コミュ障と悪魔の契約
ぱっと思いついたストーリーで書いてみました。
突然だけど僕は友達が居ない、どこぞの小説のタイトルの様に少ないなんて生易しいものじゃなく本当に1人もいないのだ。
人と顔を合わせると頭が真っ白になってうまく言葉が出てこない、運よく何か思いついても話すタイミングがわからない、結局人が話す言葉に相槌をうって微笑んでいるだけ口を開くのは相手が話を振ってきたときだけになってしまう、有体に言ってしまえばコミュ障ってやつだ。
友達のいない小学校、中学校生活を終えて高校に入学するとき今度こそは友達を作って楽しい高校デビュー(なんか違う?)してやろう、そう思っていた時期が僕にもありました。
今日こそは、今日こそは誰かに声をかけようそう考えているうちに周りの人たちはどんどん気の合うグループを作りあぶれた僕がそんな輪の中に入る余地も勇気もなかった。
そうして高校に入学して半年たって恐らく初めて親以外とまともな会話をした人が目の前にいる。
正直人と言っていいのかは微妙だけど…。
遡る事数十分
授業が終わってすぐに帰宅部の僕は寄り道なんて一緒にする友達のいない僕はまっすぐ家に帰り出された数学の課題に頭を悩ませていた。
コンコン
背後の窓から物音がした気がする、今日は風は強くなかったし鳥でもいたのかななんて考えてふと頭を上げる。
視界に入った壁掛け時計の指し示す時間は午後5時半、数学教師の出してくれやがった問題はなかなか時間潰しになったようだ。
「ちょっと休憩するか…」
コンコン
気のせいなんかじゃない、今確かに後ろの窓を叩くような音がした。
「誰かの悪戯か?」
…いやまて僕、ここは2階だぞ、そんな部屋の窓を叩くなんて子供の悪戯だとしたら気合入りすぎだろ、怖いわ。
ちょっとびびりつつゆっくりと後ろを振り返る。
なにもいない、よかった、いやよくない、じゃあさっきの音は何だよ。
近所の子供が窓に小石でも投げつけているのか?
ゆっくりと窓に近づく、そっと窓から家の前の道路を見てみるが誰もいない。
「なんだ気のせいか…」
ずっと課題をやっていたせいで疲れているのかもしれない、休憩ついでに顔でも洗おう。
「気のせいじゃないーー!!助けて!!助けてください!!お願いします!!何でもしますから!!」
ん?今なんでもって…?」
ってそんな場合じゃない窓の所から女の子の声、もしかしてもしかすると気合の入った悪戯の方が当たってたのか!!
慌てて窓を開け、下を見ると涙目で窓の縁を掴んでいる女の子、まあ可愛い。
いやそうじゃない
「なにやってんの…」
いやそうだけど、今はそうじゃないだろ、しっかりしろよ僕。
「助けてぇ!!」
涙目で必死に助けを乞う女の子に慌てて手を伸ばす。
「あっ」
助けようと手を伸ばした瞬間女の子が手を滑らせて間の抜けた声を出す。
「やばっ」
間一髪腕を掴む、だがこれはこれでやばい、非力な僕の腕力では引き上げるどころかこのまま一緒に落ちてしまいそうだ。
「重い…」
「乙女にむかって重いとはなんだー!!」
「腕がもげそう…」
「一緒じゃボケぇーーーーー!!」
死の一歩手前の状況で交わされる気の抜けそうな会話、なにか大事な感覚が麻痺していく気がする。
「そんなことより、早く上がれ!!」
そうしてなんとか僕の部屋に引き上げることに成功した。
助けた女の子を改めてみると整った顔立ちに金髪とすらりとした女性にしては高い身長、女の子と言ったが改めて見ると僕より少し(??)年上かもしれない。
「何歳?」
パンッ
聞いた瞬間頬を打たれた、しかもパーじゃなくてグーだった。
「乙女に対してなんてこと聞くんだこのダボが!」
さっきも思ったけどこいつ口悪いな…
そんなことよりも問題なのは、こいつの服装だ…例えるなら悪魔のコスプレ?みたいな…しかもやたら露出度が高い…露出狂?良い年した女が露出して気合の入った悪戯?謎すぎる。
「だが助けてもらったことには変わりないからな…その…」
