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お客様は神様です(前)

 太陽の陽が傾きかけて、街が黄金色に染まっている。

 天界の街は全体的に白っぽいので、夕方になると本当に街がオレンジ色に埋もれてしまうのだ。

 それは俺自身も認める、天界の絶景の一つだった。


「はふぅ……。この景色を見ると、そろそろ一日が終わるなー、今日も仕事したなーって気持ちになりますね」


 カーテンを開いて外の景色を覗きながら、後輩がそんなことを口にしていた。

 美しい外の眺めにうっとりとしているらしい。


「ま、仕事自体は夜九時までは続くんだけどな」

「そういう現実に引き戻すこと言わないでくださいよ」

「仕方ないだろ。それが現実なんだから」

「うぅ……」


 後輩は名残り惜しそうにカーテンを閉めた。

 そして、部屋の管理パネルを開き、灯りを点ける。

 部屋の上部にある電灯がぱっと明かるくなった。


「ちょうどいい。こっちに来い」


 俺は電灯に明るさに少し目を眩ませながら、後輩のことを呼び寄せた。


「何ですか?」


 後輩が俺の隣に来る。


「設定してみたから、確認してくれ」


 と、異世界生成プログラムの設定画面を後輩に見せた。

 後輩はその画面をまじまじと覗き込み、変更のあるパラメーターのメモを取る。

 紙の上をシャーペンが走る音が心地良い。

 時折混じる消しゴムを擦る音も、ほぼ無音のこの部屋に独特のリズムを与えてくれる。

 彼女がなぜ紙にメモすることに拘るのか、ほんの少しだけ理解できるような気がした。


「ふぅ……。一通りメモを取り終わりました」

「おつかれ」

「それで一つ質問なんですけど、これって『異世界で調理師になって、魔物を喰らいつくすぜ』みたいな世界なんですよね?」

「そうだな。そういう注文だった」

「それなのに、どうして文明発展度がそこそこ高かったり、自然支配度が下がってたりするんですか? あんまり文明が発展しすぎてない方が食材になるようなモンスターは増えそうな気がするんですけど」

