プロローグ
システムメッセージ:07/04 14:05に発生したエラーは修復されました。ご迷惑をお掛けしましたことをお詫びいたします。なお…
ステージ:惑星ロックスター F-457
衛星軌道上の船からその星を見たものは、のっぺりとして何も無いようにしか見えない地表に驚くだろう。鉛色にどんよりと曇った空の下に見渡す限り拡がる平坦な大地には草木の類いはまったく見当たらない。寒々とした彩度の低い土色の地表にはヒビのような線が縦横無尽に走り、灰褐色のゴツゴツとした岩が適当にばらまかれている。この単調でどこから眺めても変わり映えのしない景色を見れば、確かにその名前のとおりの惑星だと、誰もが納得するに違いなかった。
しかし、実際に地表に降り立ってみると、今度は違う意味で驚く事になる。はるか上空からも確認できるヒビに見えた細かな線は都心の高層ビルが埋まるほど深い入り組んだ峡谷だ。底には水が流れていたと思われる川のようなものの痕跡があり、ほんの少しだけ…この殺風景な場所にもかつて植物が存在していたことを匂わせていた。切り立った崖は何層もの地層によって構成され、欠けたのこぎりの歯を乱雑に重ねたような鋭利でゴツゴツとした表面をしている。そして、重なった地層の硬度の高い一部分が残ったのか、水晶のような結晶が崖と崖との間を縫い留めるようにつないでいた。
大小無数にあるその結晶の柱は、まるで乱雑に渡された橋のようにも見える。その根元には至る所に暗い穴がぽっかりと開いており、人を地の底に誘い込もうとしているかのように時折薄ら寒い光を瞬かせていた。下手な好奇心に突き動かされて穴に潜り込めば、複雑に絡み合ったアリの巣のようなダンジョンに捕らわれてしまい、再び元の場所へ戻ってくる事は難しい。この惑星が探索者に嫌われる一つの要因にもなっていた。
そんな峡谷の下方に張られた結晶の橋の一つ、中でも平均より若干広めな、その上を一人の少女が歩いていた。背中には大きな剣を斜めにして背負っている。
あどけない顔立ちには少し幼さも残っているが、大きく意志の強そうな切れ長の瞳がその印象を打ち消していた。それに加え、豊かな胸を含めた見事なプロポーションは女性らしさを殊更に強く主張している。第一印象では20代前半のように見えた。
そうした男性なら目が行きがちな胸から意識を逸らし、よくよく全身を眺めてみると、ある違和感に気が付く。
彼女が身につけている白と薄桃色を基調とした全身を覆う鎧は、彼女の体のラインを浮き立たせるかのように流麗な曲線を描いている。だがそれは鎧と云うには少々体にフィットしすぎていてた。まるで体の表面に薄く加工した金属素材をそのまま貼り付け飾り立てているかのようだ。仮に衣服のように薄い鎧なのだとしたその性能に関しては疑問を抱かずにはいられないだろう。
それは鎧では無かった。
彼女は鎧を纏っているのでは無く、体自体が硬質な機械の集合体で構成されていた。肘や膝の装甲同士の繋ぎ目からは複雑に噛合ったフレームが覗き、動きに合わせてその繋ぎ目から赤い光が漏れる。
クリムゾンフレーム。
彼女はそう呼ばれる機械生命体種族の一人だった。
「そろそろ近いはずなんだけど…」
彼女、ハルカ・396Bは視界の右上に表示されたフィールドマップを見ながら独り言を呟いた。 ハルカが引き受けたクエストの終点はこのあたりのはずだった。しかしエネミーも先程からさっぱり現れないうえに、これといった目標物も見当たらない。
「う~ん、さっきの分岐を左が正解だったかな?」
彼女は橋の上から下を覗きこむと、20メートルはあろうかという谷の底めがけて跳躍した。危なげなく柔らかな着地を決めると軽く周囲を観察する。水が流れて成形された平坦な川の跡には本当に何もない。少し歩き、引き返してみようかと彼女が立ち止まった瞬間、峡谷全体が僅かに揺れた。と、かなり前方の崖の一部が大きな音を立てて吹き飛ぶ。
もうもうと土煙が立ちこめる中、干上がった川の跡地へと巨大なトカゲが姿を現した。行く手にあった橋が壊され、砕かれた結晶が派手に弾き飛ばされる。全長はおおよそ10メートル程はあるだろうか、周りの岩と似たような色をした歪な鱗を持ち、四肢は太く短い。岩を粗く削りだしたような角を額から生やし、虹彩の薄い黄味がかった目は爛々と輝いていた。
「ようやくボスがお出ましね。まぁ…その前に雑魚もちょっと片づけなきゃいけないみたいだけど。」
ハルカは背中の大剣ではなく、腰に装備していた拳4つ程度の長さの棒状の物を両手で握り構える。
巨大な岩トカゲ[ロックドラゴン]は今だ数百メートル先の地べたをのそりのそりと這っていたが、その先兵として壁の洞穴から人間サイズの二足歩行の岩トカゲ[ロックリザード]が30匹程湧いて出てきていた。
