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竹の子物語  作者: 海東翼
2/3

第2話『隠れ小人の学校生活』






 ────。目が覚めた。




 朝の光が眩しい。


 チュンチュンと鳥のさえずりを聞きながら身体を起こすと、俺は……


 俺は──。枕元の小さな存在を見てしまった。



「おはようございます、幸平♪」



 全部夢だと思っていたのだが、これはどういうことだろうか。




 昨日、竹林からコイツを連れて帰ったところまでは覚えている。

 だが、気づいたら今──。つまり寝起きの状態になっているのだ。


 そうしたら誰もが夢オチだと思うだろう。

 なのになぜこのちっこいのが俺の枕元に居るんだ?



「…………」



 俺はおもむろに、かぐやの元へ手を伸ばし、その頭を指でワシャワシャと撫でてみた。



「ひゃう……っ。あの、どうされました……?」



 綺麗な黒髪が、グシャグシャになっている。

 この質感。……どうやら夢ではなさそうだ。



「俺はいつのまにこんな人形買ったんだろう」



 もはや現実逃避をし始める俺。



「あの……私……人形ではありません!」



 かぐやは怒って頬をふくらませている。

 その身体の大きさから、ハムスターのように見えなくもない。


 ──あれだけおかしなことを目の当たりにしたのだから、昨日の俺は、冷静ではなかったのだろう。

 だから、後先考えずに連れてきてしまった。


 だが寝起きで血圧の低い頭で改めて考えると……なんだか、とんでもないことをしてしまったような気がする。


 このサイズだったら……段ボール箱に入れて道端に置いておいても、動物保護団体に怒られないだろうか。


 ──いや、段ボール箱では大きすぎるな。せいぜいティッシュ箱か。

 だがそうすると、ゴミと間違われて回収されかねない。


 つまりだ。放っておくということは、見殺しにするのと同じってことだ。




 それって……責任、重すぎないか……?



「あの……私、先ほどからお腹がキュルキュルと音を立てているのですけど……これは一体どういう状態なのでしょうか?」



 突然の質問だった。



「それは……腹が減ってるんじゃないか?」


「お腹は、減るものなのですか? そうですか……。ではいずれは……」



 そう言って考え事を始めたようだが……もしかしたらかぐやは、お腹と背中がくっつく様子を思い浮かべているのだろうか。


 その結果ちょっと顔が青ざめている。



「安心しろ。何か食えば大丈夫だ。っていうか竹の中では腹は減らなかったのか?」


「はい。こんなことは初めてです」



 コイツ……放っておいたら本当にあっという間に死んでしまうんじゃないか?

