第3話 噂は噂、謎のまま
「ただいまです!」
『おお!アイビーちゃん無事か!?』
『アイビーちゃん帰ってきたのか!?』
「おかえりアイビー。あんたどんだけ遠くまで行ったのさ?あたしの方が先に帰ってきちゃったよ」
皆さん各々わたしを迎えてくれました。なんだか家に帰ってきた気分になります。
『おい、あの野郎まだ一緒にいるぜ』
『当たり前だろ。アイビーちゃんを街の外で1人にしたら狼の餌になっちまうじゃねえか』
『じゃあもうあいつお役御免だろ。なんでまだ一緒にいるんだよ』
「ただいまリアさん。ほらこんなにたくさん薬草ありましたよ!」
「………………。」どさどさどさ
「ちょいと多すぎやしないかい?まぁいいか。余分な量はギルドで買い取らせてもらうよ。にしても随分良質じゃないか。あぁ、まぁあんたが一緒に行ったんならこうなるか」
「…………。」
「あのね、ローブさん凄かったんだよ」
「ローブさん?」
あ!そうだ名前名前。
「あの…名前を伺ってもいいですか?」
「…………。」ふるふる
「ダメなんですか…」
「あぁ違う違う。こいつ名前を取られてんだよ」
「…………。」こく
はて?今なんと?
「名前を取られてる?」
「そう。だから本当の名前を思い出せないのさ。奪った奴の見当は付いてんだけどなかなかすばしっこい奴でね」
「そう……なんですか…」
名前を取られるとはどういう状況なのか知らないからなんとも反応に困ります。
「だからアイビーがローブさんって呼ぶならローブさんでいいよ。な?」
「…………。」こくこく
「えっと、ありがとうございます?」
『おいおい、まさかアイビーちゃんも犠牲に!?』
『いや、どうやら奴の正体はまだ知らないようだ。今もローブさんって呼んでたってことは、あれより印象の強い中の姿を見てないってことだ』
『良かった。じゃあまだアイビーちゃんは奴の毒牙にかかってないってことだな』
『あぁ、だがそれも時間の問題かもしれない。なにせ奴がここを訪れたのは今日だ。まだしばらくこの土地を離れることはないはずだ』
『くそお!どうにかして俺たちでアイビーちゃんを守れないのか』
なんだかギルド中がヒソヒソ話に花を咲かせています。薄っすらわたしのことが話されてる気がするのは昼間の盛り上がりの名残りでしょう。
気のせい気のせい。
「それじゃお疲れ様アイビー。初の依頼達成おめでとう」
「はい!ありがとうございます」
わたしは初めて依頼を熟せたことの充足感で胸がいっぱいになりました。
『よっし!じゃあ今日は飲むぞー!』
『『おおーっ!!』』
「あんたらずっと飲んでんじゃないか!!」
そんな男たちの中に、わたしはしれっと爆弾を投下してしまうのを知る由もなく…
「じゃあご飯でも一緒にどうです?ローブさん」
『『『っ!?』』』ガタタッ
「はぁ〜、あんたらって奴は……」
「…………。」ふるふる
「そ…そうですか。手伝って頂いたお礼をと思ったんですが」
「………………………………。」ふるふる
随分タメのあるふるふるでした。
もしかして押せば曲がってくれるのでしょうか?
「ローブさんが袋を持ってきてくれてなかったら、わたし今ごろ穴掘って入ってますしホントに助かったんですよ。ですから、受け取ってくれませんか?」
「…………………………。」こく
『『『……。』』』ダンッ!!
「あんたらのその団結力はなんなの」
やっぱりローブさんは押しに弱い方の様です。
わたしはなんとなく勝ち誇ってカウンター席に向かいます。
ローブさんに先に座ってもらいその隣にわたしは座りました。
『おいおいこりゃどういうことだってばよ』
『冗談じゃないぞ。このご時世にギルドに咲いた一輪の花が一夜にして、そんな』
『くそお。だから背ビレや胸ビレくっ付けてちゃんと忠告するべきだったんだ』
『それちゃんとって言わねえぞ。だがまだだ。まだ諦めねえぜ。アイビーちゃんは奴の面をまだ拝んでないならチャンスはまだ俺たちにも』
「フード被ったままだと、ご飯食べ難くないですか?」
『『『だぁっ!!』』』
「あんたらしつこい」
「…………。」ふるふる
ローブさんがちょいちょいと指差したメニューは飲み物でした。
「えっと……これだけですか?」
「…………。」こく
「お腹空いてないんですか?」
「…………。」かくん
首を傾げられました。え?そうでもないということですか?
