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私は嫁になりきりたい  作者: 幾田多理香
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私は嫁になりきりたい

 やったー超好きだった恋愛要素有りRPGの攻略対象キャラに転生したぞー!

 しかも一番愛してた嫁キャラ(男)に転生した。まさに俺がお前でお前が俺で状態…はちょっと違うか。

 ほんのちょっぴりクールダウンし、座布団の上に座り直して正面を向くと、鏡の中の天使と目があった。そう、自分だ。

 ぷくぷくほっぺsrsrhshsprprやばい食べちゃいたい。カニバっちゃう?やっちゃう?ミーやっちゃいなYO!いやまて、まあおちつけ、びーくーるびーくーる冷静になれ、まだ慌てるような時間じゃない。時間はまだまだある。このぷくぷくほっぺを堪能する時間はまだまだあるのだ。


 自分のほっぺたを撫で回してたら一時間ぐらい経ってた。


 私、いや僕の名前は松之院まつのいんひじり。ごく一部で超人気だった大作RPG『ティンクルストライカーズ!』の主人公であり攻略対象。TS!ティンクルストライカーズは異世界に召喚された男女のどちらかを選択して遊ぶW主人公ものRPGで、選ばなかった方の主人公は攻略対象になるのだ。

 カプ厨(カップリング厨、固定カップリングにこだわりのある人の意味)だったかつての私は主人公カップル推しで、どちらの主人公を選択しても相方以外に目もくれずに攻略をすすめたものだ。(と言いつつ、コンプリートのために各エンディングは見ました)

 そんなわけで「私さん」は日々「ひーちゃんマジキャワ5000%ひーちゃんはせーちゃんの嫁ぺろぺろちゅっちゅ」とコントローラー片手に悶え転がっていたのだが、どちらかと言えば男主人公の聖の方が好きであった。男らしい決断力を持ち姉御と呼ばれた女主人公「松川聖子まつかわせいこ」と、発売後の人気投票で守ってあげたくなるキャラ堂々ナンバーワンに輝いた可憐な男主人公「松之院聖」は、逆転カップリングとも呼ばれていて、「聖きゅんなら抱ける」と一部の男性プレイヤーがいけない道へ一歩を踏み出した程だったのだ。

「私さん」は女性だったが、聖子×聖(せいひじもしくはせーひーと呼ばれていた)に夢中になったプレイヤーの一人で、「せーちゃんになら抱かれてもいい、いやだめだ、せーちゃんにはひーちゃんをひいひい言わせて欲しいそしてその様子を見ながら白米が食べたい」と真顔で言っていたようなダメ人間だった。


 と、ここまで説明したが、「私さん」がいかにダメ人間であるのかという事は目の前の事態に比べればどうでもいいことだ。

 私は僕になった。そう、愛してやまないヒロイン(男)、松之院聖になってしまったのだ。


「ふぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ~~~~~~~~ひーちゃんひーちゃんひーちゃんショタひーちゃんマジ天使かわいい禿げ萌えるくんかくんかくんかすーはーすーはーああああああああああああんんんんんんんんんんんっ」



(大変見苦しい物をお届けしました。しばらくお待ちください)



 いろいろ確認して落ち着きました。ちっちゃいひーちゃんマジぷりちー。

 短パンを履き直しつつ、座布団に座り直した僕は、いつまでも眺め続けていたい鏡に背を向けて文机に向かう。そこには僕の日記帳が置いてあった。


 ひーちゃんの日記帳。


 またもや暴走しかける脳みそに物理的にストップをかけそうになるが、ひーちゃんの頭で頭突きするなんて許されないという魂の声に思いとどまる。

 深呼吸をして(ひーちゃんが深呼吸してるかわいい)、目の前の日記帳に手をかける(ああここにひーちゃんの赤裸々な秘密が詰まってるのね)。


『○がつ×にち△ようび はれ

 きょうはおじいさまとおばあさまといつしょにらんどせるをかいにいきました。らんどせるかっこいい。』


「……」


 私は日記帳を閉じた。


「…ぁ、ぁあ…っ!」


 ひーちゃんかっわいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!

 所々文字がひっくり返ってたりするのマジかわいい!ひーちゃんマジ天使!!そういえば新品のランドセルが棚の上に飾ってあるしああもうかわいい!かわいい以外になにも言えない!こんな天使が私だなんて信じられない!ひーちゃんが天使すぎて辛い!!!


