かぐやとピーター
賑やかな繁華街から一本小路に入った所にbarオトギはある。繁華街の明るさからすると、きらびやかなネオンや音などがなく、等間隔にある街灯のみのため、薄暗く営業している店があるかパッと見ただけでは分からない程である。そのためbarオトギは知る人ぞ知る隠れ家としてファンが多い。
今日もひっそりと営業しているbarオトギのカウンター席には一人の女性客が溜息混じりにカクテルを飲んでいる。
「マスター、カウンターの女性ずっと溜息していますが、何かあったんですかね?」
新人アルバイトの太郎はカウンター席で溜息をひっきりなしにしている着物姿の女性が気になり料理を作っているマスターに小声で聞いた。
「そんなに気になるなら自分で聞いてこいよ。」
「それが出来たらマスターに聞かないですよ!あ、マスターが聞いてくださいよ!然り気無く聞くのとか上手そうですし。」期待の目でマスターを見る。
マスターは期待の眼差しを向ける太郎に溜息をして、料理をする手を休め太郎に向き合った。
「お前も新人でも接客業の端くれだろ。お客と話す事も接客業の業務の一つだ。実践あるのみ。」
何かを言いたそうにしている太郎を無視してマスターは料理を再開しながら言葉を続ける。
「あ、失礼のない様に然り気無く聞くことが大切だからな。無理矢理聞き出すことなんて以ての外。話したくない事もあるだろうから、相手がどんな状況か確認しながら話すのも大切。じゃあ、これ、カウンターの女性に運んで。」
太郎が口を挟む隙を与えない程の早さでマスターは話し、完成したクリームパスタを太郎に差し出した。
(失礼のない様に相手の状況を見て、無理矢理聞き出す事をせずに…って簡単に言うけどどうするんだよ。アドバイスになってないじゃないか。)
心の中でマスターに文句を言いながら太郎は料理をカウンターの女性に運んだ。
「お待たせ致しました。クリームパスタです。」カウンター越しから女性の目の前にクリームパスタを置いた。溜息の多さを然り気無く聞き出す事ばかり考えており、ぎこちない笑顔になっていたが、女性は全く気にしていない。
女性は目の前に置かれたパスタをフォークに巻き取るだけの機械の様にずっと同じ動作をしており、フォークには巻き取れない程パスタが塊になっていた。
溜息の理由を聞き出すには厳しい状況だと太郎は判断し、その場から立ち去ろうとした時、カウンター越しの地面に光る物が見えた。
太郎はカウンターから出て地面に光る物を拾い上げる。
(金色のかんざし…カウンターの女性のだろうか…)
パスタ巻き取りマシーンとなっているカウンターの女性に太郎は女性の隣に立ち、声をかけた。
「あの、こちら落とされましたか?」
驚かせない様に声をかけた。
女性はパスタを巻き取る動きをピタリと止めて太郎の方を向いた。
「ピーター!」女性は振り向いたと同時に明るい声で言ったが、そこにいたのが太郎だったため顔色が曇った。
「すみません。人違いをしてしまいました…。」消え入りそうな声で女性は太郎に謝罪をした。
「いえ、こちらこそ、驚かせてしまいまして、申し訳ございません。ところで、このかんざしを落とされましたか?」
驚かせない様に声をかけたつもりが、結局勘違いをさせてしまい気まずい空気となったが、太郎は再び落ちていたかんざしについて質問をした。
「あ、私のです。落としたことも気がつかないなんて…。拾って頂きありがとうございます。」
女性は太郎から受け取ったかんざしを触りながら切ない顔をした。
「素敵なかんざしですね。」
その表情を見て、太郎はこのままこの女性を一人にしてしまったら消えてしまいそうな気がしたため、話題をふってみた。切ない顔をしていることを思い出し、別の話題を選ぶべきだったと、言った後に後悔した。
女性はかんざしを触りながら、遠くを眺めながら懐かしむ様な顔で話始めた。
「私は“かぐや”と申します。私の家系は代々、神官として神に仕えておりました。その神に3つの品を奉納しておりましたが、争いに巻き込まれ、全て奪われてしまいました。」
ピーターとの淡い恋話が飛び出ると思っていたが、予想していない展開に太郎は恋愛話モードから頭の切り替えがすぐに出来ずまばたきが多くなってしまった。太郎の焦りはお構い無しに“かぐや”と名のる女性は淡々と話を続ける。
「私は奪われた奉納の品を取り返すために宇宙船に乗って奪った者を追いましたが…エンジントラブルで別の星に不時着しました。」
「宇宙船ですか…お一人で乗ってこられたのですか?」
太郎は規模が大きな話に加え、大人しそうに見えて大胆な行動に出るかぐやの話に興味津々で質問をする。
「はい。お恥ずかしい話、無我夢中でしたので、周りの声も聞こえなくて…お供の者を連れて行けば、不時着はしなかったと思います。」
