第8話 てんせん
「初めての割りには上手に乗るじゃねぇか。感覚が鋭いんだな。センスがいい」
「…………。」いやいや
右手を振り謙遜の意を示すローブ。
いや、手綱を放してんのに落っことされない時点で体幹が図抜けてる。ライドビークってのは俺からしてみればいわゆるダチョウだ。それの背に乗って手綱も握らずに乗りこなすとはお前は曲芸師かと。
「お前さんいったいどんな鍛え方してきたんだい?その歳では考えられないほどの体捌きじゃないか」
「…………。」かくん
「特に特別なことはやってないってか。凄まじいな」
ゆっくりとした移動になるかと思っていたが杞憂だった。ローブがあっさりとライドビークを乗りこなしてしまったおかげでぐんぐん森に向かって進んでいる。
正直言って面白くない。落っこちる様を笑ってやろうと思ってたのに。
風が心地いい。これなら1時間と経たず森に到達するだろう。もしローブの探してる相手がいなかったら日が沈むまでに水を汲んで帰って来れる速さだ。
「お、そうだ!なあローブ!酒に興味はないのか?もしお前が飲めるようになった時のために最高に美味い酒の作り方を教えてやろうか?」
「…………。」かくん
「あんま興味ないか?まぁ覚えておいて損はないはずだぜぇ。知る人は知ってる酒だからな」
「…………。」う〜ん
「まぁ後で作り方を書いて渡してやるよ。ていうか、平原に魔物の姿が見当たらないな」
聞いた話じゃ森から追いやられた魔物が平原にいるはずだったんだが。
あ~、草原の景色に紛れて上手くカモフラージュしてるのが何匹かいるなぁ。
俺たちの向かう先にはグレートマンティスが群れで平原に伏せている。
ローブを呼び止めようとしたら自分からライドビークを止めていた。
「ひぃふぅみぃ……5匹か」
「…………。」こくこく
「何匹倒す?」
「……………………。」3
指を3本立てて知らせてきた。
「りょうかい。んじゃ森も近いことだしライドビークは返すか。ほれ!」
「…………。」かくん
「そいつの背中を軽く2回叩いてやんな。そしたら勝手に帰ってくよ」
「…………。」トントン
「そうそ。それでいい。あいつらを連れて森に入る訳にはいかねえからよ。かといってこの場に置き去りにすれば魔物の標的にされちまう。中にはそうやって自分たちは逃げるっていう冒険者もいるが、そんなのは冒険者の風上にも置けない行為だ。覚えとけよ?」
「…………。」こく
「帰りは歩いて帰るつもりだったんだが、今日もしかしてこの後用事あったかい?」
「…………。」ふるふる
「よし。じゃあ行くか」
奴らは伏せたままの態勢でいる。これは先手必勝だ。ローブと俺はカマキリどもに速攻をかける。
「せぃ…やぁっ!!」
先手は俺からだ。ところがさすがにカマキリもこれに反応して俺の剣を受け止める。上手い具合に両手の刃を使って俺の攻撃の勢いを殺された。
グレートの名が付くだけあってこの魔物もけっこうな強敵かぁ。B-級の魔物だったかなこいつら。
仕方なく剣を引いて仕切り直す。
「じゃあ、こんなんでどうよ!」
立ち上がりかけてるさっきのカマキリに同じ軌道で剣を振るう。考える頭は虫程度でも、本能でこの攻撃を裁く行動を起こすだろう。
案の定カマキリは俺の剣を受け止めた。
「はい残念」
ボギン!!
同じ攻撃をするわけがないだろ?
