第6話 過去があるから今がある
詠唱の設定が甘いかもしれません。
魔法とは正しい音律があって発動に至るのがこの世界の理だ。そう考えてるあたしは魔力によるイメージだとかを気にしたことがない。
魔力の有無こそ発動条件に関わるが、やれ魔力を練ったりだの、それを放出するイメージだのは別にいらない。
だからこういうのも出来て当たり前だ。
「〈共に舞え。此処は開けた大舞台。何を躊躇うことがある。吹けば飛ぶ、儚き道を楽しみ歌え子供らよ。ふんふふんふんふん〉」
…………要するに音律が重要であって、歌詞とかは適当なわけだ。使う魔法にそれっぽい歌詞を合わせて歌えば魔法なんて簡単に発動する。
ただ過去に数回、火の魔法の音律だったのにうっかりそれが水魔法の音律だと勘違いしてしまい、歌詞と魔法がかなりズレるという恥ずかしい事態が起こってしまった。
詠唱を聞いてるパーティはその時はいなかったけどね。
歌ってる途中で気づいたから良かったものの、最後に『アクアダイバー!』まで唱えきっていたら魔法は発動せず、あたしは大ピンチだったはずだ。最後に魔法の呼称を宣言するのも発動条件なのは当然のことなので、普通間違える人はそんなにいないだろう。
じゃあなぜあたしは間違えたのかっていうと、剣舞してる最中に詠唱して歌の方にあまり集中してなかったからだ。
誰だって、1度覚えた歌ならある程度歌詞を見ずとも口ずさむことができるだろう?
それの延長であたしはこんな戦い方をしてる。
けっこう様になってると思うよ?あたしの踊り。
「エアルストーム!!」
剣は基本受けに徹し、間隙に魔法を挿む。
相手はなす術もなく空高く吹っ飛ばされて、剣を納めるころには奴らの息も途絶えてるってわけだ。
「けど今回は足噛まれちゃったから思うように動けなかったなぁ。普段ならもう少し綺麗に踊れたんだけど」
あたしは不満げにぼやく。
すると背後からパチパチと拍手が聞こえてきた。いつの間にそこにいたのか。振り返ればローブが座ってこっちを見てるではないか。
「え!?ちょっ!スライムは!?」
「…………。」スッ
ローブは核の半分を見せてきた。
ってことはもう終わっちゃったってこと!?
「嘘おぉ……せっかく剣技見たくて待ってたのに……こいつらの所為だ」
睨んだところでウルフたちはとっくに絶命してる。
噛まれてるの気にせず見学してるべきだったかな。
「…………。」トントン
とローブは自分の首元を指差す。
「あぁ。これ?気にしなくていいよ。いっつも傷は戦い終わってから全部治してるから」
「…………。」ぶんぶんぶん!
「え?違うって?あ!その前にさっき倒したウルフどもの尻尾剥ぎ取って来なくちゃ」
「…………。」ガシッ ぶんぶんぶん!