「フォトンブレード!」
彼女がそう叫ぶと握っていたグリップのみに見えた棒状のパーツから光が伸び、細身の刃が形成される。
「ニア、雑魚の牽制をお願い!」
彼女の横の何もない空間に青白い光の揺らぎが生じると、そこから小さなネコ型のメカが飛び跳ね、ロックリザード達の間をするりと抜けていく。そしてリーダー格と思しき体色の違うロックリザードを睨み付けると、その鋭い爪の攻撃を潜り抜け頭に飛び掛かり爪を立てる。群れの中に攻め込んできた小さな敵に不意を突かれ、ロックリザード達は混乱し、整っていた隊形が崩れた。
「疾風!」
高速移動スキルを発動すると、彼女は瞬時にロックリザード達の真ん中に移動する。
「迅雷!」
間をおかずに連携スキルを放つ。彼女を中心に風が渦巻き、小さな雷が生じた。体制を崩し、たたらを踏むロックリザード達に[疾風・迅雷]からの連携技、ブレードスキル[飛燕]を叩き込む。中心部にいた5匹のロックリザードがガラガラと石の塊になって崩れ落ちた。
「にゃあ!」
それと同時にニアが、しがみついていたロックリザードからハルカの後方に飛び跳ねる。それを合図にさらにハルカが連携技を重ねた。
「紫電!」
文字通り紫の雷を宿した刃が跳ねまわりロックリザードを打ち砕いていく。
「そして~…天雷!!」
眩い光が明滅しながら周囲を埋め尽くした。
その中を白色の影が赤い残光を纏い走り抜ける。ロックリザードには僅かな反撃の隙さえ与えられなかった。白い影と赤い光が複雑に混ざり合い、円を描いて奔る。それは桜色の嵐とでも形容すればいいのだろうか、美しくも危険で乱暴な剣の舞だった。
ごく短いけれども猛烈な威力を持った嵐が去った後に残るのは残心を保ったまま立つハルカとごく小さな岩の欠片だけ…まさに一方的な殲滅だった。瞬く間にやられたロックリザードの不甲斐なさに怒ったのか、それとも強力な敵の出現に武者震いしたのか。ロックドラゴンはまだずいぶんと距離があるにもかかわらずブルブルと体を震わせると、「グゥルルルルルー!!!」と大きな咆哮を放った。
「準備運動にはなったかな」
彼女を知る者たちからはストームソード、あるいは剣姫などとあだ名される少女はにっこりとほほ笑むと、手にしたフォトンブレードを腰に仕舞い、背中に斜めに固定された剣の柄に手をかけた。パシュッ!っと蒸気が抜けたような軽い音がして鞘が真ん中から二つに割れる。鞘から引き出されたのは優美な曲線を持つ真っ赤な刀身の剣だった。剣身はおおよそ1.5メートルほどで、かなり大きい。彼女がゆっくりと構えると曇天の中でも鈍く光を反射してボウッと赤い光を放った。
「あ、いつものようにニアは回復をお願いね」
「にゃあ!」ニアと呼ばれた特殊サポートキャラのメカ猫は一声鳴くと、ピョンと軽く飛び、後ろへと下がる。
「ソロであいつを倒せればほぼカンストまで持っていけるはず…」
明後日までにレベル上限に達するには、これがラストチャンスとなるだろう。適度な緊張感がハルカを包み込んでいた。
ロックドラゴンはすでに目前へと迫っていた。もうもうとした土煙が押し寄せてくる。改めて見てもその体は巨大だった。彼女は一人で、しかもスキルは剣術特化で回復系はまったく覚えていない。回復はアイテムとメカ猫のニア頼りだ。普通に考えれば、勝機は運次第で100回やって1回あるか?といったところだろう。失敗すればまた最初のベースキャンプから始めなければならない。元々このロックドラゴンにソロでチャレンジするなんて事は、縛りプレイの一種としても廃人プレイヤーくらいしかやっていなかった。ハルカは確かに熱心なプレイヤーだったが、廃人という程ではなかったし、そしてさらに言うとこのステージに挑戦するのも今回が初めてだった。本来なら勝ち目はうすいと彼女もわかっている。それでも何故か彼女はまったく負ける気がしていなかった。
大きく重い剣の柄を機械の腕がその有り余るパワーで締め上げる。クリムゾンフレーム専用の剣はそれを難なく受け止め、切っ先は滑らかな動きでロックドラゴンの視線の先へと相対した。
「いくよ…」
戦闘モードとなった彼女のボディーからエネルギーを消費した際に生成される反応物質が大量に放出される。それは赤い光の粒子となって各関節の隙間から溢れた。クリムゾンフレームという機械種族特有のエネルギーのオーバーロード現象だ。
ハルカの意識が剣の一点へと集中する。
ハルカは眼前に迫ったロックドラゴンへと駆け出した。
インフォメーション:PEOアップデートまで、残り45時間35分20秒。