1・白雪姫とイバラ姫
「このビッチがっ!」
「はぁ?あんたなんか干物女じゃない!」
barオトギに二人の女性の声が響き渡った。
ここbarオトギは繁華街から少し離れた場所にひっそりとあるため、様々な著名人もプライベートでも訪れる隠れた名店である。そんな名店で働けることに胸を躍らせていた太郎は初日の接客で、まさか白雪姫とイバラ姫の喧嘩に遭遇するとは思ってもいなかった。
付人の小人たちと妖精たちが姫君を必死になだめているが全く効き目はなく、小人の一人が白雪姫に殴られ、妖精の一人がイバラ姫に引っ掻かれ収拾がつかない状態となっている。
和気あいあいと談笑しながら、お酒を飲んでいたがお酒が進むにつれ、いつの間にか口論となっていたところを見るとお酒の力って怖いと太郎はしみじみと感じた。
「仲裁に入った方がいいですよね…」これ以上は店にも被害が出ると思い、太郎は隣で呑気にグラスを洗っているマスターに相談する。マスターはグラスを洗う手をピタリと止めて、太郎の顔を青い顔で覗き込みながら震える声で忠告をした。
「お前、死にたいのか?女の喧嘩に見ず知らずの男が止めに入ると二次災害が、いや、三次災害まで起きる。ほっとけばいいんだよ、ほっとけ。」身震いをしながら再びグラスを洗い始めた。
店は白雪姫、イバラ姫御一考のみしか客がいないため他に接客をする相手もいない。そのため、喧嘩を眺めるか仲裁に入るしか太郎が今行う業務はない。しかし、仲裁に入るタイミングも分からず、マスターが青い顔して忠告をするため怖じ気付いてしまい、落ち着かない気分のまま喧嘩を眺めていた。
「私のどこがビッチなのよっ!」白雪姫が仲裁に入る小人をまた一人殴りながらイバラ姫に食って掛かる。
「男を取っ替え引っ替えしているって有名なのよ!よく色々な男が城に出入りしているって噂が貴女凄いわよ。」鼻で笑いながら冷ややかな目で白雪姫を見ながらイバラ姫はカクテルを飲んだ。
「それは小人達でしょっ!私の恩人達なんだし今もお互いに助け合ってんの!これだから引きこもりは困るのよ。噂ばかり聞いて動かないから干物になるのよ!」
「干物って何よ!引きこもりたくて引きこもってた訳じゃないのよ?産まれた時に変な妖精に16歳で死ぬって宣言されたせいで外に出られなかっただけよ!それに干からびてないわ!」
途切れる事のない言い争い、殴られ、引っ掻かれダウンする小人、妖精たち。姫君たちの暴れっぷりと小人、妖精たちのなだめる声と悲鳴で店の中は騒然としていた。その中でマスターは暢気に残り物をつまみにその様子を眺めていた。太郎はマスターのマイペースな性格を羨ましく思いながら、被害を受けない安全な店の隅に非難をした。
すると太郎が非難した隅とは反対の隅に助けを求めて小人の一人がヨロヨロと近づいて行った。太郎はその小人を目で追うとそこには縮こまってお酒を飲んでいる二人の男性がいた。姫君たちの暴走で忘れていたが、来店した時に一緒に来ていた王子たちであることを太郎は思い出した。小人が助けを求める位であるから、存在感は薄くても姫君たちの暴走を鎮める事が出来るのではないかと太郎は期待して見守る。
小人の助けの声に王子たちが意を決して店の隅から立ち上がろうとするよりも先に姫君たちが動いた。
「ちょっと!あなた?黙ってないで何か言い返しなさいよ!」
「そうよ!妻である私が酷い言い掛かりをされているのよ!」
仁王立ちで王子たちの前に立つ姫君たちは王子たちが何か言おうとする前に言葉を更に続ける。
「この場もどうにか出来ない位、貴方が気弱だから諸外国になめられるのよ?」
「全くその通り!私がどれだけフォローしていると思っているの?」
いつの間にか日々の愚痴になってくる。全く言い返す事が出来ない様で王子たちはどんどん萎縮していく。それとは対照的に姫君たちは愚痴を言う度に息はピッタリとなり王子たちへのダメージは強大になっていった。