腕を思いっきり掴まれた。そしてローブは相変わらず首を横にぶんぶん振ってる。
「なにさ。首やられたから失血こそ多いけど、これくらいじゃあたしは死なないし」
「…………。」
ローブはもどかしくなったのか、掴んでたあたしの腕の手のひらにまた文字を書き始めた。
『いたみ』
……くると思ったよ。
「…………。」ふるふる
敢えて口に出すのはやめた。自分の耳に入ってしまえば、それだけでいろいろ思い出してしまうものだ。
ローブは特に反応も示さずあたしの前に突っ立ったままでいた。
その横の地面に突き刺さったままの杖を引っこ抜き、あたしは自分に回復魔法を唱えた。
「〈ん〜〜〜♪ん〜♪ん〜〜〜♪ん〜〜♪〉ハイヒーリング」
この白魔法が掛かってんだか掛かってないんだか分からない感覚が、いつもあたしを不快にさせる。だから、戦いが全て終わった後の1回で済ましたいんだ。
歌詞だって適当。しかも今回なんて面倒くさくって鼻歌だ。
白魔法の歌は大体が神に祈りを捧げる歌。
神なんていないよこの世界。
もしいるなら尋ねてみたいよ。なんであたしを造ったか。
そんな奴に捧げる歌なんて鼻歌で十分なんだよ。
「これでいい?傷1つ残ってないでしょ?」
「…………。」こく
「ていうか上位級相手に傷1つ付かないあんたの方があたしは怖いんだけど?」
「…………。」
「いったいどれだけ戦えば上位級相手にあんなに余裕で戦えるの?」
極力明るく振舞って話題を逸らした。
「…………。」ふるふる
「……ん?」
ローブは自分の右手を見せてくる。よく見ると指先に小さな傷があった。
「…………。」
「…………。」
ローブの中でなにしてんだか。
あたしには分かってしまった。それがどう見ても『切り傷』だったから。
あのスライム相手にこの傷は不自然だ。かと言ってウルフ如きに遅れをとってた様にも見えなかった。
となると、自然とこの傷が『いつ付けた』ものなのか分かってくる。
「こんなもん、唾つけとけば治るよ」
わざとなのか不器用なのか。もしこれを天然でやってたら、こいつとならこの先パーティを組んでやってもいいと思う。
だから……今回の治療は特別だ。
「……気になるんだったらあとで自分で消毒なりしときな。んじゃ、あたしはウルフの尻尾剥ぎ取ってくるから」
「…………。」
あたしはフードをいつもより目深に被り、足早にさっき倒したウルフのところへ向かう。
とにかく早くこの場を離れたかった。
なにをやってんだあたしはぁあああ!!
そりゃ自分の過去を思い出してちょっぴり心傷に浸って、打ち明けたいとか思っちまいましたさ。
そこへあんなさ。手を差し出されてさ。
タラシですよ!あの人タラシですよ!
うぁぁぁ…いやもう顔が赤いのは絶対夕陽の所為だ。
それかウルフの返り血ってことにしとけ!
にしてもだ……タイミング良すぎないか?
あたしだから最後のウルフ4匹は1人で倒せたけど、もしかして苦戦してたらあいつ加勢してたんじゃないか?
……あたしが攻撃されたの見て速攻でスライム倒して駆け寄ってきたとかじゃないよね?
ーーっ!ーーっ!
ダメだ。無心で尻尾剥ぎ取ろう。
スライムと手を組んであんな芝居をしてたとか考える方が馬鹿げてる。あたしが襲われるまでスライムを倒さないでいた?違う。相手は上位級だっつの。手を抜けば自分が殺されること必至だ。
じゃあやっぱり…………
ああもう!いいってば!
考えるにしても別のこと別のこと。
ふと思い出した。
「あぁそうだ。ローブ!あんたの剣技、さっき見れなかったからさ。今見せてよ」
「…………。」かくん
「えっと、できれば斬撃飛ばすやつ見せて?」
「…………。」こく
魔物がいないから拒否されるかと思ったけどあっさりやってくれるものだ。
ローブは剣技を放つために構える。
あれ?剣を納めたままだ。
ローブはそのまま剣の柄に手を添えて姿勢を低くする。あんな構えは初めて目にする。
しばらく時間が流れる。
躊躇ってるようにも見えたがピリピリとした剣気が肌に刺さる。
タメてるんだ。技を放つ瞬間まで。
絶対に見逃すわけにはいかない。
あたしは瞬きも忘れてジッとその瞬間を見つめていた。
結論を言おう。はっきりとは見えなかった。
しかしとんでもなかった。
ローブが剣を抜き一息に振り抜いたのはかろうじて見えた。下から上に振り上げる形で斬撃は放たれると思った。だけど斬撃がその刃から放たれたと認識した時には、その先でウルフの悲鳴があがった。