「いい年して露出して2階の窓ノックとか気合の入った悪戯やめた方がいいよ」
「話聞けよ!って露出して気合の入った悪戯ってなんだ!!私はそんな恥ずかしいことしてない!!」
いやしてんじゃん…
「まぁいいけど、それよりこれでも羽織っといて…目に毒だから」
言いつつ椅子に掛けていたジャージを渡す。
「目に毒だとっ!!私の体に恥ずかしい所なんてないぞ!!」
そんな言い合いをしていたら
ガチャ
「帷、ご飯出来てるわよ」
母親が来た。
自分の顔から血の気が引いていくのが分かる、だめだこれ、もう人生詰んだわ…
「お、おじゃましました…」
青ざめた顔で去っていく母親、まってくれ誤解なんだ。
パタン
「そ、その助けてもらったことには変わりないからな…その…礼を言う、ありがとう」
そういって何事もなかったかのように渡した上着を羽織る露出狂
「あ゛あ゛あ゛…あぁああああああああああああああ!!」
もうだめだ、そうだ死のう
開けっ放しだった窓の窓枠に足をかけたところで露出狂に肩をつかまれる。
「まてまてまて、何をしようとしている」
「ボクトモダチイナイ、オウチガイヤシ、モウオウチモイズライ、シヌシカナイ」
「まて、こんなこともたまにはある、な?こんなことでいちいち死んでいたら社会人なんて全員自殺してるから、な?」
「な?じゃねぇよ!お前のせいだよ!ざけんなクソビッチ!!」
「びっ!?言わせておけば!」
ドスッ
「ガハッ…」
また打たれた、もちろんグー、今度は頬じゃなくて鳩尾、目の前がチカチカする。
「ちょっとは落ち着いたかな?」
床でのた打ち回る僕に言う露出狂、ざけんな。
「そんなことよりもだ」
なんとか痛みから立ち直った僕をみて話を仕切りなおす露出狂
「助けてもらった、礼に一つだけ何でも望みを叶えてやろう」
「今すぐ消えてくれ…」
「まてまて、何でもだぞ?巨万の富でも女でもカップ麺一生分でも何でもだぞ?」
なんで最後だけやけに安っぽいんだよ…
「んなできもしないこと言ったって無駄だろ」
「できちゃうんだなーそれが」
「は?」
「何故なら私は悪魔だから」
「は?」
「どうだ驚いたか、すごいだろ、崇めてもいいぞ」
「は?頭おかしいんじゃねぇの?」
ゴスッ
脳天を殴られたとても痛い
「はぁ…これだから人間は…じゃあ証拠を見せてやろう」
そう言って僕の机の引き出しからカップ麺を取り出す自称悪魔
なんでそこに入っているのを知っている。
包装のビニールを剥がしてふたを捲る自称悪魔
かやくの袋をあけ…
「…あけて…」
「不器用かよ!!」
しかたなくかやくの袋をあけて中身をカップの中に入れてやる。
粉末スープの袋も無言で渡してきたのでそれも同じようにカップの中に入れてやる。
「この部屋のポットのお湯切れてるぞ」
「いいから見ていろ」
そういうとカップの上に手を翳す自称悪魔
コポコポコポ
するとどういう原理なのか何もないところからカップ麺にお湯が注がれる。
「どうだすごいだろう?」
ふふんと胸を張る自称悪魔
「便利だな!」
「いやそうじゃなくてだな…これで悪魔だとわかっただろう?」
「う…うーん、まぁ悪魔なのかな?」
「な、なぜだ…ここまでしても悪魔だとわからないなんて…こいつ馬鹿なのか…」
「だってお湯出すだけとか悪魔としてどうよ…」
「いや、これはこういうこともできるんだってだけで、やろうと思えば某映画もびっくりな隕石をここに落としたりもできるんだ」
「へー、それで、ほんとに何でも叶えてくれると」
「そういうことだ」
適当に答えるとぱっと目を輝かせて答える悪魔
「なんでもか…」
何でも…そう聞いてちらっと目の前の悪魔の姿を見る、ジャージの上からでもはっきりとわかる巨乳とすらりとした色白の太腿…童貞のリビドーが軽く爆発しそうになる。
「やらせ…」
いやまて…これはひょっとすると本当に悪魔ならコミュ障を治してもらえるチャンスなのでは…?
