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クマのいる生活

 ごく普通の旦那である俺と、たぶん普通の俺の奥さんは普通の二人。

 ごく普通に出会って、ごく普通に結婚しました。


 ただ一つ普通では無かったのは。奥さんはぬいぐるみのクマを連れて来たのです。

 あれ? 普通だな。

 うん、じゃあやっぱり普通なんだ。俺って結構モノを知らなかったんだな。



 特にこれと言った波乱も無く、俺と彼女は一緒に過ごしたいと思ったから結婚し、俺の彼女は結婚して俺の奥さんになった。

 二人とも実家住まいだったので、新しく小さな賃貸の家を借りて引っ越した。何も無い家に家具や家電を詰め込んだら驚くほどお金が出ていった。せめて俺が一人暮らしとかしていれば、普通に家具とか家電とかはあったのだろうけど、まとめて一気に買うとその出費は結構凄い事になる。両親にいくつかの家具は買って貰ったり、古いテレビを譲って貰ったりとお世話になったので、なんとか二人の生活をスタートする事ができた。


 小さめの食卓に椅子三つ、大きめのベッド、コタツにタンスに靴箱に食器棚。友人が腹筋する用のベンチとダンベルを結婚祝いに送ってくれたけど……微妙に邪魔。

 洗濯機に冷蔵庫、電子レンジと炊飯器、キッチンのコンロとかも買わないといけないのか。これはシュレッダーとか買うのは後回しだな、紙がもぐもぐ吸い込まれていくの好きなんだけど。

 いろいろ買ったと思うのに、部屋に置いてみるとまだまだ人が住む家っぽくない。なにせ窓にはカーテンが無いしコタツに入れば座布団が無い。テレビとカレンダーがないから生活感が薄いのかな。ジャケットを脱いでも掛けるハンガーが無いし、なにより食器も調理器具も無い。冷蔵庫を開けると説明書と保証書しか入って無い。電源は入れたので保証書は良く冷えていた。


 うん、これは凄い事になったぞ! ほんとに何も無いんだ。カーペットの髪の毛とるコロコロとかを掛けようにも、まだ汚れてないどころかそもそもカーペットが無い。

 食材と調理器具を買いに走る奥さんにそっちは任せたと叫び、俺はタオルや石鹸、トイレットペーパーなんかを買いに走る。家具と家電ばかりで消耗品忘れてた。


 結局、鍋セットと食器セットを買ったけど箸を買い忘れた奥さんの茹でた蕎麦を割り箸で食べながら、前途多難だけど楽しいねとのんきに笑う俺達なのだった。

 何で箸は買い忘れたのに割り箸があったのかと言うと、俺の仕事用のカバンから出てきた。

 あと、蕎麦を茹でた理由は炊飯器が無いからとかじゃなくて、引っ越し蕎麦のつもりだったらしい。引っ越し蕎麦は自分達が食べるんじゃなくて配るんだよと言ったら、ちゃんと両隣りにも乾麺配ってきたと胸を張られた。


 時計も無いから今何時かわからないし、充電の切れたケータイを充電しようにも充電器がどこに置いてあるかわからないので、ぬいぐるみのクマが座ってた毛布を借りて二人で包まって寝た。

 ベッドは買ったけど、マットだけでシーツも布団も無かったんだよ。


 考えてみると、何冊かの本と自分達の着る服以外に持ってきた物って俺は仕事の道具だけだな。奥さんはぬいぐるみと、なぜかぬいぐるみが持ってた毛布だけ。

 もうちょっとなんか持ってくればよかった気もするなぁ。


 そんな風にマヌケな始まり方をした俺達二人の生活だけれど、のんびりと何事もなく過ぎていく。

  問題と言えば、以前にお菓子を作って貰った事があったので、きっと料理はできるのだろうと思いこんでいたが、実は彼女はほとんど料理をした事が無かった事位か。

 結婚当初の頃は、魚が焦げていたり、メイン食材が無かったりというアクシデントも発生したが、日に日にミスも減って、奥さんが目をバッテンにして小さくなる事もなくなった。別に一食くらいなら帰りに買ってきても良いのだし怒ったりなんてしないんだけど、専業主婦の奥さんとしては申し訳なく思うらしい。


 特にどこかに出かけたりしなくても、二人でこまごまとした生活をするのが楽しかった。

 なんて書き方をすると、なにかフラグを建てているような気分になってくるが。ホントにトラブルも何も起きない。まぁ、ごく普通の派手さの無い大人しい生活。二人でゲームしたり、食材買いに行くのも手をつないでデート気分だったり。