 ひとしきり萌え転がったところで、よろよろと起き上がりボサボサになった髪の毛や服を整えた。

 こんなにかわいいひーちゃんが私だなんて、と喜びを噛み締めていると、ふと気がつく。

 そう、今は天使のひーちゃんが私なのだ。

 僕はそれまでのおかしいほどの興奮から一転、地の底まで落ち込んだ。

 こんな風に自分の容姿や回りの物事に萌え転がるのが松之院聖だなんて、ひーちゃんへの冒涜だ。ひーちゃんファンとして、ひーちゃんがひーちゃんであるべく、パーフェクトなひーちゃんとして生きねばなるまい。

 僕は「私さん」の記憶を総動員して聖にならなければ。

 優しく、賢く、かわいらしい男の子。いつか出会うせーちゃんのために…!



 かくして、理想の嫁になるべく、僕の人生が始まった。




 で、気がつけば15才です。


「…ついに、始まる」


 などと中二病っぽいことを呟きつつ、鏡に映る松之院聖の制服姿を上から下までチェックする。

 もはや遠くなってしまった記憶の中でも一際強く残る、我が嫁の姿がそこにあった。そう、ヒロインだ。

 パッケージや説明書に載っていた松之院聖と同じ服装をひとしきり堪能して鏡にカバーをかけ、教科書が入っていないため軽い鞄を手に部屋を出た。


 きょうは入学式。ついにヒーローに出会う日だ。


 入学式を終えた僕は、すぐに帰宅はせずに校内を一人で見て回っていた。そして校舎裏の大木のそばで一人の女生徒と遭遇したところで、足元に召還陣が光り、二人は異世界へ旅立つ事になる…。

 今日この日のため、いやこの日から始まる愛の日々のために10年を費やしてきた。愛されるヒロインとして家族を愛し愛され、将来の旦那様のために女子へは近づかず、今時の男子は家事も出来ないと行けないと家族を説得し、独り暮らしでもやっていける最低限の家事能力は手に入れた。近所にコンビニとクリーニング屋が有れば独り暮らし出来ますと胸を張って言える程度の家事能力だ。なぜそんな半端な、と思うかもしれないが、このくらいのさじ加減が重要なのだ。

 松之院聖はお坊ちゃまである。はっきりいって、家事なんぞ一切できなくても生きていける人間だ。

 だがゲームのストーリーを思い出してみると、異世界で旅する聖が自分の世話も出来ないお坊ちゃまっぷりを披露するシーンは無かったように思うのだ。食事を作るシーンで「切って焼くくらいなら…」と言っていたのは覚えていたので、つまりそういう事なのだろう。ちなみにそのシーンで未来の旦那様は豪快に鳥の丸焼きを作っていた。鳥に色々詰めて焼くアレだ。

 そんなわけで最低限の家事能力となったわけだが、それ以外の分野においても松之院聖として最適であろう範囲で習得してきた。学力と運動能力は高め、人付き合いはそこそこ、趣味はジグソーパズル。

 完璧だ。まさに僕が、僕こそが松之院聖。この世界のヒロインだ。

 10年間を反芻しながら校舎裏へやって来た僕は、そこに立つ大木の根本に立った。

 きっともうすぐ、ここに彼女がやって来る。

 遠い記憶の画面の中の彼女。実物はどんな子だろう。物語というのはどうしても表現が誇張されるものだけど、きっと格好いい女の子なのは変わらないだろう。

 逸る心を静めて木の肌を撫でる。風に枝葉が揺れる音に、一瞬回りと遮断されたような感覚をおぼえ、顔をあげたそこに彼女は立っていた。

 肩につく程の長さの、彼女の性格を現したかのような真っ直ぐな黒髪。年頃の女の子特有の柔らかみをおび始めた体つき。強い意思を感じさせる茶がかった黒い瞳。

 視線が交差して、彼女は僕の方へ足を進めた。

 そして二人の距離が近づいた時、足元に光が生じた。

 下を向けば、かつて画面の中に見た複雑な魔方陣が徐々に描かれつつあった。これが完成した時、僕らは異世界へと旅立つ事になるのだ。


「…っな、なにこれ!?」


 頭の中では冷静に思考を巡らせながら慌てたように声をあげ、顔をあげるとすぐ近くに彼女の顔があって、これには本当に驚いて声を失った。


「大丈夫、聖きゅんは私が守ってやる」


 未来の旦那様に抱きつかれ、飛ばされる瞬間。

 力強い声が耳に届いた。



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