第1話『光る竹の噂』
「──お前さ、こんな噂知ってるか?」
「……噂? 悪いけど、俺そういうの信じねーから」
「いやいや、この噂は結構マジなんだって。色んな奴が同じ体験してるっていうからさ」
「……ふーん。一応……どんな噂?」
「この学校の裏に、竹林があるだろ? そこを夜中に通った奴が、光る竹を見たって言ってんだよ!」
どんな話かと思ったら、お伽話か。
「じゃあお前が実際に行って確かめてみれば? 写真でも撮って、見せてくれれば信じてやらないことも無いぜ」
「お、おう、いいぜ、やってみせるぜ! 今夜行ってくるから楽しみに待ってろよ!」
「ああ。期待しないで待ってるよ」
光る竹……か。
あいつが言うように複数人が見たとしたらちょっとは真実味があるが、どうせ見間違いだろう。
……そして次の日。
1時間目と2時間目の間に、あいつは登校して来た。
「オイ笹間! 撮ってきてやったぜ!」
「どうでもいいがお前、遅刻だぞ」
「ほらほら、見てみろよ!」
田原がケータイの画面を見せてくるので、仕方なく見てみると……竹林の中に明らかに不自然な光を放つ竹が1本ある。
「な!? な!?」
「……ちょっと貸せ」
違和感を感じた俺は、ケータイを奪い取り、保存してある他の写真を見てみた。
すると、見つかった。──加工前の写真が。
「お前、嘘ついたな」
「う、嘘じゃねーんだって!」
「でもこれ、さっきの写真と同じじゃねーか。一番重要な所を除いたらな」
不自然な光がある写真と無い写真が存在するってことは、後から自分で光を付け足したってわけだ。
「クソぉ……上手く加工するのに1時間掛かったのに、アッサリとバレたぜ……」
「お前、それでこんな時間に登校してきたのか……アホだろ」
コイツとは中学の頃からの付き合いになるが、思い返してみると、出逢った頃からアホだった気がする。
「なんでそこまでして、信じ込ませようとしたんだ?」
「……確かにその写真は加工したものだけど、俺は見たんだ! ホントだぜ!」
「でも写真には何も写ってないじゃんか」
「それが本当に不思議なんだよな。納得いかねぇっての」
その言いぐさから、言っていること自体は嘘じゃないことがわかる。
写真に写らない光……か。
「ところで、見ただけなのか?」
「うん? 何が?」
「何がって……光る竹に決まってるだろ……」
「ああ、それがなー……人が近づくと光が消えるから、どの竹なのかわかんないんだよ」
この写真に写ってる竹も、一つじゃない。
辺りには同じような竹が密集しているのだ。
しかも暗闇の中だ。光っていたら一目でわかるが、その光が消えたら全く見分けがつかないだろう。
「じゃあこの写真も、近くから撮ったものなのか?」
「いや、光ってるのを確認してすぐに撮ったから、結構離れてたと思う」
「その話が仮に本当だとすると……その竹の光は、人が近づくと消える。写真を撮ろうとしても消えるってことか」
「恥ずかしがりやなのかね」
「人じゃねーんだから……」
本当かどうかは、自分の目で確かめるしかなさそうだな。
「お前も気になって仕方が無いんだろ? 今日行ってみろよ」
田原に言われた通り、気にはなっていた。
噂として聞いただけならともかく、コイツがわりと真剣に見たって言っているのが気になる。
「なあ、光る竹の噂って、夜に見たというものしかないのか?」
「え? うーん、昼間に見たっていう話は聞かないなー」
恥ずかしがりやって話はあながち間違いじゃなさそうだ。
◇
その夜、俺は竹林へとやってきた。
しかし思っていたよりも竹が少ない。
「いてッ」
歩いていると、何かに躓いた。
ケータイのライトで足元を照らしてみると……そこにあったのは、竹だ。
だが地面から数センチ辺りで切られている。
つまり……誰かが竹を刈り取っているってことか?
周りをライトで照らして見回してみると、やはり所々竹が刈り取られている。
足元をよく見ないと、歩くたびに躓きまくるなこりゃ。
「……ん? なんだ……?」
ケータイで足元を照らしながら歩いていると、ケータイのものとは違う光が目に入った。
LEDの白い光とは違う、金色の光だ。
その方向へ歩いていくと──。見つけた。
「マジであったのか……」
噂の通り、ピカピカと光っている竹だ。
田原の話だとあの竹は、恥ずかしがり屋らしいな。
……いや、冷静に考えたら恥ずかしがり屋の竹とか、全く意味がわからないが。
とにかく、気づかれたら光が消えてしまうのだろう。
ならばと俺はケータイをポケットにしまい、ゆっくりとゆっくりと歩を進めて近づいていく。
──しかし竹まであと十メートルくらいという所で光は消えてしまった。
辺りは暗闇に包まれ、自分がどこを向いているのかすらわからなくなる。
空を見上げると、背の高い竹の間からチラチラと星が見えて、綺麗だった。
「……失敗だな」
呟いて、一度、さっきまで光っていたと思われる竹から離れる。
すると竹は光を取り戻す。
結構遠い位置の上、この辺りは竹が密集しているので、いまいちどの竹かハッキリしない。
しかしどうせなら、これだという一本に印でも付けて帰りたい。
「……うしっ」
ゆっくり近づいたところで、ある程度の距離で消灯されてしまう。
それなら、光っているうちに真っ直ぐ竹に突っ込んでやろうと思い、構えた。
そして次の瞬間、俺は駆け出した。
──だが、足元の竹に気づかず……躓いてしまった。
しかもそれに気を取られているうちに、竹はもう光を消してしまっていた。
……俺はそのまま体勢を崩して……
──ガンッ!