神が僕に与えてくれた人生ハードコアモードを修正するためのパッチなのでは?
「やらせ…?」
途中で言葉を止めた僕の顔を覗き込んで訝しげな顔をする悪魔
「いや、何でもない、僕のコミュ障を治すって言うのはできるか?」
「なんだ、そんなことか、その程度このノワール様にかかれば造作も無き事、一瞬ヤらせろとでも言われるのかと思って焦ったがそんなことか…ふぅ」
図星を突かれて一瞬ドキリとする。
「てかお前の名前ノワールだったのか」
何とか冷静なふりをして尋ねる。
「そうだ、良い名前だろう?」
「そうだな」
適当に相槌を打っておく、良い返し方が思いつかないから。
「そろそろいい頃合だな…」
突然そう言ったノワールの視線の先にはさっきお湯を入れたカップ麺、と一緒に出した割り箸
「割って」
「え?」
「私が割ると絶対変になるんだ」
「不器用かよ」
仕方がないので袋から出して割り箸を割ってやる。
「ありがと」
そう言って箸を受け取ったノワールは黙々とカップ麺を啜り始めた。
それを眺める僕…なんなんだろう、ほんとに何なんだろう…。
そんな訳で今に至るわけだが…。
目の前のノワールと言えばカップ麺だけじゃ足りなかったのか僕の机の引き出しを漁ってポテチを取り出して必死に開けようとしている。
不器用か…というかだからなんでそこに入ってるのを知っているんだ。
じっとこちらを見つめているので仕方なくポテチの袋をあけてやる。
「それで、どうやって僕のコミュ障を治してくれるんだ?」
口の周りを食べ粕で汚しながらボリボリとポテチを喰らう残念な悪魔ノワールに尋ねる。
「ほへははほうひっふは」
「飲み込んでから喋れ」
モッシャモッシャモッシャ…ゴクン
「それは魔法チックな何かでだな」
「魔法じゃないのかよ」
「魔法チックな何かだ」
「何かってなんだよ…」
「知らん」
ほんとにこいつ大丈夫なのか?
ノワールはほぼ空になったポテチの袋の端を口に突っ込んでサーっと残り粕をを全て口の中に入れて租借した後「さてと」と切り出す。
「お腹も一杯になったことだし早速お前の願いを叶えてやるとするか…」
そういうとノワールは僕の頭の上に手を翳す。
「ちょっと待て」
「なんだ?」
「お前悪魔なんだろう?だったら願い事には対価が必要とかないのか?それを叶えたら僕の命を奪うとか」
「ないよ、今はな」
「なんだよその含みのある言い方」
「安心しろ、少なくともお前の命なんて大それたものではないさ、対価は後でお前自身が望みが叶ったと思ったときにもらう」
「そうか…」
何か引っかかる言い方だが、死ぬようなことがないのなら問題はないのだろう。
「では、願いを叶えてやる」
ノワールが僕の頭に手を翳す。
「汝、帷の願いは‥ゲップ…」
おい、大事なところだろ
「失礼…私ノワールが契約により成就される事をここに誓う」
…え、終わり?これだけ?もっとこうもっとこう部屋の中に風が吹き荒れたりとか不思議現象が起きたりとかないの?
