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お客様は神様です(後)

「何、やってもらいことはいつもと変わらないさ」


 カイトはいかにも愉快そうに言った。


「君たちに新しい異世界を作ってもらいたい」

「具体的な内容は?」

「ここに書いてある」


 と、カイトが手を伸ばし宙を指差す。

 すると、そこに一枚のテキストファイルが現れた。

 俺はそれを中身を確かめずに、部屋の端に移動させた。

 会話の邪魔だと思ったのだ。


「中身を見なくていいのかい?」

「どうせあとで見ることになるんだ。別に構わないさ」

「そう」


 スーツの襟を気にしながら、カイトは伸ばした腕を引っ込める。

 いつも着ているのだが、こいつの白いスーツは似合っているんだかないんだかよく分からない。

 後輩は俺の隣で縮こまっている。

 慣れない事態にどうすればいいか戸惑っているのだろう。


「それでカイト、一つ訊いてもいいか?」

「なんだい」

「どうして、わざわざ俺達のところまでやって来た? 普通に依頼したいだけなら事務局を通せば十分だろ」

「それはいい指摘だ」


 カイトは後ろを向いて、こちらを見ずに続ける。


「死んだ人間を裁いていくときに優先度というのがあってね、これの高い者から死後どうするのかを選定することになってる。

 しかし、不具合があったらしく、優先度の高くなる予定だった人物が死亡する時間がずれて、少し早くなってしまった。

 そのため先に優先して裁いていたんだが、当然その人に対応している間も別の死者が列に並んでくる。一つの遅れが、後にどんどんと重なっていく。

 これはまずいので、どこかで流れを断ち切らなければいけない。

 そこで君たちを頼ることにした、というわけさ」


 話の内容を理解すると、俺は掌を拳にする。

 無意識のうちに、力が入っていた。


「要するに、そっちの尻拭いをさせられるってわけだな」


 カイトは再びこちらを向く。


「そういうことになるね」

「そんなっ!」


 後輩が口を開けて何か言おうとするが、俺はそれを無理矢理に塞ぎ込めた。


「さっき確認したけど、もう一度訊いておこうか。——どうか頼まれてくれないか?」


 もがもがと口を動かし続ける後輩。

 俺はそんな後輩を無視して答える。


「言っただろう。断わったって押し付けられるんだから、抵抗するだけ無駄だと俺は思ってるよ」

「賢明な判断だ」


 こいつとの付き合いはそんなに短かくない。散々苦労させられたものだ。

 だから、何が可能で何が不可能なのかも嫌というほどよく分かっていた。

 ここは堪えるときだ。

 後輩は犬歯を剥き出しにして敵意を見せつけていたが、その程度の脅しではカイトには無意味だろう。

 実際、カイトは困ったような微笑みを後輩の視線へと向けているように見えた。


「それじゃ、そろそろお暇させてもらうよ。そこの後輩ちゃんも何だか怖いしね」

「ふーっ! しゃーっ!」


 わざわざ応戦しなくてもいいだろうに。

 犬のような威嚇を続ける後輩に、俺は苦笑いする。


「あぁ、期限だが、四時間後に頼む。朗報を期待している」


 そう言うと、カイトはこの部屋から出ていった。

 扉が閉まると、階段を降りていく音が微かに聞こえる。

 そこでようやく、俺は後輩の拘束を解いた。


「——っ。何するんですか、先輩っ!」


 後輩は俺から解放されると、すぐに正面に向き直り、俺の顔の前に指を立てた。


「どうしてあんな時代錯誤のヤクザみたいなやつの言うことに従うんですか!」

「仕方ないだろ。それがこの仕事だからだよ」

「この仕事だからって——! 一度無茶を聞くのはいいです。

 けど、それが毎日のように続くようになってしまったらどうするんですか!」


 後輩の感情的だが、その意見は比較的まともだ。

 それなので、どうやって答えまでに少し躊躇いが生じた。

 俺は自分の靴を見ながら言う。


「ここのお客様はな、神様なんだよ。分かるか?」

「どういう意味ですか? 考えられる意味が多すぎます」

「ひどく直接的な意味だよ。あいつは神様だ、文字通りな。

 それなら、意味もなく怒らせない方がいい。障らぬ神に祟りなしって言うだろ」

「理屈としては分かります。けど——っ」

「さっき言ってた懸念だろ」


 俺は顔を上げて、後輩の瞳を見る。

 さすがに、俯いたまま言うのは申し訳ないような気がした。


「それなら問題ない、と思う。カイトはお前が思ってるよりもまともな方の神様だ。一度無茶な要求をしたら、少なくとも一度はこちら側の無茶を聞いてくれる。そういう奴だ。だから、安心してほしい」

