第四話
駅から出ると、人はまばらになる。やっとのチャンス。前横後ろと確認してから、
「井上さんさ、もしかして煙草吸ってる?」と声を抑えて聞く。
彼女は首を傾げた。
「何言ってるの?」
狼狽した様子は無い。
それでも首を傾げるなんてわざとらしい。隠そうとしているのだ。いや待て。しかし首を傾げるのがそんなに変だろうか。
疑いすぎて自然な振る舞いなのかそうでないのか判別できない。だが少なくとも挙動不審にはなっていないようだった。その反応を見て気付いたのだが、二の矢を用意していなかった。そもそも煙草を吸っている井上さんを見たということを彼女に言って、それでどうするつもりでいたのか自分でもわからない。
「別に告げ口しようとかそういうこと考えてるわけじゃないよ。ゆすろうとか思ってないし」
井上さんは何も返してこない。それで安心しろと言うのは無理があるか。どうすれば自供してもらえるだろうと考えていたら、
「やってないのに告げ口とかゆすりとか言われても、困るんだけど」と言ってきた。
「確かにそうだね」
真偽はともかく今の彼女はあらぬ疑いを持たれた人という立場だ。証拠はあるんですか、と実は人違いではと思っている部分が聞いてきた。
「証明しようと思えばできるんだけどな」
「どうやって?」
「夜に昨日と同じように滑り台に座って煙草を吸っているところを見れば、たぶん同じだってわかる」
「誰が?」
「誰がって、俺が」
「それじゃあ君の主観の話じゃん」
井上さんは肩を落とした。
「証明じゃなくて一人で納得してるだけ」
「言われてみればそうだ」
「あのねえ」
もっと頭を使って発言しろ、と。しかし証明できるわけがない。そもそも証拠が欲しいのはこっちの方なのだ。
一人で納得してるだけ。
「でも俺としてはそれでいいんだけどな」
「はあ?」
「昨日見た煙草の人と井上さんが同一人物だって納得できればそれで十分なわけだから」
「意味がわかんないんだけど」
彼女の寄った眉が説明を求めている。
「要するにさ、俺、昨日井上さんに似てる人が煙草吸ってるところを見たんだよ。それがあまりにも似ているというか同一人物にしか思えないんだよね。あれが本当に井上さんだったのかどうかもやもやしてるっていうわけ。で、疑問を解消するなら本人に聞くのが手っ取り早いかなって」
「その吸ってた人には聞かなかったの」
「見た瞬間に井上さんに似てるって気付いたわけじゃなかったから」
「それ、本当に似てたの。すぐに気付かなかったって」
痛いところを突いてくる。もし同一人物だったらとんだ発言である。しかしすぐにいい返しを思い付いた。
「じゃあ俺に似てる人を見た時、すぐに俺の顔が出てくる?」
目の前の信号が赤に変わった。ぴったり会話が途切れたから信号が青になるまで彼女は何も言わないんじゃないかと思ったのだが、
「さあどうだろう。あ、私こっちの道だから。じゃあね」と言って青い方を渡っていく。それを見ていたら、五十メートルくらい離れたところで信号は赤に変わった。