「終わったぞ、どうだ、お前の願いは叶ったか?」
「いやわかんねぇよ」
「ん、それもそうか…まぁ明日には実感できるだろう、まぁ用は済んだし私はもう帰るぞ」
そう言って、窓枠に足をかけるノワール
「おい待て、ここは2階だぞ」
「ふぇっ?」
こちらを振り返ろうとした拍子に足を滑らせるノワール
何とか腕をつかむ事ができたがこれはやばい、しかもなんかデジャブだ。
「絶対に離すなよ!!絶対だぞ!!お前放したら化けて出てやるからな!!」
いや、お前の存在が既に幽霊と大して変わんないだろ。
「いいから早く上がれ!!」
結局ノワールは普通に玄関から帰っていった。
その時運悪く母親と遭遇したものの留学生の友達がコスプレの出来を確認してほしいというので家に上げただけでやましいことは何もしていないと必死に説明したところ「帷にやっと友達が」と泣き始めそれはそれで居た堪れない気持ちになったのはまた別のお話し。
翌日、僕はいつも通りに起床して、いつも通りに登校した。
昨日のことを考えながら、一限目の授業って何だったけと黒板の横の掲示板に張り出されている時間割表に目をやる。
表の一限目に書かれているのは数学の文字、しまった昨日の課題は結局半分ほどしか手を付けていない、始業時間まであと20分。
慌ててノートと教科書を開き課題のページを開いたところでふと横で課題の見せ合いをしているクラスメイト数人が目に入る。
もし本当にコミュ障が治っているなら…。
課題を見せ合っているクラスメイトの一人に勇気を振り絞って声をかける。
いつもなら顔を合わせただけで碌に会話もできない僕…だが今日は口を開く前に言葉が頭に浮かんだ。
「あの、豊島君僕も課題半分くらいしかできてないんだけど教えてくれないかな…」
「お?鼎君?課題忘れてくるなんて珍しいね」
「帷でいいよ、昨日やってる途中で寝ちゃってさ」
「そういうことか、いいよ、あと俺も孝でいいよ」
初めてクラスメイトとまともに喋る事ができた…本当に治ったのか?
その日はこれがきっかけでクラスの数人と仲良くなり、つまらなかった学校生活が少し楽しくなった気がした。
そうして少しずついろんな人と仲良くなり、今更ながらクラスになじんできたある日、帰宅して課題をやっていた時、ノワールが僕の家を訪ねてきた、インターホンをならして普通に玄関から…。
「どうだ、効果は実感できたんじゃないか?」
「あぁ、すごいな、疑って悪かったよ」
「その割には、満足はしていないようだが?」
「わかるのか?」
「まぁ私は悪魔だからな」
「そんなもんか」
「そんなもんだ」
「それに、お前が満足していない理由もなんとなく分るがな」
「僕が満足していない理由?」
「そうだ、お前の望みはコミュ障を治すことだったが、実際のところそれは本当の望みではなかった」
「というと?」
そう尋ねると指を立ててふふんと自慢げに鼻をならして口を開くノワール
「お前の望みはコミュ障を治すこと、ではなく友達を作ることというより親友を作る事ってとろか、コミュ障を治すのはそのための手段であり目的ではないということだな、思い当たる節はあるんじゃないのか?」
そうだ、確かに僕がそもそもコミュ障を治してほしいと願った理由、それは友達が居ない一人ぼっちの学園生活にうんざりしていたから。
そしてコミュ障が治った今学校で会話を交わす相手ならたくさんいる、だが本当に友達と思えるような人はいない、もちろん友達か?と聞かれればそうだと答えるが、それは上辺だけの関係と言ってしまえばそこまでの物だろう。
そしてそれは相手にとっても同じだろう。
そこまで考えたところでノワールは
「まぁ、お前の望み通りその手段は用意してやったんだ、後はお前の努力次第だろう」
そんな言葉を残して帰っていった。
なんだったんだろう。