まだ懲りずにこちらへ向かってきていたのかとそちらを見たら件のそれがあった。
ウルフの首元だ。
そこに食い込むように斬撃が痕をつけていた。それが炸裂したから驚きだ。
爆発ではなく炸裂。空間にヒビが入ったようにも見えた。
その後ウルフはその場に崩れ落ちた。
「い……今のは?」
「…………。」
ローブはこちらに寄ってきてまたあたしの手のひらに文字を書き始めた。
『てんせん』
「…………てんせん?」
『けんぎ、なまえ』
「あ、てんせんって言うんだ」
もう一度今しがた倒されたウルフの方を見る。
遠い。今日1日ウルフと戦っていた中で最も遠い位置にウルフの亡骸が作られた。囲まれていた時の比じゃない。それこそ魔法使いの距離だ。
それを剣技でやってのけてしまうとは。
「はは、ちょっとはあんたの技を盗めるかと思ったんだけど、これは無理だわ」
「…………。」かくん
「あたしも真似ればできるかと思ったの。斬撃を飛ばして攻撃とか。でも今のはないわ。切ったんでしょ?この距離で」
「…………。」こく
「すごすぎるよ…」
ため息も出ない。剣を扱うことに関して格が違う。これでもあたしだってそこそこ剣は使える。それでも所詮あたしの魔法と剣は、どっちつかずのハンパものと同じだったわけだ。
「あんたの剣って魔剣だったりする?」
なんだか悔しくなってそんなことを口にする。
「………………………………。」ふるふる
「待って。なに今の長い間は」
「…………。」ふるふるふるふる
「ちょっと!魔剣なの!?」
「…………。」ふるふるふるふるふるふる
「あ!逃げんなこら!」
結局彼がそうとうな剣の使い手ということ以外何もかも分からないままだった。
あとは天然だということくらいだ。
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「それじゃ世話になったよ。リア」
「ううん。あたしも久々に女の人と話せて楽しかったよ。ここは野郎ばかりだし。それにしても、たった3日間だったけどさ」
「まぁ路銀を稼ぐ為に立ち寄っただけだしね」
「たしかに、ここに居座ってたらロクな男に目を付けられかねないからね」
なんて自分のギルドの連中を見回して言うんだからこの受付さんも人がわるい。
「また立ち寄ることもあるさ。あたしだって冒険者だからね」
そこへギルドの入り口から元気な声で「ただいま!」という声と共にあたしより小さな女の子が入ってきた。
『『アイビーちゃんおかえりぃ!!』』
と、男どもはその女の子の登場にえらく盛り上がり始めた。あたしはリアに小さく手を振ると、その上気した雰囲気に乗じてギルドの外へ出た。
するとそこにあいつがいた。
そしてこいつがここにいるということに周りの人の気が失せている。
察するに今すれ違った女の子の護衛を務めていたんだろう。日は中天に差し掛かろうかといった時間。朝早くからご苦労なことだ。
「…………傷は?」
「…………。」スッ
差し出された手の指先には微かにだが切傷の痕が残っていた。
「……いや、それじゃなくて今行ってきた依頼で怪我してないか?ってこと」
「…………。」ふるふる
「そりゃそうか。あんた上位級2体相手でも余裕だものね」
「…………。」ふるふる
実を言うとあの次の日にもこいつと依頼をこなしてきた。山の方のトロルを狩る依頼だったんだけど…別に今話すほどのことでもないか。
差し出されたままだったローブの手を取って傷の残る指先を摘まむ。
そしてそのまま指をそいつの手のひらに持っていき文字を書いてやった。
『まだ、いたむ?』
「…………。」ふるふる
そこでギルドの中の話し声が聞こえた。
どうやらこいつの事をお待ちかねのご様子だ。
通りに人の気はない。きっとこいつに会えるのも最後だろう。あたしは久しぶりに人の暖かさを感じたくなった。長身痩躯なそいつの胸にちょうど頭を預ける形となってしまったが、それも一瞬の出来事だ。
「手」
「…………。」かくん
「手を出せって言ってるの。ほら」
「…………。」スッ
パンッ
チクリと痛んだのは交わした右手だろうか、それともまた別のどこかか…。
「じゃあね」
その言葉を皮切りに、あたしはまた自分の道を歩き始めたのだった。
次話から3話分はおっさん視点のお話になります。