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三男は長男です

 サラリーマンの朝は早い。

 まだ暗いうちに起き出して、妻の分の朝ご飯も用意して会社へ行く。

 普段は朝ご飯もちゃんと作ってくれるのだけど、さすがに臨月なので、なるべく安静にするようにと言ってあるから自分で支度する。

 でも安静にするようにって言ったら、そのまま寝坊するようになったのはちょっと、ねぇ。まぁいいけどさ。いってらっしゃいのお見送りは欲しかった。


 昨日の晩御飯の残りの肉じゃがと納豆で朝ご飯を済ませて、くま用のハチミツを出すと、そっと鍵を閉めて自転車に飛び乗る。


 妻はもうそろそろいつ産まれてもおかしくない状態だとは言われている。39週ともなると小柄な彼女は歩くのも大変そうだ。陣痛が来たら自分で歩いて産院までいくよなんて事を言っていたが、絶対にタクシーを呼びなさいと言ってある。妊娠が分かった段階で、近くに住んでいる母が車の免許を取りに教習所に通い出してくれたのだが、どうもバックが苦手らしくて仮免にすら進めていない様子。

 まぁ、母の悪い意味でのおおらかさはどうでもいいとして、タクシーを呼んだ後で、俺にメールしてくれれば飛んで帰る、と。


 言ってあるのに。


<件名:うまれました>


「おいいいいいいいいいいっ!」


 仕事中に叫んでしまった。午後一の会議の為に資料をまとめている時に携帯が振動したのでチェックしたらこれだ。

 事情を話したら上司がすぐに行ってあげなさいと言ってくれたので、資料を同僚に押し付けて会社を飛び出した。


「いやぁ、びっくりさせようかなって思って」

「したよ! っていうか、あの手術室の前でうろうろしながら『男はこう言う時なんにもできない』とか言うのやりたかったのに」

「ごめんね。ホントはちょっと朝から痛いかなって思ってたんだけど」


 手を合わせて笑う妻。晴れ晴れとした表情だが、汗で前髪が張り付いており、ぐったりとした様子だ。当たり前だ、つい一時間ほど前に出産を終えたばかりなのだ。


「痛みの波の感覚が良くわからなくて。病院着いたら携帯の電源切らないとだし、もうすぐ産まれそうですよ! って看護婦さんが大騒ぎするしでなかなかメール出来なかったんだ」

「ぼくがメールしました」


 入院の為のいろいろな品物をいれた大きめのカバンの中から少し高い声がする。クマが中に居るのか。いや、でも、うん。ありがとう。


「ちょこ君が留守番の番犬してくれるっていうから、ぼくついてきました」


 くま君がカバンの中から母子手帳を抱えてちらりと顔をのぞかせている。表では大人しくするっていう約束はちゃんと守っているらしい。

 ちなみについ先週に授乳クッションを買ったときに、一緒にイヌの首輪も買ったし、予防接種もしてきた。この、新しく飼い始めた焦げ茶色の犬の名前は、チョコ、わんこちゃん、クロ、フェルディナンドなど、様々な候補が出たものの一つに絞る事が出来ずにそれぞれが好きなように呼んでいる。この犬はあまり吠えない犬種のようなのだが、クマによると番犬としてしっかり仕事をしているらしい。

 犬の御加護があったのか、スーパー安産だったので、番犬はともかくいい仕事はしたと言える。


 隣に並ぶ小さなベッドには産まれたばかりの子供が寝ている。手足の指も五本で、尻尾もない。紛れもなく人間の赤子だ。


「ぼく、おにぃちゃんだから!」


 犬にも言い聞かせていたが、クマは赤ちゃんも自分がおにいちゃんであることを主張している。


 子熊じゃなくてもいいのだろうか? 兄になりたかったクマにとってはどうでも良いことのようだ。もちろん、俺たちにとっても、元気でいてさえくれれば。



「ちっちゃいね! ぼくの半分くらいだね!」


 ベッドの中を覗きたいと、よじ登ろうとするので抱えてあげると、第一声がそれだ。うん、俺もさっき同じ事言った。でも平均的な体重らしい。うーん、二リットルの水のペットボトルより少し重い程度。こんなに小さいんだな。妊娠中は十キロ近く体重が増えていたのに、残りはどこに行ってしまうのだろう。


「すぐ大きくなるよ。三か月もすると体重は倍になるって」


 妻がクマに教えてあげる。身長も、あっという間に大きくなるはずだ。


「じゃぼく弟になるんだね…」


 ん?

 兄弟の順列って、大きさが基準なの?!