 そう思った俺は、とりあえず昨日コンビニで買ったパンを千切って与えてみた。



「これは……?」


「パンだ。ピーナッツクリーム入りだ。食ってみろ」



 そう言ってかぐやの口にグイグイと押し込もうとするのだが、千切ったというのにこのパンは、かぐやの背丈とあまり変わらないくらいの大きさを誇っていた。


 加えて、口に入り切らない分は千切ったのだが、とても苦しそうだ。



「むぐ……く、苦しいです……」


「ちょっと待ってろ」



 そう言って俺はキッチンに行き、コップに水道水を注いだ。


 パン一切れでもかぐやには大きすぎたのだから、水をコップに注いでも飲めないだろうと考え、スプーンを持ってかぐやのもとに戻る。



「ほら、水持ってきたぞ。飲め」



 言いながら水をスプーンで掬い、かぐやの口に押し付ける。


 ゴクゴクゴク……。若干青ざめた顔で、水を飲むかぐや。

 コップの水はほとんど減っていないのだが、かぐやにとってはそれで充分のようだった。



「どうだ?」


「不思議な感じです。空っぽだったものが満たされるような……そんな感覚です」


「そうか。これが"食事"だ、覚えておけよ。腹が減っては力が出ないからな、生き物はみんな何かを食べて生きてるんだぜ」



 俺は生徒に教授する先生のような素振りで、かぐやに教えてやった。



「……あの、そろそろ学校というものへ行く時間なのでは無いですか?」


「え……? あ、本当だ。──って……何でわかるんだよ?」


「私、字は読めますので、そこの大きな台の上に置いてあるものから、知りました」



 台……と言いながらかぐやが指したのは、机だった。


 確かに机の上には学校で使うものが散らばっているが……こいつ、竹の中で生活していたのに何で字が読めるんだよ……。



「俺が学校行ってる間、お前はどうするんだ?」


「そうですね……、ここに居ます」



 そうは言うけど、こいつ、ほっとくと死にそうだよな。



「……いや、ダメだ。お前は俺のそばに置いておく」



 目の届く場所にいるなら、心配事も少ないだろう。

 って、そう言うならそもそも、どうしたいのか訊くなって話だが。



「あの……その、ご一緒してもよろしいのですか?」


「ああ、そっちの方が都合が良いからな。よし、準備しようぜ」


「は、はい……!」



 なかなか元気な返事をするかぐやだったが、こいつ自身は何も準備することが無いので、俺がカバンの中にアレコレ詰め込んでいる間、なぜかずっと応援してくれていた。



「かぐやは一応女の子だしな、身だしなみチェックするか?」



 と鏡をかぐやの前に差し出す。



「身だしなみ……ですか?」


「ああ、さっき俺が髪の毛グシャグシャにしちまったしな」


「そうですね」



 と言って微笑むかぐや。


 何が嬉しいのだろうか。




 かぐやのサイズに合うクシなんて無いので、かぐやは手で髪の毛を直し始めた。

 その間俺はずっとかぐやを見ていた。


 本当に人形みたいなやつだ。

 端正な顔立ちしてるし、普通の人間サイズだったとしたら、かなりの美人に当てはまるだろう。


 しかし、着物で動き辛そうだな。



「なあお前、その下は着てないのか?」



 俺がなんとなく尋ねると……



「な、何をおっしゃるのですか、幸平……っ」



 と顔を真っ赤にするかぐやだった。


 ……俺がこんなちっこいのを変な目で見ていると思っているのか。


 愛着が湧くことはあっても、愛情が湧くことは無いんだろうな、とか思いつつ、かぐやの身だしなみが整うのを待った。




 その結果……



「うおおおおおおっ!!」



 俺は全速力で登校するハメになった。



「ごめんなさい……。私が時間を掛けすぎてしまって……」



 カバンの中からかぐやが謝ってくる。



「んなことどうでもいい! しっかり捕まっとけ!!」



 俺はかぐやの入ったカバンを振り回しながらひたすら全力で走り、なんとか校門をくぐり抜けた。


 この学校には、チャイムが鳴り終わる前に校内に入ってさえいれば遅刻として扱われないという謎の校則がある。

 ただ、一時間目の開始時刻がそれから五分後なので全く油断はできない。


 俺は玄関で素早く靴を履き替え、履いて来た靴を乱暴に下駄箱に突っ込み、すぐに廊下へダッシュする。


 教室についたのは、一時間目の開始時刻一分前のことだった。



「ぜぇぜぇ……セーフ……だな……」


「おせーぞ笹間ー。何やってたんだよ?」



 隣の席の田原が話しかけてくる。



「うっせえ……、画像加工してて一時間遅れたお前に言われたくねえ……」


「それはお互い様だろ?」



 何がお互い様なんだろうか。

 コイツはちょくちょくわけのわからないことを言う。



「そんで、どうだった?」



 田原が顔を近づけて訊いてくる。



「何が?」


「何がってお前……昨日、光る竹の噂を確かめに行くって言ってたじゃんか」



 そうだった……。

 その結果、かぐやを飼うことになってしまったのだが、それをこいつに話していいものなのだろうか。



「ああ……確かに、昨日の夜に行ったぞ?」


「んで?」


「でも何も変なものは無かったな」


「はあ!? そんなわけねーだろ!? さてはお前……」



 何だ……? 勘付かれてしまったのか……?



「本当は行ってないな!?」



 …………。


 こいつに隠し事をしたところで、バレることはなさそうだ。



「行ったけど、もしかしたらアレかもな。お前が言っていたところと場所がちょっと違ったのかもな」


「マジかよ……。じゃあ今度は俺が案内してやるからさ、一緒に行こうぜ」


「いや、なんかもうどうでも良くなってきたから、遠慮しとく」

 

「チッ……なんだよ、つれねーな」



 かぐやのことを悟られないようにテキトーにごまかしつつ、一時間目の教科である国語の教師よ早く来い!と心の中で願う。


 始業時刻からもう3分経ったけど、来ないな……。

 まあいつも通りなんだけど。




 ──その時だった。

 不意に視界の隅で何かが動くのが見えた。


 見ると、かぐやが……机に登ってる!?