「分かりました……」


 後輩は、カイトが部屋に居たときから握り締め続けいた拳の力をようやく抜いた。


「先輩の言うことを信用します」


 後輩はそう言うと、急に緩んだ反動からか、その場にぺたりと座り込む。

 そのまま、力無く俯く。

 俺は咄嗟に手を伸ばしていた。


「大丈夫か?」

「大丈夫です……。一人で立てますっ!」


 後輩は俺の手を振り払い、本当に一人で立ち上がってみせた。


「本当に大丈夫なのか? 疲れてるなら先に帰ってもいいんだぞ。別に、俺一人でも仕事ができないわけじゃないんだし」

「もしかして……、わたしがいると迷惑なんですか?」

「そんなことは無い。ただ……、俺はお前のことが心配だっただけで——」


 後輩は不安そうな顔を浮かべていたが、俺の言葉を聞くといつも通りの笑顔に戻った。

 細く綺麗な指が俺の額にそっと触れる。後輩の顔が目前に迫ってきていた。


「心配なら無用ですよ。先輩の力になれるなら、わたしは精一杯がんばりますから」

「お、おう」


 あまりに後輩の顔が近いので腰が引けてしまう。

 今度は俺が尻餅をつく番だった。


- - -


『レベル1の俺がレベル999のラスボスに挑む』


 カイトから渡されたテキストファイルを開いてみると、出てきたのはそんな一文だった。


「あのな……。一行しかないのかよ」

「うわ。本当に一行ですね。しかも、なんかタイトルみたいな内容で、概要にすらなってないです」


 俺は後輩にカイトのフォローを入れたのを、早くも後悔していた。


 ――どうしようもない神め……。


 カイトは期限を四時間後と言った。

 そして、異世界生成プログラムの動作にかかる時間は三時間ほどだ。

 ということは、パラメーターを設定している時間は一時間程度しかない。

 これは、普段に比べるとかなり少なかった。


「そうだな……。正直この内容から世界を作り出すのはしんどいぞ。時間も限られてるしな」

「困りましたね」


 テキストファイルを前にして唸り続けること十数分。

 時間が無いというときに限って、時間の流れが早くなる。

 気が付けば、異世界生成プログラムの実行が終了して、無事生成された新世界が出荷されていた。

 とりあえず俺は、次の異世界を作るためのセットアップをしていた。


「こうしてテキストを眺めてたって時間が遅くなるだけだし、作業を始めるぞ」

「は、はいっ!」


 後輩も隣について、サポートに回る。

 一通りの準備は終わって、デフォルトのパラメーターの適用された異世界生成プログラムが用意された。

 その横に、後輩はテキストファイルを開いて表示する。


「それで先輩、ここからどうするんですか?」

「どうするか……」


 渋い顔でディスプレイを見つめる。

 俺は溜め息を一つした。


「どうするも何も、やるしかないんだろうな」

「やるしかない?」

「詳細を想像して膨らませて、世界を作るってことだよ」

「でも、そんなことしていいんですか?」

「とは言っても、そもそも提供された情報がこれしかないんだからどうしようもないだろう」


 テキストファイルの中身——『レベル1の俺がレベル999のラスボスに挑む』をもう一度確認する。

 これはつまり、カイトからのそういう意志表示なのだろう。


「カイトは、あとはお前たちで勝手にやってくれってつもりでこのテキストファイルを投げつけたんだろうな。ふざけやがって」

「本当、ふざけてますね」


 後輩は、何かを思い出したのかこちらを向いた。


「そういえば先輩、一つ気になることがあるんですけど」

「何だ?」

「どうして、あのカイトって人はわざわざここに来たんですか? 別に頼むだけなら他の異世界クリエーターのところでもいいはずですよね」

「カイトにとってはここは多少、特別なところなんだろう」

「特別? どういうことですか」

「カイトが神様になったとき、最初にその仕事の下請けをしたのが俺だったんだよ。あいつとはそれ以来の付き合いだ」

「なるほど。そんな事情があったんですか」


 納得したように丸めた拳を打った。ぽん、という音が響く。

 その横で、俺はあの一行の文章の書かれたテキストファイルを閉じてしまう。


「どうして閉じるんですか?」

「内容はすでに嫌というほど見ただろう」

「まぁ、それもそうですね」


 後輩は目を細める。


「内容は覚えてるんですけど——でも結局どんなものにしたらいいんですかね」

「ベースはいつも通りの剣と魔法な世界でいいと思う。パラメーターを設定するのが楽だし」

「それもそうですね。その方向で行きましょう」


 二人で手分けして、剣と魔法の世界向きの設定をしていく。

 この手の設定は既に何度もやっていたので、もう慣れたものだ。

 その途中で、後輩が声を上げる。


「先輩、思ったんですけど、『荒廃度』とか『闇侵略度』は普段よりも高い方がいいんじゃないですか?」

「そうだな。ラスボスがレベル999になってるくらいだし。それでいいと思う」

「分かりました。じゃ、どれくらいの値がいいですかね。やっぱり100とか?」

「アホか。それは極端すぎる。そんなに極端にしたら主人公はともかく、他のその世界にいる人が生きていけなくなるだろ」

「そ、そうなんですか?」