恥ずかしそうに反省の弁を言い、不時着後の話を話した。
淡い恋愛話ではなく壮大な話となり太郎の脳は処理オーバー気味になりながらもかぐやの話に必死に着いていった。
不時着した場所にあった竹林の中で負った怪我の治療に専念するため、幼児化していた所を優しいお爺さんに拾われたことらしい。サラリと出てきた自己治癒能力について太郎は聞く程の容量は残っておらず、お腹いっぱいの気分になっていた。
「あの…じゃあ、そのかんざしはお爺さんにいただいたのですか?」
太郎はこれ以上、聞き慣れないワードが出てくると胃もたれをしそうになり無理矢理、当初の話題のかんざしに戻した。
「いえ、これはお爺様からいただいたものではありません。」うっとりとした目でかんざしを見ながら溜息をした。
「お爺様の家で私不時着した時と同じ姿に戻る事が出来た頃…近隣諸国から求婚の申し出が幾つか来るようになりました。私には奉納の品を見つけるという目的があるので、その申し出を断りました。ですが…粘り強い殿方3名おり、諦めずアタックしてくるので…少し意地悪ですが、奉納の品を見つけてくれた方の申し出を受けるとお伝えいたしました。」
求婚の申し出に元から応えるつもりもなく更に盗まれて行方知らずの奉納の品をちゃっかり見つけてもらおうとする小悪魔だと太郎は思ったが言うのをグッと我慢した。
「それで…見つかったのですか」太郎はグッと我慢した言葉を抑えながら吃りながら尋ねる。
その言葉を聞いて複雑そうな顔してかぐやは首を横に振る。
「やっぱり、見つかりませんでした。諦めの悪い殿方と口論になりそうになった時に私のお供の者が迎えに来てくれました。トラブルになるかもしれないと思っていたので、夜な夜な交信を送っていて正解でした。」
話を聞けば聞く程、最初の印象に感じた儚く今にも消え入りそうな純粋な女性像は消え、女性って怖いとしか思えず身震いをしている太郎をよそにかぐやは気にせず話を続けた。
「お世話になったお爺様とお婆様にお礼がちゃんと言えなかったのは心残りですけど…気持ちを入れ換えて奉納の品を探す旅を再開しました。その途中でピーターと出会ったのです。」
本題まで長かった…とぐったりしながら、カウンター席に腰を降ろした。
「まだ、かぐやちゃん、ピーターとくっついていないの?」
疲れきっている太郎の目の前に一通り仕事を終えたマスターが新しいカクテルを持って現れた。
「マスターったら!そんな、私とピーターはそんな関係ではないですよ!」
そう言いながらも、顔を真っ赤にして恥ずかしそうにかんざしを強く握りしめた右手をぶんぶんと振り回すかぐやを横目に太郎はマスターを見た。
「かぐやさんのことご存知なら教えてくれても良かったじゃないですかっ!」
マスターと知り合いなら、わざわざ規模の大きい話を聞かなくても溜息の理由も聞けたと思うと今までの苦労が水の泡に思え、緊張の糸がぷっつりと切れた。ぶつぶつと小言を言っている太郎にマスターは接客の練習だと言いながらも軽く謝罪した。
マスターと太郎のやり取りの最中もかぐやは、照れながら自分の世界に浸っていた。
その時、入り口のドアが勢いよく開いた。太郎はお客が来たと慌ててドアを開けた主の元へ駆け寄った。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
太郎の声を聞かずに来店した客はかぐやの姿を見つけるやいなや両手を広げかぐやの元へ真っ直ぐ駆け寄った。
「かぐや!!」
今まで自分の世界に浸っていたかぐやはその声に直ぐ様反応し、声の方を振り向いた。
「ピーター!」
かぐやとピーターと呼ばれる客はしっかりと抱き合い暫くそのまま動かなかった。その状態にまた乗り遅れている太郎は静かにマスターの元へ駆け寄った。
「あの青年がピーターさんなんですね。」
しっかりと抱き合っている二人を見るのが恥ずかしく太郎は視線を泳がせた。マスターはその様子に見慣れているようで、何事もなかったかのようにグラスを片付け、抱き合っている二人の目の前に温かいココアを出した。ココアの甘い香りで二人はパッと離れて席に座った。
「ピーター、お久し振りです。元気にされておりましたか?」
ピーターが来るまでの態度とは異なり、ココアの入ったカップの淵をソッとなぞりもじもじとしながら可愛らしく尋ねた。その様子に気にも留めずピーターはココアを一啜りしながら話始めた。
「昨日まで巨大イカと決闘していたけどかぐやの顔を見て疲れも吹き飛んだよ!」
かぐやの予想外な話を聞いていた太郎は巨大イカというワードが出てきても驚かず、ココアのおかわりをピーターのカップに注いだ。慣れというのは恐ろしいと太郎は思った。
巨大イカとの戦いを皮切りに、冒険の数々をかぐやに話すピーターとその話をうっとりしながら聞いているかぐやの姿を見ながら、ココアが入っていたポットをマスターの所へ戻した。