俺が放ったのは切る攻撃じゃなくて敵を砕くことを目的とした攻撃だ。
『剛剣』
剣士なら誰もが使えるようになる至ってシンプルな技の1つだ。力の入れ方次第でその効果は全く別のものになる。
だがそれでもカマキリは虫。おそらく痛覚というものがない。怯みもせず自らの顎で噛みつこうとしてきた。
「っとお!しかも牙に毒まであったっけか。面倒な奴らがこんなとこにいたもんだ。そっちは大丈夫かい?」
カマキリの攻撃を避けつつローブの方に目を配る。ローブも剣で鎌に対抗している。あれがもし短剣だったらリーチの差で苦戦を強いられていたかもしれない。
ふと、ローブの剣に目がいった。
随分おもしろいもんを扱ってるもんだなぁ。
ぶっちゃけ俺はその剣を作った奴に心当たりがあった。今じゃ滅多にお目にかかれない業物の1つだ。
剣は人を選ぶというが、なかなかどうして様になってるじゃねぇか。
引き寄せた2匹のカマキリの攻撃をいなしながら、もう1つ気がついた。
……片腕か。
何処ぞの魔物に喰われでもしたか。
若しくは元奴隷か。
俺は両の鎌を失ったカマキリの隙を見てその首を切り落とした。
そして剣を振り切ったままの態勢の俺にもう1匹のカマキリが強襲する。
『瞬剣』
お次は速さのみを極めた斬撃である。それを大振りで振りかぶっていた鎌の関節に叩き込んでやった。勝ちを確信せず最後まで気を抜かなければ、俺があの程度で隙を作ることもないと気づけただろうに…
なんて虫に対して期待するのは俺のエゴか…。
片鎌を切り落とされてもカマキリはめげずに俺に残りの鎌を振り下ろそうとした。
それに対して俺は剣を構えるでもなく、剣に付着したカマキリの体液を振り払い鞘に納める。
カチンという音を合図に、カマキリの身体は腕の関節を始めバラバラに崩れていった。
「よくやったなぁこれ。まだ腕は鈍ってなかったか」
補足すると、瞬剣は単発ではなかったということ。
「はぁー。ローブの方はもう終わってっかな?」
ギルドの中で感じた感覚から手練れだということは理解していた。だからこの程度の魔物が3匹相手になったところでそう手こずらないだろうと予測していた。
「あん?」
1匹まだローブと戦っていた。
だがそいつの鎌が他のカマキリより大きい気がした。その特徴で気づく。
「デスサイス!?混ざってやがったのか!」
言わずもがな奴はA級の強敵だ。死の鎌の異名を持つ奴の鎌には即効性の毒が滴っている。
あれでかすり傷でも負おうものならもう時間との勝負だ。死ぬのが先か毒の除去が先か。10秒もすれば決着がついてしまう。
それで付いた名前がデスサイス。
さすがに奴相手に片腕はしんどい様子だ。
「そいつの鎌を砕け!そいつは毒こそ脅威だが鎌の耐久性は紙だ!そうすればあとは口の攻撃だけに集中できる!」
「…………!」こく
聡い男だ。すぐにその対処に入ったのが分かる。あれは奴の攻撃を誘ってる。おそらくカウンターをぶつけて鎌を粉砕するつもりだろう。
そらきた!
奴は同時に両手の鎌を振ってローブを切り裂こうとした。だがそれはこちらの読み通りであり、ローブの放った横薙ぎ一閃で両の鎌は粉々に消し飛んだ。
あの剣だから出来る独特の技だろう。一度鞘に剣を戻し相手の油断を誘い一気に攻める。
ここまでは筋書き通りだった。
次の瞬間、デスサイスは不意を突くようにローブへ毒液を吐き出した。
「伏せろ!!」
「…………!」
俺は咄嗟に羽織っていた外套で毒液からローブを庇う。
もしもの時の為に近い距離に移動しといて正解だったぜ。
毒液塗れになった外套をそのままデスサイスの視界を遮るようにして放り投げる。
『三日月』
俺はデスサイスの首を横薙ぎに刎ねた。
A級といっても戦い方を心得ていれば、まぁこんなもんだ。デスサイスは頭を失ってもまだしばらく絶命せずに動いていたがこちらに襲いかかってくる様子もなく、しばらくして動きを止めた。
「驚いたな。似たような姿してるもんだから最初気がつかなかったな」
剣に僅かに付いた毒液といっしょに体液を振り払い、完全に脅威が消え失せたことを感じて改めて剣を納める。