「いだッ!!」
目の前の竹に思いっきり頭をぶつけた。
直後、バキバキバキッと音を立てて、竹は……折れた。
俺の頭……スゲー……。
「きゃっ……!」
折れた竹が倒れ落ちた瞬間に、何か聞こえた気がした。
俺は辺りを見回して見るも、誰かが居る様子はない。
気のせいかと思い、折れた竹の残った方を見ると……その切り口に、何かが居ることに気づく。
「……な、なんだ……?」
暗くてよくわからないので、ケータイの明かりで照らしてみると……
そこにはものすごく小さい女の子が居た。
「はわわわ……」
ものすごく慌てている様子だ。
…………ど、どういうことだ。
なんでこんな……お伽話みたいなものが……?
幻覚かと思い、目をこすり、もう一度竹の中を見るが、やはりそこにはちっこいのが居る
「これが光る竹の正体か……?」
小さな女の子は、後ろを向いて姿を隠そうとしている。
よく見ると、着物を着ているな。これまた女の子の大きさに合わせた極小の着物だ。
「うぅ……」
…………しかし、俺はここからどうすればいいんだろうか?
興味本位で来て、噂が本当ならそれを証明できる証拠でも残そうと思っていたのだが……
結果的になんか、ちっさい生き物の住処を壊してしまったみたいだな。
とりあえず、ケータイのライトはこの小さい生き物には眩しすぎるようなので、消しておく。
「……なんか、悪いな。お前、ここに住んでるんだろ?」
「…………な、なんですか……貴方様は……」
貴方様と来たか。
というか言葉は普通に通じるんだな。
「どこから説明したものか……。えっと、最近なんか外が騒がしくなかったか?」
「は、はい……。私、怖くて怖くて……」
近づくと竹の光が消えるのは、恥ずかしがっていたっていうより、怖がっていたからなのか……。
「お前の光を見て、騒いでいた奴らがいたんだ。俺も、噂を聞いて確かめに来た一人ってわけだ」
「そうなのですか……?」
「でも、もう身を隠す所も無いんだよな……。本っ当に悪い!」
俺は手を合わせて謝る。
「……いえ、どちらにせよ、そろそろ時期だったのです。……竹の中の暮らしはおしまいです」
「これからどうするんだ?」
俺が尋ねると、小さな女の子は少し考えたあと……
「アテは……全くありません」
残念な一言が返ってきた。
……いや、当たり前だろうけどな。
今まで竹の中で暮らしてきたんだから、アテがある方がおかしいのだろう。
「そうか……。じゃあ、まあ……頑張ってくれ」
俺はとりあえず、帰ることにした。
「はい……」
小さな少女の寂しそうな声を最後に、俺は竹やぶから去って行く。
「……このままここにいるわけにはいかないですね……」
少女は竹の縁に捕まり、うんしょと登ろうとする。
なんとか乗り越えるも、竹の外側はつるつると滑りやすく、掴まれる場所もない。
人間にとっては膝上程度の高さだが、少女には地面がとても遠くに見えた。
意を決して手を離した時だった。
「──よっと」
竹から滑り落ち始めた瞬間に、少女は何かに受け止められた。
「え……あ、あの……」
少女は戸惑いを隠せなかった。
辺りは真っ暗で、何が起きたのか、自分が救われたのかどうかすらわからなかったのだ。
「やっぱりその大きさだと大変そうだな。住処壊したのは俺なんだし、責任とってお前を助けてやるよ」
そう言って少女に光を当てる。
「きゃっ!」
「あ……悪い。これ、苦手なんだったな」
そこで少女は確信した。さっきの人が戻ってきたのだと。
「それじゃ、とりあえず帰るか。このままずっとここに居るわけにもいかねえし」
「それは、貴方様のお家にですか……?」
「ああ。……って、その貴方様っていうのやめてくれ。俺は笹間……幸平だ」
「では、幸平様でよろしいですか?」
「いや、様はいらない」
「では、幸平さん……?」
「さんもいらない」
「えっと……幸平……」
「ああ。呼び捨てでいいぜ。それで、お前の名前は?」
「かぐやと申します。それではよろしくお願いいたします、幸平♪」
やっぱりな……。と心の中で苦笑いをしつつ、幸平はかぐやを手に乗せて家に帰っていった。