩と二人で天界の街へと赴いていた。


「それにしても、白い街ですね。真っ白な街です。遠目に見ながら白いところだな、と思っていたのですけど、実際に来てみて、道路まで白くてびっくりしました」


 天界のイメージカラーは、どうも白ということらしい。

 なので、天界の街はどこもかしこも白い色で統一されていた。


「スペインにも真っ白な街があると聞いたことがあるが、どっちの方が白いんだろうな」

「知ってますよ、それ。アンダルシア州でしたっけ。昔テレビで見たことがあります」

「へぇ。どんなんだった?」

「真っ白で、綺麗な街だったな、ってことくらいしか覚えてませんね。

 でも、多分こっちの方が白いんじゃないかと思います。

 アンダルシアの白さは石灰の白さですけど、天界の白さは何だか、雪みたいな、雲みたいな感じがしますから」

「なるほど」


 後輩は俺の前でしゃがんだまま、辺りの景色を見回していた。

 石灰というと、チョークとか校庭の白線のような白さなのだろう。

 もう遠い昔のように思える学生時代のことを、俺はほんの少し思い出した。


「そういえばお前って、何歳なんだ?」

「『年齢はそんなに重要じゃない』って前に言ってたのは先輩じゃないですか」

「それもそうなんだが……。でも、まさか忘れたわけじゃないだろう。自分の、元々の年齢を」

「もちろん忘れてませんよ。——けど先輩、乙女に年齢を訊くってことは、それ相応の覚悟はできてるんですよね?」


 後輩はもぞもぞと俺の目の前まで迫ってくる。

 俺の膝の上に手を置いて、顔の前に飛び出てきた。


「覚悟って、何だよ」


 俺は後輩から逃れようと周囲に視線を泳がせる。


「『えー、この人こんな見た目なのにこんな年齢なんだ』とか見た目と年齢を安易に結び付けたり『思ってたより若かった』とか『年上だった』とか期待を押し付けたりしない覚悟です」

