第0話 兄弟喧嘩
事の始まりを回想録として投稿してみました。
男が彼に問う。
「答えろよ。何で今さら俺を追ってきやがった?」
「…………。」
地面に倒れ伏す彼は、その問いに答える術がなかった。
「答えないならこの場であんたの仲間を殺す」
「っ!?」
彼はもがいた。必死になって伝えようと試みた。だが彼の努力むなしく声は発せられない。そんな彼の様子を見て、この場に1人だけ立っていたその男は状況を察した。
「あ?あぁ?あんた声出せなくなってるのか?」
「…………。」
沈黙は肯定を意味した。
「ブフッ!ホントかよ。あんな魔物ごときに負けたのかよ。つまり今、あんたは『自分の名前すら分からない』んだろ?ザマァミロ。アハハハハハ!」
蔑むように見下ろしていた視線が一転、面白いものを見つけたように変わる。
「名前も声も失って、当のあいつを探しに来たら俺と鉢合わせたってか?傑作だ!あんたピエロかよ」
「…………。」
とある大陸の森の中。そこには地面に倒れ伏す3人と声高々に笑う男が1人がいた。
声の出ない彼から少し遠くで倒れている仲間は、2人ともすでに意識を失っているようだ。
「なぁピエロ、あいにく俺はもう帰るつもりはないんだ。あんたの顔すら見たくなかたんだよ。それなのにノコノコやって来てなんだ?声と名前を奪われた?天罰か?いや、呪いか?」
堪えきれないといったふうに笑い続ける男。
そしてふと、思い出したように笑うのを止めると、首をかくんと傾げてこう続けた。
「ぬるいんだよ。その程度でお前の罪が許されるとでも?亡くなった2人や俺が許すとでも?ふざけるな!!あんたの罪は死で償っても足りねぇよ。…………あぁ、そうだ。なかなか良い案が思いついた。あんたさ、客席に座ってろよ。そしたら最高のショーを見せてやる。あの偉そうに踏ん反り返ってる野郎どもの庭を全部ぶっ壊してやるんだ。ピエロが客席にってのも変な話だけどな?」
「…………。」
しかし、何を言われても倒れ伏す彼は言い返すことができない。
「おい……寝てんじゃねぇよ!!」
すると、スッと風を切るように黒い光がピエロの左腕を通り過ぎた。直後に舞う鮮血。
「っ!?っ!!」
「声が出ないから痛みを叫ぶこともできないのか。待てよ?しかもあんた、声が出ないってことは、魔法が使えないじゃねぇか!ブハッ!勘弁してくれって。俺を笑い死にさせる気かよ。アハハハハハ!」
「っ!!っ!!!」
「そんなのたうち回らなくても傷は治してやるよ。『炎鎖』」
切断された左腕に火の魔法が絡みついた。そのまま止血するように締め上げる。同時に肉の焦げ付く匂いが立ち昇り始めた。
「っっ!!?」
「バーカ!俺が回復魔法なんざ使うわけないだろうが!ヒーリングだと思ったか?残・念!火で炙って応急手当だ」
たしかに腕から流れ出す血は、火で炙られたことにより止まった。だが別の問題を加害者は突きつけてきた。
「こっちは俺がもらっていくがな?」
左手。切断された先の部分。火で炙られて固まったのは、切断面だけだった。
「これでお前は『帰れない』。大人しくショーを見てるしかないのさ。感動の再会を期待したか?残念でした!オルカ主演。箱庭崩壊の開幕だ!お代はあんたらの命。最後までごゆっくり堪能しな。アハハハハハ!」
「てんめえ!!」
するといつの間に気を取り戻していたのか。意識を失っていたはずの2人のうち1人が、果敢にもオルカに飛びかかり後ろから羽交い締めにした。
「がっ!この『狐野郎』、まだ寝てなかったのかよ」
「てめえの耳障りな笑い声のおかげで、こっちはとっくに目え覚ましてたんだよ!シング、今だ叩っ切れ!」
「…………。」ふるふる
しかし、呼ばれた彼は刀を抜かなかった。
「ウゼェんだよ!『エアルショック』」
風属性魔法の衝撃波。効果は一瞬だが、威力と範囲は複数人を相手にしたときのもの。踏ん張りが効かず、2人とも弾き飛ばされた。
「ぐはぁっ!!」
「……っ!?」
「鬱陶しいんだよどいつもこいつも!もう一回眠ってろ!」
「がっ」
オルカは続けざまに狐獣人の頭を蹴り飛ばし、今度こそその意識を絶った。
「……今はシングって呼ばれてるのか。それよりも、今刀抜かなかったよな?本気でカンに触る奴だな□□□□!客席じゃ面白くねえ。あんたもステージに上がってこい。とっておきの最後を用意してやる。せいぜい片腕で足掻いてみろよ。仲間を助けたかったらな?」
「………っ!!」
腕の激痛を耐え、彼はなんとか立ち上がってみせた。
「やるからには徹底的に壊したいからな。しばらくの間は猶予を与えてやる。だがいつタイムリミットを迎えるかは分からねえからよ。恐る恐る残りの余生を楽しみな」
そして狐獣人にやったように、男は彼の頭を蹴り飛ばした。とっさに防御に回した右腕は間に合わず、背後の木に叩きつけられる。
それを最後に、彼の視界はぶっつりと途絶える。
「3人がかりでこの程度かよ。しかも1番メインのあんたは魔法も武器も存分に使えない身体になった。どう抗ってくるか楽しみだ。だけど俺も失敗なんざするつもりはないからな。出し惜しみは無しだ。当面の目的は、あの戦闘狂を外に出すことだな。全力でこいよ。この森の中で無事に助かったらの話だけどな?」
オルカはそう言うと森の中へ姿を消した。
残されたのは倒れ伏す3人。
これが、今から2年前の話である。
この日から、世界は歪んだ未来へ歩みだしたのかもしれない。
もしあの時、選択を間違えなければ。
もしあの時、『魔女』に合わなければ。
もしあの時、『弟』とちゃんと向き合うことができたら。
そんなよもやま話ばかりが募る。
「…………2人とも、すまん。完全に飛び出す機会逃した」
だいぶ前に意識を取り戻し、ずっとうつ伏せで構えていたもう1人の男の懺悔を聞く者は、すでに森の中にはいなかった。