「やっと幸平のお顔が見れました! カバンの中はとても暗くて何も……──きゃっ!?」



 俺は咄嗟にかぐやの上に手を被せて隠した。



「なあ笹間。今何か聞こえなかったか?」


「な、何かって?」


「誰かが、お前の名前を呼んでたような……」


「気のせいだろ」


「そうかな? 聞き覚えのない声だった気がするんだよなー」


「幻聴じゃないか? それか、かぐや姫の呪いとか」



 俺が冗談混じりに言うと、田原は訝しげに俺を見てきた。



「かぐや姫ぇ……?」



 まずい……かぐやが手の中にいるからこそサラッと口から出た言葉だったが、田原はかぐやの存在を知らない。


 恐らくコイツにとっては唐突過ぎる話題だろう。

 なんとかフォローしなくては。



「ほ、ほら光る竹って言ったらかぐや姫だろ? アレって昔話だし、今はもう幽霊になってその辺を漂ってんじゃねーかなーって!」


「お前がそんなお伽話を持ち出してくるとはなー。まあ確かに光る竹っつったらかぐや姫だけどさ。でも、なーんか今日のお前、いつもと様子が違わねぇか?」



 こんな時だけ鋭いな、コイツ……。



「別に、何でもねぇよ。まあ、何にせよウワサは所詮ウワサってことだな。光る竹だろうが幽霊だろうが、出て来てみやがれっての」



 言ってて思ったが、今俺の手の平に包まれてる小さな女の子……実は幽霊ってことは無いよな……?



「言ったな? 言っとくけど俺はマジで見たんだからな。次は絶対に証拠を捕まえて、お前をギャフンと言わせてみせるぜ!!」


「ギャフン」


「早ぇーよ!! まだ何も見せてねーよ!!」



 いや、本当は俺も実物見ているわけだし、その中に居たやつを今連れてるからな。


 だがそのお陰でもう二度と光る竹が見つかることもないわけだが……



「田原……証拠を掴みに行くのを止めはしないが、お前は100パーセント無駄な時間を過ごすことになるぞ」


「へっ、言ってろ」



 ……ああ、言ってやったからな。


 田原が視線を窓の外に向けたので、俺は周りに見えないように隠しつつ、かぐやの様子を確かめた。



「あの……も、もう暗闇は……」



 かぐやはものすごく涙目になっていた。

 登校時にカバンに詰め込んでいたからか、暗いところが苦手になったのかもしれない。


 しかしそれよりも今は、かぐやの姿を隠すことを優先するべきだ。


 俺はノートの端っこを破り取り、『周りにバレるから姿を現すな、喋るな。頼む』と書いてかぐやに見せた。


 かぐやは慌てた様子で口を両手で塞ぎ、コクリと頷き、引き出しの中に入っていった。




 ──ガララッ



「授業始めるぞー。お前ら席につけー」



 国語の教師が入ってくるなり、席を離れていた奴らが自分の席に戻り始めた。


 これから退屈な一日が始まると思うと、早くもあくびが出た。




 授業中、教科書の影に隠れてかぐやが出てきたので何事かと思ったら、かぐやが俺のシャーペンを全身で抱えるように持ち、ノートに何かを書き始めた。


 『くらやみこわいです』


 ……やっぱり、かなり応えたんだな。




 俺は教科書でかぐやの姿を隠したまま、頭を撫でてやることにした。











 気づくと、俺は机にうつ伏せになって寝ていた。


 ……しかし妙な夢を見た。

 校内で、足の生えた竹の子にずーっと追い掛け回されるという、ホラーなのかコメディなのかよくわからないジャンルの夢だった。



(って……やべっ……!)



 机に伏せて寝てしまったため、かぐやを潰したんじゃないかと思い、慌てて腕を退けて見るが……何もない。

 ノートと教科書が雑に置いてあるだけだ。


 かぐやはどこへ行ったのだろうか?


 机の中やカバンの中を探しても見つからない。

 なんだかだんだん心配になってきた。



「ん、笹間? どこ行くんだよ?」


「ああ……ちょっとな」



 休み時間になった途端に俺は教室を出ようとし、田原に声をかけられた。



「言っとくが……竹林じゃないからな?」



 田原なら考えかねないので、一応言っておいた。



「そりゃそうだろうけどさ、すぐ次の授業始まるぜ?」


「次の授業って?」


「数学」


「んじゃ、俺だけは体育ってことでよろしく」


「んな無茶が通るかよっ!!」



 田原のツッコミを背に感じながら、俺は廊下を駆けていった。



「ったくあいつ、どこ行ったんだ……?」



 視聴覚室前のロッカーの中や、階段の防火扉の横の隙間とかも探してみたが、全く見つからない。

 まあ、あのサイズの生き物を簡単に見つけられる方がおかしいが。


 さすがにあのちびっこい身体で他の階や渡り廊下の先までは行っていないだろうと思い、元いた教室の近場を探しているのだが、その辺に転がっているホコリの中から色違いのものを見つけろというくらい大変だ。