「折角、楽しい気分で飲んでいたのに酔いが醒めちゃったじゃない!」
「日頃のストレスを発散するつもりが、隣国のひげ親父のいやみまで思い出しちゃったじゃないのよ。」
「隣国のひげ親父って・・・ちょび髭の小太りのことよね?あら、奇遇じゃない。私もあの人に散々悩まされているのよ。これから別の店で飲みなおししない?」
「いいわね。ひげ親父対策と日々のストレスを肴に飲みなおしましょう!」
散々いがみ合っていた二人は、会計はお願いと王子たちに言い残し、そそくさと店を出て行った。その二人を追うかのように小人たちと妖精たちが慌しく出て行った。
姫君たちが出て行くのがあっという間だったため、太郎は暫く呆然と立ち尽くしていた。マスターが先に食器などを片付けに動き始めたことに気がつき慌てて姫君たちの使った食器を片付け始めた。嵐が過ぎたような静けさの店内は食器を片付ける音、洗う音が響いていた。暫くすると王子の一人がグラスワイン2杯をオーダーした。太郎はグラスワインを王子たちへ渡した。
「お店で騒いでしまって本当に申し訳ない。何か破損とかしていないだろうか。」王子の一人が謝罪をしながら店内を見渡した。
「自分たちが妻たちを注意することが出来なかったばかりに・・・本当に申し訳ない。」
もう一人の王子も己の情けなさを噛み締めながら謝罪をする。身分の高い二人から謝罪をされ、太郎は焦りながら頭をかいた。
「お、お店はどこも破損しておりませんので頭をお挙げになってください。」太郎なりの精一杯の敬語で返答を返した。店が破損していないことを聞き安心した王子たちはグラスワインを飲み始めた。姫君たちがいたときと打って変わり表情が和らぎ、安心をしたところで王子たちはため息をついた。
「もう少し、王子として・・・旦那としての威厳があったらな・・・」
「そうですね・・・。お互い肩身が狭いですね。」
姫君たちとは異なり静かに会話は続く。
「実は、私は、白雪姫を助けていないんだ。」唐突に衝撃的な一言に太郎は驚きの声を上げてしまった。
「申し訳ございません。聞いてはいけなかったですよね。」恐る恐る謝罪をすると、王子は特に気にすることなく事実だからと構わないと話を続けた。
「多分知っているかと思うけど、白雪姫が魔女からもらった毒りんごを食べて意識を失った後に私は小人たちの家付近を通りかかったんだ。意識のない白雪姫を見た私は、彼女に一目ぼれして、小人たちに彼女を譲って欲しいと頼み込んだ。失意の小人たちは急に現れた私に白雪姫を譲る気は全くなく、拒否をしてきた。」王子は一口ワインを飲み話を続ける。
「私もまだ若かったし、一目ぼれした彼女をどうしても城に連れて帰りたくて・・・必死に交渉を行ったが全く相手にされなかった。だから、白雪姫の棺を無理やり持って帰ろうとしたんだ。慌てた小人たちと棺の引っ張り合いになった衝撃で棺の蓋が外れて白雪姫が棺から転がり落ちたんだ。小人たちより先に白雪姫の基に駆けつけ、怪我はないか確認したところ、不幸中の幸いで怪我はなく、更に運よく転がり落ちた衝撃で、のどに詰まった毒りんごが取れ意識が戻った。助けてくれたと思った白雪姫と・・・晴れて結ばれたんだけど・・・」言葉を濁らす王子に太郎はすかさず質問をした。
「結果はどうであれ、白雪姫様を助けたことには変わらないのではないのですか?」
「実は、魔女も退治して助けてくれたと思っているんだけど、本当は魔女を退治したのは小人たちなんだ。」王子はバツが悪そうな顔をしながら話を続ける。
「白雪姫が意識を取り戻した後、彼女を安全なところに匿い、私が白雪姫に成りすまして再び魔女が小人たちの家を訪れるのを待ち構えたんだ。小人たちの家に再び現れた魔女に対して小人たちは容赦なく攻撃を行った。形はどうあれ、意識を取り戻したけれども、急に現れて、白雪姫を無理やり持って帰ろうとした私のことが気に入らなかったようで・・・魔女退治のついでに白雪姫をとられた腹いせに魔女を攻撃しているようにも見えて小人たちの方が怖かったよ。」そのときの様子を思い出したのか、王子は身震いをした。