 異世界生成プログラムのパラメーターは基本的に50がデフォルトで、最大が100、最低が0になっている。

 最大値や最低値を使うことは滅多になくて、大体はデフォルトのままか、高くて70、低くて30と言ったところだ。

 全て50にすると、一番暮らしやすい世界になるらしい。

 逆に言えば値を極端にすれば過酷な世界が出来上がるのだが、そんなに残酷なものが求められることはほぼほぼ無かった。


「それじゃ、90くらいにしておきます」


 後輩が報告する。

 それでも高すぎるくらいだと思ったが、説明するのも面倒なので放置することにした。

 どうにかなるだろう。今はともかく、この仕事を手早く終わらせることが問題だ。

 俺はいくつかのフラグにチェックを入れて、一歩下がって全ての項目を確認した。


 ——よし、設定項目はこれで良さそうだな。


 後輩も目視で確認していたらしい。俺たちは目を合わせた。

 ここまでに流れた時間は50分ほどだ。

 詳細設定に画面を切り替える。

 しかし、その内容を考えている余裕はほとんど無さそうだった。


「なぁ、『レベル999のラスボス』ってどんなやつだと思う?」

「うーん。分からないですけど、めちゃくちゃ強いんでしょうね」

「だろうな。とんでもなく強いだろう。だからレベル999なんだろうし」

「多分、ドラゴンとかそういう、伝説上の生きものなんだと思います」

「それもありそうだな。よし」


 後輩と話しながらアイディアを膨らませていく。

 そうしていくうちに、なんとかラスボスについてのイメージは固まってきた。

 これくらい詳しければ大丈夫だろう。


「次の疑問なんだが、どうやってレベル1の人間がラスボスに挑んでいくと思う?」

「レベル1の人は、伝説のアイテムを持ってるとか?」

「なるほど。それは悪くないな」

「けど、ある程度は頭脳プレーもしなきゃダメだと思います。

 あんまし道具に頼ってばっかりだと本当に強いのか疑わしいですからね」


 こうやって話していると、後輩の発想力の幅広さに感服する。

 俺一人ではこうもたくさんのアイディアを考え付くことはできないだろう。

 ざっくりとした印象を二、三個並べるのが関の山だ。


「あと、多分ですけど、ラスボスには何か弱点があるんだと思います。だから、レベル1でもそれを突けば倒せるんです」

「弱点……。弱点か。具体的には、どんな感じだ?」

「うーん。どんなだろう?」


 後輩の思考がここで一旦停止してしまう。

 そうなると、再度動き出すまで時間がかかることは知っていた。


「考え込まなくて大丈夫だ。それでいい」


 俺はテキストボックスの最後に『ラスボスには弱点がある』とだけ追記した。

 無いよりはある方がましだろう。そう思ったのだ。


「さて——」


 俺は時計を確認する。


「マジかよ……」

「先輩。これ、今から生成して間に合うんですか?」


 後輩が不安そうな目で俺の顔を見る。

 カイトがいなくなってから、既に70分経過してしまっていた。

 このままだと、10分ほど時間が足りなくなる可能性が高い。


「マズいな……」


 そう呟きながら、すでに手は動きはじめていた。

 自分のディスプレイを開き、マサキをコールする。

 すぐにマサキはそのコールに応じた。

 俺はマサキに、必死であることを頼み込む——。


- - -


 全てが終わったあと、マサキはパジャマ姿のまま俺達の作業部屋までやって来ていた。


「すまなかった。無茶なことを頼んで」

「わたしからも、ありがとうございます、マサキさん」


 二人で一斉に、マサキに向かって頭を下げる。


「いいってことよ。困ってるときはお互い様だろ」


 マサキはそうはにかんでみせた。

 スクリーンには『異世界生成中……』という相変らずの文字列が表示されている。

 しかし、その下の作業進捗率の進む速度が、普段よりも倍くらい早まっていた。


「にしても、異世界生成プログラムを二台に分散させて動作させることができるなんて知りませんでした」

「俺だって知らなかったぞ。異世界生成プログラムでそんなことができるなんて。一体どこで知ったんだ?」


 俺は二人と目を合わないようにしながら答えた。


「昔、佐祐理から聞いたんだよ」

「なるほどな」


 マサキだけが分かった顔をしていた。

 後輩は余計に疑問が広がったため、不満を募らせる。


「誰ですか、その佐祐理さんって」

「ただの知り合いだよ」

「ふーん。そうですかー」


 後輩はなぜかそっぽを向く。マサキはそれをにやにやと見ていた。

 そろそろ時刻が零時を回る。夜もすっかり深まっていた。早く布団に入って寝たいところだ。

 しかし、その前に言わなければいけないことがあるだろう。


「ありがとな」


 俺は後輩の頭を撫でた。


「お前がいてくれなきゃ、多分期限までに終わらせなれなかったと思う」

「な、なんですか先輩っ」


 そんなやり取りをしながら、作業部屋から出て、鍵を閉じる。

 今日の仕事は、これにて一件落着だ。

どうにか四話を投稿できました。遅れてごめんなさい。

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