先輩と後輩
「ったく、ふざけんなよ」
真夜中に起こされた衝動で、俺はやたらといらついていた。
空中に浮かんだテキストファイルの一つを開く。
その中に書かれているのは、
『・剣と魔法のファンタジー。
・ド○クエみたいな感じのやつ。
・自分は勇者で、魔法使いとか剣士とかが同行する。
・世界とか救っちゃたり?」
内容を一通り読み終えると、
「死ね」
俺はそのテキストファイルを殴り付けた。
もちろん、空間上に投影された実体のないホログラムなので、腕はそれを突き抜ける。
空振った腕の音だけが虚しく響く。
「まぁ、オーソドックスな内容ってだけでもマシな方か……」
奇を衒ったような設定が注文されると、こちらの負担が増加するのだ。
この程度だったら二、三時間あれば作り出せるだろう。
あー、かったるい。
そんなことを考えながら、仕事に取りかかるために空間デスクトップを整理していると、後ろの扉が開いた。
「もう、何なんですか先輩! こんな時間に呼び出して」
「仕事だよ」
「えぇ? なんでですか。夜はちゃんと眠らないとお肌が荒れちゃうんですよ!」
「お前の事情なんて知るか! ここはそういう場所なんだよ」
「うぅ……」
最近入ったばかりの後輩をこうも使い倒すのは少し気に障るのだが、心を鬼して言い切った。
しかしやはり、心が痛む。
「ごめんな……」
背中を向けたまま、俺は謝った。
「先輩……」
なんだか感動で涙でも流してそうな調子だ。
後輩よ。お前は甘っちょろすぎるぞ。
「それじゃ早速、今回の仕事の内容だが——」
俺は向き直って、後輩に仕事の説明を始めた。
予想通り泣きそうな顔をしていた。
こんなんで仕事が勤まるんだか……。
まだ初日なのだが、不安で仕方ない。
- - -
前世に未練を残した人には、神様の気分にも依るが、転生して人生をやり直すことが許される。
そうなるとその人に合った、その人のやり直すに相応しい異世界が必要になるのだが、そう都合のいい世界がそこら中に転がっているわけがない。
——いや、ぶっちゃけると似たような異世界なんて掃いて捨てるほどあるのだが、未練を残して死ぬような人は大抵わがままなので、自分だけのオリジナル異世界を要求するわけだ。
——まったく、素直に死んでほしいものだ。
とまあ、そんなわけで、異世界を作る場所が必要になる。
それがここ、異世界製造局。
書いて字の如く、異世界を作り出す場所だ。
天界の僻地に、ひっそりと立ち構える小さな建物だ。
数多の神様から要求されて、指定された期限までに異世界を作るのがここでの仕事である。
——のだが、異世界製造局の仕事は天界でもブラックなことで知られていた。
神様がいつ、どこで異世界を作れと要求してくるか分からないので、二十四時間待機は当たり前。
繰り返される支離滅裂な注文。お前矛盾って言葉知ってるか?
期限もいつだって無理がある。異世界を作る苦労を知れって。
そのくせ期限を守らないと、様々ないちゃもんを付けられる。
最悪、気の荒い神様によって地獄に落とされることもある。
ひどい話だ。こっちは精一杯やれることをやっているというのに。
- - -
俺は、異世界を作り出すためのプログラムの操作を後輩に教えていた。
目の前には空間に映し出された巨大なディスプレイ。
その中には、いくつもの怪しげな設定項目が並んでいる。
これが異世界生成プログラムだ。
「まずはいくつかのパラメーターを設定する。一番基本的なのは文明発展度だな。これによって世界観が大きく変わってくる」
「ふむふむ」
後輩は楽しげに、俺の操作する立体投影ディスプレイの画面に見入っていた。
「あとは魔法フラグと科学フラグだな。これをどっちも立てなければサバイバルな世界になるし、魔法フラグを立てればファンタジーに、科学フラグを立てればSFチックになる」
「へぇー。それじゃ、両方立てるとどうなるんですか?」
「一言では説明しづらいな。なかなか魅力的な世界なんだが、あまり要求されることもないしな」
「なるほど。勉強になります!」
俺がパラメータを一つ一つ確認すると、さらさらと何かを擦る音が聞こえてきた。
何かと思って音の方を向くと、後輩が紙にシャーペンでメモを取っていた。
紙なんて久し振りに見たので、少し驚く。
「紙か。どうしてそんなものを?」
「えっ? 他にどうやってメモを取るんですか?」
「目の前にディスプレイがあるってイメージしてみろ」
「ディスプレイ? う、うーん、ディスプレイ……、ディスプレイ……」
後輩は目を瞑って、何度も「ディスプレイ……」と繰り返す。
すると……。
「わっ!」
後輩は目を開いた。