「言うかよ」


 別にそんな、やましいことを考えて訊ねたわけではない。


「あともう一つ。目を逸らさずに聞いてくれる覚悟もしてください」

「分かったよ……」


 どうしてこんなことになったのかよく分からないが、俺は顔を付き出した後輩と向き合う形になっていた。


「わたしの年齢は、21歳です。——21歳でした」

「へぇ。21歳か……」


『若いんだな』と続けそうになったが、後輩にさっき忠告されたことを思い出して、慌てて口を閉じた。

 しかし、それでも、自分と10歳以上離れているというのは意外だった。

 俺がそんな感想を口にしていいものかと悩んでいると、なぜか後輩は唇を尖らせている。


「わたしが言ったんですから、先輩の年齢も教えてくださいよ」

「別にいいけど……」


 どうして後輩は俺の年齢を知りたがるのだろうか。

 少し疑問だったが、俺が後輩の年齢を訊ねたのも大した理由があったわけではないので、お互い様かもしれない。


「34歳だったよ、俺は」

「思ったよりもおっさんだったんですね、先輩」


 後輩はすぐにそんな感想を言葉に出す。


「おま……っ」


 開いた口が塞がらない。

 人にはあれだけ散々釘を刺しておいて、自分はそうも気軽に言ってしまうのかよ。


「後輩よ。俺だっておっさんとか言われたら多少なりとも傷付くんだぞ」

「あぁ、そうですね。ごめんなさい」


 しかし、後輩はあっけらかんとしているのだった。


 ——気にしないことにしよう。


 他人からおっさんと言われるのは、そこそこ——いや、かなり精神に堪えるものがあるのだが、後輩の前でそんな感情を吐露するわけにもいかなかった。

 そもそも、そんな気持ちになった原因が後輩自身にあるわけだし。

 視線を少し下に向けるとその後輩がいる。

 後輩のほっぺたを俺は凝視した。


「ちょ……。せっ、先輩、どこ見てるんですか!」


 俺の視線に気付いたのか、後輩はたじろいだ。

 それが面白かったので、俺はもっと困らせてやろうと後輩のほっぺたに手を伸ばす。


 ぷにっ。


 ——おっ。結構柔らかいぞ。


 妙にツボにはまる感触だった。

 俺は執拗に何度もつんつんと繰り返す。


「せ、せんひゃい……っ。にゃにするんですか……っ! ちょ……、だ、だめっ。や、やめて……っ!」


 なぜか後輩は猫言葉になっていた。

 不覚にも、後輩のことをかわいい、と思っていた。

 後輩は身を捻って抵抗を試みるが、俺の腕回りの方がよっぽど広かった。


「人のことをおっさんなんて言うからだぞっ!」

「そ、そういう言動がおっさんっぽいんれすよ……っ!」

「悪かったな、おっさんで」


 なんだかとても満足したので、後輩をつんつん責めから解放した。


「ふはぁ——っ。なっ、なにするんですか、先輩っ!」


 瞬時に後輩は俺から離れると、指を差して怒りを現わにした。


「先輩のえっちっ、ヘンタイっ。セクハラで訴えますよ!」


 最後のそれを除けば小学生のような怒り方だった。


「セクハラって……。そもそも、どこに訴えるんだよ」

「天界の労基に、ですっ!」


 残念ながら天界に労働基準監督署はない。

 もし存在したら時間外労働の多すぎる異世界製造局を訴えてるところなんだけどな。


「はぁ……。もういいです、先輩。ここからは別れて行動しましょう」


 後輩はそういうと、足早に白い街の中に消えていってしまう。


 ——流石にからかいすぎただろうか。


 俺もベンチから立ち上がり、後輩の跡を追った。

 後輩の運動能力はたかが知れているので、すぐに追い付いた。

 隣に並ぼうとするが、その度に後輩が足を早めるので、中々上手くいかない。


「先輩、やめてください」

「ごめん、悪かったって思ってる」

「あー、聞こえません。わたしの耳は、心がこもってない言葉は届かない仕様なんです」

「すまないっ。悪かったこの通りだ」


 俺は早足で歩きながら、後輩の横で手を合わせた。

 しかし、後輩はこっちを向いてくれようとすらしない。

 それどころか——。


「しつこいですよ。警察呼びます。おまわりさーん!」


 後輩が手を振って周囲の人の視線を集めようとする。


「天界に警察はいないぞ」


 後輩の不毛な努力にすぐさま忠告を入れた。

 すると、後輩はむすっと頬を膨らませてこちらを向く。


「労基もないし警察もいないなんて、天界には治安は一体どうなってるんですか!」

「神様がいるからな……」

「でも、ここの神様はこういうとき助けてくれるわけじゃないじゃないですか。

 あーもうっ、どうして警察がいないんでしょう!」


 後輩が喚く。

 周囲の視線が俺たち中心に集まっていた。視線が痛い。

 そんなとき、思わぬところから声が上がる。


「本当に、警察がいればいいんですけど……」


 集まった視線の中の一つから、そんな言葉が聞こえてきたのだ。

 深刻さをまとった声の質感に、俺と後輩は顔を見合わせる。

 俺が半ば無意識的に声の主を探していると、後輩は隣で溜め息を吐いた。


「お人好し」


 ジト目で見上げて、そんなことを言う。

 声の主はそれからすぐに見つかった。女性だった。

 女性は道の脇の影で泣きそうな顔で俯いていたので、目立ちはしないがすぐにその人だと分かった。


「どうしたんですか?」


 俺が問い掛けると、女性はこちらを向いて、一度目を服の裾で拭った。


「ど、どなたですか……?」

「異世界製造局の者です。——と言っても今日は休日で、仕事は何も関係ないんですけどね」

「異世界製造局の——。警察ではないんですね」

「はい、残念ながら。あの、こんなこと訊いていいのか分からないのですが、どうして警察が必要なんですか?」


 女性は俺の疑問に答えることに躊躇いを見せたが、すぐに諦めて首を横に振った。


「人を探してるんです。わたし、こんなんじゃ神様見習い失格です——。うぅっ……ぐずん……」


 と言うと、女性は泣き出してしまった。

 俺は隣にいるはずの後輩に助けを求めるが、後輩の方は「先輩が泣かせたんですから自分で責任を取ってください」とでも言うような厳しい視線を向けていた。

 機嫌を取り戻したような気がしていたが、そんなことは無かったらしい。


 ——弱ったな。


 目の前で泣き出されると反応に困る。

 一体この女性に何があったのだろうか。

 俺は必死に言葉を捻り出す。


「人探しをしてるんですよね? 俺たちも手伝いますから、一旦、泣き止んでください」

「本当、ですか……?」


 女性がもう一度こちらを向いた。


「天界で嘘なんて吐いたらロクなことになりませんから」


 それに、目の前にいる女性は推察するに神様見習いであるようだから、尚更だ。

 女性は俺のことを信用したのか、ハンカチを取り出して顔に流れた涙を拭い、俺の目を見た。


「確かに、それもそうですね。ありがとうございます。手伝ってくださるんですよね?」


 女性はこのとき、ようやく微笑んだ。

 しかし、俺たちはまだ気付いていなかった。

 この出会いが、俺たちの休日出勤の引き金となったことを。

というわけでまたこの話は続きます。今回は少し短かくなってしまったので、次回は今までと同じくらいの分量になるように気を付けます。

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