「それは少し考えたんだが、文明が下がりすぎると使える調理器具や調理方法が減って、食材が増えても作れる料理の種類が減ってしまうかもしれないと思ったんだ」

「あー、そっか。なるほど。なるほどです」


 感心したように、後輩は繰り返し画面を見る。

 後輩の洞察力の鋭さには毎度驚かされるばかりだ。

 俺がいい加減にパラメーターを設定すると、すぐにそれを見抜いてしまう。

 それなので、最近の仕事は気が抜けなかった。

 正直、俺なんかよりも後輩の方がよっぽど、異世界クリエーターに向いているとさえ思う。

 後輩の視線が、自然と画面の下の方を向いていた。


「チェックも済みましたし、この世界、生成しちゃってもいいですよね」

「あぁ。いいぞ」


 俺がそう言うと、後輩は画面へと向かって手を伸ばした。

 未だに、こいつは生成ボタンを押すのに実際に手を伸ばす必要があると信じているのだ。

 毎回見る度に笑いそうになるのを、必死に堪えている。

 本人はきっと真面目に、そうしなければいけないと思っているのだろう。


「とりゃー!」


 掛け声も相変らずだ。

 おかげで、この奇声を聞くと何だかやり遂げたような気がするようになってしまった。


『異世界生成中……』


 画面上にそのメッセージが表示されたのを見て、俺は安心する。

 後輩も同じように画面を眺めていた。


「一見落着、と。おつかれさん」

「先輩、おつかれさまです」


 俺はふと、カーテンの外を覗く。

 陽が落ちて、外はすでにもう真っ暗になっていた。


「じゃ、仕事も一段落したし、夕飯にでも行くか」

「それはいいですね」


 俺が作業部屋から出ると、後輩も続いた。

 二人で並んで、食堂へと向かう。


- - -


 食堂に着くと、俺はアジフライ定食を、後輩はナポリタンを注文し、それを受け取ると席へと進む。

 向かい合って、俺たちは座った。

 後輩はきょろきょろと辺りを見回している。


「人多いですね」

「そりゃ、夕飯時だからな」

「確かに……。あれ、でもちゃんと夕飯時にここに来れたのって初めてなんですけど……」

「それ以上は深く考えるな。食え」


 俺は後輩の持っていたフォークを口に突っ込ませた。


「もぐ……っ。ふ……ぐぐぐぐぅ——はぁっ!」


 俺が手を離したあとも、息苦しそうに後輩はもがいた。

 強引にナポリタンを飲み込んだらしい。


「先輩! 窒息するかと思いました!」

「大丈夫だ。窒息したくらいじゃ死なない」

「本当に、死ぬかと思ったんですからね!」


 後輩の言葉をいい加減に聞き流しながら、俺は目の前の定食を口に運んでいた。


「うまい。お前も食うか?」


 そう言って、後輩の方にアジフライを突きつける。


「要りません。わたし、魚は嫌いなんです」

「そうか……」


 大人しく引き下げて、代わりに自分の口へと運ぶ。


「というか、海とか川とか、水が嫌いです」

「へぇ。もしかして泳げないとか?」

「ち、違いますよ! 泳げます。ばりばり泳げますからね!」


 後輩は全力で否定した後、俺の顔を見ないようにしながらナポリタンを啜っていた。

 これは怪しいと思ったが、追求する気にもなれなかった。

 なんとも言えない、きまずい空気が流れる。

 しかし、そんな空気感を無視して陽気な声が近付いてきた。


「よう、久し振りじゃん。何してたんだ?」


 その声の主は、確認も取らずに俺の隣に座り、食堂のお盆を机に置いた。

 別に確認をされたからといって断るつもりもないのだが、その遠慮のなさには感動すら覚える。

 昔からこいつはこういう奴だ。

 こいつの名前はマサキという。

 俺や後輩と同じ異世界製造局の職員の一人だ。

 ここにやって来たタイミングが同じくらいで、いつの間にか親しくなっていた。

 人の隣に座り込むのが得意な奴なのだ。


「お前こそ久し振りだな」

「何言ってんだ? 俺は毎日、これくらいの時間にここに来てたぜ。お前だって普段ならそうだろうに」

「ちょっと仕事が忙しくてな……」

「忙しいって——。いや、もしかして……」


 何を思ったのか、マサキは隣の俺に向かって耳打ちする。


「そこにいるのが例の新人か?」

「そうだよ」

「なるほどなぁ。結構美人じゃん。いいなぁ」

「良かねぇよ……」


 すると、男二人でこそこそ話しているのを怪しく思ったのか、あるいはさっきの不機嫌がまだ尾を引いているのか、後輩は三白眼で俺達を睨み付けていた。


「先輩、その人はどなたですか?」


 俺は隣に迫っていたマサキを引き剥し、後輩へと向き直る。


「こいつはマサキって言って——」

「俺はマサキ。こいつの同僚だ」


 マサキが俺の言葉を強引に遮って、自己紹介を始めてしまった。

 別に構わないのだが、もう少し節度を持ってほしい気がする。


「一応、こいつと同じく異世界クリエーターをやってる。よろしくな!」

「は、はぁ……。わたしは芹沢かたりと言います、よろしくお願いします」

「かたりちゃんか……、へぇ。かたりちゃんってさ、こいつの下で異世界クリエーター見習いをやってるんだよね」

「はい。そうですよ」

「ぶっちゃけさ、こいつってどうよ?」


 おいおい、と俺は突っ込みを入れそうになる。

 本人がいる前でその質問はぶっちゃけすぎだろう、と。

 しかしマサキ自身はまんざらでもない様子でそんなことを訊いているのだった。

 やっぱりコイツはアホだ。


「どう、ですか……」


 後輩も返答に困っているようだった。

 俺の目を何度かちらちらと確認してくる。


 ——いいさ。言いたいように言えよ。


 と、俺は後輩から目を逸らした。


「先輩は、すごくいい人です。

 異世界を作るのもすごく上手で、わたしには思い付かないようなアイディアをいくつも持っていますし、経験もあります。

 わたしは、すごく……すごくこの先輩を尊敬してるつもりです」


 後輩は一息に、そんなことを言い切った。

 その答えを受けて、マサキは頭を掻いている。


「お前、結構慕われてるんだな!」