トサッ
「あ?あぁいけねぇ落としちまった」
剣を鞘に納めそこない草原に落としてしまった。
「よい…しょっと」
トサッ
剣を掴みそこない、俺は再び草原に剣を取り落とした。
「………………ちっ」
いつものあれだ。別に問題ねぇ。
とその時はどうにか頭の片隅に追いやることができた。自分ではあまり気がつかないもの。
こうやって、普段しないミスをした時に右手を見ればそうなってるようになり始めたのはもう何年も前からだ。
「…………。」トントン
「ん?危なかったな。あのカマキリは見るの初めてか?毒液に対してヤケに反応が鈍ってたぜ」
「…………………。」こく
「初見で無傷なら上々だ。あんたならいずれ名前を取り返せる」
しっかしなぁ。長いこと使ってた外套だったから愛着があったんだけどなぁ。
「…………。」トントン
「ん?」
「…………。」
ローブは右手を横に振って先ほど俺が放った技の様な動きをする。
「あぁ気づいたか。そう。俺が放った技はお前がこのカマキリの鎌を砕いた技だよ。俺の剣は鞘に納めてから放つことは出来んから動きだけ真似た技だったがな。案外放てるもんだ」
「…………。」こくこく
ローブは自分の剣を納めたまま手だけで動きを反芻していた。
「……技の名前って知ってたりするか?」
「…………。」ふるふる
「三日月だ。ほかにも紫煙とか冷雨とかあるが、もしかして自己流で覚えたか?」
「…………。」こく
「だったら今後その剣を使うにあたって覚えておいた方がいい技がある。俺の友人が良く使ってた技でな?もしかして名前を知らないだけで動きは知ってるかもしれないから1回見てろ」
「…………。」こく
「まずは剣気を集める。これはお前さんが普段やってることだ。んで次だ。ただ剣を振るだけじゃこの技は発動しない。さっきの横薙ぎに振った技を下から切り上げるようにして…森に向けて放ってみろ」
「…………。」こく
フォン!
「……あれ?出ねぇな。ちょっともう一回やってみ?」
「…………。」こく
フォン!
「納刀してねぇじゃねぇか!さっきの技だって!お前が鎌を砕いた時の技!」
「…………!」こくこく
「そう。その構えで態勢を少し低くしてみ?そしたら撃ちやすいから」
「…………。」かくん
「あぁ。『撃てる』から。やってみ」
「…………。」こく
ブォン!
ズザザザァ!
「…………。」
「ほれ見ろ。撃てただろ」
きょとんとしてるのは分かる。その証拠に自分の剣を、どっから今の斬撃は出たんだと言わんばかりにしげしげと見てる。
「だいたい5歩分の距離か。ホントにセンスあるなお前さん。作った本人でさえこれの倍の距離が限界だったのにな」
「…………。」かくん
「1回目でこれはすごいって言ってるだけだ。俺が教えるのはここまで、これ以上教えると次であいつの記録を超えそうだからな。あとは自分で考えろ。これを極めたらそうとう戦いの幅は広がるはずだぜ。なにせ剣士は近接戦闘が当たり前だったのに、遠距離でこっちから仕掛けることが出来る。なんだったらずっと遠くから相手を追い詰めることだって出来るようになる。ま、参考にしてくれや」
「…………。」こく
「そうだ。技の名前だがな。たしか『天扇』という名前だった」
「…………。」
「誰に見せたところでその剣以外の物で使えるやつなんかいないからガンガン使え」
「…………。」かくん
「あ〜なんとなく分かった。他にもその剣を持ってる人がいるかもってことだろ?安心しな。その種類の剣はもう生産停止してるからほとんど同じ物を持ってる奴に会うことなんかねえよ。むしろ何処でその剣を貰ったのか気になるほどだ」
「…………。」スッ
「いや、指で方向差されても分からん。まぁ巡り巡ってお前さんのとこにたどり着いたんなら奴も本望だろうさ。あ、あと手入れはしとけよ?耐久性はあるにはあるが折れたらもうなかなか手に入らん代物だからよ」
「…………。」こくこく
「よぉし!じゃあ気合い入れ直していくか」
「…………。」こく
俺たちはいよいよ森へ足を踏み入れたのだった。