第5話 上位級
「ふぅー。さぁてどうするか」
杖まではだいぶ距離がある。ここからじゃまだ遠い。1人で戦ってる分には回復魔法なんて最後に1回かければいいから、いつもは白魔法用の杖なんてなくても気にしない。けど今回はよりによってパーティがいる。
白魔法が使えないこの状況で、この数を相手にするのは体力の消耗が激しい戦いになるだろう。仲間がいる以上そんな戦い方は是非避けたい。
「あんた!白魔法は?」
「…………。」ふるふる
自分の肩越しに反応を確認したが、やはり白魔法は使えないらしい。
そんな隙をついてウルフが1匹あたしに襲いかかってきた。
「舐めんな!」
飛びかかって来られたので、下から斬り上げて真っ二つにしてやった。そのときウルフの断末魔が2匹分聞こえた。
見ればローブもウルフを1匹斬り倒していた。
だがそれを見て違和感を感じる。
倒れているウルフの位置がやけに遠い。
切り飛ばしたのか?にしてはウルフの首は先ほどと同じようにくっついたままだし。ただ首元に血が一線引かれている。
まさかこの距離で切ったのか!?
あたしがさっきウルフに黒魔法が放ったくらいの距離があるぞ!?
「まさか黒魔法なら使えんの?」
「………………。」ふるふる
じゃあ剣技だ。それしか考えられない。
だけど遠距離攻撃のできる剣技なんてあんのか?いや、ないこともないはずだけど。実際に見たことがない。
ちくしょう!すごい見たいのにこの背中合わせの状態を解くわけにもいかないし非常にもどかしい。
「謎ばっかりだなあんた」
「…………。」
うん。まぁ反応は求めてないけどね。
後ろを空けてしまうからこちらからウルフにかかっていくわけにもいかず、行動しあぐねていると、ローブ側のウルフが数匹悲鳴を上げたのが聞こえてきた。斬撃を放ったのか。くそぉ見たかった。
トン。
あれ?なんかあたしの向いてる方のウルフたちがビビってる様に見える。それほど凄まじい技だったのか!?気になる。
でも魔物が冒険者の技を見てビビるものか?
トントン!
うん?肩を突つかれた?
さっきのはぶつかっただけだと思ってけど、どうやらローブがあたしを呼んでるらしい。
「どうしたのさ?」
不審な動きをするウルフから目を逸らさずローブに尋ねる。
トントントン!
なんだ!?ウルフたちが明後日の方へ急に駆け出していく。
ガバッ
「うわぁあ!ちょ!何を!?」
ローブはあたしを小脇に抱えてウルフとほぼ同じ方向に走り出した。流れる様に抱えられて抵抗もできなかった。なんでこんな抱えられ方されなきゃいかんのだ。あたしだって女だ。そりゃあちょっとはお姫…………
「で?何事だよ!?」
たわけた考えを頭から振り払って話を戻す。
その間にもローブはあたしを抱えてすげえ走ってる。杖からどんどん遠ざかっていってしまってるんだ。これはいったいどういう状況なのか知りたい。
ザザーッ
ローブはしばらく突っ走った後、反転して止まってくれた。振り返った先には、
「わーお……こんなデカイとは……」
グランスライムがウルフ十数匹をまとめて飲み込んでいる真っ最中だった。
さすが上位級の魔物ということか。ウルフたちも逃げ出すわけだ。
「あ……ウルフ逃げちまったけど、あんた10匹狩った?」
「…………。」こくこく
ローブは頷きながらあたしを下ろしたあと、懐の袋からウルフの尾を取り出して見せた。依頼である以上証拠の品は必要だからだ。
「え!?先に集めてたの?それなのにあの早さだったの!?」
「…………。」かくん
「いや。あたしは先に倒すだけ倒して、あとから剥ごうかと思ってたから」
「…………。」こくこく
なるほど。っていうことか?