「ふにゃぁ」


 クマ界の謎の順位設定に驚いていると、子供が目を覚ましたようだ。お腹が空いたのだろうか。生まれて初めての食事、初乳だ。母親の持つ様々な病気への抵抗力を、母乳を通して受け継ぐ事ができるらしい。ゲーム的に考えると耐性系ステータスの継承だ。今後の育成の為の重要イベントといえる。


「だいたいなに考えてるのかわかるけど、能力値引き継ぎとかじゃなくて、日々の食事で身体を作ってるわけだから、いきなり強くなったりしないからね!」


 火耐性レベル1っ!とか画像にメッセージ入れて送るのやめてよねと釘を刺された。なせばれた。解せぬ。


「愛がアップ! なら許可します」


 うんうん。HPもアップしてもらおうね。



「ぼくの弟なら、くまがでてくるのではって思ってたんだけど、ちがったね」


 看護士さんの補助を受けながら授乳を終え、小さなゲップをさせると、背もたれ役を勤めていたクマが種族の話を蒸し返した。産まれたばかりの子供はシワシワで猿みたいなんて事をよく聞くけれど、うちの子はなんかつるんとした顔だ。


「そうだねえ」

「でもさ?さっきこの子『ふにゃぁ』って鳴いたよね?」


 確かに。オギャアじゃなかったね。それも予想と違った。


「じゃあさ、ネコなのかな」


 ネコ疑惑入りました。妻は気まぐれなネコ系だから、性格がそうなる可能性はある。と告げると妻からも物言いが入る。


「クマの弟なのだから、ネコ要素も入ると熊猫でパンダになってしまいます!」


 クマが、パンダと聞いてサングラスと手袋を出せと俺の鞄を引っ掻き回す。前に一度パンダコスプレをさせてみたのを気に入っている。もちろん病院にそんな装備は持ってきていない。



 まだ首も座っていないので、そーっと自分の顔の高さ位まで持ち上げて低めの「高い高い」風の抱っこをして見る。ふにゃふにゃしてるし急に動くかもしれないので少し不安なのだ。


 ふにゃんとちびすけが口元に笑みを浮かべている気がする。


「かおが面白いって」


 通訳してくれるくま。え、高いのが面白いんじゃないのか。でもまぁ、喜んで頂けるのなら……手をピコピコ振り回すちびを抱えてあやしていると、ソファーの上に立ちあがったくまが俺のズボンの裾をそっとつかんできた。


「どうした?」


「えっとー、あの。……ぼくも」



 どうやら高い高いして欲しいらしい。ちびを奥さんに渡すと、くまを両手で抱えて頭より高く持ち上げる。こいつは首が座ってると言うか、新生児では無いという意味で安心だ。


「おおぉ。おー!」


 真っ黒な目をくわっと見開いて感動の声を上げるくま。


「遠くまで見える。ベッドの向こうまで!」


 そこ驚く所なんだ? 確かに普段はコタツ布団の上か専用クッションに座っている事が多いくまの低い視点からはこまごまとした物が邪魔で視界が見通せないのかもしれない。


「……たまにこうやってしてあげようか?」


 そう聞いてみるが、くまは首を横に振ると、足をバタバタさせておりたがった。


「いい。落ちたら危ないし。骨折とかしたら大変」


「お前、骨ってあるんだっけ?」


「じゃあ綿が折れるかも」


「綿って折れるの?」


「折れないの?」



 骨は無いから骨折はしない。でもそれは怪我とは関係ない。


「ねぇ、関節を逆に曲げるとどうなる?」


「まがる」


 くにゃんとあしを手前に折り畳んで見せてくれるクマ。そもそも膝が無い。



 だがその時、奇妙な物を発見した。


「お前、足の裏になんか刺繍してあるぞ?」


「これ?」


 足の裏に数字がある。値段……ではなさそうだ。


「それね、くま君の生まれた年だよ。ぼくがくま君を貰った時に入れて貰ったんだ」


「じゃあ、生年月日だ」


「せーねんがぴ」


「月日」


「がぴ」



 ちびちゃんの足にはついてないよ? というくまに、母子手帳をみせて人間の赤ちゃんはここに書くんだよと説明する奥さん。


 ちびちゃんは今年産まれたばかりだから、くま君は何年たってもちびちゃんより年上だね。ずっとお兄さんだよ。




 背の高さが抜かれてもお兄さんでいられるとし知って少し嬉しそうなクマだった。


凄いなこれ5年くらい前に書いてそのまま放っておかれてる……

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