そこには、真っ白なディスプレイが空中に展開されていた。
やはりホログラムなので実体は無いはずなのだが、あくまでそこにあるような存在感を醸し出している。
「こ、これ、何なんですか?」
「基本的にはその場で必要としているものが出てくるから、多分メモ帳なんだろ。こういう内容が書きたいってのを想像すれば書き込めるはずだ」
「へ、へぇ……。ちょっとやってみます」
メモ帳を凝視する後輩。
俺もその様子を見守った。
「お、おりゃー」
掛け声とともに、メモ帳に先程俺が後輩に説明したような内容が書き込まれていく。
後輩は目を丸くした。
「こ、これはすごいですね……。どうなってるんですか?」
「さぁ、よく分からんが、天界ってのはそういう場所なんだろう」
「なるほど。天界すごいですね」
「ちなみに、そのディスプレイでプロフィールを見たりもできるぞ」
「プロフィール、ですか」
後輩がイメージすると、プロフィール画面はすぐに現れた。
『名前:芹沢かたり
性別:女
職業:異世界クリエーター見習い
技能:無し』
「こんなものが……。あれ、年齢はないんですね」
「天界では年齢なんてそんなに重要じゃないみたいだからな。俺も……かれこれ十年くらいはここにいる気がするが、まったく歳を取ってない」
「そうなんですか。って十年!? 大ベテランさんじゃないですか!」
「いや、もっとベテランの奴も他にいるよ」
「そうなんですか。じゃあ、中堅さんですね」
「まぁ……、それでいいよ」
否定する材料が咄嗟には見当たらなかった。
どうせ俺は中堅だ。
と、俺がまた曲がった根性を見せていると、後輩は自分の出したディスプレイを無言で眺めていた。
「どうした?」
「いえ……。このディスプレイ、確かに便利そうなんですけど、でもやっぱり、わたしは紙のメモを取る方がいいなぁって」
「そうか。好きにしろ」
「はい」
後輩が目を細めると、ディスプレイはばちんと音を立てて空間から消滅した。
「俺から横道に逸れといて申し訳ないが、仕事の説明に戻るぞ」
「はい」
俺は空間の端から『マニュアル』と名付けられたファイルを引き寄せて開く。
「各パラメーターの詳細はここに書かれている。どういう風に設定するとどんな世界になるかも結構詳細に解説されてる——が、大体は直感でパラメーターは設定してしまうな」
「直感ですか?」
「慣れれば出来るようになる」
「は、はぁ……」
後輩は一方で、メモを取る手を動かし続けていた。
「で、今回はこんな感じでいいだろう」
と、後輩に異世界生成プログラムの画面を見せつける。
「文明発展度:40/100
荒廃度:65/100
自然支配度:60/100
魔法:ON
科学:OFF
チート:ON」
設定をデフォルトから調整したパラメーターだけ読み上げる。
後輩は膨大な設定項目の一覧の中から、それらを必死に目で探していた。
「『自然支配度』って何ですか?」
「世界がどれくらい自然に支配されているか、だな。これが高ければ高いほど、緑に満ちた世界になる」
「でも、それって文明発展度と矛盾してしまうことも無いですか?」
「例えば、文明は高度に発展しているが実験の失敗なんかで自然の方が優勢になった世界というのも考えられるだろう。そういうときにはどちらも高くなるな」
「そういうのも考えられるんですね」
「考えられるありとあらゆる世界を作り出せるプログラムだからな。想像力が物を言うことは確かだ」
後輩は関心した様子で異世界生成プログラムの画面を見つめていた。
俺は一つ、言い忘れたことを思い出した。
「とりあえず『チート』フラグは立てておけ」
「へ? どうしてですか?」
「『チート』フラグを立てておくと、いざというときに異世界に送り込んだ人の手で世界に変更を加えられるようになる」
「まさにチートですね……」
「作った異世界に文句があっても、こっちに再生成を要求される可能性が減るから、とりあえず立てておくってわけだ」
「うわぁ……。いいんですか、それ」
「いいんだよ。何度も世界を作り直すのは億劫だろ」
彼女のシャーペンを動かす音が聞こえる。
渋々だが納得はしてくれたようだった。
話が早くて助かる。
「それで、世界の大枠はこのパラメーターで決まるわけだが、その他の小さな部分は詳細設定に情報を入力する」
「こっちは文章入力なんですね」
「さすがに、細かい部分を数値やフラグで設定したら、パラメーター数が膨大な数になるからな」
「あー。それはさすがに嫌ですね」
さっきまで見ていた画面を思い出したのか、後輩は全身をぶるっと震わせた。
「お前、文系だろ」
「そうですけど……、何ですか」
「いや、そう思っただけだ」
