第十八話
集まったのはいつもの二人だった。
「もしかして今日来るのこんだけか」と俺が言うと、
「こんだけも何もいつも通りだろ」と将太は悪びれずに言った。
「男だけで海に行っても空しいだけだって思わなかったのか?」
「しかし誘おうにも女子を誘うどころか男子さえまともに誘えないのであった」
智成の発言に、うむ、と将太が頷いた。
確かに男子もいくつかのグループがあって、敵対しているわけではないが遊びに誘う程に仲がいいというわけでもないのである。そして女子たちはそれにもう一つ壁を加えたような距離感があった。
「誘ったところでほとんど別行動みたいなもんになるだろうし、一緒に行動したらやかましくて鬱陶しいだけだ」
それを聞きつつ俺は普段から仲良くしていればよかったと思う。女子はともかく男子とは。そうすればもうちょっと盛り上がりがあったろうに。
「現地で調達すればいいじゃんか」と智成が言った。
「現地調達ってゲームのアイテムじゃあるまいし。そもそも調達するもんじゃないだろ人間は」
「馬鹿だな、ナンパだよナンパ」
「俺ナンパってやったこと無いわ。なんか恥ずかしくないか」
そのような発言は将太らしからぬように思われた。俺からすれば彼も勢いに任せて暴走しかねない人間であって、みっともないとか理由をつけては回避するのは俺のキャラであった。智成の方が一番過激なことをしそうなキャラをしているが、そうか、将太はナンパをしたことが無いのか。
「大丈夫だって。海だぜ。皆やってるだろ」
「皆はやってないだろ」
「また振られたら泣くぜ」
「またって前があったのか?」
「お前知らないのか」
俺が驚いたことで智成が驚いた。それでまた俺は驚く。俺だけが知らない。
「つまりどういうこと」
「あまりにショック過ぎて、あんま言いふらす気にならなかったんだ」と言い訳してから将太は「森本さんに告白して振られた」と言った。
「森本さんって、クラスにいるあの森本さんでいいの」
ちょっと抜けている所があって何かある度に周囲の友人からいじられる人だ。将太が頷く。
「え、それいつの話」
「一ヶ月くらい前」
「全然気付かなかった。そういうことがあったのか。それでどうして森本さんなの」
根掘り葉掘り聞きたくなった。一ヶ月も傷に塩を塗らしてもらえなかったのだ。その分楽しませてもらわなければ。
「これから海行くってのにどうしてそんな話をしなきゃなんねえんだよ」
「帰りに聞かれるよりかはいいだろ」
別の日でいいじゃねえか、とごねる将太を無視して、
「元々中学一緒で少し気になってたんだとさ。それで今年クラスメイトになった時にその感情がどばっと」と智成が漏らした。
「お前なあ、言うなよ」
「減るもんじゃねえだろ」
森本さんといえば、井上さんと話した時に一度だけ出てきたことがあった。
「一ヶ月前はどうだったか知らんけど、森本さんって彼氏いるらしいぞ」
「マジか。でもいてもおかしくないよなルックスいいし」
「ていうかなんでお前がそれを知ってる」
「噂で聞いた。だから本当かどうかまでは知らない」
「噂って誰から」
井上さんから、と正直に答えようにも学校で話したことなど一度も無いから不審に思われるかもしれない。
「休み時間に女子がそう話してるのが聞こえた」とそれらしいことを言う。
「ほう。それで相手は誰だ」
それもクラスメイトだった。名前を言うと将太が「うわ、あいつかよ」と言った。
「今日呼ばなくてよかったな」
「全くだ」
「でもよ、こいつ告白した時、遠藤君のことよく知らないから、って言われて振られたんだぜ。付き合ってるんならさ、もう彼氏いるから、とか普通言うだろ。変じゃね」
そうかもしれない。しかし「変じゃね」と言われても告白の断り方なんて知らない。俺は「森本さんならこんなこと言いそう」なんて考えるシミュレーターを持っていない。
「じゃあその時はまだ付き合ってなかったんだろ。そうじゃないならもうわかんねえよ」と言うと、
「投げやりだな」と智成が言って「俺の予想はこうだ」と語り始めた。どうやら熱されてしまったようだ。
「二股ってあるだろ。それからキープ君ってやつ。彼氏がいるからじゃないってことは、そのどっちかがいても構わないって思ってるのかもしれん」
「そういう子じゃなかったと思うんだけどな」と将太が口を挟むが、構わずに彼は喋り続けた。
「でもよ、誰でもいいってわけじゃない。二番目を作るにしても嫌いなやつは嫌だろ。贅沢な話かもわからんが、感情としては美男やら美女やらでハーレムを作りたいものじゃんか。つまりお前は事実上のキープ未満宣告を受けたってことだ」
「待ってくれよ。それなら彼氏いるからって言えばそれで済む話じゃんか」
「ああ。そうじゃないってことは、そこはちゃんと察して近付くなよって暗に言ってるってことだな」
よくもまあこんな妄想ができるものだ。将太は将太で彼の言ったことを真に受けたらしい。「そうか。俺はキープ未満か」と言ってうな垂れている。慰めてやるか、と思ったので、
「本気にするなよ。希望はあるかもしれないだろ」と言ってやる。
「希望はないな。振られているから」
智成が意地悪なことを口に出す。俺は「確かにそうだな」と思った。そしてその通りに口に出していた。
「お前ら最悪だな」
将太はさらに深くうな垂れて、何かの体操をやっているような姿勢になった。その背中を叩きながら智成は言う。
「落ち込むなって。海はもうすぐだぞ」
海が建物の隙間からちらりと見えた。深さのためか、絵の具の青よりも紺に近い色をしていた。それで俺は失恋に悲しんでいる将太をよそに期待を膨らませていた。