それから数日僕はいつも通り生活を送っていた。
火曜日の朝、僕はいつも通り数学の課題を孝たちと見せ合いながら課題の出来なかった問題を埋めていた。
ふと顔を上げて伸びをしたとき一人の女の子と目が合った、机の上に鞄を置いたままの僕の席の一つ後ろの席名前は確か三島さん。
長く艶のある綺麗な黒髪と少し幼い可愛い顔をしているのだが、誰かと話しているところを見たことはない。
そんな彼女は僕と目が合ったのに気づくとすぐに視線を外して自分の机の上に広げたノートに視線を落してしまった。
彼女が広げているのは数学の教科書とノート、おそらく昨日出された課題だろう。
少し気になって僕は孝たちに課題の終わった自分のノートを渡して席を立つ
「三島さん」
声をかけてみたものの彼女は僕をじろっとこちらを睨むだけで、何も言わない
「それ数学の課題だよね、もうあんまり時間もないし良かったら教えようか?」
そういうと、三島さんはノートの端にさらさらと何か書いていく
(お願いします)
「うん、わからないところは?」
そう尋ねると教科書のに書いてある問題の一つを指で指し示す。
こうして喋らない彼女に僕が喋って教えるという不思議な状況でなんとか始業時間までにノートを課題を終わらせた。
昼休み、いつものように孝たちに食堂に誘われたのだがちらりと三島さんが一人でお弁当を食べているのが目に入る。
「ごめん今日はお金があんまりないし購買のパンで済ませるよ」
「お、そうか」
そういうと僕は孝たちと別れて購買で適当な総菜パンを買うと教室の自分の席に座る。
そして後ろを振り返って三島さんに声をかける。
「もしよかったら一緒に食べない?」
すると三島さんは少し悩んだ顔を見せてごそごそと机の中からメモ帳を出すとそれにペンで(いいよ)と書いたので僕は机を後ろに向けて三島さんの机とくっつけると、総菜パンの包装を開けてかじりつく。
食事中三島さんとの会話はなく二人とも食べ終えた時、三島さんがメモ帳に
(私なんかと一緒にいて楽しかったの?)
なんて書くものだから
「うん、こんな可愛い女の子とご飯を一緒に食べれて楽しかったよ」
と言うと
(揶揄わないで)
と一言だけメモ帳に書いてそっぽを向いてしまった。
怒らせちゃったかな…。
放課後、帰宅部の僕は部活がある孝たちと別れて帰る。
いつも通り何人かと軽く挨拶を交わして教室を出たとき誰かが僕の肩をトントンと叩いた。
振り返るとそこには三島さん、差し出してきたメモ帳をみるとそこには
(一緒にかえりませんか?)
と書かれていた。
「いいよ」
そういうと三島さんは嬉しそうに微笑んで歩き出す、三島さんの笑顔に一瞬ドキリとした僕は慌てて追いかけ並んで歩く。
帰り道でも相変わらず三島さんはメモ帳に文字を書くだけで一言も話さない、少し気になって尋ねてみると三島さんは突然立ち止まって僕を見る。
つられて僕も立ち止まったところで三島さんは制服のボタンに手をかける。
「ちょっなに…」
何をと言おうとしたところで言葉が詰まる。
三島さんが制服のシャツの一番上の第一ボタンを外した場所、その白く細い首には大きな傷跡があった。
「ごめん」
(ううん、いいの)
そうメモ帳に書くと三島さんはシャツのボタンを留めてまた歩き出す。
思い返せば学校でクラスメイトどころか先生とも話すところも見たことはなかった、授業でも先生が問題を解かせることはあっても読み上げや質問で三島さんを指名することはなかった。
少し考えれば気づくことはできたはずだった。
僕が落ち込んでいると三島さんはメモに
(鼎君は優しいね、他の人は喋れない私を気持ち悪がって誰も相手にしてくれなかった)
と書いてすこし悲しそうに微笑む。
そして少し考えるようなそぶりを見せた後
(鼎君は私のことが気持ち悪いとは思わないの?)