 もちろんそんな奇特な捜し物、したことないが。




 それからしばらく探してみたが、全く見つかる気がしないのですっかり諦めムードになり、廊下をトボトボ歩いていた俺は、あるものを発見した。



「図書室が……開いてる……?」



 図書室のドアが数センチ、開いているのだ。


 本来図書室は、授業で使う時や昼休みや放課後の時間しか開放されてないはずなのだが……誰かが閉め忘れたのか?

 疑問に思いつつもドアをスライドさせると、普通に開いた。


 っていうかスムーズに開き過ぎて、ダンッて音が響いてしまった。


 スライドドアあるあるだが、今は授業中だからもっと注意深く行動するべきだな。



「……う……へい……っ!」



 ドアのレールを跨ぐとすぐに右側から声が聞こえてきた。



「かぐやか? どこにいる?」



 声のした方を見ると、すぐそこに本棚がある。


 本の背表紙とかぐやの着物の色が被って保護色になってるのか、全く見つからない。



「もうちょっと下です……!」



 さっきよりも声が近い。

 言われた通り数個下の段を見ると、そこには見慣れたちっこい姿があった。



「こんな所に居たのか。探したぞ? なんで突然教室から居なくなったんだ?」


「……? 机の上の紙に書いておいたのですが……」


「え……?」











(笹間のやつ、おっせーなー。どこ行ったんだ?)



 田原は授業を聞き流しつつ、なんとなく笹間の席を見ていた。


 そして、机の上に不自然に開かれたノートが目に入った。



(なんだこれ……?)



 手にとって読んでみる。


 そこには、『かわやにいってきます』と小さくて綺麗な字で書いてあった。



(かわや……って何だ……?)











「悪い、気付かなかった。いきなりいなくなったもんだから、すぐに探しに出ちまって……」


「心配……してくれたのですね。嬉しいですっ!」



 俺がかぐやに手を差し出すと、かぐやは嬉しそうに飛びついてきた。


 よく見ると、着物が数ヶ所擦り切れている。



「でもどうして図書室に居たんだ?」


「それが……私、用を済ませたあと教室に戻ろうとしたのですが、道に迷ってしまって……。高い所へ行けば気づいてもらえるかもしれないと思い、登れる場所を探していたのです」


「それで本棚にいたのか」


「はい。他に登れそうな場所がありませんでしたので……」



 本棚を登るという発想はなかったな。


 かぐやからすると階段を登ることは不可能に近いのだろう。

 一段が自分の背より高い上に足場もないそれは、壁と同じかもしれない。


 いや、壁よりも圧倒的にツルツルしてる分、強敵だろう。


 だが本棚には本がある。

 カバーの材質によってはそれはそれはザラザラしている。

 登るのには最適だったはずだ。


 とは言え──。



「疲れただろう? 良かったな。帰りは楽ちんだぞ」


「ふふふ……お気遣いありがとうございます。それではお言葉に甘えて、教室までよろしくお願い致します」



 俺はかぐやを手のひらに乗せ、その嬉しそうな笑顔を見ながら教室まで戻っていった。


 授業の終わりの時間に合わせ、教室に入ると、田原が俺の顔を見るなり手招きしてきた。

 俺はひとまず席に戻り、かぐやを机の中にしまった。


 ──と言ってもかぐやは暗闇を怖がっていたので奥には入れず、手前の縁に腰掛けるように降ろしてやった。



「なあ笹間、かわやって何のことだ?」


「? 便所だろ?」


「そうか……長かったな」



 と、なぜか肩にポンッと手を置いてきた。


 俺はなんとなく、その手を捻っておいた。



「イダダダダ!! な、何で暴力振るうわけ!?」


「いや、なんか、お前の腕に蚊が止まってたから」


「だとしたら叩くだろ普通!? 何で捻るの!?」



 そんなやり取りをしているうちに始業のチャイムが鳴った。

 ……そして、かぐやと一緒にノートに落書きしているうちにあっという間に授業が終わった。


 かぐやの文字は綺麗だけど絵のセンスは壊滅的なことが判明した。






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