「何なんですか!」
数字が苦手そうだ。
「さて……」
俺は神様から送られてきた要求の書かれたテキストファイルの内容を、その詳細設定にコピーアンドペーストした。
「コピペでいいんですか?」
「もちろんコピペだけだと足りない部分もあるが、基本はこれでいい」
ペーストが終わったあとの詳細設定のテキストボックスを眺めながら、腕を組む。
「問題は、こっからどうするかだ」
「どうする?」
「あぁ、さっきも言ったがコピペの内容だけだと不足があるからな」
俺は再度、詳細設定を見上げる。
「『剣と魔法のファンタジー』『ド○ラクエみたいな感じのやつ』……これはいい。パラメーター調整で十分だ」
「ふむふむ」
「『自分は勇者で、魔法使いとか剣士とかが同行する』——これは微妙だな。もう少し詳しい方がいい。どんな魔法使いと剣士がいると思う?」
「うーん、やっぱり主人公は勇者なので、目立ちすぎない方がいいですよね」
「ならサポート役だな。そういう役柄に徹底させた方がいいだろう」
「でも、いざというときに必殺技で助けてくれたりしたらロマンがある気がします」
「それはいいな」
後輩の言うような内容を詳細設定に追記していく。
「それじゃ『世界とか救っちゃたり?』——あーもう。こういう曖昧なのは困るんだよなぁ」
俺が面倒くさげに頭を掻いていると、後輩が口を開いた。
「魔王ですね」
「魔王?」
「ド○クエっぽい世界を救いたいなら、やっぱり勇者は魔王を倒さなきゃいけません」
「なるほどな。魔王——魔王か」
俺は魔王について詳細設定に書き連ねた。
「ま、こんなもんで大丈夫だろう」
「本当ですか?」
後輩が心配そうに俺を見上げる。
俺は意味もなく胸を張ってみせた。
「大丈夫だって。案外どうにかなる」
半信半疑の目で、後輩は俺を見ていた。
先輩面してみようかと努力しているつもりなのだが、上手くいっているのか自信がない。
——まぁ、いいか。
「それじゃ、世界の生成を始めるぞ。——と言っても、このボタンを押すだけだけどな」
詳細設定の下の方にあるボタンを指差した。
後輩の視線が俺の指の動きに合わせて下がっていくのが、どこか面白かった。
「押してみるか?」
「い、いいんですか?」
「別に、俺が押したってお前が押したって結果は変わらないからな」
後輩は俺の隣に立つ。
「それじゃ、押しちゃいますよ」
「あぁ。いけ」
ゆっくりと腕を伸ばして、ボタンへと手を近付けていく。
本当はこのディスプレイのボタンを押すのに実際に手を伸ばす必要は無いのだが、そんなことを言うのは野暮だろう。
本人が押したと思ったのなら、それは押したことになるのだから。
細い腕がボタンに到達する。
「といやぁ!」
こいつは、どうやら何かを決断するときに奇声を発する癖があるらしい。
ボタンの表面に触れた指先が前へと押し込められる。
ボタンが押された。
「ボタン、押しましたよ!」
後輩がなぜか楽しそうに俺に報告すると、その瞬間——。
『異世界生成中……』
そんな文字列が、デカデカと画面に表示された。
後輩はその画面に見とれている。
「これで、今本当に異世界が生成されてるんですよね?」
「あぁ、そうだ」
俺は画面を一旦確認すると、踵を返し、その部屋から出て行こうとした。
そんな俺を、後輩が呼び止める。
「先輩っ。どこに行くんですか?」
「どこって、寝に戻るんだよ。ここから生成が完了するまで結構かかるからな。——あっ。安心しろ。生成が終わったら自動で神様のところに送り付けるスクリプトが動いてるから、納期の心配はしなくていい」
「そういうことじゃないんですよ。最後まで見届けましょうよ」
「ちっ、めんどくせぇな……」
なんてことを言いながら、俺はそのあと、三時間ほどその場で後輩と、何の変化もない画面を眺め続けていた。
その間はずっと他愛もない会話をしていた。
世界の生成が完了した瞬間は、手を取って喜び合ったものだ。
そのときは、たまにはこんなのも悪くないな、とか考えていた。
「ふわぁ……」
俺は欠伸を一つする。
窓を覗くと、もう空には太陽が上がっていた。
不思議なことに、天界にも昼と夜があり、太陽が昇り、沈み、星が輝くのだ。
——今日はどこかのタイミングでエナドリを買ってくる必要があるかな。
そんなことを考えながら、少し目を閉じる。
既定の就業時間まであと一時間。それまでは仮眠だ。
——あぁもう、なんてブラックな職場なんだろう。
——ここ、異世界製造局は。
初めての投稿なのでこれでいいのかよく分かりませんがよろしくお願いします。
だらだらと、この後輩と先輩のやり取りを書いていけたらいいなと思います。