「そういえば、結局かんざしや奉納の品についてちゃんと聞いていないんですけど、何があって今に至っているんですかね?」
かぐやとピーターの話に割って入る自信がないため、マスターにこそこそと訊ねる。
「まぁ、このまま見とけばなんとなくわかると思うよ。」
マスターはこの後の流れを知っているかのようにコーヒーを飲みながらかぐや達を静観しているため、太郎もマスターを真似てこのまま暫く二人の様子を観察することにした。
ピーターの旅の話がひと段落すると、ピーターは思い出したかのように指を鳴らした。
「おっと!話に夢中になりすぎて、プレゼントを渡すのを忘れていたよ!」
そう言いながらピーターは入り口のドアまで行き誰かを呼んだ。ピーターが呼んですぐにお供と思われるヒョロリとした男性が布を被せた円形の何かを大事そうに手に持って店に入ってきた。ヒョリョリとした男性の手から円形の物体をヒョイと取り、ピーターはいそいそとかぐやの前に置いた。
「かぐや、君が探していた物を今度こそ見つけたと思うんだ!」そう言いながら、ピーターは円形の物体が被っていた布を外した。布の下から現れたのは黄金に輝く卵だった。
今までこんなにも大きな金の塊とも思える卵を見たこともない太郎は思わず身を乗り出して見た。しかし、太郎以外の人達は誰一人として驚きもせず黄金の卵を見ていた。
「ピーターとても素敵な卵ですけれども、これは私が探している物ではありませんわ・・・。」
「そうか・・・これも違ったか・・・。君の船を借りる代わりに君の探し物を見つける約束になっていたけど、なかなか見つからないもんだね・・・。」かぐやの探している物ではないと分かり、しょんぼりとするピーターにかぐやは慌ててフォローをする。
「あ、でも、私、ピーターの冒険話と奉納の品を探してくださるピーターの姿がその・・・す・・・素敵だと思いますわ。」ああ、また好きと言えなかったという顔をしながらかぐやはピーターの手を握った。
「ありがとう。かぐや!元気が出たよ!それじゃあ、そろそろ旅の続きに戻るよ!外に停めてある船も駐禁取られると困るからね!また君の探し物見つけたらここに来るよ!」そう言い残してピーターはヒョロリとしたお供と共にそそくさと店を出て行った。
慌しく過ぎ去った台風のような青年を送り出し、店の中は少し静かになった。
「ピーターは本当にかぐやさんの探している奉納の品を探しているんですかね。」
太郎はピーターが置いていった黄金の卵を見ながら独り言のようにつぶやきながらソッと触ろうとしたが、かぐやが卵を取り上げた。
「失礼ね!ピーターはちゃんと探していますわ。少し抜けているところもありますがそこも彼の魅力ですわ。」フンッと鼻を鳴らしてかぐやは卵を見ながら言う。
「何で一緒に旅について行かないんですか?一緒に行けば奉納の品だって自分の目で探せるのに・・・。」元々はかぐやの船だから一緒に行く権利はあるだろうと思い太郎は尋ねる。
「だって、私ずっとあの船で生活するのは嫌ですもの。拠点を持って探すのが私の理想でしたが、ピーターはずっと船で旅していても平気というタイプですし。」鑑定士のように入念に卵を見ながらかぐやは言う。ピーターの前でモジモジとしていた女性とは思えないほどの代わり映えである。
「ピーターは船でたくさんの場所に旅をしたい、私は拠点を持って奉納の品を探し、故郷を復興させたいという互いの希望にあった関係ですわ。奉納の品が見つかるのが一番嬉しいですが、奉納の品と間違ってプレゼントしてくれる贈り物も故郷の一族に送って復興の足しに出来ているので私としては問題ないですわ。後、ピーターが子供のように旅の話をしてくれるのも楽しみの一つなんです。」淡々と話すかぐやは入念に見ていた卵を丁寧に風呂敷包みに包んだ。ビジネス的な主張と好きな男性について話す口調が同じかぐやについていけず、口が半開きのまま動けない太郎をよそに、かぐやはてきぱきと帰り支度を始めた。
「マスター、ご馳走様でした。来月の同じ頃にまたピーターとここでお会いする予定なので、その時は予約させてください。あ、後たまには私の占いカフェにもお越しにいらしてくださいね。そこの口を半開きのままの店員さんも占ってあげますわよ。」にっこりと微笑みながら、かぐやは帰って行った。
「乙女心は複雑で難しいですね。」とぽそぽそとつぶやいた太郎を尻目にマスターはコーヒーを飲みながら新聞の占い欄を眺めていた。
「お、お前の今日の運勢、女性に振り回される。だってさ。当っているなー。今度ちゃんと占ってもらえよ。」笑いながら占いの箇所を太郎に見せる。
新聞には“カリスマ占い師かぐやの今日の運勢”とタイトルが書いてある。
誰が行くか!と太郎は新聞をくしゃりと握った。