ローブさんはジョッキに管状のものを刺して飲んでます。しかもそれお酒でもないんですけど、もしかして遠慮してる…
「…………。」ふるふる
…わけでもないようです。表情を読まれたんでしょうか。わたしそんなに顔に出てますか?
「…………。」こく
だそうです。
「はい、アイビーの分お待ちどう」
「ありがとうございます。リアさん」
故郷では見慣れない料理が並ぶのですが、オススメを頼んだらなんだかたくさん出されてしまいました。
食べられるでしょうか。いえ、お腹は空いてるんで食べきれるとは思います。
「いただきます!」
「どうぞ」
「………んん〜!美味しい!」
『『『天使!!』』』
「あんたら1回街壁の外ぐるっと1周してきな」
美味しい料理に賑やかな雰囲気。まるで本当に家にいるみたいです。
「せっかくですからお酒を飲んでもいいんですよ?わたしが奢りますし」
「…………。」ふるふる
「いらないんですか…」
そう返事を返すとローブさんはまたわたしの手を取って手のひらをなぞり始めました。
『あ!アイビーちゃんの手を取りやがったぞあいつ!』
『あの野郎!アイビーちゃんに何を!』
「はい今叫んだあんたら外周10周」
『『ふぐぅ!』』
ローブさん曰くこうです。
『さけ、のめない、とし』
「え?ローブさんおいくつなんですか?」
「…………。」ふるふる
「……教えてくれませんか?」
「……。」ふるふる
ちょっと上目遣いで聞いてみたけどダメでした。
むしろ間を置かず拒否されたので、ちょっぴりショックです。
「……そうだ。じゃあ魔法のこ」
瞬間口を手のひらに覆われていたのでびっくりして声も出ませんでした。
「………。」しーっ!
そんなことをされた後にその仕草をされては、わたしも触れてはいけないことなんだと分かりました。
じゃあなぜわたしに魔法を見せてくれたんでしょうか。
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ふと目を覚ましました。
「あれ?わたしいつの間に寝て?」
ギルド2階の客間でしょうか。夜着を羽織って不思議に思いつつ階下に降りていきます。
カウンターにはまだ灯がありました。
「リアさん?」
「あら?アイビー起きちゃったの?」
「はい。というかわたしいつの間に寝ちゃったんでしょうか」
「もうご飯食べてる途中にこう、カクンと」
子供ですかわたしはああああぁぁ!!!
なんてことですか。やっぱりわたしは1回穴掘って埋まるべきなんです。
今わたし絶対顔真っ赤ですよ。
逃げ場などなくわたしは両手で顔を覆うことしかできませんでした。
「まあ男共も明日は頑張ろうって張り切ってくれてたからこっちは大助かりだよ」
「もう!今は皆さんいないから良いものの、明日どんな顔して会えばいいのやら」
「今日みたいな感じでいいじゃないか」
「そんな醜態さらしてまで素知らぬ顔なんてできませんよ」
「まぁまぁ明日のことは明日考えてさ。今日はもう遅いしアイビーも寝直しなさいな」
「ぅぅ〜。そうさせてもらいます。リアさんはまだお休みになられないんですか?」
するとリアさんは両手を挙げて、
「今日あたし受付の席外したじゃない?その案件がまだ終わらなくってね。でもま、急ぐことでもないしあたしもそろそろ寝るかな?」
「あの……ローブさんは?」
「アイビーの分の料理の代金を置いて帰ってたわ」
「もういやぁぁああああ」
わたしは叫んでしまいました。極力小声でこらえることができましたけど。
今日はなんですか厄日ですか!?
「今日だけでいろいろあったからねぇ。仕方ないさ。よし!お仕事おーわり!一緒に寝ようアイビー」
「え!?あぁ……もういっそリアさんの胸で泣かせてください」
「いいよ。いっぱい泣きな。両親と離れてすぐはそんな気分になるさ」
「違います!」
念願の冒険者になって1日目。
まだまだ駆け出しですが、もうすでにいろいろな不安が押し寄せてきてる今日この頃です。
ここでいったんアイビー視点は終了です。
次話からはまた別の女性とローブのお話になります。