 結局どうすればいいのか分からなくなったのか、隣にいる俺をどつき始めた。


「いやぁ、お前が適当なことやってかたりちゃんを困らせてるなら奪ってやるぞって思ってたんだが、そうはいかなそうだ」

「お前、そんなこと考えてたのかよ」


 後輩は不貞腐れたようにナポリタンを啜っていた。

 ナポリタンを飲み込むと、マサキの方を向き、


「マサキさん、人を物みたいに扱わないでください」


 と、そう言い放つのだった。

 マサキは俺と顔を見合わせる。


「え、ちょっと待って。どうして俺が悪者みたいになってるの?」

「自業自得だろ、完全に」

「そうですよ!」


 少し可哀そうになってきたが、しゅんとするマサキの顔を見ているのも面白かった。


- - -


 再び作業部屋に戻る。


『異世界生成中……』


 進捗度はまだ30%くらいだ。まだまだ時間がかかるだろう。

 後輩もその表示を見上げていた。


「毎度のことですけど、この間は暇になりますね」

「まあな」

「このプログラムの処理が重いせいで、他の作業もできなくなるし」

「仕方ないだろう。新しい世界を生成してるんだぞ」

「それは分かりますけど……」

「昔は神様が一人で、一週間くらいかけて新世界を作ってたとか聞いたことがあるから、大きな進化なんだろう」

「天界も色々と変わっていくものなんですねぇ」

「それに、こうして余裕ができるおかげで部屋を整理する時間も生まれる」


 後輩が呆れ顔で、空中に放ったままだったファイルを元あった場所へと戻す。


「そう言って毎回整理整頓してますよね」

「整理整頓は悪いことじゃないだろう」

「最初、ここに来たとき驚いたんですよ。男の人が使ってる部屋なのに、すごい綺麗だなって」

「偏見だぞ」

「でも、ここで先輩と仕事をしてみて分かりました。これは綺麗になるわけです」


 後輩と箒を取ってきて、部屋を掃く。俺はそこを雑巾で拭く。


「まぁ、綺麗なのは嫌いじゃないんですけどね」


 そんな風に、後輩はまんざらでもないように笑うのだった。

 笑顔を見ていると気持ちが良い。部屋を綺麗にしておいてよかったと思うのだった。


「他の人の部屋もこんな調子なんですか?」

「いや、そんなことはないな」

「マサキさんの部屋とかは何だか散らかってそうですね」

「あー、それは当たってるな」


 俺は頭の中にマサキの作業部屋を思い描いた。

 あまり思い出すものでもなかったと後悔する。


「ひどい部屋だったな。漫画とか雑誌がそこら中に散らばってて、足の踏み場がない」

「うわぁ……。悲惨さが想像できます」


 数十分程度の交流ごときでそこまで言われるマサキが少し気の毒に思えてきた。

 あいつも、見た目や言動はしょうもないが、中身はそう悪いやつではないのだ。

 でなければ、十年近く絡み続けはしないだろう。


「さて、これくらいでいいですかね」


 部屋の隅々まで掃き終わり、後輩が一息吐く。

 俺も少し遅れて床を拭き終わり、雑巾を絞った。


「綺麗な部屋になりましたっ!」


 後輩が部屋を見回すように背伸びをした。


「やっと50%ですか」

「まだ結構かかるだろうな」


 ——というのは異世界生成プログラムの進捗だ。


「どうせ終わるまで何もできないから、先に帰ってもいいぞ」

「いいんですか?」

「何もできることがないし、そもそもすることもないしな」


 今日のタスクは一通り終わってしまっていた。


「なるほど。それもそうですね」


 後輩は荷物をまとめると、部屋から出て行こうとする。

 だが、それよりも早く部屋の扉が開いた。


「え?」


 ドアの前に立っていた後輩が、端にぶつかってバランスを崩し倒れそうになる。

 そこから出てきたのは——、


「いや、まだ仕事を終わりにしてもらっちゃ困るな」


 ちっ、と俺は舌を打つ。

 こういうときに一番来ないで欲しい奴だった。


「何しに来たんだよ、神様が、こんなところに」


 ドアの端でうずくまっていた後輩が立ち上がった。


「あいてて……。だ、誰ですか、この人?」

「言っただろ、神様だよ」

「神様?」


 後輩はきょとんとした表情で俺を見ていた。

 俺が後輩の疑問に答えようとすると、そいつはこの部屋に侵入しながら俺の言葉を遮った。


「そう、ボクは神様だよ——君達の言うところのね」

「よく分かんないですけど、とりあえず勝手にここに入らないでください」

「あぁ、それは失礼」


 そいつは一歩下がって部屋の外に出たあと、


「おじゃまします」


 そう言って部屋に入り直した。


「これで良かったかな?」

「は、はぁ……」


 後輩はよく分からないものを見るような目で俺の顔を覗いた。

 誰だって初めはそういう反応をするだろう。

 しかし、忘れては困るが、ここは天界なのだ。

 神様が、こうして目に見える形で現れるのが当たり前の世界だ。


「ところで君、この女性はどなたかな?」

「後輩だよ。最近ここに来た」

「なるほど。噂には聞いていたけど、まさか君のところに来ていたとはね」


 後輩の顔と俺の顔を見て、何か含みのある笑みを浮かべた。


「それでお前——」

「神様に向かってお前という物言いも無いんじゃないかな」


 俺はもう一度舌を打って、俯きながら言った。


「——カイトさんは一体、何をしにここに来たんですか?

 まさか、お喋りをしに来たわけじゃないんだろう?」

「そうだね」


 カイトは柔和な笑みを見せつけながら言う。


「君に——いや、君たちに仕事の依頼がある。どうか頼まれてくれないか」

「どうせ断わったって押し付けるんだろう」

「よく分かってるじゃないか」


 この神様いつだって笑顔だ。

 それにしても、人の残業が確定したっていうときだって笑顔なのは人を馬鹿にしていると、俺はそう思う。

一話の分量の中に話を収められなかったのでもう一話続きます。よろしくお願いします。

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