 そんな、普通な毎日なのだけど、どうにも納得できない事がある。


 ハチミツの消費量がやけに多いんだ。


 俺が、ソレがそう言う物だなんてしらなくて不思議に思っていただけで。今となっては不思議でもなんでもないのだけど、当時はかなり驚いた。


 最初に不思議に思ったのは、結婚して2カ月ほど経った時の事。

 いつも通りに仕事が終わってからまっすぐ走って家に帰ると、タイミングぴったりで奥さんが鍋を掛けていたコンロの火を消す。残業で帰る時間がずれても、俺が家に着く時間と晩ご飯が完成する時間はピッタリになる。

 奥さんが食器を並べて料理の盛り付けをする間に、俺は服を着替えるのだが、居間の卓袱台に奇妙な物があった。

 奇妙と言っても、別に怪しげな邪神像とか勝手に転がり続けるタイヤとか髪が伸び続ける人形とか、そう言う名状し難いモノじゃなくて。ハチミツの瓶。

 絵本なんかでクマが抱えて食べている、あのハチミツ壺。それもご丁寧に「はちみつ」って書いてある上にわかり易いデフォルメされたハチのイラスト付き。

 昼間にホットケーキでも焼いて食べたのか紅茶にでも入れたのか、そんな所かな? と思っていたんだが、空になった瓶が4つ位重ねられてた。


 次に見たのは、その二日後。

 玄関の電球が切れたので、会社帰りに買って来てとのメールが俺の携帯に入った。

 その日は60ワットの電球を買って帰り、玄関の棚に置いたまま交換するのを忘れて寝てしまった。

 次の日の朝は少し寝坊したのであわてて家を出て、駅に着いてから「帰ったら電球交換するから置いといて」とメールしたのを覚えている。奥さんの身長だと少し電球に届かないのだ。椅子に乗って交換して転んだら危ないので、帰ったら俺がやろうと思っていた。

 けれど、家に帰ったら玄関はしっかり明るくなっていた。

 踏み台は買って無い。椅子は食卓にあるのだが、結構重い。それに玄関に近い方の椅子の背もたれには、俺の休日に着るジャケットが掛けたままだった。この状態のまま椅子を運んで電球交換したのかな? 危ないから任せてくれれば良かったのにと思ったら、ハチのイラスト付きのハチミツ瓶が居間に置いてあった。二日で一瓶って多いかな? と思ったら、台所の隅に纏めてある瓶は5つになっていたので、併せて六つ。このハチミツ消費量はかなり多いんじゃないかな?


 カレンダーを見てみると、ガラス類のゴミの日は二週間に一度で、先週捨ててるはず。今週だけでこの数か。


「今日の晩御飯、照り焼きか何か?」

「ちがうよ、鳥のササミの梅挟み焼きだけど、どうしたの? 照り焼きが良い?」

「いや、ハチミツが空になってるみたいだから」


 俺がそう言ったら、奥さんはピタリと動きを止めて、居間の方を見る。


「もう食べちゃったんだね」


 やれやれ、という感じに肩をすくめている。


「誰が?」

「ん? くま君がだよ。わたし、ハチミツ食べないもん」


 届かない電球の交換をやって貰ったので、ご褒美に一瓶上げたばかりなのだとか。


「いや、ぬいぐるみのクマはハチミツ食べないだろ。料理でもお菓子でも別に構わないけど、何に使ったのさ?」

「紅茶に少しだけ入れたけど、普段はストレートで飲むし。あとは全部くま君が食べたよ?」


 何か重大な食い違いと言うか、平行線。


「ぬいぐるみのクマは普通は動いたりしないと思う人~?」


 俺はそう言いながら、ソロソロと手を挙げる。


 妻は傾げていた首を真っすぐに戻すと、こう言って挙手を求めた。


「じゃあ、ぬいぐるみのクマは歩いたり話したりするのが普通だと思う人?」


 そういいながら自分で手を挙げる。

 一対一。引き分け。そう思った時、少し甲高い子供の様な声が割って入る。


「はいはーい」


 妻のすぐ横で。ピコリと元気に手を挙げるクマ。

 多数決。一対二。


 そんなわけで。

 ウチのクマの言うことにゃ、ぬいぐるみのクマは話したりするのが普通らしいです。多数決でそれが普通だって決まったし。

 いやぁ、知らなかったよ。


 明日はお土産にハチミツでも買って帰ろうかな。


超不定期な上に、連載も複数始めてしまっているので

短編の形で掲載します。

子供が産まれて4人暮らしになった後の、クマ視点での続きを書く予定ですがシリーズという形にすると思います。

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