白雪姫、小人たちの圧力に耐えながら公務を行っているところを想像すると王族も大変だと太郎は同情をした。
「実は僕もそうなんですよ・・・。」今まで黙って話を聞いていたもう一人の王子が口を開いた。
「えっ!じゃあ、あの妖精さんたちが魔女を退治したのですか?」似た様な境遇の人を見つけ、今まで青い顔をして語っていた王子は一気に明るい表情となった。
「いえ、妖精たちも悪い妖精の魔法で呪いにかけられていたので退治していません。もちろん、僕も悪い妖精を退治していませんし、姿も見たことないです。」
「つまり、どういうことなのですか?」太郎が急かすように質問をする。それに対して申し訳なさそうに王子は言葉を続けた。
「後から妖精たちに聞いたのですが、悪い妖精の呪いは発動してから有効期限が百年だったそうなのです。姫の眠る国の噂は少し離れた国にいる幼少の僕の耳にも入っていました。誰も姫の眠る城に入ることが出来ない、呪われた国。と聞いていたので大人になったら呪いの解除を夢見ていました。そして、僕が大人になって訪れた日がちょうど有効期限の百年目で、お城の敷地に一歩踏み入れたとたんに、城を覆っていたイバラがなくなり・・・すんなりと城に入ることが出来たんです。」
「そんな、棚から牡丹餅みたいなことってあるんですね。」
「それで、悪い妖精はどうなったんだ?」すかさず、白雪姫の王子が訊ねる。
「それが・・・本当のところはよく分からないのですよ。妖精たちの話では妖精界隈での流行り病で亡くなったと聞いていますが、真相は分かりません。」
「呪いも悪い妖精にも遭遇しないって、すごい幸運ですね。」少し羨ましく思えたが、先ほどまでのイバラ姫の暴れ様を思い出し幸運なのかイマイチ、分からないと太郎は思った。
「その時は自分でも本当にラッキーだと思っていたんですけど・・・呪いが解けたことで今までに溜まっていたストレスや好奇心など様々な感情を外に出す姫のはけ口として日々振り回され、それを制御できない僕が夫というのが納得のいかない妖精たちから小言を言われ尻にしかれる毎日です。」
互いに日々苦労していることを話し、同じ苦労の仲間がいることを認識したが、どんよりとした空気が拭うことが出来ないまま王子たちはワインを飲んだ。
「日々の愚痴などが溜まったら、ここでまたお酒を飲みに来てください。少しはガス抜きになるかもしれませんよ?」
その空気に居たたまれなくなり、太郎は精一杯のフォローをする。
「そうだな。ここでお互い日々のガス抜きするのも悪くないな。似たように”悪”を倒していない、姫に頭が上がらない同士これからも仲良くしていきましょう。」
「そうですね。今日、このように話が出来て良かったです。お仲間が出来て安心しました。」
少しどんよりとした空気がとれ、穏やかな空気に変化し始めたところで勢いよく店の扉が開いた。
「王子!!大変です!姫君たちがまた暴れています!!」
「お二人共同で店のお客、店主に絡み酒して、もう手に負えません!とにかく来てください!!」
何か言おうとする王子たちを無視しながら、ぼろぼろになった小人と妖精が息を切らしながら王子たちの腕を引っ張る。頼りないと散々言われているが最終的には助けを求めることに対して、王子たちも満更ではない様子で引っ張られるがままに立ち上がり店の外へとぐいぐいと連れて行かれ、あっという間に外へ出て行ってしまった。
マスターから預かった伝票を持って太郎は店の外に出て、引っ張られている王子たちの後姿に叫んだ。その声に気がついた王子たちは振り向き王子たちは慌てて太郎に叫んだ。
「「必ずまた来るから、その時まで付けといて!」」