「なんにしても、じゃあ問題無しだ。とっととあのスライムやっつけちまおう」
「…………。」こく
あたしは遠くに突き刺さってる杖を魔法で呼び戻す。すると杖はひとりでに浮遊しあたしの手元に戻ってきた。
「勝負はあたしの勝ちで!」
したり顔でローブの方を見たら、なんかわちゃわちゃしてた。
してやったり。
そう、この勝負そもそも最終的に杖を取った方が勝ちなわけで、あたしにだいぶ有利な条件で挑ませてもらってたわけだ。あたしは杖を飛ばして手元に戻すことができるわけだからね。
「でもさすがに卑怯すぎたかな。あんたの声の秘密は聞かないことにするよ。その代わり!あんたの剣技、あたしに見せてよ」
上位級の魔物相手ならいろんな剣技が見れるかもしれない。
「あたしは、ほら、白魔道士だからさ?後方支援に徹するよ。というわけで〜いってらっしゃい」
「………………。」
表情は読めないけど、たぶんジト目であたしの方を見てるんだと思われる。
どうぞどうぞ。
ローブは腑に落ちないといった体で渋々とスライムに向かって歩き出す。
彼はそのローブの懐から1本の剣を抜いた。
なんだ?あの剣。変に反ってる様な形をしてるな。剣なんだろうか。
スライムは取り込んだウルフを消化中のようでこちらに襲いかかってくる動きはまだ見せていない。
うわぁ、けっこうグロいな。
「急に襲ってくるかもしれないから気をつけなよー!」
「…………。」
剣を振って了解の合図をもらった。
なんだろう。
こういうやりとりがあるなら、またパーティで依頼をこなすのもいいと思える。
こんな呑気に魔物と対峙したこと、ここ最近なかったしなぁ。
なんて……なにを考えてんだかあたしは…
もう仲間なんていらないと決めたのに……。
「〈その勇気あるものに武人の加護を与えよ!〉ストレンジ!」
この魔法を他人に使うのも久しぶりだ。おまけでもう少し掛けようか。
「…………。」くるっ
「気にしなくていいからあんたはスライムに集中して!」
「…………。」こく
さあ。スライムへの攻撃が始まる。
ザザン!
…………え?終わった?
スライムの向こうにローブの姿がある。文字通りスライムを切り抜けた感じだ。
速っ!今のは剣技じゃなくて体術の『瞬歩』だ。
しかもすれ違いざまに2度斬撃を放ったんだ。
スライムの傷口から、半分消化されたウルフの群れがこぼれ落ちてくる。
傷は大きい。しかし問題は相手がスライムだということ。
奴にダメージは無い。
「そいつは核を壊さなきゃ倒せないよー!」
「…………。」ビシッ
ローブのやつが消化されかけてるウルフを指差してる。
まさかあれの尻尾も剝ぎ取るつもりか?
「そいつらはあとでいいから!今はスライムに集中………後ろ!!」
スライムは斬撃でとろけてったと思ったら、次の瞬間にはローブの後ろに回り込んでいた。
スライムはその身体を鞭のようにしならせローブに襲いかかろうとしていた。
うわ。避けてる避けてる。余裕でスライムの攻撃をいなしてる。
しかもいなしながら少しずつ斬ってる。
「核の場所はあいつの中心だよ!1度露出させなきゃあんたの剣は届かない!」
「…………。」
こっからじゃ遠すぎて反応も見えない。
どうしよう。支援するとは言ったけど、あたしも剣で手伝った方がいいかな。
でもローブの奴の動きが奇妙すぎて割って入るのも気がひける。
どう奇妙って、右手しか使って無いはずなのに両手で剣を扱ってるような動きだ。あの剣って片刃なのか。
にしても相手は上位級の魔物なんだよ?その魔物の攻撃が1度もかすらないなんて、ホントにあのローブは何者なんだか。
「なんか……暇だなぁ…っ!」
突然衝撃が襲った。
油断してたのだから自業自得だろう。
<ガアゥッ!!>
逃げ出したはずのウルフがあたしの首元に深く牙を突き立てていた。他にも数匹、あたしの手足に尽く噛み付いてやがった。
「この……今さら戻ってきて!!」
力任せにウルフたちを振り払うと、噛みつかれていた箇所の肉をかなり持っていかれた。おかげで首元からの出血がひどい。
舌打ちを1つかまして辺りを見回す。
「4匹。あのまま尻尾巻いて逃げ帰ってれば、もう少し長く生きられたのにね!」
白魔道士の杖を再び地面に突き立てて、両手に細剣と短いワンドを構える。
「白魔道士だと思って攻撃してきたんならご愁傷様。あたしの血ぃ見たんだから無事で帰れると思わないことね」