とメモに書いた。
「気持ち悪いなんて…むしろ三島さんは可愛い…ていうか」
面と向かって女の子に可愛いなんて言ってしまったことに照れて言葉を詰まらせる僕に三島さんは照れたように顔を真っ赤にしながら笑うのだった。
それから数週間、僕は孝たち以上に三島さんと話すことが増えていた、毎日放課後一緒に帰るのがとても楽しかった。
たまにみせる三島さんの微笑みが毎日の楽しみになっていた。
途中で寄った喫茶店でケーキを食べながら三島さんと話したことを思い返して自然と笑みがこぼれるのを押さえながら家に帰る。
玄関に黒い革のブーツがあるのを見て誰か来ているのかななんて考えながら自室の扉を開けるとそこにはノワールがいた。
「また菓子でも食べに来たのか?」
そう尋ねるとノワールは嬉しそうな顔で口を開く
「いいやちがう、お前もう満足したようだな?」
「あぁ、そういうことか…確かに望みは叶ったな…」
「そういうわけで対価をもらいに来た」
嬉しそうに笑うノワール、その笑顔は三島さんの笑顔のような優しいものではなく邪悪そのものだった。
背筋がゾクリとするような感覚を感じながら何とか口を開く
「その対価はなんなんだ?」
「それはお前の一番大切なもの…そうだな、お前の大切な友達の命だ」
「なっ…」
「悪いがこれが私の仕事でな…ふふっ」
その言葉とは裏腹にノワールに悪びれる様子はなく、むしろ僕の反応を見て楽しんでいるように見える
「別の物は」
「お前の親友の命に釣り合うものがあるとでも?」
「ぐっ…」
「では決まりだな…」
そう言って部屋を出ていこうとするノワール
「待てノワール!」
「なんだ?まだ何かあるのか?」
ニヤニヤと笑うノワール
「ちだ…」
恐怖のあまりうまく声が出せない
「なんだ?はっきり言え」
何かを感じ取ったのか怪訝な顔をするノワール
「俺の命だ、それなら文句ないだろう」
精一杯の虚勢で不遜に言う
「だめだ、契約主の命を奪ってしまえば契約は無効になる」
「なっ」
そこでノワールは「はぁ」とため息を吐く
「出会って半月ほどの人間のためによくそんなことが言えるなお前は…」
先ほどとは打って変わって憐れむような視線で僕を見るノワール
「それでも僕にとっては大切な友達なんだ」
そう言うとノワールはこんどは「はぁぁあ」と先ほどより深くため息を吐くと
「仕方ないな、お前のその気持ちに免じて対価は変えてやろう」
「本当か!?」
「あぁだが代わりにお前のその声と耳をもらう」
「どういうことだ?」
「どういうことも何も言葉通りだ、聴覚と声を失う、コミュ障の時のお前よりもさらに苦しむことになるだろうし、これから先死ぬよりつらいかもしれないかもな」
どうするんだ?と視線で問うてくるノワール
答えは決まっていた。
「もっていけ」
「あぁ、わかった」
そういうとノワールは契約の時と同じように僕の頭に手を翳す。
「汝、帷の願いは成就された、よって私、ノワールは契約に従い対価を受け契約の完了とする」
するとノワールは手をそっと下す。
え?これだけ?
そう言おうとして声が出ないことに気が付く、本当に声を失ったのか…?
どれだけ口を動かそうと声はでない。
そしてノワールが口を開く、だがその声は聞こえない、ノワールははっとしたように喋るのをやめると僕の机にあったペンとノートを手に取ると
(悪いがこれが仕事だからな)
とだけ書いて今度は本当に申し訳なさそうに部屋を出て行った。
その足音もドアを閉める音も僕の耳に響くことはなかった。
それから僕は1か月ほど学校を休んだ、親も急に耳が聞こえなくなり声も出せなくなった僕を無理に学校に行かせる事はなかった。
当然だが医者に診せても原因はわからず原因不明の難病ということになった。
学校にもそのように伝わり僕が長い欠席から復帰したときにはクラスメイト全員にその話は伝わっていた。
喋る事も話を聞くこともできない僕をいつも絡んでいた奴らは腫物のように扱った。
やっぱりこんなものか…と落ち込んだ僕に以前と同じように接してくれたのは三島さんだった。
長い休みから復帰したその日教室に入るとクラスメイト全員がさりげなく僕から目線を逸らす中、三島さんだけが僕の顔をまっすぐ見る。
数秒間固まったと思ったらうれしそうな顔で目を潤ませたかと思うと周囲の目も憚らず突進のような勢いで涙を流しながら抱きついてきた。
「もう会えないんじゃないかと思った、ずっと心配してた」
喋れないはずの三島さんから聞こえないはずの僕の耳にそんな声が聞こえた気がした。